【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

夜国 見えない思い

公開日時: 2022年10月26日(水) 07:04
文字数:4,786

 アーヴェントルク二日目。


『舞踏会で倒れたと聞いたぞ。

 どうして其方はいつも、いつも騒ぎを引き起こすのだ』


 昨日の夜の定時連絡をさぼってしまったので、調理実習後、通信鏡の前であからさまな溜息をつかれることになってしまった。


「お言葉ですが、今回は本当に、アンヌティーレ様が悪いんです。

 私に無断で力を吸い取る術をかけてきたんですよ。抵抗もできなかったし、私はただ力を吸い取られただけで何にもしてません」


 そこははっきりと言っておかないといけない。

 私は今回は何も悪くない。


『アンヌティーレ皇女の威嚇に光の精霊をワザと出したと聞きましたか?』

「えっと…それはアドラクィーレ様にも舐められるな、って言われてましたし。弱いとか妹とか思われる訳にもいかなくって…」


 昨日、私がサボっていた分も一応随員達は報告をしておいてくれたらしい。

 有能だなあ、とありがたくて涙が出る。


『まあ、アーヴェントルクからの結婚話は断ってかまわん。

 マリカを嫁に出すつもりもアーヴェントルクから婿を取る気もないからな。

 そこは毅然とした態度でいろ』

「ありがとうございます」

『『聖なる乙女』が吸引の術を使う、などというのは不老不死前はありませんでしたから、アンヌティーレ皇女だけのことでしょう。

 ヴェートリッヒ皇子がおっしゃったというように距離をとりなさい。

 そういうことならアンヌティーレ皇女は、貴女を捕らえ、力を奪い飼いならして『聖なる乙女』の地位を取り戻そうとするでしょう。油断なきように』

「はい」


 皇子の言葉を信じるなら、アンヌティーレ様が倒れた理由は気力の過剰摂取だ。

 アンヌティーレ様の器に、私、精霊の貴人エルトリンデの力は多すぎた。

 それで意識を失ったというだけのこと。

 力の吸引という感覚は私には解らないけれど、それが本当に『気持ちいい』のなら、お母様のいう通り、皇女がまた私の力を奪おうとする可能性は大いにある。

 私を捕らえて力を奪えば、私の『聖なる乙女』の力を削げて、自分の力は強くなる、万々歳。

 なんて思われたらヤだなあ。


 そういえば…


「皇王陛下。皇王陛下からご覧になって、皇帝陛下と皇妃様ってどんな方ですか」


 私は気になっていたことを聞いてみる。


『どんな、とは?』

「ミュールズさんから伺ったんです。現皇帝陛下は先代である兄王様を革命で殺害して皇帝になった方だって」


 アンヌティーレ様が暴走したとして、皇帝陛下や皇妃様はそれを止めてくれる方なのか。それとも一緒になって私をとらえようとする方なのか…。


『ああ、聞いたのか? あまり楽しい、子どもに語り聞かせる話ではないがいいのか?』

「はい」


 皇帝陛下は頷くと顎の下に手をやると思い出す様に目を閉じる。


『ミュールズは我々皇家のすぐ近くにいたからな。

 革命、殺害、という言葉を使ったのだろうが、公式には先代国王一家が亡くなられた理由は流行り病によるものということになっている』

「流行り病…ですか?」

『表向きには、な。実際、雪に閉ざされた冬のアーヴェントルクで、悪質な流行り病が流行し多くの民が死んだのは事実らしい。

 その一年前に、先々代の国王陛下も病に斃れて亡くなっておられたからな。

 後を継ぎ長男であるユウェインタース殿が国王になった。けれど翌年の新年にアーヴァントルクから公表されたのはユウェインタース殿とその家族の死。そしてザビドトゥーリス殿の皇帝即位だった』


 国王一家が病に斃れ亡くなった。

 後を継ぐべき嫡男も死んだので自分が王位につく。

 皇帝になり、強い国を作り、民を幸せに導くと告げたのだそうだ。


「では、本当の所で、何があったのか他国の誰も知らないんですね?」

「ああ、だが、同じ城の中、第二王子であったザビドトゥーリス殿の家族は誰一人として欠けることなく生き延びたのに、国王一家は全滅。しかも家臣、腹心、国王一家に纏わる者の多くが、死んだとなれば、その発表を簡単に信じる訳にはいくまい?』

「国王一家だけでなく…?」

『そう聞いている。葬列に並んだ棺の数は百とも二百とも。

 毒殺であったのでは、と噂されていた。

 ザビドトゥーリス殿が皇位に就いて五百余年。

 実際、そうであっても、もう証拠などは残っておるまいが…』


 それだけの人数が一度に亡くなったとすれば、やはり毒殺とかなのだろうか?

 昔はきっと今より毒見とかもされていたと思うけれど、油断したのか。それとも狡猾な罠が仕掛けられていたのか。

 アルケディウスと同じだとすれば秋の戦の後、大貴族達は自分の領地に戻ってしまう。

 山の上の城は守るに固いけれど、雪に閉ざされたりすれば春まで中で何が起きているかは解らない…。


 ぞわり、背筋が凍りつく。

 雪に閉ざされた山の上の王宮で、若い国王、王妃、子ども達が殺された。

 しかもこの城で。

 もしかしたら、私が歩いた廊下で、誰かが血を吐いて死んだかもしれない。

 なんて…想像するだけで吐き気がする。



『国の主だった者が多くが死んだことで、ザビドトゥーリス殿は激しい反対を受けず国王になることができたが、国力の低下は否めなかった。

 喪に服し、怪しむ大貴族達を押さえ、富国強兵を願っても国を纏めるのが精いっぱいで他国に攻め入ることはできなかったようだな』

「昔は、領土争いや侵略の戦争、あったんですか?」

『稀に、な。アルケディウスは専守防衛。他国に攻め入ったことは無いが、アーヴェントルク、ヒンメルヴェルエクト、プラーミァ、エルディランドなどは資源、食料争いの戦をしたことがあるようだ。特にアーヴェントルクは耕作地が少ないので国民全てに行き渡る程に食料が生産できなかった反面、鉱山や牧草地から、武器や皮革が産出できた。そう言う面でかなり強い国だったのだ。

 もっとも魔王と魔性の存在があったから、真剣な侵略などしている余裕は無かったがな』


 皮肉な話だ。

 魔王と魔性という存在があったから、国同士民同士の戦が抑えられていたなんて。


『もし、魔性がいなければ、もしくは後五年魔王討伐が遅れていれば国力を回復したアーヴェントルクはヒンメルヴェルエクトかアルケディウスに侵略を開始していたかもしれないな』

「そういうことでしたら、皇帝陛下や皇妃様に暴走したアンヌティーレ様を押さえて欲しいと願う事は難しいでしょうか?」

『当時、ザビドトゥーリス殿の下剋上の裏に支援する者がいたのではないかという話もあった。

 不老不死前、『神殿』の力はそれほど強固ではなかったが精霊石に頼らない精霊術を使える術者を多く抱えるということで無視できない力を有していた。

 ザビドトゥーリス殿の即位後、アーヴェントルクは神国としての立場を固くしていったので『神の巫女』『聖なる乙女』の守護は国の最重要事項だろう』

「それじゃあ、その『聖なる乙女』がもう私に代わったってことになったら…」

『…あまり良い事になるとは思えぬな。流石に、其方を殺めたり強引に手の内に入れようとすれば大聖都を含む七国全てを敵に回すことになる故、しないとは思いたいが…』


 うーん。どうしよう。

 明るいビジョンがまったく見えないぞ。


『とにかく、当面は余計な事をしでかすな。

 料理指導に徹せよ。国内に味方を作り、皇帝陛下をけん制するのだ』

「味方…。神殿は神殿長がアンヌティーレ様の子飼いだって言ってましたから無理っぽいですよね。ということはやっぱり…、ヴェートリッヒ皇子にお願いするしかないかな。

 あ、そうだ」


 ヴェートリッヒ様と言えば、聞きたい事があったのだ。


「お母様、今日はそこにお父様いらっしゃいますか?」

『あの人? いいえ、いないわ。

 警備体制の見直しや大祭後の後始末で忙しいようよ』

「大祭から一週間も経つのに大変ですね。

 しかも今日、安息日なのに」


 本気で私はそう思ったのだけれども


『何をのんきに言っているの?

 貴女のせいです』


 怒られた。藪蛇。


「え? 私? どうしてです?」

『精霊神の復活が正式に公表されたので、国中は大騒ぎ。

 加えてそれを成したのは新しいアルケディウスの神殿長たる皇女。

『真実の聖なる乙女』が生まれたから精霊達もアルケディウスを祝福しているのだと、一週間経っても王都はまだお祭り騒ぎなの。

 大祭に現れた精霊はもはや伝説になってるわ。

 覚悟なさい。この騒動は多分月を超すわよ』

「そんな~~」

『お前達が国を離れたのは丁度よかったかもしれんが、戻ってくる頃、ほとぼりが冷めているか、再度熱狂が始まるか。

 儂はまた熱狂が始まるように思うぞ』

「えーーー」


 めんどくさい。

 真剣にめんどくさい。

 ほとぼり冷めて忘れていて欲しい。


『それで、あの人に何か用?』

「ちょっと聞きたいことがあったんです。

 アーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子ご存じかなって?」


 いけない忘れてた。

 聞きたかったのはそっちじゃない。


『アーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子?

 多分、知り合いではあると思うわ』

「あ、やっぱりそうなんですね。私の事をお父様に似ているっておっしゃってたので」


 実際には血縁関係は無いから似ている筈はないのだけど。


『アーヴェントルクの戦はいつもあの方が率いておられますが、見事な勝利を収めた時はアルケディウスの敗戦であっても嬉しそうな表情をされることがありましたから特別な思い入れがお有りなのでしょう』

『確か、ライオットよりも二つほど年下であった筈だ。

 公式ではあまり親しくすることも無いが、旅の時代に会ったことがあったのでは無かったかな?』

「旅の時代? 魔王討伐の?」


 うむ、と頷く皇王陛下のお言葉に私はとっさに振り返りリオンを見る。

 どこか、苦笑するようなリオンの表情は、つまりリオン勇者も昔の彼を知っている、ということだ。

 でも、それを聞くわけにはいかない。

 人目が多すぎて、聞けるチャンスはちょっと無い。

 何せ、勇者時代のことになるのだから。

 ならば、やはり戦士ライオットお父様に聞くしか無いだろう。


「お母様、明日以降、もしお父様がお時間をとれるようならお話を聞かせて頂けないかと私が言っていたと伝えて頂けませんか?」

『解ったわ。伝えます』

『とにかく、其方は無理をせず、普通に職務に専念しておけ。

 現場についての判断は任せるが、くれぐれも、くれぐれも騒ぎを起こさぬようにするのだぞ』

『言っても無駄だと解っていますが』


 お母様の諦めたようなため息と共に通信は切れた。

 うーん、人聞きが悪い。


「お母さまも、酷いよね。ちょっと人聞きが悪すぎ」


 息を吐きながら振り返った私に誰も、頷きを返してはくれなかった。


「いえ、ティラトリーツェ様のおっしゃるとおりだと思います」


 真剣な顔で頷くのはミュールズさん。


「姫様にその気は無いのは承知しておりますが、それでもどうして姫様が動くと騒動になるのか?

 私にも不思議でなりません」


 他の皆も同意の顔をしている。

 酷い。


「だから、私のせいではありませんし、そんなの解りません」

「とにかく自重をお願いいたします」

「解りました」


 側近達にも私の騒動を引き起こす、という事に関しては信用がない。

 超低空飛行だけど落ち込んている暇はない。


「とりあえず、休みなしで大変ですが、来週は休みを確保して、どこかで代わりの休みも貰えるように交渉しますから頑張って下さいね。

 後、ゲシュマック商会の方は、代理店の調査も始めて下さい。

 調味料類の定期輸入を希望されました。新しい調理器具の製作とかも含めて、ガルフと連絡を取って良いように進めて欲しいと思います。何か面倒ごとが起きそうならいつでも声をかけてくれて構いませんから」

「解りました」

「騎士団は随員が外出する時には必ず誰か、同行して下さい。

 無いとは思いたいですけれど、人質に取られたりしないように」

「はっ!」



 アンヌティーレ様が大人しくさせられている今のうちにやるべき事はこなしておこう。

 私は明日のメニューを検討しながらそんなことを考えていた。


 まさか翌日


「お茶会を致しましょう? マリカ様!」


 速攻復活したアンヌティーレ様が誘いをかけてくるとは思いもせずに。

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