今日の私は忙しい。
全力で、料理の準備をしている。
最高のご馳走を用意したい。
何故なら、今日は私達にとって特別な日になるから。
「ハンバーグOK、サラダOK、シチューもOK。
エリセ、ミルカ。サンドイッチの方は、大丈夫?
「ばっちり完成!」「いかがでしょう? お姉様」
「いい感じ。後はキレイに盛り上げて」
「解りました」
「リードさん、タルトの方焼けましたか?」
「うーん、あと少し、かな? 今のうちにフルーツとカスタードクリームの用意をしておくよ」
「お願いしま…!」
扉の開く気配。
私は包丁を置いて走り出した。
玄関の扉が開かれると料理の準備の為に先に帰ってきてた私達の残り組。
皆が戻ってきていた。
リオン、フェイ、ガルフ、リードさん。ライオット皇子もいる。
そして…。
「よ! ただいま」
いつものように微笑んでくれる優しい笑顔。
喜びを湛えた碧の瞳。
胸がいっぱいで言葉も出ないけれど、でもこれだけは言わなくてはならない。
私は、大きく深呼吸。精一杯に微笑んで見せる。
「…お帰りなさい。アル」
「それじゃあ、作戦の無事成功と、アルの自由を祝して…乾杯!」
「乾杯!!」
掲げられた盃は合わせられて幸せと悦びを謳う。
私達の盃は、今が旬のピアンのジュース。大人組はとっておきのビールだ。
「はあ~~。美味い。物を食べてこんなに美味いと感じるのは久しぶりだ。
食事も一週間ぶりだしな。物を食べる、っていうのが幸せだって改めて実感する」
「お疲れさま。アルはとっても頑張ったものね」
ジュースを一気に飲み干すアルのカップにお代わりを注ぎながら労う。
「マリカもな。
おかげであの忌々しい伯爵家からようやく、本当の意味で解放されたんだ。
うれしいよ。ありがとな」
柔らかい笑みを浮かべるアルを見て、私はようやく、本当にやっと私達の勝利を実感することができた。
これでアルは逃亡奴隷では無くなったのだ。
よかった。本当に良かった。
「伯爵夫人の方は随分とアルの事を気にしていたようでしたよ。
買い取って伯爵家に引き取れないか。でなければ正式に養子に、と。
問い合わせが何度もありました」
「うむ、アルが養子になって大貴族を継ぐ、という話は悪いものでは無かったのだが、随分簡単に蹴ったものだな」
既に三枚目のサンドイッチを手に取りながらそう言うライオット皇子。
今日は仕事が忙しいと来れなかったティラトリーツェ様を置いてきているので、随分と肩の力が抜けている。
皇子には、私達のフォローに苦労させてしまった。
せめてお礼にティラトリーツェ様に、新作タルトでも持って行ってもらうおうと思っていると
「ヤダ。奥方にそんなに恨みがあるわけじゃあないけど。伯爵家に残ってまた貴族に仕えるなんて絶対に嫌だ」
アルはきっぱり、ハッキリ、一言の迷いもなくそう言い放った。
まあ、当然だねって思った矢先。
「それに女なんて面倒くせぇし、オレ女に抱かれたこと何てねぇし…」
さらりと零れる爆弾発言。
皇子は麦酒を吹きだしている。
「アル…」
「なに?」「どうしたの?」
「いいからいいから」
まったく解らないというような様子のエリセとミルカを宥めながら、私達は聞かなかったことにする。
うん、聞かなかった。
説明するのなんて御免だもん。
「でも、これで晴れてアルは自由の身だ。
登録された準市民として、戸外に出る事も、表舞台に立つこともできるしな」
ほろ酔い風味で頬を紅くするガルフは我が事の様にアルの自由を喜んでくれている。
アルが、今まで魔王城の子どもでただ一人表舞台に立てなかったことを気にしてくれていたようだ。
「アルも秋の騎士試験受けてみるか? いいところまでは行くかも知れんぞ」
「今年はリオン兄が受けるんだろ? オレはやるとしても来年以降でいいや」
「そうして貰えると助かります。商売が広がっているので旦那様の名代として動ける人間がマリカ様以外にも欲しかったのです」
皇子の言葉にアルは頭を振る。
しかし、アルでいいところまで、か。騎士試験ってけっこうレベルが高い?
「そういえば、伯爵とその一味の処分は正式にはどうなったんだ?」
一方で落ちる可能性など欠片も無いリオンは、その黒い瞳に真剣さを宿して問う。
それは私もちょっと気になっていた。
「それは食事の後でな。あんまりいいとは言えない話もあるし、相談もある」
ふいに為政者の顔つきに戻った皇子に私は、私達は頷いた。
因みに新作練習も兼ねたお祝いパーティの評判はなかなかのものだった。
特にチーズソースハンバーグは皆に好評だった。
王宮の料理実習に使えるかも。
後はタルトが人気。タルト生地さえ作っておけばバリエーションも広がるし美味しいよね。
砂糖が高いから、まだまだ超高級品だけど。
牛乳、卵もまだ高くはあるけれど、安定供給できるようになってきたのが嬉しいなあ。
さて、食事を終えて一息ついて私達は皇子の話を聞く姿勢に入る。
エリセとミルカも同席。
隠し事はしないと決めた。
「まず、最初に気になっているだろうから言うが、ドルガスタ伯爵 アルを奴隷として飼っていた大貴族は王宮の地下牢に幽閉となった」
「王宮に地下牢が?」
私の素朴な疑問に皇子が頷く。
「ああ、地下深くに。一番警戒が厳重なところだからな。500年の間に他にも、今も数人幽閉されている。
主には政治犯が多いな。障害や殺人がほぼ無い世界だから」
「なるほど」
でも、それだけ長く幽閉されていると恨みとか多そうだなと思う。
下手に出せないし。
出したら色々厄介な事になりそうだ。
「配下連中も永久幽閉、だな。こっちは街の秘密の場所にある牢屋に。
幽閉は手間がかからない」
一度、幽閉してしまえば後はほぼ放置、か。
敵ながら気の毒。
死んだ方が多分マシだと思う。
「ドルガスタ伯爵は、麻薬の使用と放火が最大の罪だ。
それにより貴族位剥奪。加えて、皇家が保護する娘の拉致、暴行、強姦未遂が加わって永続幽閉となっている」
ふと、あの日に見た彼の顔を思い出す。
腹の突き出た体形。ワカメのようなべったりとした髪の毛。
どっからどう見ても好意は持てない。
「伯爵家そのものは大貴族の入れ替えは騒動を巻き起こすので取り潰されはしなかった。
奥方が残って領地の運営と管理を行う。
大貴族としての投票権は剥奪されたがな」
「大貴族としての投票権?」
また解らない政治の話。
首を傾げる私達に皇子は丁寧に説明して下さる。
「国の重大事を決める時には大貴族と、皇家が投票で決める。
大貴族十八票 皇子三人がそれぞれ一票ずつ。あとは皇王様、だな」
「奇数じゃありませんよね? 同票とかにならないのですか?」
「その時には皇族と、皇王様の票が多い方が勝ちだ。と言っても変わらぬ不老不死世界。
票で決めるような事は滅多にない。
『新しい食』の事業が数百年ぶりの票決だった、満票賛成というのは歴史上初めてらしいぞ」
なるほど。
この世界では貴族が政治の全てを決める。
当然ながら平民には政治に物言う権利はない。
「伯爵夫人 サラディーナは元々飾り物の領主を支える有能な夫人として有名でな。
今は保護観察を兼ねてティラトリーツェが面倒を見ている。
そして、ゲシュマック商会への賠償と、奴隷少年達への救済を負って貰う事になった」
「賠償と、救済?ですか?」
私にとってはアルを救出開放できた時点でもう伯爵家なんてどうでもいい存在になっているのだけれど、
「皇王妃様からのご提案だ。
これを機に孤児院を形にしてみるのはどうか、というご配慮だな」
「孤児院!」
胸に溢れる想いを手の中にグッと握りしめる。
皇国に来てからずっと願い続けて来た目標がやっと手の届くところにやってきた…。
ドルガスタ伯爵家に買われていた奴隷少年は五人。
保護されてからはゲシュマック商会が用意している女子寮に入れて、従業員の女性に世話をお願いしているし私も毎日通って様子を見ている。
正確な年齢は書類も残っていないから解らないけれど、最年少が二人。
多分、四~五歳。
ギルやジョイ、最初のエリセ達とほぼ同じくらいだと思う。
ほぼ放置されていて、言葉もしゃべれない。
何も声をかけなければ一日部屋の中で転がっているが、食事と寝床を与えられて声をかけられる事で少しずつ動きが見られるようになっているという。
それから下働きとして主力で使われていたのは八歳~九歳くらいの男の子が二人。
自分の意思もなく、言われるままに動くだけ。
…多分、彼らが一番酷い目にあわされてた。
薬も強く使われていたらしくて、保護されて数日は高熱と禁断症状にうなされて苦しそうだった。
三日目になり落ち着いてきたようなので、徐々に食事を取らせていきたいと思っている。
そして十二、三歳。
リオンとフェイとほぼ同じ歳、同じ背丈の奴隷少年。
彼はまだ、自分の状況を受け入れられないでいるようだ。
奴隷で無かった事が無く、奴隷として働く以外を教えられなかったのだから仕方ないけれど。
伯爵と違って簡単な取り調べ後、直ぐに解放されたが行き場所が無く、今はゲシュマック商会の男子寮に入れている。ジェイド達が気にかけてくれているようだ。
「小さい子は魔王城に連れて行く事も考えていたのですが…」
「今回の連中は大事な証人でもあるからな。こっちに置いておいた方がいいかもしれん。
孤児院開設の準備は進めていたのだろう?」
「それはもう!」
私は全力で拳を握りしめる。
一番やりたかったことだから。
皇王妃様に直訴して、直ぐにはダメだと怒られて。
でもその後、ティラトリーツェ様とザーフトラク様の指導を受けて色々準備を整えた。
本店で真面目に仕事をしてくれた人の中から適正があって、興味を持ってくれた女性を数名、孤児院担当に動かす準備と勉強も勧めている。
「なら、新しい家、ではないが南城門近くに小さな家がある。
そこに子ども達を集め、仮の孤児院を始めてみるがいい」
「はい!」
「動かしてみないと足りないもの、必要なものが解らないという事もあるだろう。予算は、潤沢とは言えないがドルガスタ伯爵からの賠償もある。
まずは子ども達を入れ、必要なものを用意し、そして生活させてみろ。
今まで、まともに食や生活さえできていなかった子達だ。
どんな環境でもこれ以上酷い事にはなるまい」
失敗してもいい、と励ましてくれているのだろうが私は失敗するつもりなど絶対にない。
私の失敗は子ども達の幸せに傷をつける。
「酷い状況になんてしませんし、させません。
絶対にあの子達が幸せを掴めるようにしてみせますから!」
「あまり気負いすぎるなよ。だが、その強い信念は俺もティラトリーツェも気に入っている。無理せず、やりたいようにやってみるがいい」
「はい!」
こうして苦節半年。
やっと私は念願の『孤児院』建設に手が届いたのだった。
皇国の子ども達は、絶対に私が護って見せる!
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