私は自分以外に大人の記憶を持っている子ども。
所謂、転生者という存在をリオン以外に知らなかった。
エルディランドでユン君→クラージュさんには会ったけれど、あの時『ユン君』は既に十五歳を超えていたから向こうの感覚で言えば、子どもだけどこちらでは立派な成人だろう。
で、リオンは記憶を持ったことを隠しながらも、私達の頼れる兄分で、いつも私達を助けてくれる特別な存在だった。
って、何が言いたいかと言えば、転生者って言う存在が普通の子どもとは、こんなに違うんだなって言う話。
孤児院にいた時は、精神的に欠けた状態だったらしいから普通?の子どもに見えてもいたけれど、今、目の前にいるレオ君は違う。
大人びた眼差し、静かで満たされた表情。
私の中の子どもをたくさん見てきた北村真理香の記憶が、この子は『子ども』じゃないって言ってる。
「お帰りなさい。マリカ様。アルフィリーガ。お戻りをお待ちしていました」
「レオ君? 本当に?」
「はい。考えてみればこの姿で、ちゃんとマリカ様にまみえるのは初めてでしょうか?
最初にステラ様にお引き合わせ下さった時は、自分の事でいっぱいいっぱいで失礼いたしました。
『神』の子にして、リオン・アルフィリーガの弟。
フェデリクス・アルディクス。改めて、ご挨拶申し上げます」
「あ、ありがとう。こちらこそ。アルケディウス皇女 マリカです。
もしかしたら、貴方には違う挨拶をした方がいいのかもしれないけれど……」
手に持っていた本をちゃんと本棚に戻し、胸に手を当て完璧な礼。
ステラ様への謁見の時も思ったけれど、三歳~四歳の子には絶対にできない!流れるような美しい仕草だ。
「いえ、解っていますから大丈夫です。『星』の後継者。真なる『精霊の貴人』
いずれは、僕の義姉になられるのでしょうか?」
「レオ! あんまりマリカをからかうな! こいつはお前の本性を知らないんだから」
「本性?」
「本性とは人聞きが悪いなあ。むしろアルフィリーガ、君こそ、本性をちゃんと彼女に見せているの?」
「黙れ! マリカ。こいつの言葉には気をつけろ。
元は大神殿を裏で操って人心掌握してた奴だからな。油断すると誑かされるぞ」
「僕なんかの策で素直に誑かされて下さるなら、話は早いんだけどね」
正直、状況が良く掴めていない状況の私の目の前で、突然始まる兄弟喧嘩。
えっと、リオンとレオ君って元から こんな関係だった、のかな?
「お帰りなさいませ。マリカ様。
レオ様については特に問題は発生いたしませんでした。見ての通り、城の一員として遇させて頂きましたので」
「エルフィリーネ」
「この城はいいですね。孤児院も子どもを育てる環境としてはかなり良いと思っていましたがここはさらに上を行く。マリカ様が整えられたのですか?」
「そう……だけど」
「このような恵まれた環境下で、ステラ様やエルフィリーネ、オルドクスに見守られて育てられる子どもは、幸せですね」
「……それは俺への当てつけか?」
「勿論、それ以外に聞こえた?」
二人を見守るような優しい眼差しのエルフィリーネ。
オルドクスはレオ君とリオンの間で、どっちに味方したらいいか、迷っているようだけれど。
「ご安心ください。僕はもう貴女に手出しをするつもりはありませんから」
「え?」
彼は大人びた、本当に大人のような表情で肩をすくめてみせる。
「だってもう必要ないでしょう? 貴女は大神殿に繋がれ 神々に力を捧げる巫女になった。そして『神』の息子と結婚する。それはすでに僕たちの目的を果たしたと同じですから」
「勘違いするな。神殿勢力を星が取り込んだんだ」
「まあ、そうとも言いますね」
なんだか、リオンとレオ君。すごく楽しそう&仲良さそう?
「だから、心配しないで、と言ったでしょう?
この子達は基本的に優秀で、素直でいい子だから。ちゃんと話をして誠実に向き合えば応えてくれるのよ」
「ステラ様……」
ぴょこん、とどこからともなく私の頭に降りて来る白子猫。
「随分と浮かれているようだな。ステラ。
我が子を取り戻したことはやはり、うれしいか?」
「それはもう! ずっと夢だったんですもの。我が子と一緒に当たり前の日々を過ごすことが。
アーレリオス様ならお判りでしょう?」
私の足元からぴょぴょんと、背中を駆け上ってピュールが肩に乗る。
頭の上に白子猫。肩に白兎。目の前には白狼。
なんだか、動物王国めいてるなあ。
「リオンは、母子の名のりもろくにできませんでしたし、あんまり甘えさせてあげられなかったのでとても悔しく、悲しかったのです。
ですから、フェデリクスに会えて嬉しくて母親らしいことをあれもこれもしてあげたくって……ちょっと甘やかしてしまったかもしれません」
「あ、いいえ。ステラ様。俺は、十分に貴女に愛して頂いたと思っています」
「僕も…本当に、この一週間、とても良くして頂きました。孤児院での暮らしが決して悪いわけではありませんが、自分が、母親に一人の人間として、認められ受け入れられて、というのはやはり、特別なものですね」
母親の言葉に喧嘩を止めて、向き合う兄弟。
どちらの目にも、彼女を慕う思いが見える。
ステラ様の二人を見る眼差しにも、本当に愛が溢れていて。
やっぱり、母子なんだなあ、って改めて実感した。
となると気になる『父親』について。
「ねえ、レオ君。
言い辛い事だったり、言いたくない事ならいいんだけれど、貴方達の父親。
『神』レルギディオスって、貴方達をどう扱っていたの?」
ピクン、と微かに彼の頭が跳ねたのが解った。
楽し気な空気も霧散する。
何か言いかけたリオンを止めて、レオ君は静かに話し始める。
「大切には、して頂いていたと思っています。
こまめに声をかけて頂き、地上における様々な権利、権能も与えて頂きました。
信頼され、大神殿を任されていた事を誇りにも思っています。
ただ……それは、ステラ様が下さった親としてのものではなく、自分の分身、手駒。使い勝手のいい道具。そんなものに対して向けられたものなのかな、と今は思うのです」
「そう……」
「特に、僕はアルフィリーガ。魔王マリクを失った後の後継機として作られました。
魔王としての役目を果たすには力不足であったので、大神殿の指揮を任せられましたが、最初は大人として生み出され、その後、子どもの身体に乗り換え。
人として成長し、愛されたことは、この身体になるまで無かったのかもしれません」
「ホントに、何を考えてたのかしら。神矢は。
私と違って、やろうと思えば、手で抱きしめてあげることも、話を聞いてあげることだってできた筈なのに」
「あの方には、考えるべきことが多すぎたのだと思います。それでも、時折、たった一人の理解者としてあの方の、理想。思いを聞くのは楽しい事でした。
ですから、僕は、あの方の道具でいいとも思っていたのですが……」
悲し気に目を伏せる様子は、やはりどこからどう見ても子どもには見えない。
転生者って、こんなにも違うモノなんだな。
私も、お母様やお父様、皇王陛下や兄王様にこんな風に見えていたのだろうか?
「以前、リオンがあの方の愛は、愛ではない、と言っていた事も今なら理解できます。
それでも、あの方を嫌いにはなれませんし、裏切ることはできませんが」
「別に、彼から離反しろとか、嫌いになれとか言うつもりはありませんよ」
私の頭から、レオ君の頭に、そして肩に。
体重を感じさせず飛び移ったステラ様は、どこか申し訳なさそうに笑うレオ君の頬にその身を摺り寄せた。
「ただ、貴方にも人間として幸せになる権利があり、義務がある。それを私は伝えたかっただけですから」
「ありがとうございます。孤児院で過ごしていた時に初めて知った、人の優しさ。
愛情。それがこの城に来て、しっかりと腑に落ちた気がします。
僕は、人を導く為の精霊で、人と表向き以上に関わることはありませんでしたが、人の愛情というのはここまで暖かく、尊いものなのだと。守るべきものなのだと」
そう、誓うように告げるレオ君は、やはりリオンと同じで最初から、自分を人の世を守る為の『精霊』だと定義し、そこから揺らがせないようにしているように見えた。
ステラ様から母の愛を与えられても、根本的な所で変わらない基本理念。
少し、もやっとした。
神矢君、レルギディオスは何を思って、我が子達にそんなものを植え付けたのだろうか?
「それで、フェデリクス。どうしますか?
約束の一週間も間もなくすぎます。貴方は一度アルケディウスに戻ることになります。
勿論、望むならマリカに頼んでこの城に引き取ることができるようにしますが……」
「その前に『神』と会い、お言葉を賜ることをお許しいただけますか? ステラ様。約束の通り」
「……ええ、貴方が望むなら。約束ですものね」
今度はステラ様の背筋と尻尾がピン、と伸びた。
「彼は、タブレットの中に閉じ込められているけれど、疑似クラウドの閲覧権までは剥奪してないから外で何が起きたかは理解している筈よ。
苛立って暴れても、貴方に私、エルフィリーネにリオンにマリカ。
アーレリオス様もいるからいざとなったらねじ伏せられるしね」
ぶんぶんと尻尾が左右に振られているのは苛立ち、もしくは不安、だろうか?
普通の猫と精霊獣の感情表現が同じだとは思わないけれど。
「まずは、対話、だと真理香も言っていただろう。
奴の言い分を改めて聞いてみようでは無いか」
「はい。アーレリオス様。エルフィリーネ。
タブレットを持ってきて」
「かしこまりました。ステラ様」
エルフィリーネの姿が、すっとかき消すように消えて、瞬きの間に戻ってきた。
胸に黒いガラス板。タブレットを抱いて。
「これはね。地球技術の最後の最高傑作。
真理香先生のスマホを参考にナノマシンウイルスで強化したものでね。
地球の科学などに関するデータできる限りと、写真を入れてあるの」
「写真?」
「そう。地球で皆が人間だった頃、最後に撮った記念写真がね」
ふと、星の夢を思い出した。
真理香先生がバイオコンピューターになる前日に、関係者全員で撮ったという記念写真。
「これを見て、真理香先生に睨まれて、その上でまだぐだぐだ言うようなら、私がきっちり責任を持って引導を喰らわしてやるわ。
見てて!」
アルを救出した決戦のあの日から、ステラ様はどうやらタブレットに触れていなかったようだ。
多分、ステラ様にも覚悟ときっかけが必要だったのだと思う。
考えの相違で袂を別ったパートナーとの再会は。
「行くわよ!」
パシッ! と、薄紅色の肉球がタブレットのホームボタンを叩く。
微かな電子音と共に、画面がゆっくりと像を結んだ。
『やっと、話をする気になったのか? ステラ?』
息を吐き、腕を組む青年。
『神』レルギディオスの映像を。
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