抜けるような高い青空が広がる風の二月の最後の夜の日。
魔王城でフェイの結婚式が開かれた。
秋だというのに、四季折々の花々で飾られて、まるでここだけ春が訪れたよう。
眼下には、並び、式の開始を待つ参列者たち。
リオンにアル。クラージュさん。
魔王城の子ども達と、ゲシュマック商会くらいで、そんなに多くは無いけれど最前列に立つ皇王陛下と皇王妃様と視線が合うと、心臓がキュッと引き締まる感じだ。
魔王城の大広間には入り口から紅い絨毯が真っすぐに奥中央に向けて敷かれている。
向こうで言う所のヴァージンロードかな?
そして、最奥の多分国王の席。
一段高い場所に私は立っている。
大神官の服装で、司式者として。
この日の為にフェイはいろんな国の結婚の儀式について調べたらしい。
基本的に中世異世界。庶民はそんな大掛かりな結婚式はしない。
神殿に行き、司祭の前で立会人と共に結婚の報告をして戸籍を書き換えてもらう。
その時、いつもより少し良い服を着ていくことが多い。
司祭に祝福して貰い戻ってきたら、ご近所さんが集まって新しい家族の誕生を祝い、井戸を中心とした広場で食事会を兼ねたお披露目をする。
それくらいのものだ。そのお披露目も不老不死が始まってからは食事会も無し。
お祝いも最低限になってしまっていた。
『神』が降りて来る前には、精霊神の子孫である七精霊の子。
要するに王族が、登記と祝福を行っていた時代もあったらしい。
人の数が増えて行くに従って王族だけでは手が足りなくなってしまったり、王都以外の地に移住した人々の冠婚葬祭や管理を任せたりする形で王の代理人、地方領主などが誕生した。
税を納める者は、皆、国の民。王には彼らの生活を守る義務がある、というのが精霊様の教え。長い時の果てに歪んでしまっていたところもあるけれど。
今回『結婚式』を本格的に復活させるにあたり、どんな風にしたいかフェイとソレルティア様。私とリオンで、何度も検討した。
一生に一度の式だから、素敵な式にしてあげたいと思ったのだ。
「王宮や神殿、シュトルムスルフトへの報告と登記。お披露目は後にします。
まだ神殿規則の改定がまだですから、今回は『星』と『精霊神』の前で、報告をするだけで……」
「司式者は誰にお願いするの? ステラ様が直々に祝福して下さるとは言っていたけれど」
「本来であるなら神官長が行うものなのでしょうけれど、今回は花婿ですからね。
古の習いに従うなら王族、皇族。
皇王陛下とか、ライオット皇子とかにお願いするのが……」
と本人は言っていたのだけれど、室内なのに突然響く鳥の羽ばたき。
『フェイの結婚式への祝福は俺がやる!』
「え?」
「ハジャルヤハール様……」
頭上を舞い、私の腕に止まった鳥、いや精霊獣。
違う。シュトルムスルフトの精霊神、ハジャルヤハール様に私達の目視は一気に集まった。
「いつからいらっしゃっていたんですか?」
『私が、頼まれて疑似クラウドで経路を繋ぎました』
「ステラ様?」
足元からぴょこんとテーブルに飛び乗った可愛らしい白い子猫が顔を洗う。
「今回の式にはステラ様が祝福を与えて下さることになっていたのでは?」
『自分の子孫の結婚式に、祝福を贈りたい。というジャハール様のお気持ちを拒めないですし』
『何百年ぶりだろう!
ずっと、楽しみにしてたんだ! 俺の子ども達に祝福を与えるのを!
だから、俺がやるんだ!』
「祝福を頂くのは勿論、ありがたいことと存じますが、そのお姿で司式されるのですか?」
ふくろうは古来より神の遣いと言われているから、有りと言えば有りかもしれないけれど……。でも精霊神、ジャハール様は首を横に振って
『司式はお前がやれ。マリカ。
途中で、少し身体を借りて祝福を与えてやる。
お前、大神官だろう? 結婚式の司式などお手の者の筈だ』
と、おっしゃる。
「いやいやいやいや、待って下さい。
私は、大神官って言ってもお飾りの舞姫ですよ。
そんな重要式典の司式なんてやったことないです!」
『向こうの世界での結婚式と同じようにやればいい。
宗教の流派とか気にしなくていいから』
「でも、それじゃあ私、参列者としてソレルティア様を祝福してあげること、できないじゃないですか?」
『二人の結婚式を寿ぐ思いがあるのであれば、どこであっても構わないでしょう?
むしろ、貴女が司式を行う事で、一番に思いを伝えることができるのではなくって?』
「ステラ様まで……」
『仮に私が祝福を与えたとしても、貴女の力と身体を借りるのは同じですからね。
諦めなさい』
「そんな~~」
結婚式に参列するの異世界ぶり、じゃなくって、初めてだから、どんな衣装を着ようか、とか。
花嫁さんの付き添い役とかやりたいなあ~。
とか。
私の楽しい結婚式参加計画が崩壊していく。
でも……
「マリカに式を司って貰えるのであれば、これ以上の祝福はありませんね」
「フェイ」
「僕も、二人の結婚式の時、全力で式を執り行いますから、今回はお願いできませんか?」
「私からもお願いします。『聖なる乙女』と『精霊神』様からの直接の祝福など、一生の思い出となりますわ」
「ソレルティア様」
花嫁と花婿。
二人にそう笑顔で頼まれてしまっては仕方がない。
「解りました。でも、フェイ。手順とか式の注意点とか教えて下さいね」
「はい。楽しみですね。
なんだか、不思議なほどワクワクしています」
「私もです。実際には何が大きく変わるというわけでは無いのに」
「まったくの他人同士が結婚という契約を交わし、家族となる。
考えてみれば、不思議な行事ですね。結婚式って」
「ああ……」
そんなこんなのすったもんだの末、式の流れも決まり後は、当日を待つだけになった。
勿論、色々な準備はあったけどね。
数日前から休みを取って私は魔王城に戻ってきた。
式場となる大ホールを子ども達と皆で飾り付けたし、ラールさんとジョイ、そして皇王陛下の側近としてやってきたザーフトラク様は一緒に料理担当組として張り切って結婚式の後の披露宴というかパーティでの料理の下ごしらえをしている。
ゲシュマック商会が揃えてくれた最高級食材に、魔王城でヨハンが管理して用意してくれた新鮮食材。
どんな料理ができるか、考えただけでお腹がすく。
会場を埋め尽くす花は、緑の精霊神ラス様からの贈り物。に加えて。
「フェイとソレルティア。国の宝となる二人の結婚式だ。
王として少しくらい祝ってやりたいからな」
と皇王陛下が王の杖で魔術を使って作って下さったものだ。
昔、秋の大祭の時にお披露目したものと同じ。
もう晩秋に近いのに、おかげで会場は春の様に華やかになっている。
ついでにブーケも作らせてもらった。
白いオーキッド。蘭の花をベースに勿忘草などの青い花を入れた自信作だ。
サムシングブルーは地球の言い伝えだけれど、この世界にも伝わっているのだろうか?
伝わっていなくても、花嫁の幸せを願う気持ちは一緒だ。
ちなみに皇王陛下。憧れの魔王城。
精霊国の城に入れて超ご満悦。
側近はザーフトラク様と文官長のタートザッヘ様しか連れてこれなかったのに嬉々として大浴場を使ったり、図書室をのぞき込んだりしていた。
皇王妃様にはミュールズさんがついて下さっている。
シュライフェ商会からは共通衣装のステキなドレスが納品された。
純白のドレスは刺繍がたっぷり。
私のとはまた違う形
膨らんできたお腹が目立たない様な工夫が施されている。
当日のメイクはなんとお母様が直々に協力して下さることになった。
「セリーナには司祭の身支度をするマリカの手伝いをさせなくてはなりませんからね。
当日の介添えも任せて。親の代わりをさせて貰ってもいいかしら?」
「と、とんでもありません! 私などに第三皇子ご夫婦の介添えなどもったいないくらいですわ」
「気にしないで。いい予行練習になるわ」
随分とソレルティア様は恐縮していたっけ。
花嫁の介添えはエリセ。
フラワーガールはファミーちゃんが務める。
リングボーイは魔王城最年少の双子。ジャックとリュウ。
異世界でも基本は地球の文化を持ち込んだせいか、王家や貴族などの結婚式では向こうの世界と同じような役割が残っていたらしい。
私としては馴染みやすくて助かる。
私は式の準備があったので花嫁の準備は見られてはいないけれど。
見るのが楽しみだ。
アルはシュウが苦心して作ってくれた銀板写真機でカメラマン。
アレクが音楽を担当する。
花婿の付き添いは勿論リオンだ。
決して大がかりでは無いけれど、魔王城でフェイの為に精一杯の準備をした。
そしていよいよ式が始まる。
参列者が入場し、司式者である私が舞台の上に立った。
大きく、深呼吸。
「今日、この場に集いし皆様」
開式の第一声を上げる。
「『星』と『神』と『精霊神』の名において、今、私たちは神々の前に立ち、精霊に愛された二人の子の結婚式を始めます。
喜びと感謝を。 今日は星と精霊の愛と光が新たなる家族と、私たちを包み込む聖なる日です。
この式をもって、二人は愛と誠実さをもって結ばれます」
むこうの結婚式に参加した時の神父様、もしかしたら牧師様かな?
を精一杯真似てみる。
「この結婚式において、神々の愛と祝福が新郎新婦に満ち、彼らの結びつきが誠実かつ堅固なものとなりますように。 またここに集まった皆様が二人を愛し、支え、共に喜びと悲しみを分かち合う仲間となりますように」
一度だけ、振り返り、祭壇に座すお二人に一礼。
本当に神とも言うべき存在が、この場にいる結婚式なんてまずないだろうけれど。
「今、ここに、聖なる方達の御前で私たちはこの結婚式を始めさせていただきます。
新郎、入場」
きっと数百年ぶりの、新世界アースガイアの結婚式が今、始まる。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!