シュンシー大王妃様と私は、その後も色々と話をした。
主にエルディランドの現状について。
「私は、侮られない貴婦人で在らなくてはならないのです。スーダイ様の御為にも」
シュンシーさんはそう言って、エルディランドの王宮についてかなり突っ込んだはなしをしてくれた。
「エルディランドは元々、各王子達の我、というか意思表示というかとても強い国です。
王子は最大百人。国に対する貢献度によって順位が変わります。
王子の位を得ていない者は原則、国の要職に付けません。
第一位は必ず世継ぎの男子と決まっていますが、二位から下は毎年熾烈な争いがあるのです。
大貴族であっても目立った功績を挙げられなければ順位は下がるし、有能な一般人が王子に迎えられ要職に就くこともある。
大王様による順位の決定による騒動は、荒れることも多くとてもお話できないくらいです」
精霊神様とのお話の時にも少し伺ったけれど、七国の中では豊かな大地を持ち、食が必須だった時代には穀物庫のように他国から尊重されていたので、その支配権を巡り、古くから争いが絶えなかったという。
『七精霊の子』である王家を滅ぼそうという過激派までは現れなかったけれど、王家に自分の血筋の者を嫁がせて、子を傀儡に、なんて話はよくあったとか。
まあ、それくらいは、地球の歴史でも聞く話だけれど。
「不老不死世になってからは、大王もずっと変わりませんし、無理に地位を上げても益が少ないと一時期下火になってはおりましたが、前大王陛下の退位。
そして、今まで永遠の王子として侮っていたスーダイ様の即位で、王子達はまた熾烈な争いを繰り広げるようになりました。暗殺めいたトラブルもあるようです」
王都における王子家同士の争いは厳罰の対象で、部下がしたことでも内容によっては主人の連座もある厳しさ。
自分の領地の生産量を上げるべく工夫をする、順位を上げるべく仕事に励むという良い意味での争いばかりではなく、上位の王子の足を引っ張ったり、大王様の元に美姫を送り込んで篭絡し、順位を上げようとする者も少なくないとシュンシーさんは少し困った顔で告げる。
「私は、グアン様の養子待遇で大王妃となりました。現在、グアン様はスーダイ様の補佐を行う『第一王子』。ですがこれは暫定のもので私は一刻も早く第一王子となる男の子を産むことを求められています。各国で新王族の誕生が続く中、まだ子ができないのかという声は大きいのです」
「もしかして、子どもが埋めないのなら側室を、なんて話も?」
「はい。結婚していた娘を離婚させようとしたり、私のように身寄りのない孤児を拾って養子として育てたりという方も多くいらっしゃるようです。
後にスーダイ様は、意に添わぬ離婚を強いられた方を側室に迎えることは決してしない、と公言されましたので、離婚を強いられる女性はいなくなったと思いますが、結婚後三年が経ち、教育が終わった美姫達が社交界にデビューするようになってきております。
そして、大王様に近づかんとしているのです」
「でも大王様はそのような見え透いた手に乗る方ではございませんでしょう?」
「そうなのですが、選ばれただけに少女達は皆、美しい外見を誇っています。
流れるような黒髪。さらには紫の瞳の者も少なくなく……」
「それって、私に似ている女の子を、ってことですか?」
「おそらくは。
勿論、外見が似ている分、マリカ様との違いは際立ちますが、大王様も彼女達を無碍に遠ざける事はされません。私は、そのような女達に負けるわけにはいかないのです。せめて大王妃として後ろ指をさされることのない力を手に入れないと」
勉強もしているし、魔術師としての功績も上げている。
けれど外見は自分の力で、は如何ともしがたいと彼女は言う。
「シュンシー様も十分お美しいですし、バランスの良い美しい体型だと思いますけれど。
スーダイ様も褒めておられたではありませんか?」
「でも、女らしさには欠けます。私も十八ですからそろそろ成長も限界かと諦めていたのですが、マリカ様の変貌は驚くほどで……、もし秘訣があるのならと、失礼とは思いながらもすがる思いで参りました」
好き放題やっている私と違って、女達の魔窟の中で戦っていかなければならないシュンシーさんは大変だと思う。でも、その力が、胸なのか、とは思っちゃうけれど。
やっぱり男性は大きい方が好きなのかな?
なんとなくリオンの方を見たら、顔を反らされてしまった。
後で追求しよう。
それはさておき。
「正直、私もどうしてこんなに急に成長したかは解らないのです」
うん。豊胸については力になれそうにはない。
これは精霊の力の関係で、おそらくステラ様か誰かが設定したのだろうから。
私の前世、じゃなかったお母さん、真理香先生もそんな大きな方じゃなかったし。
「そうですか……。私もマリカ様の面影を少しでも纏えればスーダイ様に喜んでいただけると思ったのですが」
「それは、違うと思いますよ」
「え?」
私の否定に怪訝そうに顔を上げたシュンシーさんに私ははっきりと告げる。
「私の面影を纏えばスーダイ様が喜ぶ、です。私とシュンシーさんは違うんですから」
「ですが、スーダイ様は、今もマリカ様を愛しておいです。自分を認め、助けて下さった『聖なる乙女』。その敬慕は生涯消えることは無いでしょう」
「そう思って頂けるのは誉なことではありますが、私とスーダイ様の関係は始まるより先に終わっております。今もこれからも、スーダイ様を支えるのはお側にいるシュンシー様の役目です」
「私もそう自負はしております。スーダイ様を長い間ないがしろにし、大王になったからと手のひらを返すような者に隣を明け渡すわけには参りません」
「スーダイ様は、そんな外見で誤魔化されるような方ではないと思いますよ」
路地で暮らしてきた事や、大王妃として揉まれてきたシュンシーさんは弱いだけの女性では無い。スーダイ様を慕いその手助けをしたいという思いと決意をちゃんともっている。
「だから私のことなど気になさらず、むしろ、シュンシー様の魅力で私への思いを上書きするくらいのおつもりで押されませ。恋敵に美容方法を聞きに来るより先に」
「マリカ様を恋敵なんて、そんな滅相も。『聖なる乙女』麗しき『星と神の娘』マリカ様は別格。それは私も承知しております」
「シュンシーさんも『神の子』でございましょう?」
「とんでもない。私は只の孤児でございます。魔術師の杖を譲り受ける幸運を得ただけの当たり前の娘です。マリカ様に並び立てる者ではありませんので」
即座に還った否定。私が軽くかけたカマはしっかりスルーされた。
ここで、ようやく確信。
シュンシーさんは、自分が『神の子ども』という記憶、意識を持っていないのだ。
駆け引きとかではなく、即座に帰ってきた返答と無垢な瞳がそう告げている。
でも、彼女が『神の子ども』であるのは間違いない。
地球の記憶を持たない、ということは前例があるにしても、自分が『神の子ども』
である記憶を持たないということはあり得るのだろうか?
ラールさんの証言によると、目覚めて暫くは城でこの世界についての教育を受ける。
その後、外に出されて生きることになる。とのことだった筈だけれど、彼女が演じたり嘘をついたりしているのでなければ……。
「どうなさったのですか? マリカ様」
いけない。考えてたらボーっとしてしまった。
でもここで確かめておいた方がいいのかも。
「シュンシー様。失礼ですが……」
「失礼いたします」
私が少し踏み込んで話をしようと思った丁度その時、外からノックと声がかかる。
「ユンです。ダーダン様をお連れしてまいりました。
どうなさいますか? 別室でお待ち頂いておりますが」
あ、いけない。
気が付けばもうけっこう時間が過ぎてる。
「すみません。シュンシー様。午後、もう一方と面会の約束があったのです。少し待って頂くように手配いたしますので……」
「お気になさらず。私の方が失礼いたします。
愚痴と無理を申し上げ、大変失礼いたしました。また次の機会にでもゆっくりとお話を」
身分的にシュンシー妃を優先すべきだろうと思ったのだけれど、彼女は首を横に振り立ち上がろうとする。
「よろしいのですか?」
「少し耳に入りましたが相手がダーダンお父様であるのなら、お譲りしないと」
「え? ダーダン、お父様?」
「私の孤児時代、拾って育ててくれた義母の主人なのです。二重の意味で」
「それは?」
「義母はマオシェン商会で働いておりまして、見初められ妻となりました。
ダーダンお父様とマオシェン商会は孤児や寡婦に優しく、幾人もの子どもや夫人が救われております。私が魔術師として城で働くようになってからも、大王妃になってからもグアン義父様と一緒に、力になって下さいました」
パチン、と掛け違っていた何かが一つに音を立てて繋がった気がした。
「もし、宜しければ、久しぶりに会いますのでお父様にご挨拶することをお許しいただけますか?」
「……ダーダン様が良いとおっしゃるのであれば。
ユン様、ダーダン様をこちらにお招きして下さい。大王妃様がいらっしゃることもお伝えして」
「解りました」
やがて、ユンくん。クラージュさんが一人の青年を連れてきてくれた。
後ろに一つにまとめた黒の長髪。髪で隠した左目は見えないけれど、残された闇色の瞳には強い力が宿っていると感じる。
杖をついてはいるからゆっくりではあるけれど、その足取りは決して弱いものではない。
彼は応接室に入ると同時、
「お久しぶりです。ダーダンお父様」
笑いかけるシュンシーさんを軽く目で制して私の前に静かに膝を付く。
「大神殿を統べる、大いなる『星と神の娘』マリカ様に、偉大なる父の名の元ご挨拶を申し上げます」
『神の子』の名乗りと共に。
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