夏の大聖都の礼大祭も今年で四回目。
灼熱の太陽の下だというのに、人々の舞を見つめる視線は、熱くて真剣そのもの。
焼けてしまいそうだ。
舞の舞台の上は遮るものがないので日差しは少しキツいけれど、フェイが風の術をかけてくれているので涼やかで気持ちがいい。
みんなの期待の気持ちが、力と共に集まってくる。
いよいよ、ラストスパートだ。
私は広げた両指先に集中。
観客達から無理ない程度に集めた『精霊の力』を空へと放つ。
会場を包む光のシャボン玉がパチン、と弾けて光の帯となり彼方に飛んでいく様子はいつもながら、空に虹がかかるよう。
我ながら美しい光景で、ドキドキする。
舞を終えて膝をつくと溢れんばかりの拍手が、舞の残光と共に降り注ぐ。
良かった。今年もなんとかやり終えることができたようだ。
式場にお辞儀をして、退場。
「お疲れ様でございました。
今年も見事な舞でございましたね」
「マイアさん」
女官長マイアさんの評価は、けっこう厳しいからドキドキする。
彼女は、私が大神官になっても、媚びたり態度を変えたりしない。
情にも流されず、誠実に仕事に向かい合う人だから、神事に関することで彼女から合格点が貰えれば、一安心だ。
「マイアさんにそう言ってもらえると、安心します。
一年に一度の大舞台。手を抜くわけにもいかないし。
でも、疲れた~」
「明日の後夜祭まではどうかご辛抱を。
その後は、またいつものようにアルケディウスでお休みされるのでございましょう?」
「そうですね。それを励みに頑張ります」
「あと少し。頑張って下さいませ。大神官様」
「はい。頑張ります」
アルケディウスの皇女にして異世界転生者マリカ。
14歳。
異世界で保育士魔王兼、大神官やってます。
異世界転生した私が前世の記憶を取り戻して、丸六年になる。
あの時は八歳だった私が、今は十四歳。
向こうの世界で言うなら中学二年生。
だいぶ身長も伸びてきたと思う。
また体感として140cmくらい?
現代の全国平均に比べたら小さい方だけれど、この中世異世界、全体的に小柄な人が多いから、多分、標準に収まる。
手足が細くなり、子どもの頃とだいぶ体型が変わっていることは実感していた。
まあ、まだ第二次性徴もまだだし、胸は見事なくらいに関東平野。
ほんのすこーし、丘っぽくなってきたかな? って感じだ。
本当に膨らむのかな? ってドレスを脱がせてもらいながら不安になる。
「マリカ様。サークレットをお外しください」
「解りました」
儀式の潔斎用の奥の院に戻り、舞衣装を脱いで、禊をして、室内着へ。
最初の頃は儀式が終わると疲労困憊して倒れていたものだけれど、今はだいぶ力の配分もできるようになって余裕も出てきた。
『精霊神』様のサークレットや祝福も助けて下さっているのだろうし。
「お疲れ様でございました。マリカ様」
「セリーナ」
侍女兼、魔術師のセリーナが、私にコップを差し出す。
「ありがとう。気が利く。喉がカラカラだったの」
葡萄の果汁を垂らしたよく冷えた天然水は、喉を通すと体に染みる。
「フェイ神官長から、帰国の準備に何かしておくことはありますか?
と通信鏡の連絡がありましたが、いかがですか?」
「特には何も。後夜祭後、市長の晩餐会に出てから帰国するので、衣装の準備などをしておいて貰えると助かりますね」
「それは、向こうにミュールズ様がおられるので、問題なく終わっていると思いますが」
「ですよね。後はこっちもあと少し頑張るから、そちらはお願いと伝えて貰えれば」
「かしこまりました」
セリーナが用件を伝え終えて下がると入れ替わりで、護衛騎士のカマラが入ってくる。
カマラは、私が退屈しているのを知っているので、話し相手に来てくれたのだろう。
「大礼祭は潔斎がいつも大変ですよね」
だから、甘えて愚痴をこぼす。
「ええ。料理も前より良くはなってますけど粗末だし、朝晩と禊があるし。
何より外と切り離されちゃうし。
身体を綺麗にしたり、衣装を派手にしたりしてもあんまり意味はない、って『精霊神』様達もおっしゃっていたんですけど」
「『聖なる乙女』が美しいとやはり、皆も盛り上がりますから。
今年のシュライフェ商会の新作衣装も、素晴らしい出来でしたよね」
「ますます腕を上げていますからね。商人は口が上手いので、なんだかんだで毎年仕立てることになってしまってもったいないとは思って……っと」
「マリカ様」
「はい」
私とカマラの雑談を、仕事しながら聞いていないようで聞いていたのだろう。
作業の手を止めマイアさんが、私の方を、キツく睨む。
神事における私の身支度を一手に引き受けるこの人に私は頭が上がらない。
座り直して背筋を伸ばした。
「マリカ様の倹約の精神は美徳ではありますが、上に立つ者としてやはり相応しい服装をすることは大事であると考えます。
民にとって輝かしい長があることは、誇りとなりうるのですよ」
「すみません。出来る限り、気を付けます」
「……直される気ありませんね」
「だって、一~二度で着られなくなってしまうの。どう考えても無駄ですから」
「はあ~」
私の言葉に呆れたというようにわざとらしくも大きなため息をつくマイアさん。
「本当にアルケディウスにはしっかりと抗議しておかねば。二年が過ぎて年頃におなりになっても飾り気が無いのは困りものですよ」
「別に、飾り気が無いわけでは……。今度の学術会議では新しい化粧品の提案をする予定ですし」
「そういう意味ではなく……」
私が神殿に入って大神官として、神事を取り仕切るようになってからというもの、マイアさんは、私を『大神官』に相応しい存在に磨き上げることに気合を入れているように思える。
ドレスや衣装に凝りすぎる所と、祈りの言葉や儀礼に厳しい所さえなければ、ミュールズさんと肩を並べる有能な側近と思えるのに。
「今年の冬は、神事ではございませんがマリカ様にとって成人の儀という大切な式典がございます。
その時にはどうか、惜しみなく、最高級のドレスをご用意下さいませ。
マリカ様の、大神官としてではない、一人の女性として、一生に一度の晴れ舞台でございますよ」
「それは、今回、国に戻った時にお母様達と相談しますから……」
「よろしくお願いいたします」
私のお抱えであるシュライフェ商会よりも派手で力の入ったプレゼンテーション。
儀式が終わって、気が抜けたこともあって、なんだか、ドッと疲れた。
「カマラ。マイアさん。なんかいつも以上に気合入ってなかった?」
「マイア様はマリカ様を我が子のように思っているのだと思います。
成人の儀式が、とても大事なものであることは本当ですし」
「そう? カマラもやってもらった?」
「はい。神殿で行うものとは違う略式のものですけれど。
その後、不老不死を授かって、荘園中の皆にお祝いして貰って……とっても嬉しかったことを覚えております」
「今度詳しく話を聞かせて」
「はい」
そんな話をしていると、ふとあくびが出た。
やっぱり、なんだかんだで儀礼の疲れが残っているみたい。
「カマラ。すみません。少し休みます。
まだ本格的に寝るには早いので、後で起きるつもりですけれど」
「お疲れなのですから、無理せずお休みくださいませ。セリーナやマイア女官長には伝えておきます」
「ありがとう」
私は、ベッドに横になり考える。
成人の儀式、かあ。
実感もわかないけれど、そろそろ本気で考えなければならないことだろう。
『二年間、お前達に神殿を預ける』
約束の空白期間は二年。最長で今年の冬。最短だともう過ぎているからいつ、攻勢がくるか解らない。
これからのこと、私自身のこと。
そして『神』との対決のことも。
結局その日、寝落ちてしまい起きられなかった私。
でも翌日、ちゃんと後夜祭の儀式はやりとげ、夏の礼大祭を終わらせた。
今日からは、一週間、視察も兼ねたアルケディウスでのお休み。
「マリカ様。礼大祭のお勤め、お疲れ様でございました」
「見事な舞、流石大神官、流石聖なる乙女、と人々の評判も上々であったようでございます」
儀礼の間に鍵をかけて振り返ると、迎えに来てくれた騎士団長と神官長。
「ありがとう。リオン。フェイ。
世話をかけました」
大好きで優しい笑顔の二人が待っていた。
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