【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城 『星』の祝福

公開日時: 2021年5月16日(日) 08:43
更新日時: 2021年5月16日(日) 08:57
文字数:5,263

 これは、多分、夢、なんだと思う。

 だって、そうでもないと、自分で自分を見る、なんてありえない。

 

 

 

 純白の空間に、私は浮かんでいる。

 まるで空中に横たえられたように真っ直ぐに身体を伸ばして。

 

 ここにいる私は身体と切り離されているのだろうか。

 不思議な気分だ。

 私は確かに自分の身体にいるのに、その様子を俯瞰してもいる。

 

 まったく身体の感覚がないし、横たえられている自分の身体に干渉する事もできない。

 

 ただ、見ているだけしかできないのだ。

 

 

 

『エクセス…』

 

 耳に聞こえた訳ではないけれど、はっきりと届いた言葉と共に

 純白の空間から、不思議な光が伸びる。

 何もない空間から湧き出たそれは、まるで細い、金色の触手のような、意志のあるコードのようでうねうねと動きながら私の身体に絡まっていく。

 

『エル・フォルシュング…』

 

 パシュン、と音を立てて風船が壊れるように着ていた服が弾け消えた。

 一糸まとわぬ姿になった私にさらに触手が絡まっていく。

 腕や、足や耳などに絡んだそれらの先端は私の身体に突き刺さり、溶けるように吸い込まれている。

 まるで点滴のチューブのようだと、少し思う。

 身体は本当に指一本たりとも動かない。

 

『ヴェンデ…フェアシュテルンゲ…』

 

(あ…)

 

 時折、聞こえる意味の分からない言葉が、何かを指示する命令コマンドなのは解る。

 その命令コマンドに従って、触手が何かを行っているのかもしれない。

 

 一際長い、その言葉と同時体が変化していくのが『解った』

 全身が燃えるような熱を帯びながら、急速に冷えていく。

 理由はわかる。

 身体に食い込んだ触手を通し、私の中の何かが吸い出されているのだ。

 

 気持ちが悪い。苦しい。

 でも止めようにも止められない。

 

 身体の何一つ自由にならず、身じろぎすることも、呻き声さえあげることができず、私は触手が身体から何かを奪っていくのをただただ、感じるしかできなかった。

 

『ア・ディヴァド…』

「があっ!!」

 

 ブチン!

 身体から、何かが引きちぎられる感覚に、私は声を上げた。

 まるで、心臓が掴み取られ、強引に切り離された。そんな感じだ。

 触手は抜けて空中に溶けて消える。

 と、同時あやふやだった自分の中の感覚が全て、戻って来ていた。

 

 指先、爪の先まで、自分の身体全てが重い。

 それでいて、身体の中にぽっかりと何かが空いている。

 今まで、あって当たり前だったもの、やっと手に入れたモノが無くなってしまった。

 そんな喪失感が広がっていく。

 

 けれど…それに怯え、苦しみを感じたのは不思議な事に一瞬の事。

 

 私の意識は不思議な安らぎに満たされている。

 

 私を取り巻くキラキラとした光は、細かな粒子にしか見えないのに、私をはっきりと抱きしめ、温めていた。

 指先から、全身に力が戻る。

 喪失感は消えないけれど、身体に『私』の全てが、戻る…。

 

 

『…戻りなさい。愛しい子。そして…貴女が為すべき事をするのです』

 

 

 

 

「え? あ、ちょ、ちょっと待って!

 私は? あなたは?」

 

 かつて、出会った精霊の貴人、ではない。

 大きな何かは、その言葉と共に私を送り返す。

 

 身体に、心に、不思議な暖かさだけを残して…。

 

 

 



 身体が沈められた水底から、浮き上がる感覚にそれはよく似ていた。

 空気を、生存可能領域を求め、必死にもがいた私は純白の空間から、極彩色の現実へ戻ってきたのだ。

 パチンと目が開く。

 と、同時夢の中で欠片も感じなかった重力が、重く、私の身体に襲い掛かって来るのを感じた。

 身体が、冷たい。重い。自分の身体なのに、まるで別物のようだ。

 

「あっ…くっ…」

 

「お目覚めになりましたか? マリカ様?」

「エ…ル…フィリ………ネ?」

「はい。ご無理はなさらず、呼吸をなさってください。

 ゆっくりと、くりかえし…」

 

 身体を支えてくれるエルフィリーネに言われるまま、私は大きな深呼吸を繰り返した。

 一呼吸ごとに、確かに身体が温まって来る。

 指先に、手足に体温が戻ってくるのを感じるけれど、同時に別の事にも気付く。

 

 身体全体が重くて、軽い。

 今まであって当たり前だった何かが、すっぽりと抜け落ちた感じがする。

 頭の中を掻きまわす酩酊感と喪失感に吐き気がする。

 

「何が…一体?」

 くらくらする頭を手で押さえながら、私は自問する。

 答えを求めていた訳ではないけれど

 

「『星』のお呼び出しです。

 お二人が動きやすいように、処置を施すと…」

「え?」

 

 思った以上にはっきりとした返事が返った。

 彼女の言葉の意味を考えるより先に、

 

『二人』

 

 それに気づいて周りを見る。

「リオンは?」

 

 いろいろ思い出せる程度には頭も回るようになってきた。

 意識を失う最後に届いた言葉

 

 

『マリカ!』『リオン! 一体どこに?』

 

 

『二人』が『星に呼び出された』というのであればリオンも同じ状況の筈だ。

 

「アルフィリーガならそちらに。お部屋と寝台をお借りしております。

 ご無礼を」

 

 言われるまま体を起こして周りを見ると、ここは私の部屋な事に気付く。

 基本二人用の部屋を、一人部屋にさせてもらっているので寝台が二つある。

 その一つに私が、そしてもう一つにリオンが眠っているのが解って、ホッと安堵したのもつかの間

 私は自分の状況に気が付いた。

 

「! な、なんで私、裸? 服は?」

「申し訳ございません。お戻りになられた時は既にその状態でしたので私には如何とも…」

「あれ、結構高かったのに…じゃなくって、エルフィリーネ、着替え…着替えタンスからと…」

「う、…う…ん」

 

 慌てた私はその声に凍り付く。

 リオンが目覚めようとしている。その兆候に気付いたのだ。

 もう服を取りにも立てない。

 毛布を胸元に抱きしめて身体をリオンの方に向けると、

 

「あ…、俺は…一体…どうして…、何が…」

 

 リオンがさっきまでの私と同じように、身体の異変に戸惑っているのが分かる。

 

「エルフィリーネ」

「解りました。アルフィリーガ、ゆっくりと呼吸を、そして精神と身体を整えて下さい」

 

 

 エルフィリーネがリオンの補助に向かったのを確かめて、私は改めて自分の手を見た。

 今の私の感覚は、状況は、魔王城で一番最初に『私』が目覚めたときとよく似ている。

 

 服がない分、はっきりと解る。身体に傷は一つも無い。

 けれど、身体の中から何かが確実に無くなった事を理解した。

 

 

 と、その時、外からノックの音。

 

「マリカ! リオン! そこにいるのですか?」

「フェイ? ちょ、ちょっと待って入らないで!」

 

 私は慌てて静止したけれど、それは焦るフェイにとっては、消えた私とリオンがそこにいるという証拠。

 アクセルにしかならなかったらしい。

 静止はあっさり無視され、扉は開かれ、フェイとアルが部屋に駆け込んできた。

 

「リオン、マリカ…良かった。突然、空中に浮かんで消えたのでどうしたのかと思ったのですよ」

 

 心配と不安に今にも泣き出しそうだった顔に、安堵を浮かべたフェイとは正反対。

 アルの顔は一気に血の気が引いて驚愕に震える。

 

「リオン兄、マリカ? 一体何があったんだ? 光が、精霊の力が殆ど全部抜けてる。

 普通の人間と同じくらいにしか見えないぞ?」

「え?」

「やっぱり、か…」

 

 ベッドから身体を起こし、自分の手を見つめるリオン。

 私と同じようにリオンも服をつけていない。

 筋肉はついているけれど、細くてまだ育ちきっていない少年の身体に、バクバクと心臓の煩い音が止まらない。

 違う、そんなことを考えている場合じゃないのだ。

 

「エルフィリーネ? 

 何があったの? 私達、何をされたの?」

「取り戻した精霊の力が大半抜けてるのを感じる。星が俺達に罰を下したのか?」

「いいえ、その逆です。これを…」

 

 立ち上がったエルフィリーネが差し出した手のひらの上、右手と、左手の両方に水晶のような結晶石が浮かび上がる。

 

 赤と、青。

 

 二つの結晶石は赤が、私、青がリオンの方に飛んでいくとその手のひらの上に浮かび

 

「うわっ!」「なんだ?」

 

 精緻な細工の施されたバングルになって、手の中に落ちて来た。

 

 

「『星』の祝福、ご助力です。

 お二人の精霊の力を分離してその精霊石に込めました。

 精霊石を身に付けていれば今まで通り、精霊としての力は大よそ使えますし、逆に外せば普通の人間とほぼ変わらないので、神と直接見えるのでも無ければ気付かれない筈です。

 同時にまだ成長しきっていないお二人の身体への負担も減らす事が出来ます」

 

 要するに、満タンになりかけていたデータを、分離して外付けメモリに移動した、ってことかな?

 容量が空いたので私達は身軽に動けるし、メモリを接続すればデータも今まで通り使えると。

 

「ただし、これは一度限りのご助力です。

 マリカ様が、変化の術…己とアルフィリーガに変成をかけて身体を作り変えてしまえば、元に戻り、二度と分離は叶わなくなるでしょう」

 

 つまり、大人になる変化の術だけは使えないという事。

 でも、あれはかなりのズルだし、どうしても使わなくてはならないということはもう早々ない筈。

 どうしようもなく、詰んでいた状況を全て打開する、この上ない福音、祝福だ。

 

「エルフィリーネが…『星』に頼んでくれたの?」

「『星』はいつでも愛し子であるお二人を見守り案じておられます。

 私はお二人を導き、少し調整をお手伝いしただけでございますれば」

 

「エルフィリーネ」

「はい」

 

 私が心に浮かんだ小さな疑問と思いを口にするより早く、バングルを見つめていたリオンがエルフィリーネを見る。

 

「さっき、マリカも言っていた。

 俺達は何なんだ? 『精霊の貴人エルトリンデ』と『精霊の獣アルフィリーガ

 

 それにはどんな意味があり、何の役割がある?」

 

「『精霊の貴人エルトリンデ』と『精霊の獣アルフィリーガ』は人と精霊を繋ぎ、守り、導く者。

 『星』の代行者にして、手足。

 『星』の希望でございます」

 

 

『星』の手足。

 かつてシュルーストラム、魔術師を助ける杖、星の精霊も同じことを言っていた。

 私達は、彼らと同じ人を助けて、守る者。

 

 

「やらなければならない使命や、責務はないの?」

「お二人が己の心を裏切らず、為すべき事を行うこと。

 それが役割であり責務でございます。

『星』はお二人を愛し、信じておられますから」

「星を守り切れず、神に奪われ歪められた俺も、か?」

「その選択も、正そうとする思いも、全て『星』は愛しておいでですよ」

 

 

 夢のようなあの白い空間で、確かに感じた『星』の愛。

 私達はそれに包まれ、信じられ、託されている。

 

 

「ありがとう。エルフィリーネ。

 これで、また私達は動く事が出来るね」

「マリカ?」

 

 まだいろいろと思う所があるらしいリオンに私はバングルを腕に付けながら首を横に振って見せる。

 毛布をローブのような形に変えて、ベッドから立ち上がるとリオンの横に立った。

 

「いずれ、私達に知る権利で出来て、本当に必要な時は『星』は信じてくれるし教えてくれると思う。

 今回みたいに。ね、エルフィリーネ?」

「はい」

「でも、俺は!」

 震えるリオンの手を私は、ギュッと握りしめた。

 

 

「『星』はリオンのことも信じてる。

 過ちも認めて、許して、正す機会をくれている。だから今は自分を信じて進んでいこう」 

 

 ベッドに落ちたリオンのバングルを拾って、握らせて、私は真っ直ぐに見つめた。

 

「…ああ、解った。『星』が俺を信じてくれている、というのなら応えないとな」

「うん、その意気」

 

 自分に言い聞かせるように告げたリオンはバングルを見つめると、そっと腕に填めた。

 

「フェイ。服を持ってきてくれるか?

 このままじゃ、ここから動けない」

「解りました。取ってきます」

「じゃあ、私、外に出てるから」

 

 外に出た私にエルフィリーネが寄り添う。

 

「ねえ、エルフィリーネ」

「なんでしょうか? マリカ様」

「…やっぱり、いい。今は…いい」

 

 

 私の中で一つの仮説が生まれていた。

 

『星』について、『精霊』について、『精霊の獣と精霊の貴人わたしたち』について。

 

 今は、まだリオンにはちょっと説明できない。

 異世界で生まれ、育ち、体験した私だから、考えられたちょっと、ゲームのやりすぎ、SFファンタジーの読み過ぎとしか思えない妄想極まりない仮説だ。

 

 だから、今は忘れる。

 心の奥に封じる。

 

『星』は私達を愛して信じて、見守ってくれている。

 それが信じられるから、今はそれでいい。

 

 私は、私の信じる道を進むとしよう。

 いつか全てが明かされる時が来ると信じて。

 

 

 

 

『星』の施してくれた術のおかげか、それともアルケディウスの神官が大したことの無い能力者だったからか。

 神殿への礼拝と、登録は思った以上にスムーズにすんだ。

 宮殿並みに豪奢な神殿はかなり広そうだったけれど、私達が入ったのは真っ赤な絨毯が敷き詰められた礼拝堂だけだ。

 

 名簿に名前を登録し、神に祈りを捧げ、聖体受領として小さな杯の飲み物を飲む。

 ワインによく似た香りと味のそれは、飲むと頭がくらくらしたけれど、幸い直ぐに収まってくれた。

 エリセとか、大丈夫かな?

 と思ったけれど、平気だったらしい。

 

 神官の話を聞いて、お金を払って登録は修了。

 

 変な声をかけられることもなく、私達は神殿を出ることができた。

 これで、準市民扱いとなり、誘拐や傷害の対象になったら相手は、物損ではなく人損として処罰されることになる。

 気休めではあるけれど、少しでも抑止となればそれでいい。

 

 

 アルケディウスも、その周辺も、そして私達もいつまでも同じじゃない。

 少しずつ変わっていくのだと、私達は感じていた。

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