【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 皇王の魔術師

公開日時: 2021年8月11日(水) 07:37
文字数:4,280

「だ、誰、です?」


 現れた人物に、皆がさっと膝をつく中、一人尻もちをついたまま小首を傾げるフェイ。

 ほんの少し前まで、激しいバトルを繰り広げていたとは思えない緩みっぷりだ。

 あ、でもそうだ。フェイは知らない。

 この方が誰であるかを。


 シルバーブロンドに黒い瞳。

 王宮内の非公式な場であるからか、王冠は頭には無く、軽いサークレットをしている。

 私にとっては顎鬚と口ひげを蓄えた見るからに、絵に描いたような「王様」だけれども、この世界生まれのフェイにはそんなイメージ無いよね。

 普通の子どもに王様とか縁がないし。


「アルケディウスの皇王陛下だよ。フェイ!」

「えっ?」


 私のつぶやきに流石のフェイも青ざめ、即座に身を正すと、跪いた。

 明らかに緊張している。

 リオンが何より一番なフェイだけれど、国の王様を前にして、まともな教育を受けた人間がこなうならない筈もない。

 ましてや仕掛けられたとはいえバトルなんかやっちゃってたのだ。

 動揺するのも当然だ。


 そんなフェイの様子を楽しそうに見遣ると、皇王陛下は視線を視線をソレルティア様へと移す。

 ソレルティア様の方がしまった、感の強い顔をしている。


「任官の前に少年に答案の意味を問いただす、では無かったのか?

 ソレルティア? 子ども相手に随分楽しそうであったが私はあそこまでやれとは言っていないぞ」

「も、申し訳ありません」

「まあ、良い。其方も色々と思う所があるのは解っている。

 下がっておれ」

「はい」



 一切の言い訳をせず、頭を下げるソレルティア様にそれ以上、怒るでもなく。

 鷹揚に笑った皇王陛下は、彼女を後ろに従えると改めて


「ゲシュマック商会のフェイは其方で間違いはないな?」

「は、はい。お初にお目にかかります。皇王陛下」

「即答を許す故、気持ちを軽く持ち、こちらを見るがいい」


 柔らかい、緊張をほぐす態度でフェイに向き合って下さる。

 約束の刻限には少し早いけれど、招待状には皇王陛下が直々に話をする、ともあった。

 これは、このままここで話をするということかもしれない。

 と、思い私もガルフと後ろに下がった。


「其方を呼び出したのは他でもない。

 其方の試験結果は興味深いものだった。

 故に、直々に其方の採用と配属を伝えて進ぜようと思ってな」

「興味深い…ですか?

 しかも、採用、と?

 つい先ほど、ソレルティア様には、文官、司法官の適性が無いと怒られたばかりであるのですが…」


 意味が解らない、と小首を捻るフェイとソレルティア様を見遣り皇王陛下はくすり、と含み笑う。


「そのようなことを申したか。

 まあ、あながち間違ってはおらぬ。国政には向かぬ人材ではある。

 だが、我らが求めていた人材であるのだ。其方は」

「?」


 驚くフェイそして、私達に向けられた言葉はあまりにも意外なものだった。


「ゲシュマック商会 フェイ。

 其方に準貴族の地位を与え、私、皇王抱え魔術師として採用、任命する。其方は王宮魔術師リーテ以来500余年を経て任官される『皇王の魔術師』だ」

「え?」「リーテ?」


 フェイを王宮、しかも皇王陛下自身が抱えると、いう決定にはビックリだけれど、実はそれとは違う、私とフェイは別の驚きポイントに息を呑み込む。


 私と、フェイの様子に気付いたのだろう。

「ほう? その様子だと知っているな。ライオはよほどお前達を可愛がっているとみえる」

 にやりと笑って顎ひげを撫でつけた。

 遠い、大事な何かを思い出す様な瞳で話し始める。


「かつて『魔王を倒した』と伝えられる勇者とその仲間。

 うちの一人、魔術師リーテは元は私抱えの魔術師。

 精霊国 エルトゥリアより託された希望の子でな。

 ライオットを旅に出す時に、私が貸し与えた者なのだ」


 ちょ、ちょっと待って、と言いたくなる。

 あまりにもな爆弾発言連発に声が出ない。

 かつて世界が闇に包まれていた時、それを解決すべく少年少女が世界を旅し、精霊を喰らう魔性と戦い、魔王を倒し人々を救った、というのが勇者伝説だ。


 勇者アルフィリーガの他は戦士、魔術師、神官とだけ語られ、基本的に名前は伝えられていない。

 戦士ライオットことライオット皇子は生きているので、誰もが知っているけれど。


 魔術師リーテさんの名前を私が知っているのは勇者リオン本人が教えてくれたから。

 そう言えば、ライオット皇子から旅時代の話を聞いたことないや。


 と、話がずれる。

 顔を戻さないと。

 皇王陛下の話を聞き逃すわけにはいかない。


「精霊国…エルトゥリア…ですか?」

 震えるフェイの肩と声に気付いてか、気付いていないのか。

 うむ、と頷き皇王陛下は続ける。


「其方らは知るまいな。かつてこの世界のどこかにあったと伝えられた精霊の国、だ。

 溢れる精霊の恵みを有し、星の守護と共に国々にその恵みを分け与えて下さった。

 大聖都とはまた違う、我らにとっては神の国のようなものだと思っておくがいい。

 説明が難しい」




 …濁されてしまったけれど要するに、かつて精霊国エルトゥリアは存在はするけれど、どこにあるか解らない隠れ里のような存在として認識されていたんじゃないかと思う。

 そこから、精霊の恵み。

 きっとカレドナイトや、精霊石が施されていた。

 多分、優秀な魔術師や精霊術師も派遣されていたのだろう。


 不思議に思ってたんだよね。

 勇者と旅した魔術師が、エルトゥリアの魔術師と兄妹だったって聞いて。

 そういう事情があったのか。




「エルトゥリアは我々に惜しげも無く、その豊かな精霊の恵みを分け与えたが、国々の中にはそれを疎む者もいた。

 特にアーヴェントルクなどは、国の主産業であった鉱山からのカレドナイトのシェアを奪われると、恨んでさえもいただろう。

 どこにあるかも解らぬ事も重なって、いつしか存在さえも幻の様に語られ、神により魔王と同一とされるようになった。

 ライオットは何も語らなかったが、その慟哭からなんとなく私は事情を察している…。

 エルトゥリアは滅び、かの国を治めていた麗しの女王陛下も亡くなったとな」


 なるほど、うっすら納得。

 本当にうっすらだけど。


「私は今も、神以上に精霊とエルトゥリアを尊んでいる。

 神が世界を支配する世では大っぴらには語れぬことではあるがな。

 故に、神よりも精霊を愛し、信じるあの答案に私は可能性を見出したのだ」



 …そっか。

 皇王陛下は、本当にこの国や世界、そして精霊を愛しておられるんだ。

 考えてみれば世界が暗黒に覆われた時、唯一、皇子を差し向けてまで世界の闇を解決しようとしていたのだものね。


 もしかしたら他国も何かしようとはしてたのかもしれないけど。



「詳しい話はおいおい、してやるとしよう。

 私は其方が気に入った。

 しかも優秀な能力者。放置するのも混乱の元であるなら、この方法が一番其方を有効的に使えるだろう。

 フェイは私が抱え、当面は国の事業の為にゲシュマック商会に貸し出すとする。

 皇家の人間や大貴族などが必要とする時は、私が命じて其方に仕事として割り振ろう。

 建前上は子どもであることも含めて準貴族だが『皇王の魔術師』

 私の手足として、貴族や大貴族を助けたり、査察したりすることになろう。

 其方に直接『命令』できるのは私と、文官長、それにソレルティアのみとする。


 成人までフェイはソレルティアの元で王宮魔術師としての基本や、人間関係を学べ。

 いずれは国を動かし守れる魔術師となることを期待しているぞ」


 不合格や、逆に国に繋がれてゲシュマック商会の仕事ができなくなることもあったことを考えれば、文句のつけようのない好条件と言える。

 けれど…


「皇王陛下…。一つお伺いしたい事があります」

「フェイ!」


 意を決して、という顔付でフェイは皇王陛下に問いかける。

「なんだ?」

「僕には、既に絶対の忠誠を誓った主がいます。

 皇王陛下にお仕えする事に否はないのですが、主が必要としたとき、そちらを優先する事をお許し頂けますでしょうか?」


 自分にとって最優先するもの。

 絶対譲れないものを。


「其方! 皇王陛下がこれほどまでに慈悲と寛容を示して下さっているというのに。

 まだ、そんな事を!」


 フェイの言葉にソレルティア様は眉を上げるが、皇王陛下は彼女を手で制すると静かに微笑む。

 それは本当にこの世界で久しぶりに見るような、子ども自身を認め許し、愛する大人の眼差しに私は思えた。


「人の心は縛れぬ。好きにするがいい」

「皇王陛下!」


「ただし、地位には責任が伴う。我が儘を聞く分、こき使わせて貰う。

 転移術も私の許可なくばゲシュマック商会の仕事以外は基本使用禁止とするが、逆に私の許可がある場合にはどんどん使ってもらう。


 働け『皇王の魔術師』


 地位に相応しき仕事は期待しているぞ」


「…必ずや、ご期待に応えて見せます」

 

 深々と頭を下げ、応えるフェイの眼差しに嘘はない。

 皇王陛下へのはっきりとした敬意と、自身を認められた喜びがこんこんとあふれ出る泉の様に、その深く青い瞳に湛えられている。




 正式な叙任と詳しい話は後日、と私達は城から返された。

 色々騒動はあったけれど、フェイの試験結果は私達から見れば文句のつけようのない大成功と言える。


「よかったね。フェイ」

「ええ。これでリオンにも安心して報告できます」


 他にも色々と収穫はある。

 皇王陛下、ソレルティア様。

 国の方達の考え方や思いも知ることができたのは特に有益だった。

 アルケディウス上層部は、神よりも精霊を大切に思ってくれている、ということも。


 杖を賭けた勝負はうやむやになってしまったけれど、むしろあれでよかったのだ。

 きっと。

 

 私達が拠点としたこの国が、ガチガチの神国でなかったことも良かったと思うけれども、今後精霊よりも神を重要視する国とかもあるかもしれない。

 注意が必要だ。


「ソレルティア様とも仲良くして、しっかり足りない所、勉強してね」

「解っていますよ。

 …なんだかんだで、彼女の実力は認めています」


「へえ~」


 自分より、知識も技術も無い者に従うつもりは無いなんて、言ってたのに変わるもんだ。

 にやにやとした笑い浮かべる私に


「そんなんじゃないですよ」


 と怒るけれどもそこはかとなく顔は朱い。

 今はツッこむことはしないけど。

 

 私は

 

 フェイにとってソレルティア様が、一つのきっかけになればいいな。


 そう真剣に思っている。

 実際に人と接する事でしか得られない、常識や対人スキルを身に付ければ、フェイに本当に死角はなくなるのだから。



「頑張ろうね。フェイ」

「ええ。ああ、でも。もしできれば王宮に通う者同士、色々と助けてくれると嬉しいです」

「それは勿論」


 できるフォローはするつもりだ。

 私の方がフェイに助けて貰う事の方が多そうだけれど。


 



 そしてこの秋、アルケディウスは500年ぶりに生まれた皇王の魔術師と、もう一人、最年少騎士貴族の誕生に湧く事になる。 

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