プラーミァきっての大貴族。
カルクーム侯爵の息子 ヘスペリオス様…あんまり様付けたくないけど…は一応、騎士の位を持つ貴族なんだそうだ。
騎士、と言ってもアルケディウスとは違って武術大会を勝ち残ったとかではく、試験を受けて合格するとなれるタイプらしいけれど。
護衛士よりも一段上の存在として扱われ、軍の指揮権を持つ。
プラーミァの王族は全員、王妃様、王子妃様だけでなく王太后様も騎士位をお持ちだと聞いた。
ヘスペリオス様も、貴族。
大貴族の子弟の中には家に寄生し、仕事もせず遊び暮らす人も少なくないらしいからその中では多分、ましな方なのだろう。
でも、それだけに自分に自信があるのか、人の言う事を聞こうとしない。
例え王子の命令であったとしても。
いや、表だって逆らうまではしないけど、明らかに下に見ている。
「失礼ではありますが、王子。
私は姫君と約束がございまして。
嫉妬というのは醜いもの。ここは私と姫君の顔を立て、場をお譲り頂けませんか?」
ちくり、じくりと嫌味で締め付けて来る。
ダメだ。我慢の限界。
「何かのお間違いでは? 私、ヘスペリオス様とお約束をした覚えなどございませんが…」
「姫君!」「マリカ!」
王子とリオンが、扉を開けて出て来た私に眉をひそめた。
うん、二人が私を護ろうとしてくれていることは解るけど、これはもう多分、私が出ないと収まらない。
「マリカ姫。
ご機嫌麗しゅう。
舞踏会以降、無粋なる雲に遮られて叶わなかった宵闇の姫。
その月よりも眩しい顔をようやく見る事が叶い恐悦至極にございます」
「機嫌が麗しい、訳ではございませんが。
大貴族の跡取りともあろう方が、王族の馬車を遮るというご無体をなさるなど信じられませんわ」
恭しいそぶりをして私に跪くヘスペリオス氏は、無体など、と首を横に振ってニッコリ笑って見せる。
「舞踏会でお約束いたしましたでしょう? 正式な踊りをお教えすると。
お手紙も差し上げた筈ですが?
姫君の滞在期間も、残りあと僅か。急がねば最後の舞踏会に間に合いません。
ぜひ我が館にお招きしたく。
姫君の為に最上のドレスも用意してございます」
「お手紙は届いておりましたが、返礼にも書きました通り、私は国賓として仕事をしに来ている身分です。忙しくて…他家にお伺いするなどとてもとても…」
前にもあったな、こんなやり取り。
あの時はエリクスだったからまだ仕方ないと思えたけど、良い歳どころか五百年以上も生きて来たのに相手の立場も考えないで迫って来るなんて正直引く。
ましてや私、子どもなのに。
「大丈夫です。我が家から国王家に抗議を致しますので」
「私がここにいるというのに誰に抗議するというのだ!」
「失礼ですが王子では話になりません。
姫君、ご安心をこれ以上のご無理はさせません。我々が守って差し上げる」
「無理ではなく、これは私が預かる大事な公務なのです。
皇女としての役目をどうか全うさせて下さいませ」
「このような幼い姫君に重い公務を科すとは。
やはり、姫君を守れるのは、プラーミァ、そして我々以外には無いと思うのです」
そんでもってエリクスよりタチ悪い。
自分に浸って、全く私も王子もムシだ。
お願いだから、話聞いて!
私を勝手に仕事を押し付けられる可哀想な姫にしないで。
不老不死で、新しい出会いも少なくて舞い上がってるのかもしれないけど、迷惑なだけだから。
「さあ、どうぞ我が館へ。お疲れでございましょう。
どうぞ、ごゆるりと…」
「嫌です! 離して!!」
「姫君!」
本当に話を聞かないヘスペリオスは、私の手を無理やりぐい、と掴むとそのまま自分の馬車に連れて行こうとする。
強引な、気遣いの欠片も無い手は固く、強い。
でも、彼が私を手元に引き寄せるより早く。
パシン
乾いた音が響いて、私の身体は自由になる。
と同時に私は後ろに逃げるように、隠れた。
助けてくれた、リオンの背中へと。
「何をする! 大貴族の子にして、騎士貴族である私に子どもの護衛風情が手を上げるとは無礼にも程がある!」
「嫌がる姫に無理やり触れて連れて行こうとする其方の方がよほど無礼だ。
それに私も騎士貴族。姫君のお父上にして戦士ライオット様より、婚約者として姫君の安全を守れと命じられている者。
姫君に望まぬ無礼を働く輩には誰であろうと容赦はしない」
「貴様のような子どもが、姫君の婚約者だと…偉そうに…」
「子どもであろうと父皇子、皇王に認められた正式な婚約者。
もし、貴様が姫の配偶者たらんとするのなら礼を取り、国に正式な手段で申し込むがせめてもの礼儀だろう。
国王陛下と、王子は少なくともそうしている」
キツく、闇を宿したリオンの視線は、刃のようにヘスペリオスを刺し貫いた。
欠片も容赦はしないと言葉ではなく、視線で言っている。
さっきの森で、王子を止めた時よりもなお、厳しく鋭い眼差しは刺す様だ。
正当性で言うのなら、ヘスペリオスの方が分が悪い。
グランダルフィ王子には多少強く出られたとしても、他国の皇女とその父たる皇子。
そしてその親が認めた婚約者に、無理を押して手を出すには利が足りない。
何より私は嫌だと言っているのだから。
ぎりり、唇を噛みしめるとヘスペリオスは投げ捨てるように退去の言葉を残し、去って行った。
乱暴に翻り走り去る馬車。
周囲も顧みず、草花も踏み潰していく様子は、きっと彼の性格そのものだ。
「ありがとう。リオン」
「これが、俺の役目だ。心配しなくていい」
「…お見苦しいものをお見せして申し訳ありません。姫君。リオン殿」
「グランダルフィ王子…」
ホッと息を吐き出した私達に、王子が謝罪して下さる。
「私達を庇って下さったことにも感謝いたします」
実際の所、王様と王子も正式に国に申し込んで婚約者の候補者として認められた訳ではない。
リオンが王子達を立てる為についた一種の方便、ハッタリだ。
「それはいい…。だが、仮にも王子が大貴族とはいえ、あんな態度を許していいのか?
王を尊重できない貴族は国が乱れる元、だろう?」
「あれで、父上にはまた態度が違うのですよ。
私は…永遠に王位に付けない王子…ですからね」
リオンの忠告に王子は寂しげに首を横に振る。
「プラーミァは父上の威光が強い。
精霊に愛されたプラーミァの若く強き賢王。
口うるさい年かさの大貴族達であっても、表向き父上には逆らえません。
ですが、私は何の実績も無いただの王子に過ぎない。
実際、軍を率いたり防衛や戦の指揮こそしていますがそんなのは王族として当然の事。
国の益になる何かができているわけではありませんからね。
大貴族達に侮られても…何も言い返せないのが実情です」
「王子…」
世代交代のない、不老不死世界の大きな弊害の一つがこれだと思う。
王子だって、有能で、民思いで気遣いもできていて。
絶対にいい王様になれるのに。
勿体ない。
いや、兄王様が治めるプラーミァが悪いというつもりは無いのだけれど。
「とりあえず、城に戻りましょう。今日の事は父上に報告いたします。
ヘスペリオスについても対処を考えますので」
「解りました。ありがとうございます。
リオン、周囲の警戒を強めて」
「解りました」
「僕も外に付きます」
「ありがとう。フェイ」
王子の言葉に従って、私達は馬車や持ち場に戻り、お城に戻った。
馬車の中で一言も言葉を発することなく、何かを思い悩む様に窓の外を見つめるグランダルフィ王子は気になったのだけれど。
声をかける事は、できなかった。
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