シュトルムスルフトの歴史上、ただ一人の女王がいた。
私が見ているのは、彼女の物語だ。
後の世に「破滅の女王」と蔑まれる彼女は、私が王太子から伺った話だと父王から重用された頭のいいキャリアウーマンのイメージだったけれど、実際の所はそんな人では無かったらしい。
『魔術師』としての才能はピカ一。先祖返りとも言われ、国内でもこれほどの術が使え、精霊に愛された者はいなかったと言われる程。
ただ、彼女は良くも悪くも普通の『女の子』だった。
見出されるまでは妾腹のしかも低位の王女。
聖なる乙女と尊重される第一王女は別にいて、彼女は早く、幼い頃からプラーミァに友好と英傑を生み出す為に嫁ぐことになっていた。
男尊女卑のシュトルムスルフトにおいてプラーミァから派遣された教育係から、外寄りの教育を受ける。
真面目で努力家、開明的な思考に加えて、頭がいい。
生来の資質も込みで精霊達に愛され、父王が亡くなった後の王位選定の時、風の王の杖に次代の王として選ばれた。
シュルーストラムからしてみれば、身分、その他は関係なく。
一番『精霊の力』を強く持ち、人格的にもバランスの取れた人間を主に選んだだけのことだったのだろう。
並みいる王太子、聖なる乙女を始めとする十数人の王子王女を蹴り飛ばしての選定に当然不満は多く出たけれど、宰相が後見についたこと。
そして何より
「王の杖に選ばれ、転移術や、転移陣の作成も自在な王族魔術師をプラーミァに渡すわけにはいかないでしょう」
という意見から彼女は王に括られた。
第一王子、第二王子が護衛や補佐という名の実務に付き、魔術師としての力だけを求められる傀儡の王である。
彼女は普通であれば大量のカレドナイトと膨大な時間を必要とする転移陣を簡略化する方法を発案。
大領地全てを王都と陣で繋ぎ、流通を活性化させた。
流通と情報を制する者が世界を制する。
ただでさえ、当時は砂漠地帯も殆どなく、エルディランドに匹敵する温暖湿潤で実り豊かな国。流通も活発で、新鮮な食品が新鮮なまま各地に届く。
……この時、シュトルムスルフトは確かに精霊に愛された魔術師女王の元、一番豊かな国、
世界の頂点に近い所にまで立っていたと言えるかもしれない。
「できた! シュルーストラム。見てみて。持ち運び式の転移魔方陣の完成よ」
『よくこんなに早くできたものだな。カレドナイトも相当に必要だっただろうに』
「第二王子様がお譲り下さったの。
ご相談したら、とても素晴らしい発明だ。ぜひ実現させてみるといい、とおっしゃって」
『第二王子が? 彼はそんなに物わかりの良い人物であったか?
彼は確か……』
「最近はとてもよく頑張っているな、ってお褒め下さるの。私がふがいないせいで国務、実務を頼ってしまっているのに気にするなって。認められるって嬉しいね」
『そうか? なら良いが……』
「第一王子様は、まだ私と口をきいて下さらないけれど、いつか仲直りできるように助けて下さるって。
あと少し実験を行って安全を確認したら、完成を報告しましょう。
そして正式にプラーミァに謝罪して、これを献上するの。
そうすれば国内だけではなく、国同士の行き来も盛んになって両国は、ううん。
世界はもっと親しくなれる。
広い世界を知れば人々も、自由になれる。
きっと王子も……」
もしこのまま、彼女が作った転移陣を人々が、正しく利用していれば。
彼女の夢が叶ったかもしれない。ところが……
「た、大変です! 宰相閣下が賊の手にかかり重体です!」
「なんだと?」
「宰相閣下だけではありません。王太子様と第三王子、聖なる乙女も敵の刃に落ち……」
「王城内部に、怪しい影が複数! 奴らは手当たり次第に王族や、貴族などを傷つけ殺めています」
「馬鹿な! 警戒厳重で、風の結界に守られた王城に何故賊など……」
「まさか!」
「女王陛下?」
女王陛下は魔術の研究所へと向かった。
国同士を繋ぐ魔方陣の研究。勿論、彼女は国に申請を出して行っていた。
でも、
「な、ない。どうして?」
「え? 女王陛下の御命令があったではありませんか? 完成したから一枚をプラーミァに送れと」
「そんな命令してないわ。じゃあ、もう一枚は?」
「女王陛下の居室に……」
「え?」
駆けつけてみれば女王の部屋は使用人達の死体で血の海。
そして寝室には……
「やあ、シュトラーシェ。素敵な贈り物をありがとう。
待っていたよ」
「ヴォルカーニーク様……」
「さあ、一緒にプラーミァに帰ろう。シュトラーシェ女王。
これからは、僕らが君を守ってあげる」
いる筈の無い隣国王子が、満面の笑顔で立っていた。
「何故、ここにプラーミァの王子がいる?」
「第二王子様? 私にも理由が……」
「シュトラーシェ女王がくれた国と国を繋ぐ、転移魔方陣のおかげだよ」
「馬鹿な! 女王がここにいるのにプラーミァとの魔方陣が作れる筈が……」
「女王陛下は持ち運び式のものを作って下さったのさ。
素晴らしい才能だ。
だからプラーミァはシュトルムスルフトに直通で来ることが可能になった」
「女王? まさか、貴方は国を売り、プラーミァの者を寄りによって王城内に招き入れたのか!」
「そんなことは!? まだ私はお送りしていませんでした!
完成の暁にはちゃんと皆の目の届くところで……」
「さあね。でも僕はプラーミァの王族だ。国王陛下の命令には逆らえない。
やれと言われればやるだけだ。それに王配としてただ愛されるだけの日々も性に合わない。
君がシュトルムスルフトの事を憎んで、国を捨ててくれるくらいだったら、良かったのに」
「そんな……」
「捕まえろ!」
「さあ、行くよ。シュトラーシェ! 君の才能はプラーミァが頂く!」
「させるか!」
王子に引かれる女王の腕。
それを第二王子は躊躇わず切り落とした。
「キャアアア!!」
ぼとりと王勺と共に落ちる腕。
吹き出す鮮血が絨毯を真っ赤に染める。
「チッ!」
惨劇に軽く舌打ちすると不利を悟ったのだろうか。
王子はひらりと身を翻し何やら呪文を唱えて、消えていった。
「何故……どうして……?」
「大変です! 国境沿いにプラーミァの軍勢が!」
「直ぐに兵を集め、迎え撃て! いや、その前に部屋の絨毯を燃やせ!
女王を、いやこの女を牢に入れるのだ!
男に誑かされた愚かな女に国を預けておくことなどできるものか!」
その後、国境で起きたプラーミァとシュトルムスルフトの戦はプラーミァが兵を引くという形で終結した。
国を裏切った女王シュトラーシェ。
けれど彼女の作った転移魔方陣による機動力に勝るシュトルムスルフトをプラーミァは押し切れなかったからだ。
魔方陣で送り込まれたプラーミァの暗殺者も発見され、処罰される。
第二王子の指揮で最小限の被害で済んだとはいえ、この襲撃で王太子、第三王子、聖なる乙女は命を落としたらしい。
国中の非難を受けて、女王は幽閉。
第二王子がシュトルムスルフトの王位に就くことになった。
王勺は彼の手に握られても決して光り輝くことは無かったけれど。
「何故だ! 何故、私を王と認めない!」
沈黙を続ける風の王の杖に業を煮やした第二王子は、一つの結論を出す。
前の王が生きているから、風の王の杖は新しい主を受け入れないのだ、と。
そして……
「どうか、話を聞いて下さい! 私は何もしていません!」
「そんなことを信じられると思うのか?
お前が作りプラーミァに送った魔方陣が全ての原因。
差し向けられた刺客に多くの王族が殺害されたというのに……」
「それは……でも、調べて下さい。私は本当に魔方陣を無断で送るなんて……」
「真実など必要もないし、意味もない。
お前はプラーミァの王族と手を組み、国を裏切った悪しき王だ。
その罪を、せめて死して償うがいい!」
「い、イヤあああ!!」
正式な裁判も、民の前での処刑もなく、彼女は密かに首を刎ねられ殺された。
聖なる乙女の血がシュトルムスルフトの大地に流れ染み込んでいく。
「処刑では無く、自らの罪を悔いての自害で死んだ、ということにしておいてやる。
名誉も何もない地に堕ちた女王には過分の計らいだろう」
第二王子が、女王であった存在に、最後の声をかけたまさにその時だった。
ドオオオオン!!
「な、なんだ!!」
大地が、風が、星が揺れた。
シュトルムスルフトに住まう、全ての者が感じたという。
大地の唸り、水の叫び、緑の悲鳴、そして風の啼き声を。
女王の死を命じた王は絶望と共に見ることになる。
確かに握っていた筈の杖は消えていた。
首を刎ねた筈の妹の身体は失せ、どこにも見つからない。
そして何より。
一瞬で、全ての『精霊の力』恵みを失い、白い砂漠に変わった己の大地を。
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