晩餐会の会場は、比較的大きな結婚式場のイメージだった。
白く、装飾の利いた大広間の最奥に、白いクロスのかかった横長机。
貴重であろう花で飾られたテーブルの竜王に国王夫妻。
国王陛下の横に私の席があって、反対側が王妃様。王太子様までがその横長テーブルに、他の方達はたくさん並ぶ黒檀の丸テーブルと椅子についてた。
女性がいない。異様なまでに女性の出席者がいない。
大貴族や貴族が二十人+αほど。その子息や家族も席についているのだろうけれど、本当にパートナーの女性すら連れていないのだ。
大広間の中に女性として立っているのは私と王妃様、そして私の護衛カマラだけというのはシュトルムスルフトの徹底した姿勢を感じさせる。
「では、遠い北の国から届いた恵みの風。
『聖なる乙女』の訪問とシュトルムスルフトにやっと届いた『精霊の祝福』に感謝を込めて!
エルトゥルヴィゼクス!」
「エルトゥルヴィゼクス!」
どうやらこの国でも乾杯の言葉は同じ。
万国共通だね。
掲げられた盃の中に入っているのは大人の方達は葡萄酒。
私は特別に頼んで、持ってきた果汁にして貰った。
後は特に変わったこともなく宴が始まったけれど、とにかくもう居心地が悪かった。
隣が国王陛下。招待客として場に座る外国の人間は私一人。子どもも一人、女の子も一人。
違う島ではあるけれど、一番近い席にいるのは第一王子。
頼りの王太子様と王妃様は国王陛下を挟んで向こう側。
孤立無援に近い。
真後ろにカマラとリオンがいなかったらめげてしまいそうだ。
「今日の料理は姫君が整えて下さった『新しい味』だ。
プラーミァや移動商人からいくらかは流れてきているとはいえまだ、この国も『料理』『新しい味』の力に半信半疑の者が多かろう。
今日はその価値を、自らの目と舌で確かめるといい」
我が事のように嬉し気に紹介して下さる国王陛下だけれども、一通りの挨拶を終えた後。
「姫君。ファイルーズの子はお連れ下さらなかったのですな?」
席に戻ると私に、そう言葉を向ける。ちょっと愚痴というか嫌味っぽい?
「フェイは文官、今は明日から本格的に始まるこの国での仕事や契約関係の準備で忙しいのです。
滞在期間は長くはありませんので、無駄にはできませんから」
「まあ、今はまだアルケディウス籍であるので仕方ありませんか。
私の孫が才能を発揮しているなら嬉しい事でもありますし、いずれアレにはシュトルムスルフトを率いて行ってもらわねばならない。
その為にアルケディウスで学ぶことは意味のあることでしょうから」
「あら、アルケディウスは本人が望まぬ限りフェイを手放すつもりはございませんよ。
若くして、試験に合格した彼はアルケディウスの宝と皇王陛下もおっしゃっています。
今、文官長は彼を後継者にするべく、英才教育の真っ最中ですの」
いずれ、フェイを返してもらう。
そう暗に告げる国王陛下に私はきっぱりと釘を刺しておく。
フェイは絶対に渡さないってね。
因みに、文官長が宮廷魔術師と一緒にフェイに英才教育しているのはホントの話だ。
おかげでぐんぐんと対人スキルを身に着けている。
元々頭がいいし、美形なので大貴族や貴族の御婦人たちの人気、最近急上昇中らしいし。
「姫君は幼子の保護と育成に力を入れておられると伺っておりますが。
子は親、家族の元で育つべきとは思われませんか?」
「勿論、それが一番とは存じますが、今のシュトルムスルフトに彼の『親』はおりませんし、家族とも言える方も……」
「祖父である私では彼の家族に不服と?」
乾杯の葡萄酒一杯で酔っているわけでは無いだろうけれど、国王陛下の私を見る目はがっちり座っている。
挑むようなブレの無い眼差し。やっぱり国王様。怖いくらいだ。
でも負けないもん。
「見も知らない人たちの中で彼を苦労させるのは忍びないのです。アルケディウスには彼を見出し、愛し、育てた家族がおりますし」
「ファイルーズの子。王族として我々も愛をもって育てますが?」
「ファイルーズ様の子、というのもまだはっきりした証拠があることでもありませんでしょう?
それに血縁、家族とは血のつながりだけではないと私、思っています」
「それはご自身の経験則ですかな? 厩育ちの聖女殿」
「あなた!」
おやおや、人によってはそう私の事陰口しているのは知ってるけど、国王陛下がそれを言いますか?
私は別に気にしないけど、人によっては地雷になりそうな気がする。
王妃様も青ざめてる。
侮辱されたと怒ってもいいのだけれど
「まあ、この件に関しては後程ゆっくりとお話しませんか? ほら、料理も参りました」
「そうですな。詳しい話は後にしましょう。
お国に早馬も送りましたし、先ほどのお話からすれば、本人が残ると選択すれば姫君は移籍、帰国をお許し下さるとのことですし」
「あくまで本人の意思が大事ですよ」
しょっぱなからの牽制をできるだけ、角が立たないように交わして、私は話を打ち切る。
まだまだ、戦いはこれからなのだ。
腹ごしらえもしないとだし、味方も増やしておきたい。
私の前に並べられた料理をまず、私が毒見代わりに食べる。
それから、国王陛下。王妃様に王太子。
貴族達はその後だ。
「ほほう!」
一口食べた途端に、国王陛下の嫌味が止まった。
目が大きく見開かれ、頬が笑み緩む。
「今年の新年に大聖都で頂いたものよりも、美味なのではありませんか?」
「そうかもしれません。諸国を巡る中で食べ物の味を引き立てる香辛料や調味料を多く手に入れることができましたし、そこから新しく作った調味料も活用させて頂いています」
前菜は肉厚パプリカのドルマ。牛肉が無いので羊肉とシャロ(玉ねぎ)キャロ(人参)のみじん切りを詰めたもの。中身に癖があるので、エナ(トマト)とウスターソースで濃い目の味を付けた。後は蒸し鶏の細切りとレモン汁を和えたもので濃い味と薄い味の対比を付けた。
サラダは定番ポテトサラダ。ソースはチキンブイヨンのコンソメであっさり。
メインはラムチョップにピスト。
いつもながら、人間は美味しい味の前には正直になる。
国王陛下も無口になって、ひたすらに料理を食べている。
「これが『新しい味』」
「確かに食べたこともない美味であるのに、どこか懐かしい感じがしますな」
前菜から次々に運ばれてくる料理に、貴族達も喜んでくれたようだったのでホッとした。
トルコ料理風に寄せたのは良かったのかな、と食べながら思う。
何でも読んでおくものだし、作っておくものだ。
実際問題として豚を料理に使わないと私の料理レパートリーのメインであるなんちゃって洋食には色々と制限があるからね。
後はこの国の食材を調べてインディカ米風のリアが手に入ればピラフとか作れていう事なしだ。
そして最後のデザート。ヤギミルクのパウンドケーキも気に入って貰えたようだけれど、デーツのチョコレートはやはり大好評だった。
「姫君。このデーツの周りを取り巻いている茶色いものはなんだ?」
「チョコレートです。カカオという木の実から作るもので、今のところプラーミァの特産ですね」
「!」
国王陛下はあからさまに眉根を寄せた。
「くうっ……どうしてプラーミァばかり……」
大貴族達はプラーミァ特産だということを知らないせいか目を輝かせて食べている。
トルコの男性は甘いものが好き。男性でも甘いパイとかペロッと食べてしまう、と聞いたことがある。シュトルムスルフトでそもそれが適用されるのかは解らないけれど。
「デーツの甘さがこの世界で、一番強いと思っていたのに、この甘さはなんだ?」
「苦みと甘みが一度に口の中に広がっていく」
「ナッツを包み込んだデーツを不思議な味が包み込んでいるぞ」
デーツを半割りにして、ミクルの身を挟んで湯煎したチョコレートで包んだ。
この為に素材のチョコレートはできるだけ、たくさん持ってきてある。
チョコレートを作る為のカカオは今のところプラーミァ特産だけれども、シュトルムスルフトにも無いだろうか?
プラーミァと接する南の国境はほぼ砂漠だというから難しいかもしれないけれど、プラーミァと仲良くしてほしいという意味合いを込めて作ってみたチョコレート。
デザートを食べた後からは、参加者達の目の色がはっきりと変わった気がするなあ。
「皆さま、甘いものがお好きなんですね」
「やはり、この国には一刻も早い『精霊』の力の復活が必要だな。でないといつまでもプラーミァに大きな顔をさせることになる」
「?」
私はなるべくシュトルムスルフトでの調理実習に甘味も入れていこうかな、なんて軽く思っていたのだけれど。
国王陛下はまったく違う視点から、別の事を考えていたようだ。
私の方を向いて告げた。
さっきまでとはまた違う、真剣で、本気の目をして。
「姫君、調理実習に先んじてお願いする。
我が国に精霊の力を取り戻す。その儀式にお力をお貸し頂きたい」
と。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!