カレドナイト鉱山での仕事が終わった後、私は魔王城に帰って子ども達との時間を楽しんだ。
神殿の仕事をするようになれば今まで以上に気軽には帰って来ることはできなくなる。
だから、時間が許す限りはできるだけ一緒にいて、話を聞いてあげたかったのだ。
「あのね。マリカ姉。僕、親方の所で仕事を始めたよ。まだ見習いだけど、最近ようやく火を扱わせて貰えるようになったんだ」
そう笑顔で報告してきたのはシュウ。彼は王宮の伝手で腕のいい鉄工職人の所に去年の末から見習いに出ている。
「へえ、シュウ、頑張っているんだね。先輩たちと上手くやってる?」
「うん。みんな優しいよ。花の油作りの機械の発注がいっぱい入って大忙し。僕が作り方をを教えたりしているんだよ」
修行先でいじめられたりしていないか心配だったけれど、今の所杞憂の様だ。よかった。
同じ年頃の子どもがいないし、みんな大人だもん。
子どもに意地悪なんて大人げない事しないよね。
でも、私もフェイも側にいられなくなるから、お父様達に相談して、しっかりとサポートして貰おう。
「魔王城ではね。カイト……あ、クロトリの方ね。の卵が産まれたよ。他にもクロトリがまた沢山巣をかけているから卵いっぱい貰えるんだ」
嬉しそうに報告してくれるヨハンはビーストテイマー。
魔王城の庭には山羊に、羊に馬、と動物がかなり増えた。
その面倒を一手に引き受けてくれているのが頼もしい。
「そうか。じゃあ、向こうに戻るまでに新しいお菓子作ってあげるね」
「マリカ姉。お菓子作るなら一緒にやらせて。作り方覚えたい」
「あの……私も、よろしければ……」
「ジョイ。ネアちゃん。うん。いいよ。一緒にやろうね。何がいいかな。
バニラアイス、チーズケーキ。大奮発してチョコレートのブラウニーとかもいいかも」
「チョコレート!」「久しぶり!!」
ジョイとネアちゃんは、大きい子が少なくなった魔王城で、皆の食事をティーナと一緒に支えている。次代を担う料理人が着々と育っているのも嬉しい。
「よろしいのですか? マリカ様。お休みにならなくても」
「休んでいるよ。皆と一緒に過ごすのが私の楽しみでお休みだから満喫してる。
でも、ティーナには今後、ますます負担をかけちゃうね。ごめん」
私が頭を下げると慌てたようにティーナが手と首を振る。
「謝らないで下さいませ。私が好きで。そしてマリカ様のお力になれるのが嬉しくてやっていることでございます。皆さま、成長してきてなんでも自分でやって下さるので最近は少し物足りないくらいですわ」
「ありがとう。これからも、できるだけ頑張って帰って来れるようにするから」
私達魔王城育ちの年長組がみんな神殿勤務になってしまったから、前のようにみんなで一緒に戻ってくることは難しい。
でも交代で休みを取ったりしてできるだけ、様子を見に来るようにはするつもり。
「魔王城に戻るには一度アルケディウスに帰らなくちゃいけないのが、ね。
ちょっとやっかいなんだ」
私の居住が大聖都、ルペア・カディナに移った為、ダイレクトに魔王城に帰ってこれなくなったのが面倒な所だ。私はまだ、神殿の直通転移陣を使えるけれど、私と一緒じゃないと使用許可が出ないフェイやリオンはなかなか戻って来れないだろう。
他の皆はさらに推して知るべし。だ。
今、まだ正式に移動申請中のユン君、ことクラージュ先生に魔王城のことは頼んでいるけれど、いずれはクラージュ先生もこちらに来る。
ガルフはゲシュマック商会の大聖都支店を作り、アルとエリセを大聖都に寄越してくれるべく手続きを始めているという。
ただ、そうすると本当に魔王城が手薄になってしまうのが痛い所だ。
お父様やお母様、ガルフに頼むのも限界がある。
「ファミーちゃんは、魔術師としての基本が身に付いてきたので近々アルケディウスの王宮魔術師様が見習いとして雇い、正式に教育を行いたいというお話があるようです。
彼女は姉であるセリーナ様と共に外でマリカ様に仕えることを目標にしているようですから」
「そっか。子ども達の成長は早いね。修行が終わったら受け入れるよ」
魔王城はあくまで保育園だから。
いずれ、子ども達が生きて行く為の基礎を身に着け、希望ややりたいことがある子は外に出したいと思っている。
「マリカ姉。これみて」
「うわー、いつもながらギルは絵が上手だね。このクロトリとか今にも飛び出しそう!」
おずおずと、書き溜めた絵を差し出してくれたのはギルだ。
本物そっくり。躍動感のある絵は向こうの世界の神絵師とも遜色が無いと思っている。
今の所は写実画が殆どで、個性的なギル自身の絵を描くわけではないのだけれど。
うーん、できれば外に出してあげたいな。島の動植物だけではなく、外の人間とか、建物とか色々な風景を見せたら、きっと幅が広がりそうな気がする。
でも
「ギルはどう? 外に行きたい?」
「……ちょっと行きたいけど、今はいいい。外こわい」
「そっか」
ギルはちょっと内向的な所がある。自分の内側の思いを絵にして形にするタイプだ。
私達が側についていれば大丈夫だけれど、人の多い外はまだ怖い様子。
もっと自由に魔王城と外を行き来できるようになればいいのだけれど、そうすればそうしたで魔王城のセキュリティが下がってしまう。
万が一他の人に魔王城への通路が知られたら、面倒なことになるし。
「私も、皆と相談して色々と考えてみるね。
魔王城は私の原点。皆の安全と帰る場所は絶対に守って見せるから」
敵とも言える『神』の神官になってしまったけれど、私の家はここであることに変わりはないのだし。
私はその夜、子ども達と美味しいものを作って食べて。
本を読んで、一緒にお風呂にも入って。外での話もして本当にいっぱい遊んだ。
それから、ティーナと子ども達について話をして、今後の保育や子育てのアドバイスをして。
「マリカ姉。結局ホイクシのお仕事してる。おやすみしないとだめだよ?」
エリセにはちょっと怒られた。でも私的にはお休み。
大切で、大好きな時間なのだ。
皆がいてくれるから、色々と悩まないで済む。
大神官になってから、正直な所、心が休まる暇が無くて、辛かった。
『精霊神』様達も入って来れないせいか、来て下さらないし。
魔王城に戻って来て、何の気兼ねもなく自分を出して、子どものことだけを考えていられるのはやっぱり幸せだと感じる。
子育て、保育、っていうのは大変だけれども、子どもから貰うものもかなりある。
膝に乗って甘えるジャックやリュウに頬ずりしながら、私はこの一時の充実感と喜びを嚙みしめていた。
これから待つ最後の大仕事への英気を養う為に。
深夜。
私は、いつものようにそっと部屋を出た。
行先は、大広間。
その中央。
鍵のかかっていないドアを開けて中に入ると
「お帰りなさいませ。マリカ様。お待ちしておりました」
「エルフィリーネ」
待っていたかのように、いや実際待っていたのだろう。エルフィリーネが深々と私に向かって頭を下げた。
「私ね、大神殿の大神官になったよ」
エルフィリーネははもしかしたらもう知っているかもしれないけれど、一応大聖都であったこと。『神』との一部始終と大神官拝命のあれこれを改めて説明した。
「『神』とは直接そんなには話せないんだけれど、二年間、大神殿を運営して大陸を育ててみせろって言ってた。
その後、私を。ううん。私とリオンを連れて、どこかに帰るって」
「そうで……ございますか」
「どこにも行かない、って断りはしたけど。……ねえ、エルフィリーネ」
「はい」
私が告げた『神』からの伝言を噛みしめるように目を伏せたエルフィリーネに私は呼びかける。
今なら、応えてくれるだろうか?
彼女は私の質問に。
「私、北村真里香という異世界の記憶を持つ人間をこの世界にマリカとして転生させたのは、貴女と『星』?」
長くて短い逡巡の後、エルフィリーネは私と同じ、紫水晶のような瞳を真っすぐ向けて告げた。
「はい」
確かな、その一言を。
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