「止めて下さい! 皇子様!!!」
私の前に弾けた光。
それは三人の子ども達でした。
金糸銀糸に揺れる髪は大した灯りも無い部屋の中なのに不思議なまでに光を放っています。
まるで、いつも私の側にいてくれた、優しい光の精霊達のよう。
「皇女様をこれ以上いじめないで下さい!」
「お下がり。お前達。
これはお前達のような子どもが口を挟んでいい話では無い。
大人の。罪人とそれを処罰する責任を持った皇族の話だ」
お兄様は表向き柔らかい口調で、子ども達に言い聞かせますがその声には上位者の、紛れも無い強い意思と力が込められています。
「下がりません!」
「皇女様は、不老不死でなくなってお寂しいから、側にいて心を慰めてあげて、というのがマリカ様と、何より皇子様からのご命令の筈です!」
私の前に子ども達は手を広げて、お兄様を近寄らせまいとします。
お兄様は手荒に、子ども達を引きはがす様な真似はなさいません。
でも、それよりも私にとっては怖い手段で、子ども達を遠ざけようとします。
「いいかい。お前達。
アンヌティーレは罪人だ。その罪は償わなければならない。
でも、罪を罪だと知らない者に罰を与えても、その意味が理解できない。
だから、僕はお前達をアンヌティーレの側に付けたんだ。もう話を聞いて解っているだろう?
アンヌティーレは歪んだ『聖なる乙女』として今までお前達と同じくらいの子どもやもっと小さな子ども達を殺めて来た。
その命を吸い取って自分のものにしてきたんだ」
「止めて下さい! お兄様!!!」
私は膝をついたまま、頭を抱え、耳を塞ぎました。
子どもとはいえ、ここまではっきりと言われれば解るでしょう。
私の罪を。
「アンヌティーレが殺めて来た子ども達の中には、オルトザム商会で顔を合わせたことがある者もいたかもしれない。
お前達が生きて、ここにいるのは単に運が良かっただけだ。
同じ時、同じように店に買われ、アンヌティーレの元に贈られた子ども達はもういない。
もし、商会長がお前達を、アンヌティーレの元に贈っていたら、アンヌティーレに喰われ死んでいたのはお前達であったかもしれない」
そうなのです。
私が子ども達と親しくなるたび胸を苛む痛み。
可愛く、優しく、未来を夢見る子ども達を、私は殺めて来たのです。
もしこの子達を今、不老不死に戻してやるから殺せ、と言われてもできません。
でも私はそれをやってきたのです。
マリカ皇女の力を超える。それしか頭に無くて何も考えずに命を喰らった子ども達は、もしかしたらこの子達の友達だったかもしれない。
何かの手順が違っていたら、私はこの子達の命を奪っていたのかもしれない。
そう思うと全身が恐怖に震えて動けなくなってしまいます。
「それは……。イヤだし、怖いと思います。
でも、マリカ皇女は言っていました。
皇女様は、一人でお寂しかったんだって。一人になりたくなくってきっと、人の力を求めたんだって。
優しくされたら、きっと優しくしてくれるから。貴方達も優しくしてあげてって……」
私は、声が出ませんでした。
子ども達は、私が命を吸い取るヴァン・ヴィレーナであることを教えられていたのです。
それでも、私に寄り添ってくれていたのだと、その時初めて知って、目頭が熱くなりました。
「その通り、皇女様は、ちゃんと私達に優しくしてくれました。
最初はちょっと怖かったけど、勉強を教えてくれて、話も聞いてくれて。
今は、私達皇女様が大好きなんです!」
「だから、皇子様、皇女様を苛めないで下さい。ちゃんと優しくして上げてください。
優しくしてあげたら、皇女様はちゃんと優しくしてくれますから!」
優しくしたら、優しさを返してくれる。
そんなのは幻想だと解っています。
少なくとも自分は誰にも優しくなんかしなかったし、優しさを返しても貰いませんでした。
お母様からは『愛』を貰ったと思うけれど、返すことはしなかったと思います。
『お前は私の宝よ。お前の幸せが私の幸せなの』
愛されるのが当たり前だ、と思っていたから。
自分はそれが許される特別な存在なのだと思っていたからです。
私に向けられるのは敬意と恐怖。
親しい優しい思いなどは無かったと思います。
自分から与えなかったし与える事をしなかった。
自業自得の結果だと、今なら解ります……。
でも、子ども達は私も、優しさを返せるのだと言ってくれたのです。
優しさを持っているのだと教えてくれたのだのです。
ならば、私は、その言葉に、思いに応えないといけないのです。
子ども達の眼差しと、手に断罪を阻まれたお兄様は、その手を胸の前に組み直すと私を見据えました。
「アンヌティーレ。子ども達はこう言っている。
お前はどうだ? 子ども達の言葉に、思いに応えられるか?
今迄の『皇女』や『聖なる乙女』に驕り高ぶっていた自分を捨て、与えられた優しさを返す事ができる人間になれるのか?」
「なれます。いいえ、なります。
これから先の人生は、そう長くは無いでしょうが、その全てを捧げて己の罪を償い、優しさを与え返せる人間になってみせます!」
死んで逃げてしまえばそこで終わり。
でも、私に何かできることがあるのなら、少しでも償っていきたいと心から思ったのです。
「解った。
お前の処分に関しては、アーヴェントルクの新しい神殿長として僕が一任されている。
お前が己の罪を悔い改めるなら、謹慎を解き、神殿に新しい役職をもって迎える事とする」
「新しい……役職?」
「孤児院長だ。保育園長、と言ってもいい。
この子達のような身寄りのない子、売られている子達を集め、保護し、教育を与える。
親元にいる子も守り、助け、正しい知識と心を教える。
お前のように何が正しいのか、悪い事なのか、知らされる事も無く悪事を行う者が少なくなるように……」
できるか?
と目で問うお兄様に、もう一度私はできます、と答えました。
「罪滅ぼしにはとても足りないでしょうが、、自らの過ちを取り返す機会を頂けるなら、全力で努めます」
「いいだろう。まずはアルケディウスに行き、世界でも先進的な孤児院と保育園を見学し、その方法論を学べ。
その後は、国に戻ってお前が指揮して、子ども達を守る施設を作るんだ」
「かしこまりました」
「お前達も、子どもの立場からアンヌティーレに知恵を与えて、助けてやっておくれ。
後に続く子ども達をお前達が、助け、守るんだ」
「はい!」「解りました!」「任せて下さい!!」
頭を下げる私に続く様に子ども達が応えてくれました。
私は一人では無い。それが、とても心強く思えます。
「じゃあ、僕は戻る。謹慎は今日で終わりだ。
使用人達は少しずつ、元に戻すけれど、前のような傲慢なヴァン・ヴィレーナに戻るんじゃないよ」
お兄様はそう言って部屋を出てしまわれました。
外に出てもいい、と言われて少し嬉しくなりましたが、緊張がほどけたと同時、私はあることを思い出しました。
「あ、ナハト…」
お兄様が殺したナハトを、埋めてあげないと可哀想です。
そう思って、籠にそっと触れたその時です。
黒い毛玉が籠から飛び出したのは!
「にゃあああ!」
「ナハト!」
「お疲れ様でした」
『お前もな。後は、アンヌティーレ次第だ』
「マリカ姫も喜ぶ事でしょう」
『……私個人が罰を下すなら別の形になっていたのだが……』
「なんですか?」
『いや、気にするな。数少ない『娘』同士、仲良くしてくれるといいな』
「ええ」
私がアルケディウスを訪問し、孤児院経営や保育業務を学ぶのはそれから暫く後の話。
マリカ様と、再会し、友人と。
そして親友と呼んで頂くのもまだ、もう少し先。
でもいつか届く、届かせたい未来の話です。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!