【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

国王会議 ライオット視点 不老不死が終わる時 3

公開日時: 2024年9月17日(火) 08:30
文字数:3,321

『神』の宣戦布告。

 全世界に下知された不老不死の終了とそれを阻止できるかもしれない唯一の方法を知らされた翌日。

 通信鏡による国王達の会議の席上で、結論は驚くほどにあっさりと下された。


『マリカ皇女には命を捧げて頂くしかないだろう』

『待って下さい。父上、それは……』

『黙れ、ヴェートリッヒ。これは、世界の平和の為なのだ』


 アーヴァントルク皇帝陛下がはっきりと口にする。

 彼がある意味、悪役として誰もが口に出せない事を言葉にしてくれたのは解っていた。

 だから、息子であるヴェートリッヒ以外は、言葉が紡げずにいたのだ。

 わが父であり皇王、シュヴェールヴァッフェさえも。


「我が娘一人を犠牲にして、世界の平和を守る、とおっしゃるのか?

 かつての勇者。アルフィリーガの時のように」

『無論、そのようなことは誰もしたくない。

 だが、正直他に手段は無いのだ』


 反論を紡げるのは、父として娘を思う俺だけだろう。

 だが、それも感情論。 

 諫めるように首を振りながら皇帝陛下は、俺に、そして国王達に告げる。


「マリカ皇女には我が国は勿論、どの国も言葉に言い尽くせぬ程の恩があろう。

 民も彼女を慕っている。

 食の復活、『精霊神』の救助、新技術の発見と伝達、精霊古語の解読と

 あの少女がこの大陸に齎した功績は、筆舌に尽くしがたい。

 彼女を失えば、ここ数年、間違いなく飛躍的に進歩してきた科学、化学、料理、経済、あらゆる分野が停滞する。『精霊神』に寵愛されてきた彼女を生贄にすることにより、彼らの怒りをかい、加護を失う危険性さえもある」


 実際の所、各国でマリカは既に国の王族を超えた人気と人望を博している。

 この二年で七国全てを訪れ、全てではないが地方都市も巡って、その土地の産業開発に力を貸している。

 孤児院の整備、農業の整備、新しい工業技術の展開。新産業の発見。

 二年前に比べて、全ての国、全ての町で人々の生活は向上していた。

 そのきっかけは一人の少女であることを、誰もが知っている。


『だが、それでも、他に選択肢は無い。

 民衆は、『神』の宣告以来、暴動一歩手前という状態で興奮しきっている。

 各国に同時に起きた魔性の襲撃によって、多くの人間が痛みを、苦痛を、死への恐怖を思い出したからな。

 マリカ皇女を犠牲にして、不老不死世の継続を。

 そう皆、訴えているのだからな。我ら、王族、皇族でさえ止められぬ。

 死に怯え血走る民を、制する事が出来る者はいるか?』


 宣告の後、魔性が来襲、人々を襲い始めたのは空国だけに限らなかった。

 魔王不在であるにも関わらず、各町を的確に襲い、人々を傷つけて行った魔性共。

 各国、事前対応がしっかりしていたので大きな被害は出なかった筈だが、皇帝陛下の言う通り、不老不死が無くなれば人は死ぬのだと、皆が思い出した。

 間違いなく『神』の策略であろう。


『……個々人で考えれば、不老不死世は人にとって正しい容では無い。彼女一人を犠牲にしていいのか?

 と思っている者は多分いる。我らも含めて。

 だが、今、口に出すことはおそらくできまい』

「義兄上」


 皇帝陛下に同調するように漏らしたのはプラーミァ国王 我が義兄上だ。


『プラーミァは、自分で言うのもなんだが親アルケディウス、親マリカの国である。

 それでも、マリカ皇女を守って不老不死を解除するべきだ。

 そうはっきりと口にできた者は王太子グランダルフィと王太子妃フィリアトゥリスのみであった』

『我が国も同様だな。ソレイルは不老不死者ではないこともあり、歪んだ世界が元に戻るのであれば受け入れるべきだ、と告げたが、大貴族達に一蹴されている』

『私は、これを機に不老不死無しでも生きて行こうと、大貴族や人々に訴えた。

 第一王子グアンや一部の貴族は同意してくれたが、それでも全体の意見は圧倒的に不老不死世の存続に傾いている』


 俯き、悔し気に唇を噛みしめる水国大公と地国大王。


『一人の少女と、全世界数千万人の命

 天秤にかけることさえできません。

 マリカ皇女の尊い犠牲は、勇者アルフィリーガの伝説のように聖典に刻まれ、人々の心に残り続けるでしょう』

『……やむを得ない事なのかもしれません。私には、どうしても受け入れることはできそうにありませんが』

『政治と感情は切り離すべきです。女性はどうしても感情に支配されがちですが』

『大公閣下。それは私を侮辱しているのですか?』

『いいえ。そのような意図は。気に渡ったのでしたらお許し下さい』


 空国大公の言葉は残酷であり、冷酷であり、また事実でもある。

 風国女王と同じように思う者はきっといる。皆、そう思っていると信じたいが、大貴族、貴族、一般の民まで全て敵に回して貫き通せるかと言えば、難しいだろう。


『今、皇女はどちらにおいでだ? ライオット皇子』

「大神殿の自室に。逃亡されてはならぬとほぼ軟禁状態にある。

 扉も窓も外から厳重に封じられていて、我々ですら面会が叶わぬ状態だ」

『それも、致し方あるまい』

「致し方ない、で済ませるおつもりか! まだ、たった十四年しか生きていない娘の最後の三日間が、閉ざされた自室などあまりにも哀れに過ぎるだろう!」

『だが、万が一皇女に逃亡され、審判の日まで行方知れずということになれば、世界中が被害を被る。本当に致し方ないというしかないのだ』

「なれば……せめて、母親の面会を許して頂くことはできませんか?

 残り僅かな日々を、娘と過ごしたい。そう思う母の気持ちを汲んでやって頂きたい」

「父上……」


 今まで、沈黙を続けていた父、アルケディウス皇王が深々と頭を下げる。

 アルケディウス皇王家にとってマリカが特別な存在であることは各国も解っている筈だ。

 そんなことは許されない。

 と、拒絶する声はどこからも聞こえては来なかった。


『転移術使いである神官長、皇国の宮廷魔術師、いざとなれば護衛や見張りを切り捨て、娘を逃がせるライオット皇子と婚約者の面会は認められない。

 だが、母ティラトリーツェと侍女一人、そして二人の弟妹くらいであるのなら、許されないか?』

『面会に入ったら、当日まで外に出ない。という条件であれば……認めて差し上げてもいいのではないでしょうか? 本当に、今世の別れとなるのですよ』

『神官長に確認してのことになるが、各国王の要請があったと知れば受け入れてくれるだろう』

『神官長は、どうしている?』

「最初は憤っておりましたが、神官長たる者『神』の意思には逆らえません。

 今は儀式の為の準備に専心しておることでしょう」


 義兄上と風国女王の援護射撃で、なんとかティラトリーツェ、ミーティラ、フォルトフィーグとレヴィーナの面会が許されることになった。

 だが、それは逆にマリカが世界の生贄になることが確定した瞬間でもある。


『残りの者の面会は控えるようにしよう。正直、俺はあの子に顔を合わせることができぬ』

『別れを言うなら、最終日、ですね。それまで親子水入らずの時間を邪魔しないように気を付けましょう』


 顔を背ける義兄上とヴェートリッヒ。

 ……演技派だな。


 こうして会議は重い空気のまま終わりを告げた。


『そう言えば、ライオット皇子。婚約者の少年騎士はどうされた?』


 通信鏡が切られる直前、水国大公がふと俺に声をかけてきた。


「マリカを逃がす可能性があるので、護衛を解除、神殿外の部屋に軟禁されている」

『……そうか』

『いっそ、連れて逃げてくれればいいものを』

『大王殿、それは言わないお約束、というものだ』


 俺達の話を聞いていたのか、地国大王が息を吐いたのが見て取れる。だが大王は気付かなかっただろう。大公が俺に目くばせ、愉し気な笑みを浮かべていたことに。


『ライオット皇子。我が国ができることがあるのであれば、いつでも声をかけてくれ。

 我々は皇女への恩を忘れてはいない』

「感謝する」

『私も合わせる顔が無いが、最後にもう一度顔が見たいな。

 ……マリカ皇女の幸せそうな、花のかんばせを』



 通信鏡が全て切られて、静かになった部屋で、父王は俺に密やかな声で囁く。


「これで、良かったのか? ライオット?」

「はい。ありがとうございます。後は、あいつらを信じて任せましょう」


 本当は、俺も一緒に行きたかったのだが。

 目を閉じ、せめて思いを送る。


「頼んだぞ。アルフィリーガ。俺の娘を」


 きっと今頃『神』と対しているであろう親友に。

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