いつの頃から、それが伝わっていたかは解らない。
けれど王者の嗜み、として古くから王族は毒の作り方を継承していたのだという。
無論、存在を知ってはいても使う者は殆どいない。
文字通り毒など弱者が使うもの。
王者はそんな力に頼らず、己の力で道を切り開くべきだとされているからだ。
私とて、使うつもりは無かった。
だが、その一方で王家には毒の使用の記録がいくつも残っている。
主に王族を苦しみなく死なせる為のものとして。
もしくは過ちを正す為のものとして。
後宮での権力争いや王位争いに使われてきたと。
不老不死世になっても長く王族には毒見の習慣が残っていたのはその因習の表れであろう。
フェイに王位継承を拒絶された時から、私は決意したのだ。
周囲に何と言われようと王になる。
お前がいらぬと見下したものの価値を見せつけてやるのだ。
と。
事はそう難しい話では無かった。
王宮の料理人の幾人かは既に買収を済ませてある。
そいつらに『マリカ皇女とフェイからの贈り物』と偽って毒を混入した輸入の調味料を渡せばいいのだ。
女王はマリカ皇女関連のものは毒見せずに口に入れるし、毒の苦みを調味料の塩気などが隠してくれる。女王が倒れたのち、マリカ皇女とフェイに罪を被せれば、まあマリカ皇女は無理でもフェイを、大神殿から排除することができるだろう。
行き場のなくなったフェイを取り込み、杖を取り上げれば、名実ともに私がシュトルムスルフトの王になる。
完璧な計画だった。
だが、事は、私の思う通りには運ばなかった。
女王が毒に倒れた、と王妃からの告知が巡り大貴族達が呼び集められた大祭三日目の朝。
衆人環視の前で、私は近衛騎士達に拘束された。
「放せ! 無礼者!」
「大伯父上。いえ、
貴方を国家反逆、および王族殺害未遂の罪で拘束いたします」
「アマリィヤ……何故お前が……」
冷たい、凍り付くような眼差しで毒に倒れた筈の女王は、私にそう宣告した。
「料理に毒を混ぜられたのは事実です。
ですが、フェイからの事前報告があったので、厨房の職員の洗い出しと警戒を行っていましたし、毒見も行ったので未然に防ぐことができました」
「それで……何故、いきなり私を捕らえることになる?
私は毒を盛ったわけではないぞ!」
「いいえ、大伯父上から献上された調味料に毒が混入されていました」
「バカな! そんなことが在る筈がない!
毒が混入されていたのはマリカ皇女から贈られた調味料の筈……」
私の釈明にざわり、会場が揺れる。
呆れたように玉座の上から、私を見下すアマリィヤは大きく息を吐いた。
「語るに落ちるとはこのことです。大伯父上。
何故、貴方がそれを知っておられるのか? 何故、毒物が入っていたのはマリカ皇女から贈られたとされるショウユ、調味料であった、と。
誰にも公表していないのに!」
「!」
しまった、と思いはしたが口から出てしまった言葉は戻らない。
「私が毒に倒れたとしたのは、大伯父上を油断させ、逃亡を防ぐ為だったのです。
フェイ」
「はい。女王陛下」
女王の傍らに立っていたフェイは、私に向けて進み出ると書類の束を投げつける。
「これは……」
「貴方が自分の立場を利用して長年行ってきた不正の数々の証拠です。
出るわ出るわ、脱税や横領、収賄の数々。
勿論、僕を担ぎ、女王陛下を退位させるつもりだった反乱同盟の連判状もありますよ」
「こ、こんなものは捏造だ。私に罪をかぶせる為の……」
「残念ながら、これらを調べたのは大神殿の手の者ですが、事実確認の為の証拠を提出したのは貴方の御子息ですよ」
「何!」
顔を上げて貴族の列を見やれば、息子がバツの悪そうな表情で顔を反らす。
「他にも、多くの貴族の者達が調査に協力してくれました。
その中には反乱同盟に名を連ねた者も数名。彼らは自分達の罪を減じる代わりに貴方の罪業を語ってくれました」
「貴様ら! 裏切ったのか!」
「貴方は自分で思う程、人に慕われてもいなければ、影響力も高くはなかったということです」
「くそっ!」
息子だけでは無い。私が今まで、面倒を見て世話を焼いてきてやった者達が、裏切ったと知って目の前が真っ暗になる。
「大伯父上」
そんな私の頭上に言葉が降る。
「貴方は、何をする為に王になりたかったのですか?」
「何を……する為に?」
「王になる。それは王族にとって終わりではありません。
むしろ、ここからが本番。
王になって何をするか。何を行いたいか。
それを持たない者は例え、七精霊の子であろうとも王では無いと考えます。
貴方は、何の為に王の地位を望んだのですか?」
「そ、それは……」
私は情けないことに反論の言葉を紡ぐ事ができなかった。
私にとって王位は、決して届かない星で在り、終着点。
そこから先を考えたことは無かったのだから。
「それに、万に一つ僕が王になったところで、貴方や周囲の思う通りにはなりませんよ。
むしろ、伯母上の政策をさらに進めていく形になるでしょう。男尊女卑の国には戻しません」
「お前! 男に生まれた矜持はないのか! 女など男にとっては子を産む道具にすぎんのだぞ」
「どうして、そのようなことを思われるのか、理解できませんね。
僕はマリカ皇女に仕える神官長です。人の能力や資質に男女の差はあっても、優劣はありません。むしろ、女性の方が優れている所は多いかもしれない。
この世に見る全てのものは女性から産まれた、とは精霊神様のお言葉ですよ」
言葉を失ったのは、私だけでは無い。反論を探す貴族達も多くが息と思いを呑み込んでいる。
「大伯父上。
貴方は理解された方がいい。
大人も、子どもも全ての人間はそれぞれの思いを持っている。
誰も、親でさえもその人生に本当の所で手出しはできないし、してはいけないのだということを」
「煩い! ほんの十数年しか生きていない子どもが生意気を言うな!
子どもは大人しく先達の言うことを聞いていればいいのだ!」
「子どもという存在が未熟で、弱い存在なのは認めましょう。でも、侮るべきではありませんよ。彼らが、そして僕らが子どもなのは今の内だけ。
直ぐに爪を研ぎ、力を蓄え、大人になって。自分を傷つけた者の喉笛を食い破ることができるようになるのですから」
私の、十分の一さえも生きていない子どもに、憐れみを込めて告げられた言葉には悔しさしかない。けれど、実際に私が思い通りになると思っていた息子も、部下も、配下の者達も皆、我が身可愛さに裏切った。
私は、自分が思う程に力も影響力ももってはいなかったのだ。
思えば、王という存在も私が思う程、万能では無いのかもしれない。
先代となる私の甥は罪をやはり子に暴かれ、地位を追われた。
世代交代も……世の常か……。
「……本来であるのなら、国王殺害未遂や反乱の罪は極刑に値する。
だが、仮にも七精霊の子たる公爵。
爵位と党首としての座を息子に譲った上での、退位を条件として罪一等を減じ罪人の塔への幽閉とする」
それから、先の事はよく覚えていない。
あれよあれよという間に話が決まり、私は塔に幽閉されてしまった。
毒も奪われ、自害さえもままならない。
おそらく、二度と外に出ることは叶わないだろう。
だが、これでいいのかもしれない。
全てを諦めた今は、そう思う。
悔しさは勿論ある。きっと消えることは無い。
しかし私達が作り上げ生きてきた時代が変わるのを、老人達がその変化について行くことができずおいて行かれるのも見ることは無くて済むのだから。
時折窓からふくろうが遊びに来ることがある。
彼との交流が、今は日々の唯一の楽しみだ。
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