【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城 預かった思い

公開日時: 2022年10月7日(金) 07:43
文字数:3,865

 神殿への初出勤と、会計監査の日の深夜。

 私は魔王城の島に戻らせて頂いた。


 神殿長の就任式が明後日の木の日。

 祝宴の宴がその日の夜にあって。

 翌日がアーヴェントルクへの出立なので、本当に今しか魔王城に戻れる日は無かったからだ。

 

 神殿から戻って、その足で衣装合せ。

 その後随員達とアーヴェントルクへの旅の打ち合わせと確認をして。

 ゲシュマック商会の仕事の残りがあるからと、貴族区画店舗にカマラとセリーナ。

 ノアールを連れてやってきた。

 ミュールズさんは


「旅行前最後のお休みなのに仕事ですか?」


 と顔を顰めたけれど、私はどうしてもどうしても旅行前に魔王城のみんなに会いたかったのだ。



 色々と忙しかったので転移陣を潜って魔王城の島に戻って来たのは二の空の刻近かった。

 九時とか十時とか?

 明日は儀式の準備があるので、二の火の刻には家に戻らなければならない。

 超弾丸帰宅だ。


「ごめんね付き合わせちゃって」

「いいえ。お気になさらず。では、私は城下の家をお借りします」


 魔王城に入れないカマラ以外の三人で、城に戻った。

 玄関ホールはシンと静まり返っていたけれど


「お帰りなさいませ。マリカ様」

「ただいま。エルフィリーネ」


 いつも通りエルフィリーネの優しい笑顔が迎えてくれる。

 

「みんなはもう寝ちゃったよね?」

「はい。二階で調べ物をしているアルフィリーガとフェイ様、アル様以外は。

 ティーナももう眠っているようです」

「解った。

 セリーナとノアールも部屋でゆっくりして。

 お風呂に入りたかったら入ってもいいから」

「ありがとうございます。でも、マリカ様は?」

「みんなの寝顔を覗いて、明日の支度をしたらすぐ寝るから心配しないで」


 二人を見送ってから私はこっそりと、子ども達の部屋に足を向けた。

 ミルカとエリセの女の子部屋はプライバシーもあるだろうから入るのは遠慮するけれど、ジャック、リュウ、ギル、ジョイの年少組の部屋と、年中組。

 ヨハン、シュウの部屋にはこっそり入らせて貰った。


「日に日に大きくなるなあ」


 元気な子ども達の寝息を確かめながら私は息を溢す。

 五歳、六歳と言っても少し、大人びて見える。

 本当だったら甘えたい盛り。

 側に着いて色々話を聞いてあげたいのに寂しい思いをさせているだろうなあ、という自覚はある。


「ごめんね…」


 毛布を蹴っ飛ばし、大の字になっている子ども達の上掛けを直してあげながらそんな吐息が知らず零れた。

 自分で決めた事だから迷うべきではないと解っているけれど。


「せめて、明日は美味しいご飯を作ってあげよう。

 そして、いっぱい遊ぼう」


 子ども達の頭を撫でながら私は、そんなことを思ったのだった。



 翌朝


「うわ~、マリカ姉帰って来てたんだ」


 食堂に朝食に来た子ども達はエプロンをして配膳をする私を見て目を丸くしたようだった。


「うん。今日の夕方には向こうに戻らなきゃならないし、戻ったら、明日からまた暫く旅行に出ちゃうから。

 少しでも皆と遊びたくて」

「やったあ!」

「今日はお外で追いかけっこしよう!」

「森でかくれんぼ!」

「うん、いっぱい遊ぼうね!」


 飛びつくように抱き付いて来るリュウとジャックをだっこして私は頬ずりする。

 ああ、幸せだ。


「あとね。精霊獣も新しく増えたよ。ピュールは前に連れて来たよね。

 こっちはローシャ。仲良くしてね」


 ぴょーん.


 ローシャとピュールがテーブルから飛び降りて子ども達の方に近付いていくと子ども対は歓声を上げて追いかけ始める。


「あっと、遊ぶのはご飯の後だよ~。

 早く席に付いて~」


 今日の朝はご飯と鮭の塩焼きにグルケ(キュウリ)の浅漬け。目玉焼きに潮味の吸い物と和風。

 お昼もいっぱい遊べるようにご飯は多めに炊いておむすびにした。


「あ、マリカ。戻って来れたのですね。

 衣装合わせに時間がかかると言っていたので、来れないのではないかと心配していたのですよ」

「先に来てすまなかったな」

「気にしないで。私は夜には戻るけれど、リオン達は明日までゆっくりしてもいいから」

「ありがとうな」


「じゃあ、みんな揃って、ご挨拶」

「いただきまーす」

 


 その後は約束した通り、皆で森でいっぱい遊んだ。


 魔王城の森の夏は豊かだから。

 森の中でグレシュールを頬張って笑い合えればそれだけで、凄く幸せな気分になれる。

 鬼ごっこにかくれんぼ。木の家でごはんも食べて。

 体力が追いつかない部分はカマラも一緒に遊んでくれた。


 トタトタと、兄弟達を追いかける最年少のジグはもうじき二歳。

 色々なものに興味があるようで、大きな木の一本一本に触れたり、毛虫やカエルダンゴムシなどに手を伸ばしたり。

 好奇心旺盛で、何にでも触ろうとするのに、生き物の感覚に実際に触れるとビックリして、


「なに! こわい!!」


 というように後ずさるのがとても可愛い。


「良いなあ、こういうの」


 思わず溢れるホンネ。

 子ども達が元気に遊んでいる姿を見るのは私にとっては本当に至福の時間。

 皇女とか神殿長とか聖なる乙女とかなんかどうでもいいから、ずっとこうして保育士していたいと思うくらいだ。

 その様子が顔に出ているのか、カマラやノアールも煩い事は言わないでくれている。


 やがて木陰で子ども達は昼寝を始めた。

 年少、年中組だけではなくヨハンやシュウどころか、もうアルケディウスで仕事をしているアーサーやクリスまで。

 ピュールやオルドクスを枕に全員そろってぐーすかぴー。

 鼻を摘んでも起きそうにない。


「お疲れですか? マリカ様?」

「ティーナ」


 その様子を腰を下ろし、木に背中を預けて見ていた私にティーナが微笑みかけた。

 彼女の腕の中でリグもぐっすり眠ってる。


「…お疲れ、ってほどじゃないけど。

 皆に寂しい思いをさせちゃってるなあ、っては思ってる。

 戻ってくると、みんな私の側から離れないしね」


 普段はそれぞれに勉強や、畑仕事などをしているけれど、私が返ってくるとそれら全てを放り出して私にみんなひっついて来る。

 嬉しい反面寂しい思いの表れかなって思うのだけれど


「大丈夫です。皆さん、解っておいでですわ。

 マリカ様のお仕事も、その意味も。

 だから、ちゃんと待っていて下さいます」

「そうかな…そうできているかな?」

「ええ。

 離れていても寂しくても、マリカ様が自分達を信じて愛して下さっているのが解るから、待つことができるのです。

 こうして忙しい中にも帰って来て、遊んでくれる。

 自分達の話を聞いてくれる。

 マリカ様は帰ってくれる。自分達を愛してくれている。

 それで皆様、ちゃんと気持ちを切り替えられますから」


 優しいティーナの言葉で胸と心と、身体が軽くなる。

 多分、知らないうちに滅入ってたんだな、とは思う。

 でも、今ならこのまま空まで飛んでいけそうだ。


「ありがとう。ティーナ」

「ですから、マリカ様は無理をなさらず、ご自分の為すべき事をなさって下さいませ。

 私も出来る限りでお手伝いいたします」

「うん。頼りにしているから。私の親友。魔王城の保育士」


 私にとって、やっぱり魔王城は原点であり、帰る家だと思う。

 弱気になる度支えてくれる。

 元気の源。ここを守る為にも頑張らないと!



 夕方。一足早く向こうに戻る私達を


「待って! マリカ姉!!」


 シュウが呼び止め小さな小箱を渡してくれた。


「これ、もってって!」

「なあに?」


 箱を空けると小さな小瓶がぎっしり。

 溢れ、絡み合う香りでむせ返りそうだ。


「頼まれてた花の油。いっぱい溜まってきたから」

「ありがとう!」


 アルケディウスでも少しずつ生産が始まったから、すっかり忘れてた。

 でも

 オランジュ、ロッサ、ジャスミン、ミンス、ローマリア、レヴェンダ、カモミール。

 お土産に持ってきたキトロンまで、色々な種類の植物でオイルを作ってくれていたようだ。

 私が頼んでいたことを忘れないでいてくれたのが凄く嬉しい。


「それからこれも…」

「なあに?」


 渡されたのは小さなペンダントだった。

 木で作った小さな星の形。

 でもどうやら中が空洞になっているようで差し込み蓋のようなものが付いている。

 

「あ、なんかいい香り」

「マリカ姉が、見せてくれた木の中に良い匂いのする種を入れた飾りあったでしょ?

 あれを真似して作ってみたんだ。中に油を入れるとふんわりいい匂いがするよ」

「凄い。新発明だね!」


 これは本当にいいアイデアだ。

 確か、向こうの世界でも作っている所があったかもしれないけれど、木に香りを含ませることで香りを長く楽しむことができる。

 製油そのもは肌に付けるには濃すぎるけどこうして身に付け、服の下にでも入れておけば程よい香りを身に纏う事ができるだろう。

 人気が出て売れそうだ。


「またお出かけするんでしょ。

 旅の間、これをもってて僕らの事を思い出して」

「うん。ありがとう。ずっとつけているね」


 私は早速ペンダントを胸元に付けた。

 淡くて優しいレヴェンダの香りがシュウ達の優しさのように私を包み込む。


「また、少し来れなくなっちゃうけれど、身体に気を付けて元気で過ごしてね」


 一人ひとりをぎゅうと抱きしめる。

 ファミーちゃん、ティーナ、リグ。

 それからオルドクスとエルフィリーネにも。


「私の留守の間、魔王城をお願い」

「お任せ下さい」「一生懸命努めますわ」

「じゃあ、行ってきます! また、お土産いっぱいもってくるからね!」


 後は、振り返らず転移陣に向かい発動させた。

 泣かない、泣かない。

 絶対に泣かない、と決めていたのだけれど。

 それでも、涙が零れてしまうのは私の修行不足。


「マリカ様…」

「大丈夫。心配かけてごめん」


 心配そうに顔を覗き込むカマラに眦を拭いて、私は笑顔を作った。

 しっかり切り替えよう。

 ここから先は、皇女マリカの時間。


 あの子達が、笑顔で過ごせる世界を作る為の、戦いの始まりだ。

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