シャンスとサニー。
二人の子どもは、孤児院から新しい仕事の為、外に出た最初の子どもになった。
元奴隷という面ではゲシュマック商会のクオレもそうだけれど、彼は孤児院で寝泊まりをしたことがないから。
暫く通いで、という話もあったのだけれども、一週間のうち、一日だけ孤児院に戻って来る。という泊りの形にさせて貰った。
外で仕事をすることの大変さは知らないと旅芸人でなくても、どこの仕事をするにしても大変だから。
数日ごとにミリアソリスに様子を見に行って貰い、一週間ぶりに戻って来た二人とは私直々に面接をしたけれど
「とっても、良くして貰ってます! あ、勿論、仕事も練習も厳しいんですけど!」
「自分が仕事をして、それがちゃんと役に立つとありがとう、って言って貰えるんです!」
と、ちょっと興奮気味に話す子ども達は、幸せそうで、怪我なども無い。
エンテシウスも劇団員も、愛情を持って接してくれているようで何よりだ。
エンテシウス曰く
「子役が使えると、劇の幅が広がりますからな。
『精霊の夢祭り』も王と王妃の従者役を子どもにすると、また違った味わいが生まれるでしょう」
とのこと。大事に育ててくれそうだ。
実際の劇を見て、残りの子ども達の中にも劇団員に憧れた子どももいるにはいるのだけれど、こっちは二人ほどの真剣さは無いので当面は様子見。
エンテシウスも言ってたけれど、芸人は甘い覚悟でなるモノではないと思うから。
私感覚で言うと、成人式までは最低でも子どもで、勉強や遊びに専念させてあげたいのだけれど、中世ではそうはいかない。
普通であっても一桁の年で仕事の見習いや奉公に出されるのは当然にあった。
であれば、やっぱり手に職を、自分に力をつけて必要とされる職場で、尊重される仕事をできるようにしてあげるのが、子どもの地位向上に繋がると思う。
なので孤児院では引き続き、身の回りのことを自分でできるようにさせながら、読み書き計算、掃除、洗濯、着物の世話。
そして調理などを教えていく事で、孤児院長リタさんとも合意した。
通いで来ている保育園の子ども、プリエラとクレイスも少しずつ、自分の道を歩み始めている。
「私、やっぱりお父さんのような、そしてカマラ様のような騎士を目指したいです!」
とプリエラは言うので、父親であるウルクスと相談して、新年度の参賀の後からプリエラをカマラの従卒として雇う事になった。カマラは
「従卒なんて使う身分では……」
と遠慮していたけれど、要するに住み込みの弟子扱いだ。
リオンが側に置いているアーサーや、クリスと同じ。
戦い方や、礼儀作法などを教えて面倒を見る代わりに、身の回りのことを手伝って貰う形と言ったら納得してくれた。
冬の秋国への旅行にも連れて行き、新年の大聖都への参賀の後から正式にカマラの従者=私の部下扱いになる。
子ども、しかも女の子を戦いの場に出すのは真剣にイヤだけど、本人の希望だし、私の目の届く範囲の方がしっかりと守ってあげられそうだから。
父と姉が戦士の道を選び、一人残されることになったクレイス君が心配だな、と思ったのだけれど。
「クレイスは、どうやら二人を迎えることを、自分の道として選んだようですよ」
とリタさんは言う。なんでも孤児院の調理場に入れて貰って、料理の勉強を始めているんだって。最初はプリエラに料理を教えていた時に、一緒に見た事で興味を持ち、今では彼女よりも本格的に学んでいる。
「父さんと、姉さんに美味しいものを作ってあげるんだ!」
孤児院の賄いの手伝いもしているという。料理人はこれからの世界、絶対に食いはぐれはないし、なんならゲシュマック商会で雇ってもいい。
とりあえず一安心だ。
孤児院はいつまでもいられるところでは、正直無い。
子ども達が自分の行きたい道を見つけ、その手助けができるようにしていきたい。
シャンスとサニーが抜けて、今、子どもは三歳以上が八人、乳児が四人になった。
通いのクレイス抜きだし、アーヴェントルクから来ている保育士見習いアンヌティーレ様が連れて来た従者の子ども達もいるから、総数はもう少し多いけれど。
今月、来月にまた二人出産を控えているし、母親を保育士として雇用しているけれど無理なく仕事できる環境は整えていきたいな、と思った。
「今の所、は人手も足りてますし、問題なく過ごせてますよ」
今回のお芝居の上演と、シャンスとサニーの自立の関係で、久しぶりにゆっくりと話をしたリタさんはそう言ってくれる。
「お二人や、職員さんもちゃんと休みを取ってますか?」
「交代で休ませて戴いてますから、大丈夫ですよ。まあ、休みって言っても何をするでもないんで部屋で本を読んだり、料理をさせて貰ったり、編み物や縫物をしたりくらいですけどね。楽器を学ぶにしても勉強をするにしてもここの環境は最高ですから」
最近は何をしても、子どもや保育と繋げてしまう、と笑うリタさんの話に私は苦笑いするしかない。保育士の職業病かな? この世界、娯楽も少ないし。
「最近はアンヌティーレ様が、女の子や子ども達に舞を見せて下さることもあって、ホントに役得を感じてます」
「アンヌティーレ様が、舞を?」
「ええ。アンヌティーレ様は、流石皇女であらせられるだけあって、舞や楽器演奏も歌も、絵も巧みで、子ども達に教えて下さっているんです」
「へえ、皇女のたしなみ、というものでしょうか?」
私は最低限の礼儀作法と奉納舞以外は、そういう「たしなみ」は身に着けてない。
器楽演奏も、歌も、絵も向こうの世界で保育士として身に着けた分だけだ。
やりたいと言えばお母様は教えて下さると思うけど、今更、そういうのをやるのものなあ、と思っちゃうのだ。
「特に、舞以外では絵がお得意でいらっしゃるみたいですね」
「へえ、意外ですね」
「ここにもありますよ。習作を頂いたのです。ご覧になりますか?」
「見たいです」
リタさんが机の引き出しから出してくれた絵は、柔らかいタッチの木炭画で、お母さんが赤ちゃんをだっこしている絵が本当に暖かく描かれていた。
写実的というのではなく、適度にデフォルメされたステキな絵。
この赤ちゃんは、多分、この間生まれたばかりのナディアじゃないかなって思う。
絵師としてやっていけそうな感じ。
少しホッとした。
アンヌティーレ様はこの孤児院でちゃんと頑張っている。
言われたことをただするだけでは無く、ここで自分には何ができるかを考えて発信することができているのだ。
私が顔や口出しをするのは気づまりになるだろうな、と思って必要な時以外は関わらない様にしていたけれど。
もう少し、積極的に関わってもいいのかもしれない。
「アンヌティーレ様」
「まあ、マリカ様。お声かけ下さって嬉しゅうございますわ」
帰り際、私は大広間で子ども達と遊ぶアンヌティーレ様に声をかけた。
「ご不便や、困りごとなどはありませんか?」
「特には何も。本当に王侯貴族もかくやという設備の整ったこの孤児院で、私も色々と学ばせて頂いております」
にこやかなアンヌティーレ様の笑顔は、アーヴェントルクで会った時とはまるで違っていて、優しくて艶やかで愛らしくて。
彼女を慕う子ども達も集まっている。
孤児院での生活、子どもとの触れ合いが彼女を変えたのだ。と素直に思えた。
「ステキな絵を拝見させて頂きました。アンヌティーレ様には絵の才能も御有りでしたんですね」
「まあ、お恥ずかしい。退屈な宮殿での暇つぶし、手慰みでございますわ」
「良ければ、正式に子ども達に教えて頂けませんか?
今後、アルケディウスは印刷や本の作成も行っていく予定です。手に技術をつけることは子ども達の将来にもとても大事だと思いますので」
「私にできることでしたら、喜んで」
孤児院の子ども達も、アンヌティーレ様も少しずつ、変わり、成長していく。
私は保育士としてそれを助けていきたいな、と改めて思ったのだった。
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