中途半端に終わったプラーミァ訪問の続きを。
過度の仕事はさせぬから、と乞われて私が再びプラーミァに戻ったのは、回復後のオンライン国王会議が終わって直ぐのことだった。
表向きは、貴重な意見交換の機会。
料理や科学技術について助言が欲しい、とのお話だったので、投げ出した仕事をと力を入れていたのだけれど。
「今回は特に何もしなくていい。神殿に戻ればまた、なんだかんだと其方は動き回るだろう? ガルディヤーンと一緒に遊んでおれ」
そう言って、プラーミァ国王陛下は、私をアイトリア宮殿のお母様の部屋に放り込むと城の外への外出を禁じた。
面会も基本シャットアウト。
とはいえ、庭に出たり、図書室で本を読んだりは自由なので、本当に仕事抜きで、のんびりゆっくりさせてもらっている。
なんだか悪いくらい。これじゃあ、バカンスだと縮こまっていたら。
「マリカ様は、幼い身で本当に一生懸命働いておられるのですもの。
たまには休んでもいいですわ。いえ、むしろ休まれるべきです」
王族の皆さんも、休めるように。でも退屈しないようにと色々と気にしてご配慮下さった。
お茶会で新作のお菓子をごちそうになったり、お庭を案内して下さったり。
その中で一番うれしかったのは、やっぱりガルディヤーン王子とゆっくり遊べたことだろうか?
もうすぐ二歳になるガルディヤーン王子は炎の瞳、真紅の髪。
炎を切り取ったような鮮やかな男の子だった。
そして、とにかく元気いっぱい。
城中を遊び場に、走り回っていた。
「もう、本当に目が離せないくらいに活発な子で。
乳母の隙を見て服の棚の引き出しを全部開けて階段のようにして上に上り、倒したことまであるのです。腕の力がかなり強く、自分の背丈くらいの高さの場所はひょいひょいと登ってしまうのです」
「運動神経が良いのでしょうね。流石戦士の国の王子様」
「私の子ども時代はもう少し大人しかった。私より父上の幼い頃によく似ている、と重臣たちは言っていますね」
「貴方は、本当に聞き分けがいい子でしたから。グランダルフィ」
じっとしているのが嫌いなようで、お母さん。
フィリアトゥリス様にだっこされても直ぐにヤダヤダして、下に降りようとする。
でも、大暴れできるのも、ここが安心できる場所。
テリトリーだって解っているからだよね。凄く微笑ましいと思った。
実際、ガルディヤーン君は、お父さんやお母さん、お祖母さんに見守られて、広い部屋の中を跳ね飛ぶスーパーボールのように飛び回っていた。
一緒に遊んでいるのは国王陛下のお付きのカーンさんの息子。
ガルディヤーン君の少し後に生まれたのだって。
ほんの数週間生まれが遅いだけ。
もしかしたら、カーンさん、頑張って子造りに励んだのかもとちょっと思った。
今は乳兄弟として育てられている。
ゆくゆくはカーンさんのように王子の腹心になるのだろう。
二人の男の子が夢中になって遊ぶ様子は可愛い。
すっごく可愛い。
魔王城のリグも可愛かったけれど、二人っていうのがまた可愛い。
見ているだけで幸せな気分になって永遠に見ていられる。
「困らせられることも多いですが、子どもと言うのはこれほどに愛しいモノだったのですね。我が子を得て初めて解りました。
親の苦しみも、喜びも」
グランダルフィ王太子が目を細めながら二人を見ている。
最近、プラーミァで開発が進んでいるゴムで作ったボールと、私が送った精霊獣様のぬいぐるみがお気に入りなんだって。
だから、私も目線を合わせて、一緒に転がしキャッチボールをしたり、人形遊びをしたりしたらとても喜んでくれた。
いっぱい遊んで、いっぱい食べて、いっぱい寝る。
子どもはそれができれば、100点満点だ。
「本当は、子育ては乳母に任せるのが貴族、王族と言うものなのでしょうけれど、私は無理をお願いして自分で育てさせて頂いているのです。乳母役になってくれたカーン様の奥様やお義母様、お義祖母様に教わりながら。」
「とてもいい事だと思います。勉強とかは急がなくていいですから、今の時期は親とのスキンシップ、ふれあいを大事にして欲しいですね」
「王都に孤児院もできました。
アルケディウスを真似て、出産や子育ての援助も始めています」
「ありがとうございます。とても嬉しいお話です。
フィリアトゥリス様でしたら安心してお任せできます」
私が贈った出産の覚書を参考に、コリーヌさんが指導役になって産婆さんの育成とかも始めているのだそうだ。
三つ子の魂100までというのは向こうの言葉だけれど。
三歳くらいまでの時間はとても大事。
子育てで一番忙しい時期だから、お母さんも大変だけれど。
この時期、周囲への信頼関係や愛着が子どもにしっかりと養われれば大きくなっても周囲を信じて愛し、愛される子どもになると思う。
王宮中の愛を受けて育つ未来の国王。
ガルディ君や孤児院の子ども達はアルケディウスの双子ちゃんやラウル君と同じ、大陸の希望だ。
思いっきり遊んで、ご飯もお腹いっぱい食べたガルディ君は、お昼寝も良くしてくれた。
最初っから殆ど人見知りなしで、私と遊んでくれ、警戒しないで寝ちゃうあたり大物だ。
「ガルディが少し落ち着いてから第二子が宿ったのは幸運でした。
次は女の子だといいですね。
マリカ様や可愛らしい女の子のいるティラトリーツェ叔母様が羨ましくて」
「私も其方に似た娘はぜひ見たいものだな」
寝顔を優しい眼差しで見つめる睦まじい王太子ご夫妻も羨ましい。
少し、羨ましくなった。
私もいつか、自分の子を産んで優しいお母さんになることはできるのだろうか?
と、思いかけて多分、無理だと気付く。
ガルディ君から目を上げ向こうを見た視線の先にはリオンがいる。
リオンは、子どもを作らない。誰も抱かないと決めていると宣言していた。
頑固なリオンのことだから、その思いはきっと変わっては無いのだろう。
私はリオン以外と結婚したいと思ったことは正直、一度もない。
魔王はリオンとは逆に、私の子を複製として作りたい、欲しいと言っていたけれど、そういうのは子どもに対して失礼だ。
子どもは親の複製でも無ければ二週目でもない。
一人一人の人生を生きる権利があるのだから。
そんな相手には絶対に身体を許すつもりはない。
私は多分、この世界でも母親になることはできないのだな、と思うと少し胸が痛くなる。
でもまあ、子どもを作ることが結婚生活の全てでは無いし。
リオンと二人で、今までのように皇女と騎士として、兄妹として、家族として。
そしてちょっぴり恋人として人生を一緒に歩んでいければそれはそれで、きっと幸せだと思う。向こうの世界では恋人さえいなかったのだし。
寂しくはあるけれど。代わりにこの星にこれから生まれる子ども達をいっぱい幸せにしてあげればいいのだ。うん。
と自分に言い聞かせた。
「マリカ、ちょっと来い」
「はい、なんでしょうか? 国王陛下?」
お昼寝したガルディ君達の寝顔をお茶菓子に、私達がのんびり子育てについてなどの話をしていると、国王陛下からお呼び出しの声がかかった。
「ついてまいれ。話がしたい」
「? 解りました」
いつになく真剣な顔の兄王様に、ちょっと首を傾げたけれど、私は立ち上がり頷いてついていく。
王太子ご夫妻は心配してついてきてくれようとしたのだけれど、
「お前達は待っていろ。悪い何かをするわけではない。
直ぐ戻る」
と命じられて待機。
心配そうなお二人の眼差しを背に護衛のリオンとカマラ。三人で王様の背を追った。
子ども達の遊び部屋を出て、国王の執務室へ。
「女騎士。お前は外で待機していろ」
「ですが!」
「中にはオルファリアもいるし、リオンもいる。
カーンも外に出す。大事な姪に話以外の事は絶対にしないと誓う故」
「……カマラ」
「解りました。ですが、どうかマリカ様が、誤解を受けるような事はなさいませぬよう」
「案ずるな。マリカに手を出せばティラトリーツェとライオットの怒りを受ける。
母上にも『精霊神』様にも謗られるだろうからな」
兄王様とはいえ、男性と私が同じ部屋に入ることを危惧したのだろう。カマラは少し食い下がったけれど頷いてくれた
兄王様の護衛カーンさんも言葉通り、部屋を出て、室内には私とリオン。
兄王様と王妃、オルファリア様だけが残った。
「さて、マリカ」
「何でしょうか? ベフェルティルング国王陛下」
執務室の席に座し、国王の顔で、兄王様は私を見た。
「これを告げるのは私の独断だ。国王会議で出た結果だから、とかではない。
お前にそう要請しろという話があったわけでもない。
それは最初に言っておく」
「はい」
「正直、各国も戸惑っているのだ。何を優先すべきかを」
「?」
なんだろう。改まって。
でも背筋を伸ばした私達に、発せられた言葉は正直、予想外だった。
「マリカ。大神官を降りることはできないか?
なるべく早急に」
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