【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

夜国 復活と再会

公開日時: 2022年11月24日(木) 07:43
文字数:4,566

 翌日、私はアーヴェントルクの神殿に向かった。

 式典で使った舞の衣装を着て。

 これで、精霊神復活の儀式は四度目。

 慣れたもの、なんて偉そうな事は言えないけれど、勝手は掴んでいるつもりだ。


 神殿に入り、神殿長の代わりに迎えてくれたヴェートリッヒ皇子にご挨拶して『精霊神の間』に向かう。

 同行者はリオンとアレク。

 二匹の精霊獣もお利口に、私達の後に付いて来る。


 神殿の隠し扉の奥。

 綺麗に清掃、浄化された聖域は各国と同じ神聖な美しさを取り戻している。

『あの時』は怖いだけで周りを見ている余裕はなかったけれど。薄紫の色合いで統一された部屋は、うっとりするくらい綺麗でラヴェンダー、基、ヴェンダの花を思い出す。

 お母様やレヴィ―ナちゃん、元気かな、とちょっとセンチメンタルになるけれど、気持ちを切り替えて、私は精霊石の前に立った。


 アーヴェントルクの『精霊石』は、他の国の『精霊石』に比べて濁りがかなり強い。

 透明な水晶の中に靄が入っている印象だ。

 例えるなら黒いスモーククォーツ。

 中央部にチラチラと虹色の光が宿っている。


 今迄の例からして、この中央の光が『精霊神』様の意識があるかないか。

 の反応なのだと思う。

 光が灯っていない時には封印されていて意識がない。

 光が灯っているだけの時は意識はあるけれど封印か、他の理由で身動きできない。

『精霊石』が光を放ち、元気に輝いている時は『精霊神』様が国の守護をして下さっている、ということ。


 この状況は初めて見るものだけれども、封印に加えて何か良くないモノに妨害されていて力を発揮できないという事で間違いはないと思う。

 とりあえず、『精霊神』様に力を捧げて、『聖域』に入れて貰ってそこで、やれることを教えて頂こう。



 精霊石の前に跪き、深く礼を取る。

 震央部の光が、微かに強さを増したのが解る。


 お待たせしました。

 今、参ります。


 アレクに目で合図をして、舞を始める。

 今回は自分の衣装だからやりやすい。

 手足が軽く、我ながら流れるように動かせる。

 一昨日、毒を盛られた身体とは思えない位、調子がいいのはきっと身体をお貸しした時にナハトクルム様が気遣って下さったのだと思う。


 感謝の気持ちを込めて舞い始めると、やはり力が吸い取られて行くのを感じる。

 ちょっと遠慮気味なのかな。

 他の国に比べると、控えめに思える。


(遠慮しなくていいですよ~。必要な分しっかり取って下さい)


 心の中でそう告げると、吸収の勢いが増した。

 そして……とぷん、と。


 いつもの通り、いつものごとく。

 私の足元は溶けて、床の中に。

 正確に言うのなら異空間へと落ちて行ったのだった。




「わっ! 何コレ?」


 気が付いた私は思わず声を上げてしまう。

 そこはいつもの通りの無重力ではあったけれど、見渡す限り暗黒の広がる空間だったからだ。


「ここが、ナハトクルム様の『聖域』?」


『精霊神』のいる空間を『聖域』と呼んだのはリオンだけれども、こんな真っ暗な場所は初めてだ。

 今迄出会った『精霊神』の『聖域』はどこも白を基調とした少し明るめの空間で、その『精霊神』のシンボルカラーのような色合いが浮かんでいた。

 いくらナハトクルム様が夜を司る『精霊神』だとしてもこれは昏過ぎじゃないか、と思う。

 と、そこで思い出した。

 長い間『神』の巫女であるアンヌティーレ様に『神』の力が混じった力を捧げられ、さらに殺された子ども達の怨念にも犯されておられたんだっけ。

 ってことは、まずはこの闇を浄化してから軛を壊した方がいいのか。

 もしくは先に軛を壊してからの方が、ご自身でなんとかできるのかもしれない。


 私が今後の方針を考えていると


「マリカ!」

「リオン!」


 リオンの声がする。私は振り向いた。


「良かった。今回も『精霊神』様達が連れて来てくれたんだ……ね?」


『聖域』に来るときはいつもリオンと一緒だった。

 最初の時は一緒に落ちたけど、その後は離れていても『精霊神』様が連れて来てくれていた。

 だから、私はリオンが側にいることに対しては疑問も不安も感じなかったのだけれども。


「へえ、ここが『聖域』か。浮かんでいるのに落ちない。本当に不思議な感じだ。

 真っ暗なのに、お互いの顔が良く見えるし……」


 まさか、リオンと『精霊神』様達以外の声をここで聞く事になるとは思わなかった。


「お、皇子???」

「やあ、『聖なる乙女』見事な舞だったよ。所々、アドラクィーレの仕草も見える気がした。

 君の踊りの師はアドラクィーレかい?」

「あ、はい。というかいいえ、というか……。細かい指導はお母様に。

 全体的なところをアドラクィーレ様にご助言頂いてます」


 そう言えばこの方、アドラクィーレ様の兄上だっけ。と。違う。そうじゃない。

 楽し気に片目を閉じるアーヴェントルク第一皇子 ヴェートリッヒ様がここにいることに、私はちょっと、ビックリなんて言葉で言い表せない位に驚いた。


「ど、どうして、ここに?」

「アルフィリーガと、精霊獣に頼んだんだ。

『アーヴェントルクの精霊神』に会ってみたい。なんとか繋いで貰えないかって。

 繋ぐだけ繋いでみる。相手が拒否したら諦めろって言われたけれど、入れて貰えたってことは会ってもいいって思って頂けたみたいだ」


 嬉しそうに肩を上げる皇子。

 なんだかんだで『精霊神』様達は子孫達には結構甘い事は知ってる。

 誠実に頼んだのなら断ったりはしないと思うけれど…アレ? 


「皇子、今、リオンのことを『アルフィリーガ』って?」

「ああ。ライオットから聞いてないかい?

 僕はこう見えても昔、勇者の一行の一員として魔性退治をしたことがあるんだ。

 彼等とは古い付き合いなんだよ」


 当たり前のようにおっしゃるヴェートリッヒ様の横で、リオンは居心地悪そうなのに嬉しそう。

 お父様と一緒にいるときと同じ顔をしている。


「いえ、聞いてますけれど……まさか、リオンが『勇者の転生』なのを存知で?」

「それは勿論。 見れば解るだろう?」

「見れば」


 勇者時代、リオンは金髪に緑の瞳をしていたという。

 転生だから今と外見は随分違うらしくって、お父様も最初はリオンとアルを間違えてたらしいけれど、一体何をもって見分けたのだろう。


「隠してるようだったから無理には聞かなかったけれど、こっちから突かなければ最後まで何も言わずに帰るつもりだと解ったから。

 文句があるなら、ちゃんと挨拶くらいしろってね」

「本当に嫌味な奴だ。

 俺が『勇者』って呼ばれるの嫌だって知ってるくせに」

「……あ、昨日の帰りの伝言!」


 ふくれっ面のリオンと正反対に随分と楽しそうな皇子。

 昨日、謁見の後、皇子と私がした最後の会話。

 リオンは少し離れてたので聞こえてなかったようだった。

 だから、帰った後その旨をリオンに伝えたのだ。


「君の勇者によろしく」と。


 私は『勇者』と言われれば一人しか思い浮かばないから。

 その後、二人はこっそり会っていたらしい。

 

 リオンはあの一言で皇子が自分に気付いていると知り、皇子はリオンが出て来るだろうと確信して。



「君達を心配していたのはライオットだけじゃない。

 一時期生きる屍だったライオットの件を含めて、僕だって『神』の所業に疑問をもって、仲間のことを心配していたのに。僕の事なんて眼中に無かったんだろう?」

「その件に関しては、言いわけはしない」

「まあ、事情があったことは解っている。いずれ話してくれれば構わないよ。

 あのライオットに子どもができて、その護衛にアルフィリーガを付けていると解った時点で僕は満足してたんだ。

 父皇帝や母上、アンヌティーレにも君を引き入れろと命令されてたから手っ取り早く嫌われようと思ったんだけど……嫌いになれない上に嫌いになってくれないあたりはホント、ライオットの娘だよね」

「ライオはお前の事もぐいぐい手を引いて引っ張って行ったからな」


 気心のしれた親友同士。

 懐かしむような会話に秘められた思いを私は知らない。

 知らないけれど、少し羨ましくなる。

 いつも私達を守る為に、一時も気の休まらない生活をしているリオンが、昔の仲間を前にすると少し優しい笑顔になることに。


『昔話は後にしろ。あいつもやきもきしていることだろう』


 と白い精霊獣、プラーミァのアーレリオス様に言われて、私達は我に返る。

 確かに異空間でのんびりしている場合じゃなかった。

 私達が全員消えたのなら、向こうでアレクが一人残されて困っている事だろうし。


「解りました。とりあえずいつも通り封印の軛を解く、で構いませんか?」

『ああ、浄化については解放されれば、奴は時間がかかっても一人でできる筈だ』

『急ぐなら僕達の力を貸してやればいい。正直、前のがまだ回復してなくて辛いんだけどね』


 方向性決定。

 私達の話の区切りがつくのを待っていたかのように闇の中から、ぬぬっと…そそり立つ様に巨大な人影が現れた。

 紫の髪、兜を被せられた顔はよく見えないけれど口元とかにこの前お会いした時の面影がある。

 間違いない。

 アーヴェントルクの『精霊神』ナハトクルム様だ。


「とりあえず『精霊神』の封印を解除してくる。お前はここで待ってろ」

「解った。邪魔はしない。頼んだよ」


 ヴェートリッヒ皇子に告げて、リオンは私の手を取った。

 もう何度もやってきたことだ。

 手順の確認は必要ない。


「行くぞ!」

「うん!」


 リオンと一緒に、飛翔。

 巨大な人影の額上に降り立つ。

 抵抗は無い。大丈夫、受け入れて下さっている筈だ。

 ならば後は、全力で…。


「……うっ……」


 硬ったい!


 最初の印象はそれだった。

 今までは比較的簡単で、少し力を注げば壊れたのにガチガチに固くてなかなか壊れてくれない。

 神の力が強化されて、なおかつ汚染の影響も出ているのだろうか。

 でも……所々にひび割れのようなものを感じる。

 この間、一時的に封印から逃れた時の影響かも知れない。

 

「大丈夫か?」

「何とかなると思う。……ダメだったら助けてね」

「ああ」

  

 リオンが側で見守ってくれているなら、大丈夫。

 私は、自分の力を全部使うくらいのつもりで『能力ギフト』を使った。

 軛よ、封印よ。壊れて!


 今迄で一番集中したかもしれない、

 ひび割れに鑿を指し込んで大きくしていくようなイメージで力を使う事暫し。


「あっ!」


 パキン、と今までの抵抗が嘘のように全てが砕けた。

 固く敷き詰められた氷が一瞬で、ヒビを走らせ、粉になるかのように。

 足元が無くなり、私達は空中(?)に放り出される。

 このまま行くと封印崩壊の渦に巻き込まれちゃうんだけど。そこはもう四回目だ。

 リオンはちゃんと私の手を掴んで、退いてくれた。


 闇の中、紫の渦が『彼』を取り巻いて……やがて静寂を取り戻したころ。


『……まったく。遅すぎる。

 遊びほうけるにも程があるのではないか?」


 闇の中から静かな声が響いた。

 どこか神経質っぽい。

 先生が生徒に注意するようなトーンの発言に、わざとらしいため息と共に応じたのは二匹の精霊獣。


『助けて貰っての第一声がそれ? 僕のセリフにケチ付けた君じゃないけど酷いと思うよ。

 僕も』

『何事も計画通りにはいかないモノだ。

 だが、またこうして会えたことは嬉しいと思っておくとしよう。

 ……ナハト』


 闇の中に浮かび立つ、アーヴェントルクの『精霊神』は仲間達の諌めに眉間の皺を深める。

 けれど、


『貴様らは相変わらずだ。何百年たっても変わらぬな。

 ああ、再会を寿ごう。アーレリオス、ラスサデーニア』


 紡がれたその一言は紛れも無い真実で事実だと、誰もが理解できる優しさを帯びていた。


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