アルケディウスの大祭は夜が本番。
と言われるようにすっかり太陽が落ち、宵闇に包まれても祭りの活気は全く衰える様子を見せてはいなかった。
「相変わらず凄いね。
みんなの熱気でむせ返りそう」
「どの店も、今日はかきいれ時だからな」
「うん」
(こういう賑やかで、楽しそうな子ども達の姿、好きだなあ~)
(ああ、プラーミァの祭りも見てみたいものだ)
二人で人ごみの中を隙間を縫って歩く。
私達の中にいる二人の『精霊神』様は感覚的には、頭の上か肩に乗っかって私達と一緒に祭りを見ている感じらしい。
なんだか声が(私たち以外には聞こえないけど)弾んでいる。
「城壁市場を見て回ったら、中央広場で出し物を見る、でいいのか?」
「うん。嫌いなの解ってるけど…いい?」
「もう、三度目だ。そういうもんだと慣れたさ」
空の刻頃に中央広場の仮設ステージで出し物が始まる。
前座は旅芸人のダンスや軽業。
メインはアルフィリーガ伝説の舞台劇。
その後は吟遊詩人が楽しい舞踏曲を弾いて、みんな夜遅くまで踊り唄う。
アレクの出番はこの舞踏曲のところ。
フォークダンスのようにみんなが輪になって、見知らぬ者同士と踊ったりしながら夜更けまで賑やかに過ごす。
年に二回の大騒ぎだ。
大祭初日のメインイベントなので、精霊神様にはぜひ見て頂きたいけれど。
うーん。
きっと見物に来ているであろうみんな、中央広場に集まっているだろうから、私達はあんまり長居しない方がいいかもしれない。
「ゆっくり城壁市場を見て回ろう。劇はタイミングが合ったら、で」
「ありがとな」
中央広場を避けつつ私達は祭りを見て回った。
祭りはやっぱり屋台がメイン。
いつもながら見ているだけでも目移りするくらい楽しい。
今回は夏だから、厚手の手袋とか靴下は少なめ。
代わりに色々なアクセサリーを売る店などが多い印象だ。
「うわあ、これキレイ」
「フリュッスカイトのガラス玉だ。これからの季節にピッタリだと思うよ」
涼やかな色合いのガラス玉のブレスレットや髪飾りが並ぶ店に私は足を止めた。
その中の一つ、流水のような綺麗な蒼が凄く目を引く。
小さなビーズガラスを組み合わせて作った首飾りは本当に凄い。
昔はガラスの蒼色を作るのが大変で、秘伝だったっていう。
これもそんな感じなのかもしれない。
それなりのお値段で、屋台アクセサリーとは一線を画す感じだけど。
「お嬢さんにも似合うと思うけど、もっていかないか?」
「うーん、いいです。ごめんなさい」
お忍びで来ているから、変に証拠が残るものは買えない。
ここは我慢、かな?
「…だったら、こっちをやるよ。金は要らないからさ」
「え?」
私があんまり名残惜しそうにしていたから、だろうか?
店主さんが、小さな飾りを私に指し出した。
飾りのついた髪ピン。
ウィンプルや、貴婦人が結った髪を止めるのに使っているのは知っているけど。
御主人の固い手のひらの上に親指の先ほどの蒼い花が咲いている。
「あんたの髪に良く似合うと思うんだ。
運んでる途中で欠けが出ちまった不良品だけど、捨てるには勿体ない出来だし、良かったら貰ってくれや」
確かに花びらがちょっと欠けてるけど、十分に綺麗だ。
「え? いいですよ。お金払います」
お金がない訳ではないのだ。私は手を振って遠慮しようとしたけれど、いいからいいから、と店主は奥さんかな?
店員の女性に目配せして、髪飾りを渡した。
「少し、しゃがんで下さいな。
おや、なんて綺麗で艶やかな髪!」
そういうと女性は私の前に立ち、私を座らせるとこめかみの上でウィンプルを止めるように二つの髪ピンを付けてくれた。
「ほら、お兄さん。見て下さいな。ステキでしょう?」
「ああ、凄いな。まるで昼と夜の狭間に星の花が煌めいているみたいだ」
くるり、と私の身体を返してリオンに向けさせた女性店員の言葉に頷く。
その照れたような顔は、嘘を言ったりしていないと直ぐに解って、私まで顔が紅くなってしまう。
「あ、お金!」
「良いって言ったろ? どうせ売り物にならない品物だ。
あんたみたいな美人さんが付けてくれたら、モノも喜ぶし良い宣伝になりそうだ」
「ありがとう、ございます…」
結局断り切れなくて受け取ってしまったけれど、ちょっと嬉しかった。
(確かに良く似合っている)
(マリカの夜の髪に溶けるようでいいね)
『精霊神』様達も褒めて下さって、私は思わず髪飾りを何度も撫でてしまう。
「あの店の飾りが気に入ったら、後で買ってきて貰うか?」
リオンは言ってくれたけれど、私は首を横に振った。
「ううん、いいよ。
この秘密の一晩の記念には、これで十分」
形のある証拠は最小限にしておかないと。
後は、心の中にしまっておこう。
「そろそろ、中央広場に行こう。アレクの演奏始まっちゃうかも」
「そうだな。ほら」
私は逸れないようにリオンとしっかり手を繋いで、人ごみの中を泳いで行った。
中央広場はアルケディウスの商人の店が軒を連ねている。
ゲシュマック商会の屋台店舗は勿論既に売り切り閉店しているけれど。
でも今年はさっきのエルディランドの店のように時間をずらし、夜に売れるように工夫している店もあるらしく、粉物の香ばし甘い匂いが鼻孔を擽る。
多分、クレープ系を売っている店があるのだと思う。
で、舞台では丁度、アルフィリーガ伝説の舞台劇がクライマックスだった。
今年の舞台はちょっと京劇風に見える。
アクション風味が強い感じだ。
魔王を勇者役の俳優が驚くくらいの身のこなしで追い詰めて仲間と一緒にとどめを刺した。
勇者は軽戦士なので正しい解釈とは言える。
そこから先は、いつものとおりの勇者の自己犠牲と神の奇跡。
私達にはもやもやの展開だけれども、人々はうっとりと魅入っていた。
舞台が終わり、満場の拍手喝采が鳴り響く中。
(こういう解釈になってたのかい? 不老不死世界の成立って…)
頭の中に声が届く。
ラス様の『声』は明らかに不機嫌を宿しているのが解った。
「はい。そうです。魔王を勇者が倒し、勇者が自らの命を捧げ、神が勇者と魔王の身体を使って世界を作り変えたとされています」
(…まったく酷い話だ。
我々は封じられて外の世界のことは殆どわからなくはなっていたが、それでも『星』と『神』の力が融合する事によって世界が作り変えられたことは解った。
だから『真実』を知って目を剥いたぞ)
(民の力が殆ど届かなくなり、我らの声や思いが伝わらなくても『星』と『神』が和解して新しい世界を作ったのならそれはそれで、仕方ないと思っていたのにな。
あの方は、ホントにおかしくなっちゃったんだね…)
寂しげな吐息が二人から聞こえてくるようだ。
『精霊神』様達はあの方、と呼ぶ『神』と関係が深く、元からの敵対関係ではないことは解っていたけれど…。
「あの…」
私が声をかけかけた時
ピーン!
高い、一弦の音が響いた。
場の空気を切り替える、強くて鮮やかな音色。
「あ、アレク!!」
舞台の上はいつの間にか劇のセットが片付けられ、ぺたりと、床に座ったアレクが一人、精霊やカンテラの光を浴びていた。
広場中の目視を集めながらもアレクは臆することなく、リュートに指を当ててかき鳴らす。
「!」
周囲の人達の表情が変わったのが解った。
舞台の上に現れたのが子どもであったので、一瞬広がりかけた失望が、一気に賞賛と感嘆に変わっていくのが解る。
細い指から紡がれる繊細な調べは、人々にとって聞きなれたアルケディウスの古謡である筈。
けれども、天使のようなアレクのボーイソプラノと相まって荘厳な讃美歌のように聞こえて胸が詰まる。
感動にすすり泣くような声も聞こえて、周囲の人達もきっと同じ気持ちなのだろうと解った。
広場を埋め尽くすくらいの人がいるのに、楽器以外の音は聞こえない位にみんな聞き入っている。
(なかなかいい腕の楽師だな)
「そうでしょう? 私の自慢の弟なんです」
精霊神様のお墨付きも貰ってちょっと嬉しい。
アレクのソロが終わると、ここからは全員参加のお祭り、輪になってのダンスだ。
舞台の上の楽師も増えて、音楽が一層大きくなった。
アルケディウスの舞踏曲はオクラホマミキサーのような感じで、大広場に男女の二重円がいくつもの輪が出来て、どんどんパートナーチェンジしながら色々な人と踊っていく感じ。
隣の誰とも知らない人と、手を取りあって踊るのが楽しいのだ。…という。
子どもは輪の中に入れないので、大人達の話を聞くだけだったけれど。
今まで参加したお祭りも、このダンスの前に帰る羽目になっていたし。
酔っ払いもいないし、それぞれがこの祭りを楽しもう、壊すまい、としているのであんまり、知らない同士でもトラブルにはなったりしないという。
まれ~にこのお祭りのダンスで知り合った者同士が恋人同士になることもあるという。
なんだか、ワクワクしてきた。私はリオンの手を引いて輪に誘う。
「私達も踊ろう♪」
「…一周だけな」
基本的な動きは宮廷舞踊の簡単バージョン。
交流をメインにする舞踏会でも似たような踊りが踊られることがあるらしい。
お辞儀をして、手を取って。
前に数歩、後ろに一歩、それを三回繰り返し、くるりと回って最後にお辞儀。
女性は前に進み、男性は後ろの下がってパートナーチェンジ。
憧れていた祭り舞踊の感想は、楽しいけれどちょっと踊りにくいなあ。
だった。
最初のリオンとのダンスは軽やかにできたのだけど私と踊る男性は、何故か大抵が最初に顔を見た瞬間硬直して、動きカチカチのまんまで終わってしまう。
足を踏んずけられたことも何度か。
まあ、王子の教育を受けて、騎士貴族として鍛えられたリオンと比べるのは可哀想だけど。
あ、ヴァルさんだ。
貴族はあんまりお祭りには参加しないけど、お忍びで来ている人もいるらしいしヴァルさんにはアレク達の護衛を頼んだから来ていても不思議はない。
ってことは他の子達もいるのかな?
まあ、この人ごみだし、私は大人だし、それこそこんな近くでダンスでも踊らなきゃ顔は解らないでしょ。
と、たかを潜って、私はヴァルさんに手を伸ばした。
っぽいけれど、丁度パートナーチェンジ。
彼とは前後に離れてしまった。
何か言いたかったのかな?と思うけれど、残念ながら聞く機会は無さそうだ。
もう一周回れば…、ダメだ。リオンと一周だけって約束したんだった。
「あ、お帰り」
「そろそろ抜けて帰るぞ」
「うん、シンデレラタイムだね」
楽しいけれど、日が変わるまでには戻ってと言われている。
そろそろ魔法の時間も終わりだ。
「じゃあ、最後一回」
二人で最後のフレーズを一緒に踊る。
身長差も丁度良くって気持ちいくらいに身体になじむリオンとのダンス。
ああ、もっとずっと踊れてたらいいのになあ。
なんてほんわか考えながら踊っていたら。
(マリカ!)
「おい! 気を抜くな!」
「へ?」
頭の中と外から険しい声がする。
何かと思って意識の集中を戻したら…
「うわあっ!!」
気が付けば、また周囲がキラキラ。
しまった。またやっちゃった?
というか来ちゃった?
精霊さん達、ちょっと空気読んで!
「な、なんだ?」「精霊の光?」
「どうしたんだ?」「あんた達、一体?」
人が私達に押し寄せるように集まって来る。
もみくちゃにされてリオンの手を離さないようにするのがせいいっぱいだ。
「しまった…。この人ごみじゃ…」
(アーレリオス! 人目を反らして!)
(解った。マリカ、力を使うぞ!)
「え?」
右腕が勝手に動いて差し伸べられた手に、ぽん、と火が灯り、熱というか炎が集まっていく。
「な、なんだ?」
突然発生した熱の固まりに驚いて、周囲の人が数歩下がった瞬間。
炎をアーレリオス様が私の身体で、空に放った。
ポーンと。
まるでボールを打ち上げるように。
同時。
パーン!!
花が咲いた。漆黒の夜空に大輪の花が。
所謂花火。それも超特大尺玉クラス。
誰もがその音と、光と降り注ぐ火花に一瞬、目を取られた隙に
「行くぞ!」
リオンが私を羽交い締めるように抱きしめ、飛翔した。
大広場の路地裏、物陰に。
火花は、向こうの花火と同じように地面に落ちる前に淡雪のように消えた。
火事とかの心配はなさそうだ。
突然の花火と私達の消失に広場は騒めいている。
音楽も止まって大騒ぎだ。
でも、一瞬であの場から消えた私達を見つけ出すことはできないだろう。
「リオン、帽子落ちてる」
「お前もウィンプルが外れてるぞ…、だが取りに戻っている余裕はないな」
(そうだね。余計な力も使ったし、そろそろ時間切れだ。速く戻って)
息を吐き出す私達にラス様が囁く。
頷くようにリオンがまた飛翔した。
(まったく、お前達は本当に何をしでかすやら…)
「私のせいじゃありません、って。
なんでか私が踊ったり、歌ったりすると精霊達が集まって来るんです」
踊りには精霊に呼びかける意味があるとか、歌と声も精霊に呼びかけてたとか聞いたけど、ただのダンスであれだなんて。
私の愚痴に、でもラス様は同意はしてくれなかった。
(マリカに精霊達が寄ってくるのは当然だろ。
君はもっと自分の存在の意味を自覚すると良いよ)
「? どういうことです? 精霊の貴人だからですか?」
(止めろ。ラスサデーニア。
単に退屈していた精霊達が、楽し気なお前達に魅かれて集まってきただけだ。気にするな。
以後は注意、それでいい)
なんだか誤魔化された気がする。
でも…
「これからは本当に何かする度に忘れず、精霊達に来ないで、ってお願いしとかないといけない、ってことですね」
私は息を吐いた。
本当に注意しないと。
歌うたび、踊るたび、あの騒ぎじゃ心臓がいくらあっても足りない。
「…着いた。なんとか、見つけられずに戻ってきたな」
幾度も飛翔を繰り返し気が付けば、私達は私の部屋に戻ってきた。
と同時に
「あうっ!」
ラス様の力の発動を感じる。
体中が心臓になったみたいにドクドク音を立てて変化していく。
身体の中の余分なものが空気中に溶けていくような感じがして、私とリオンの身体は縮んで…元に戻っていた。
「ふう…」
(なんとか、間に合ったかな?
マリカ。アーレリオスが力を使った分、ちょっと朝の寝覚めが悪くて頭痛とかするかもしれないけど、我慢しなよ)
「解りました。…リオン、どうする?」
「俺の部屋で着替えてから帰る」
荒い息を整えながらリオンが応える。
私達の服はサイズが変わってぶかぶかになってしまった。
自分の部屋だから着替えがあるから大丈夫だけど、と心配になったけれどそういえば第三皇子家にはリオンやフェイがたまに泊まるように言われた時使う部屋がある。
お父様の従卒部屋なんだって。
今、お父様には従卒とか身の回りの世話をする小姓とかはいないから、使っていないそうだけど。
「着替えも置いてある?」
「ああ」
なら、大丈夫かな。
「ごめんね。せっかくのお祭りだったのに大騒ぎになっちゃって」
「気にするな。俺も色々と楽しかった」
(僕らも楽しかったよ。やっぱり生の人間の気力はいいね。生き返る)
(ただ、うかつに頼めないとは実感したがな。
お前らは何をやっても騒ぎを起こす)
「失礼な。騒ぎを起こそうと思って起こした事なんてないんですから!」
そう、本当に騒ぎを起こそうと思って起こした事なんてない。
ただ、結果的に騒ぎになってしまうだけだ。
言い訳になってないけど。
「じゃあ、戻る。バレたらとんでもない事になるからな」
私がリオン貸した髪紐を拾って渡してくれた。
その手をぎゅっと握りしめる。
「うん。今日はありがとう。リオン。楽しかった」
「俺もだ。じゃあな」
微かな空気が揺れる音と共にリオンが消えてしまうと、楽しかった時間の名残はぶかぶかの服と、髪に残った蒼い花のピンだけになる。
大急ぎで服を着替えてこっそりと、タンスの奥の奥にしまい込む。
これは、後でこっそり魔王城にでも持って行こう。捨てたくはない。
大事な夢の思い出だ。
(早く寝た方が良いよ。マリカ。明日も仕事なんだろう?)
「はい、ありがとうございます」
リオンから離れたラス様は精霊獣に戻ったらしい。
顔を上げて私を見るくりくり黒目の獣に私はお礼を言った。
もう一匹、純白の獣は私にお尻を向けて、香箱を組んでもう眠っている。
「アーレリオス様もありがとうございます。
とっても楽しかったです」
私の言葉に返事もしないけれど、耳は微かにぴくぴく揺れている。
聞こえてはいる筈だ。多分。
私は二匹の精霊獣を横にしてベッドに横になると目を閉じた。
少し、というかかなり疲れたけれど、気分はスッキリ、楽しかった。
また行けたらいいんだけどな。
浮かれ気分で眠りに付いた私は、夢の中でもリオンと一緒に大祭を楽しんでいた。
私達の引き起こした騒動のあと、大祭に大精霊フィーバーが巻き起こったことなど知る由も無く。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!