「お帰りなさい」
大聖都 ルペア・カディナの長。
神官長フェデリクス・アルディクスは私に、跪きそう宣うた。
『聖なる乙女』と言われるようになってから何度か大聖都に来るようになったけれど、回数を重ねる事に彼の態度と言葉が変わっていくのを感じて居心地が悪くなる。
彼は言うのだ。私のような子どもに敬語を使い。
お前の居場所は『大聖都』である。と。
大聖都 大神殿。
聖堂にて。
本来は壇上に立つ神官長に私が跪く流れであろうに、彼は壇から降り、私の前に立ち、静かにお辞儀した。
周囲に人は多くない。
私の方は随員団のトップ達と同行の従者。
神官長の方も、最低限の護衛と幾人かの従者だけだ。
男性ばかりなのに、一人だけ式服を纏った女性がいるのは『潔斎』の為の人員なのだろうか?
司祭になれるのは男だけと聞いているけれど、いくら儀式を取り切る神官だと言っても知らない男性に身体を触られるのは嫌だ。絶対。
と、まずは挨拶。
「この度は未熟な身でありながら大事な儀式をお預け下さいましてありがとうございます。
終了までの短い期間ではありますが精一杯努めますので、どうぞよろしくお願い致します」
はっきりと、期間限定と強調する。そっちのペースには嵌らないぞ。
私の帰る場所はアルケディウスなんだから。
笑顔を浮かべながらも、気持ちは負けない様に。
「姫君には叶いませんな。
まあ、それはおいおい」
拒絶の笑みを浮かべる私に神官長は苦笑するように小さく肩を竦めながらも、神官長として話を続ける。
「この会見が終わり次第姫君には、潔斎の為、奥の院に移動して頂きます。
以後、神官、司祭を除く全ての男性との会話、接触は御遠慮下さい」
「もう、ですか? まだ地の日ですよ?」
儀式は来週の木の日。
前夜祭は安息日の夜の日から始まるとしてもまだ三日はある。
「私は、ルペア・カディナの方達とお話したり、交流を深めたりしたかったのですが」
「それもありがたいことなれど、儀式が終了まではそちらが最優先でございます。
時間をかければかける程、潔斎がきめ細やかに進み、より純度の増した舞が見られる事と存じます」
しまった。
行事には早め到着が基本と思っていたけれど、早く来過ぎたか。
早く来た分、長く閉じ込められるなんて考えて無かった。
「でも、儀式の予行練習とかは?」
「必要ありません。儀式を執り行う『聖なる乙女』には潔斎の間に、『神』が正しき手順を教えて下さいますから」
神官長は首を横に振るけれど、それは『神』が降りて来て私の身体で勝手やらかすとかいうことではなかろうか?
怖っ!
「まあ、簡単に手順を説明しておきますと、前夜祭たる夜の日。
祭壇に立ち、明日儀式を行うと祈りと『神』を称える歌を歌う。
当日の昼間、舞を捧げ『神』に力を送り、後夜祭の日に儀式の終了を『神』に感謝し祈りと歌を捧げて終わる。という形です。
儀式の楽師にはこちらで、手順を教えておきます」
「私も一度は舞台に行って流れを確認したいのですが……」
「潔斎の最中にあまり、そのお姿を外に晒すのは望ましくはないのですが、時間を取るように伝えておきましょう。
よろしくお願いします」
なんだか色々とヤな予感がする。
重要な儀式だろうに打ち合わせなしとか、普通在りえなく無い?
「奥の院に入ってからは、儀式終了まで外に出る事は叶いません。
特別に入れた従者も外に出すことはお控え下さい」
「え? じゃあ、外の随員達に指示を与えたり、連絡を聞く事とかもできないのですか?」
「当日までは、儀式に専念して頂きたく存じます。
どうしてもの時は、一日一度御用聞きを差し向けますのでその者に手紙をお渡し下さい」
「解りました。それで妥協します」
本当はミュールズさんとカマラには交代で外に出て貰って、リオン達と連絡を取って貰う予定だったのだけれど、これ以上ごねて外との連絡手段を完全に取られたらこちらが困る。
細い監視付きの糸一本でも無いよりはましだ。
最悪の場合には…
私は足元を見た。良かった。
私の右と左に護るように寄り添って下さる精霊獣様達がいる。
「精霊獣達は奥の院に連れて行ってもいいんですよね?」
「『精霊神』の分け身たる者達。人ごときがその行動を妨げる事はできますまい。
ただ、儀式の間は万が一にも、儀式を邪魔したり、『神』にお力を送る妨げになったりしてはいけないので、同行はさせないで頂きたい」
「解りました」
彼らが本気になれば、その行動を人間が妨げる事などできない。
ステルス機能もあるし。
でも、そんなことは言わないよ。
その辺の力配分とかやっていいことと悪い事はきっと、『精霊神』様達の方がご存知だ。
「では、姫君。早速……」
「待って下さい。……皆さん」
私は、背後で膝をつく随員達に声をかける。
リオン、フェイ、ザーフトラク様。ミリアソリス、ノアールにセリーナ。
彼等も今日、この挨拶の足で連れて行かれるとは思ってなかったので、困惑が浮かんでいるけれど、そう決まったのなら仕方がない。
「予想外でしたが、そういうことなので行って参ります。
一週間後の儀式終了時には必ず戻ってきますので、それまで国と連絡を取り合い、待っていて下さいね。後をよろしくお願いします」
「ご無事のお帰りを、心からお待ちしております」
「ええ、行ってきます」
随員を代表して、リオンがそう言うと、立ち上がり、私の手を取った。
婚約者としてエスコートして、私の手を神官長の側に控える女性神官に渡す。
「アルケディウス、いえ星の宝、『聖なる乙女』をお預かりいたします」
女性神官はリオンから私の手を取り、進む様に促した。
神官長も歩き始める。
後はもう、行くしかない。
「ミュールズ、カマラ」
「「はい」」
後は一度だけ、振り返り、リオン達を。
私の帰る所を確かめて、神殿の奥へと進んで行った。
神殿の奥の奥。
複雑にかなり進んだ先に、突然、泉が現れた。
木々がうっそうと取り巻く中にさらさらとした水音が響く不思議な空間。
石作りの浅いプールの中央に、少し段になった部分があり、階段で上がった先、四本の柱が聳えていた。
何も支えていない。
いうなれば天を支えているその柱の中央にも、ここからは良く見えないけれど泉があるようだ。周囲のプールに溜まる水はそこから流れているようで、水が四方から小さな滝を作っている。
もう夜。風の刻は過ぎているし、日の光は全くないのだけれど、そこは柱全体が淡い光を発していてまったく暗さを感じさせない。
「ここは?」
「この神殿の中枢の一つ。
『神』の泉にございます。『神』が古の時代、ここに降り立ち、穢れた世から、己を清める儀式を行ったと伝えられております」
穢れた世? 『神』にとってはこの世が穢れてるってことなのかな?
そんなことをぼんやり思っていたら、
「ではマイア。後を頼む」
「はい。神官長様」
「え?」
そんなやり取りの後、
「『聖なる乙女』これより潔斎の間は女神官長 マイアが御身のお世話を致します。
私も前夜祭まで儀礼の説明等、最小限の関りとなります。
明日は一日、旅のお疲れを癒し、身体を休めて下さい。儀式の説明は明後日に」
神官長はあっさりと、姿を消してしまった。
「では、マリカ様。
これより聖禊の儀を行います。現世の穢れを払い、清めますので御身に触れることをお許しを」
「え? きゃああ!」
そう言って、マイアさんは泉の側に仕えていた女性達と共にあっという間に私の服を下着まで全てひんむいてしまった。
「なにをするのですか?」
「神殿での儀礼に纏わることに関しては、例え姫君の女官であろうとも護衛であろうとも手出し無用です」
ミュールズさんは止めようとしてくれたけれども。その一言で脱いだ服を渡された後は動きは封じられてしまい、見ているだけ。
その間に、私は身体に布一つかけられないまま祭壇の泉に連れて行かれて、身体を泉に沈めるように言われた。
ようするに、禊ということだ。アルケディウスでも似たようなことはやった。
私は石造りの泉に身体を沈め肩まで浸かる。
その上から、
「失礼いたします」
「うわあっ!」
桶の水が頭に浴びせかけられた。
まるで滝に打たれているような感じで、顔も髪もびしゃびしゃびしゃになる。
夏だから、泉の水が冷たくても気持ちいいくらいであることがせめてもの救い。
そうして泉の水で全身がくまなく濡れ、汚れなどが洗い落とされた後、私は泉から出され、身体と髪を拭かれ、マッサージオイルのような香油を身体にくまなく塗りたくられた。
人に身体を弄られ、何かをされる感覚は、言葉で言うと気持ちいいけど、気持ち悪い。
そんな感じだ。
そうして飾り気の少ない、貫頭衣を着させられ、下着まで全部着ていたモノは外され神殿で用意されているものに着替えさせられた。
真っ白な病院着のような感じ。
そして禊の後、泉の奥にある小さな扉の奥に連れて行かれ
「ここが、儀式が終わるまで姫君がお過ごしになられる奥の院でございます。
詳しい説明は後ほど。今日は寝台にお入りになり、まずはお休みになさって下さい」
そうマイアさんに言われて、私は寝室と呼ばれた一室に閉じ込められてしまった。
ミュールズさんと、カマラも外に出されたあげくに外から鍵までかけられてしまう。
「姫君を閉じ込めるなど、何を考えているのですか!」
とミュールズさんが怒ってくれているのは聞こえて来るけど、あの調子だと今日は少なくとも外に出して貰うのは無理だろう。
私は諦めて部屋の中を見回した。
灯りはテーブルの上の燭台だけ。
でも『聖なる乙女』の部屋だけに飾り気は少ないけれど、いい調度が揃っているようだ。
ベッドも、ふかふか。
触れたら、なんだか妙な眠気が出て来た。
「とにかく、今日は寝よう。
なんだか疲れちゃった」
この服に着替えさせられて寝室に連れて来られたのならこのまま、寝ろってことでしょ。
私はそのまま布団に潜り込んで、寝てしまった。
波乱の大神殿 第一日目、私的にはこうして終わったのだった。
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