全速力で走る馬は、振動が激しく、かなり揺れる。
私の長距離旅行用の箱馬車でゆったり走るのとはかなり違って舌を噛みそうだ。
これでも、かなり気遣って振動を減らして貰っていることは解っているけれど。
「……付いてくるだけ無駄だぞ。私は帰る。失態になるだけだ」
バイクの逆タンデムのように、私を前に抱いて膝に乗せ全速力で馬を走らせる魔王は、
「帰しません。絶対に」
「……好きにしろ」
チッと軽い舌打ちをした。
左右に着いたスーダイ様や、ソレルティア、エルディランド騎士達の場軍には聞こえないくらいの小さな会話。
でも、私はこぶしを握り締める。
今度こそ、同じ間違いは繰り返さない。と。
異世界インターネット国王会議の真っただ中、エルディランドから入った魔性襲来の報告に会場は一気に静まり返った。
「スーダイ大王様、魔王は指揮を執っていますか?」
『ああ、上空に指揮を執る人影が目撃されている。金色の髪をしたいうからおそらく魔王エリクスだろう。とにかく数が多く三桁を超える上に、エリクスが的確に指示している。
そのせいで普通の魔性相手であればそう後れを取らないエルディランドの騎士達も少々苦戦しているようだ。怪我人も出ている』
「怪我人……」
「スーダイ大王様。私が援軍に向かう事をお許しいただけますでしょうか?
本来なら上位者の発言を下位の者が遮ることは許されないのだけれど、進み出た者に誰も文句は言わない。
「リオン?」
『リオン殿に来て頂けるならありがたいが……いいのか?』
「魔王の殲滅は俺の使命です。許可を頂けるなら大聖都経由で、直ぐにでも……」
「私も行きます!」
『マリカ皇女!?』
一人で行く、と言い出したリオンが、これを機に『神』の元に帰る気満々なのは解っている。でも、私はそんなこと許すつもりは無い。
「魔性関連の怪我は不老不死者でも死に直結することがあります。大聖都の大神官として、傷を治すこともできるので、お手伝いさせて下さい。
収穫期、エルディランドの水田や畑が襲われ、精霊が盗られたら世界の食糧供給にも大きく影響しますので」
『それは正直ありがたいが……危険ではないか?』
「私も、魔王や魔性を斃す方に専念すると、姫君の護衛に手が回らない可能性があります。
ここでお待ち頂き事態が解決してから来て頂いた方がよろしいかと」
それぞれ、違う理由で反対の声を上げるスーダイ様とリオン。
各国から援軍を出そうか、という申し出にはどこか渋い顔なのでやはり国としてのプライドとかもあるようだ
「では、私が姫君を御守りいたしますので」
「「ソレルティア?」」
通信鏡の管理で同席していた王宮魔術師、ソレルティア様が名乗り出た。
「スーダイ大王様、私はアルケディウスの王宮魔術師ソレルティア。転移術の使い手です」
『何?』『アルケディウスは二人も王宮に転移術の使い手を抱えていたのか?』
ざわつく議場、少し、眉を潜めた皇王陛下。
でも、その瞳は仕方ないと理解して下さっているようだ。静止の声はかからない。
「私が側に付き、マリカ様に何かあれば即座に転移してお助けします。攻撃魔術にも少し自信があるつもりです。事の終了後、出禁にして頂いても構いませんので今回に限り、入国を許可しお手伝いすることをお許し願えないでしょうか?」
『……解った』
「スーダイ様!」
『正直、こうして話をしている時間も惜しいのだ。戦況も聞く限りでは厳しい。
最悪の場合には各国に援軍を願わなければならないかもしれないくらいには』
眉根を寄せるスーダイ様。国王会議の最中、緊急事態とはいえ国の弱みを大王としてはあまり見せたくはなかったところだろう。でも、プライドよりも自国の民や今後を優先したという姿勢は尊敬できる。
『とりあえず、旅券を省略してマリカ皇女、リオン殿、ソレルティア殿の入国を許可する。
諸国には万が一の為に、援軍の準備を要請したい』
「もし、危険の時には私の通信鏡でお知らせしますので」
『助かる』
こういう点でも国の地力が出る。アルケディウスは小型通信鏡の生産地だから、私とアルケディウスを繋ぐ鏡もあって、連絡が取りやすいけれど諸国はそうはいかないだろう。
諸国に渡っている小型通信鏡は一桁。そう気軽に使えるものでは無い筈だ。
「無理はするでないぞ」
「はい。必ず、全員無事に戻れるようにいたします」
明らかに心配そうな皇王陛下に深く頭を下げて、私達三人は大至急アルケディウスの神殿から大神殿に、そしてエルディランドへと移動した。
転移術と転移魔法のWコンボなのでエルディランド到着まで半刻もかからない。
「やはり、転移術は早いな」
「スーダイ様。お久しぶりでございます。再会の挨拶を省略することをお許し下さい。
場所は、どちらでございますか?」
「王都の外、グエンの一族の農園とショウユ工場だ。前に行ったことがあるだろう?」
「ここから、そう遠くありませんね」
「ああ、馬と馬車を用意してあるが……」
「一刻を争うなら、馬車を使っている時間が惜しいでしょう。姫君は私が馬でお連れしますので、案内を」
「解った。こっちだ」
こっちに転生してから機会を見て練習して、普通の乗馬くらいならできるようになったけれど、緊急時の早駆けについていける程の実力はない。
私は素直に、リオンの腕に抱かれるような感じで前乗りした。ソレルティアやスーダイ様、護衛の騎士などが準備を整えると、全速力で駆け出していく。
リオンの、大きな腕の中にすっぽりと納まる形。
そんな事を考えている時では無いのだけれど、少し照れてしまう。
でも、私の思いを知ってか知らずか、リオン。ううん。魔王は馬を駆りながら、囁くように告げたのだ。
「マリカ。一時の別れだな」
「やっぱり、貴方の迎えだと思っているのですか? 魔王」
「今までにない大群、というのならそういう事だろう
……付いてくるだけ無駄だぞ。私は帰る。お前の失態になるだけだ」
「帰しません。絶対に」
「……好きにしろ。どうせ、私やお前の意志でどうこうできる話では無い」
私はともかく、魔王の意志でどうこうできることではない、と彼は言う。
彼自身にも迷いがあるのだろうか。
魔王は知らない。私達と魔族との密約を。
ポケットの中に肌身離さず持ち歩いている丸薬にそっと手を触れた。
彼を封じ、リオンを取り戻す。
これは絶好の好機だ。
でも……。
腕の中から私は彼の顔を見上げる。前だけを見つめひた走るその眼差しはリオンではなく『魔王』のものだ。でも、私を膝に乗せ、走り辛いだとうに馬の振動を少しでも軽減させようと気遣う優しさはきっと、彼の魂そのもののが持つものだろう。
今まで、一方的に魔王を悪と断じてきたけれど、それでいいのだろうか?
リオンの救出は最優先。
けれど。私は彼の腕の中でそんなことも考えていた。
第一報が国王会議に届いてから約一刻。
国境を超えた割にはかなり最速で、現場にたどり着いた私は目を見張る。
天も、地も埋め尽くすくらいの魔性の群れ。その数、軽く数百。
これだけの数の魔性を見たのは、初めて。
いや、数年前の大聖都以来だ。
今、思えば『神』の最初の攻撃。
私とリオンを手に入れる為の最初の策略が施されたあの時と状況がよく似ている。
ただ、違うのは。
「思ったより早かったですね。お待ちしていましたよ」
魔性達の頭上、上空から私達を見下すように浮かび声をかける魔性達の指揮者。
魔王エリクスが笑っていることだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!