「お疲れさま。マリカ。
後はラフィーニ。お願いね」
「解りました。プリーツィエ」
私は、ふうと息を吐き出す。
今のティラトリーツェ様の言葉を、私は取引の終了の労いと今後の委託、と思っていたのだが…
「では、マリカさん。どうぞこちらへ。採寸を致しますので」
「へ?」
私は、私の手を取り別室へと促そうとするプリーツィエ様に固まってしまう。
「さ、採寸ってなんですか?」
まったく話を聞いていなかったようで、ガルフの目も疑問に丸くなっている。
「ティラトリーツェ様?」
けれどティラトリーツェ様は、してやったり、というか心から楽しいというかの笑顔で固まった私を見ている。
「これは、私からのサービス。気にしないで。
約束の専売権が別の話になってしまったでしょう?
だから、今後王宮に出入りしたり、貴族に謁見するのにふさわしい服をプレゼントしようと思ったのよ。プリーツィエは私のドレスも大よそ作ってくれるセンスのいい針子です。
思いっきり可愛らしく作って頂戴」
「お任せください。子どものドレスを作るなど、本当に久しぶりです。腕がなりますわ」
「ま、待って下さい!!! 私は料理人で、ドレスなんて、そんなあ…」
私の抵抗空しく、プリーツィエ様はけっこうな怪力で、ずるずると別室に連れていかれたあげく、あっというまに服を剥かれてしまった。
採寸そのものは前にも服を仕立てて貰った時にしたものと殆ど変わらない、というかむしろ手際は良かったのだけれど。
私の現代の日本の印象からすると、アルケディウスの貴族の服装はロシアとかジョージアとか、そっち風の印象が強い。
魔王城に残っていた服も、アルケディウスと近いから、だろうか?
タイプはよく似ている。
例えば女性は私達が中世の貴族のドレスに持つイメージとは微妙に違っていて、シンプルでタイトな裾の長いドレスにコートのようなものを羽織っている。
頭はヴェールを被るか、冠のような輪っかを頭に乗せていることが多い。
身体にピッタリとしたデザインはティラトリーツェ様のように背が高くて細身の女性には凄く良く似合う。
一般市民はシンプルなワンピースか、ブラウスとジャンスカが多い。
「サラファンの色は何色にしましょうか?」
「サラファン?」
質問の意味がよく解らず首を捻ると
「これよ、これ。カートルはまだ貴女には早いと思うのよね」
とジャンスカを引っ張られた。
なるほどあのコートみたいなのはカートルというのか。でジャンスカがサラファン。
やっぱりロシア風。
昔、向こうで聞いた童謡に似たような名前が出てきたっけ。
偶然だけれど、ジャンスカはこの地域の民族、というか基本衣装として思って貰えたらしい。
良かった。
「華やかな赤とか、どうかと思うんだけど…」
「あ、青で、お願い、します!!」
「そう? まあいいわ。青も貴方には似合いそうだから」
この頃には抵抗は色々無理だと理解したので諦めた。
それに私自身、この世界のちゃんとデザインされたドレスに興味がある。
一着作って貰えるなら、ありがたく甘えよう。
そうして、私が採寸を終えて応接間に戻る頃には、ガルフとラフィーニ様、そしてティラトリーツェ様は手土産のクッキーを摘みながら楽しそう(?)に話をしていた。
(?)なのは女性二人を相手にするガルフが、心底疲れたような顔をしていたからだ。
まあ、完全に立場が上の女性相手にするのは気苦労も多いよね。
…その原因が自分にあることは解っているけれど、とりあえずは棚の上に置く。
「終わりましたわ。ティラトリーツェ様、ラフィーニ様」
「ご苦労様。仕上がったら、こちらに届けて頂戴。上から下まで一式ね。
マリカはしばらくこちらに通うから問題ないでしょう?」
「はい。お任せいたします」
「お気遣い、心から感謝申し上げます」
「いいのよ。私が楽しくてやっているのですもの。
素材の良い子を飾り立てるのは心が躍るわ」
すまし顔の口元を、貴婦人らしく扇で隠して笑うティラトリーツェ様は本当に楽し気そう。
…本当にこの方には叶わない。
「では、今日の所は失礼しましょう。
マリカ、早速試作品を作ってみますので、後で確認してくださいね。
しばらくこちらに通われるというのであれば、持ってきますから」
「解りました」
「今後とも宜しくお願いしますね」
「はい」
ラフィーニ様の言葉に、私は頷いて頭を下げた。
退室するお二人を見送り、私達も辞去することとなる。
「では、また頼みますよ。マリカ」
「はい。こちらこそまだまだ未熟者ですがよろしくお願いいたします」
去る前に、厨房の料理人さん達に挨拶をして、簡単な打ち合わせと準備品について話してから、館を後にする。
結局、ティラトリーツェ様は馬車が出るまで見送って下さったので、私とガルフが
「はああっ」「やっと終わったあ」
安堵の息を吐き出したのはほぼ同時。
館が完全に見えなくなってからの事だった。
「本当に専門外の話は疲れます。
こんなのはこれっきりにして頂きたいのですが…」
「あれ? 歯切れが悪いね。行きみたいに絶対ダメって言わないの?」
くりくりと肩を回すガルフの顔を覗き込むと、彼の眼が急に真剣なものになった。
「そう言いたいのは山々ですが、シュライフェ商会は香油の方にもかなり真剣な様子。
あれはいつまでも断れはしないでしょう」
「…フリュッスカイトでコイルガラスが入手できるなら、蒸留器も売っちゃっても構わないんだけれど、難しいよね」
ギフトで作った蒸留器用のコイルガラス。
量産したいからどこでどう作ったか教えろ、と言われると困る。
とっても困る。
オイルとフローラルウォーターは何種類かできているけれど、ティラトリーツェ様に売るのもそういう意味では躊躇われるところだ。
「とりあえず、リードとどうするか、売るにしてもどのような契約にするか相談してみます。
ですから、くれぐれも、ぐれぐれも!! 料理指導中に軽はずみな言動は控えて下さいね」
「はーい。気を付けます」
ただ、生花、植物から作る関係上、今がオイルやフローラルウォーター作成には一番のシーズンではある。
夏が終わってしまえば、次に作れるのはまた来年の春からだ。
馬車の外を見れば貴族区画は美しいバラのシーズン。
あちらこちらにうっとりするほどに美しいバラが咲き乱れている。
今のうちに島や、王都で花を採取してできる限り色々な種類のオイルやウォーターをつくっておこうかな、
買って貰ったガラス瓶を加工して、シュウに機械づくり頼んで…など私は軽い気持ちで考えていた。
まさか、その『軽い気持ち』が、またとんでも騒動の種になるとは、この時はまだ知る由もなく。
朝更新したつもりでしてなかった話。
すみません。
なるべく文字数を絞ってみよう週間
元は7000字超えの文章二分割です。
今回は衣装の話。
自己設定ですがアルケディウスは南部ロシア風をイメージして書いています。
街並みはエストニアのタリン、服装はジョージア(昔のグルジア)を参考に。
ドレスの豪華さ、美しさ、カッコよさを言葉にできるように努力したいです。
やっと貰ったお休みはステイホームできるだけ、読んで書いて行きたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
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