「来たみたいだよ。マリカ姉」
二階、バルコニーのあけ放った窓。
飛び込んできたクロトリを腕に止まらせたヨハンが私に教えてくれる。侵入者の来訪を。
「そうみたい。ラールさんからも連絡があった。みんなは、ここで待っててね。
必ず、アル兄を連れて戻ってくるから」
「お手伝いできない?」「アル兄を助けたい」
ジャックとリュウが私とクラージュさんをせがむ様に見上げるけれど、
他の子も達も付いていきたいと、顔に書いてあるけれど流石に連れて行くのは無理だ。
「気持ちは解ります。でも、今回はここで待っていて下さい。
貴方達を守って戦う余裕がありません」
「お祈りしていて。私達が、みんなで無事に帰ってきますように。って。
その気持ちが、きっと私達を守ってくれるから」
「ホント?」
「ええ。本当でございます。皆様の祈りがあれば、私はより強く力を発揮してマリカ様を御守りできますわ」
「わかった」「まってる」
エルフィリーネの言葉に、納得したのか。
スッと、ジャックとリュウは後ろに下がった。
「気を付けて」「お願い。マリカ姉」「アル兄を助けて?」
「うん。必ず。行こう、リオン。クラージュさんも」
「ああ。解った」
「ティーナ。皆をお願い。この上の、女王の部屋に避難して。
私が良いって、呼ぶまで絶対にここから出ないで」
「承知いたしました。どうか、お気をつけて」
「ありがとう」
子ども達に別れを告げリオンの転移で地下の宝物蔵にやってきて、蔵の入り口を開けた。
待ち伏せること暫し。
「来ましたよ」
予想通り、アルが一人でやってきた。
エリクスや魔性を連れている様子はない。
敵の本拠地に単独潜入。凄い自信だね。
開け放っていた宝物蔵に、アルが入ったのを確認して扉を閉める。
もう。逃がさない!
「な、何故、お前達がここにいる?」
本気で驚いた顔をして、後ずさった彼に私はちょっぴりむっとする。
アルの顔、アルの声をしている人物に、お前、なんて言われるのは違和感しかない。
とりあえず、返事をしてあげる必要もない。
「クラージュさん。エルフィリーネ。扉を閉ざして!」
「解りました」「お任せ下さい」
「リオン、お願い!」
私が囁くのとほぼ同時、もしかしたら、もっと早く。
リオンは私の横から燕のように飛び出して、アルの背後に回り込み、両腕ごと羽交い絞めた。アルには精霊術は通用しない、と聞いているけれど、体術や、技術、純粋な力でいうならリオンの方が上だ。
武器も持っていないし、簡単に取り押さえられた。
「は、離せ! アルフィリーガ!
お前の主の言うことが聞けないのか?」
「俺は貴方の事を、主と思ったことは無い。マリクと違って」
「ええい! 放せと言っている!!」
アルの身体から、銀色の光が放たれ、リオンに叩きつけられた。
ヤバい! もしかして、リオンを操作してマリクを引っ張り出すつもり?
「リオン!」
「大丈夫だ」
でも、リオンは少し、顔を顰めただけ。首を振ると逆に、腕の力を強めたようだ。
「な、何故?」
「他の場所ならいざ知らず、ここは『星』の城。
世界で一番『星』の加護強き場所。貴方の力も簡単には『精霊の獣』に通用しませんよ」
「エルフィリーネ!」
「お久しゅうございます。『神』いえ『神矢』様」
しんや。
どこか、懐かしい日本的な響き。
目の前にいる彼は『アル』の身体だから、日本人の面影などはないけれど。
まさか……
「貴方、日本人だったんですか?」
「何故、お前達がここにいると、聞いているのだ!」
「それは、勿論。貴方を迎え撃つためです」
「答えになっていない! お前達は今、人間どもによって動きを封じられている筈なのに!」
「やっぱり、そういう意図があったんですね」
声を荒げ、怒りをぶつける彼。
まあ、最初から解っていたけれど。
世界中を巻き込んだ『不老不死終了宣言』の本当の目的は、私達の動きを封じる事だって。
実はエルフィリーネが言ってたんだ。
覚悟を決めて相談した、運命の日の前夜。
「人間には、人間だからこそ持つ力があるのです。
『精霊』に悪意をもって傷つけられることはない、という」
って。
勿論、精霊術師が操る術とかで害を被ることはある。
でも『精霊』は根本的に人間を傷つけない。
地球のSFで有名な、ロボット三原則のように、人間を守り助ける為に作られたモノだから。
「お話を聞くに、もし、マリカ様がいない状態で、アル様が『神』に操られ、この城に来た場合、私は止めきれないかもしれません」
「え?」
「私は魔王城を守り『星』を補助する守護精霊ですが、『神』は私に対して『星』と同程度の命令権を有しているのです。
人間、しかも最後の地球人であるアル様に『精霊の力』を向けることはできず、『神』にその権限を使用されたら、私には『星』の心臓部への侵入を止める術はありません」
「『星』の心臓部への入り口って、宝物蔵にあった、あの入れない扉?」
「そうです。封印の術や資格などを全て無視して、『神』に憑依されたアル様は突破できる可能性があります」
「それは、私がいれば、止められる?」
「はい。私は道具ですから、命令する主がいれば、その意に従い、何でもできます。
……最悪の場合は、人の命を奪う事も。その場合には管理者権限の正式な書き換えと、命令が必要ですけれど」
「管理者権限の書き換え?」
「その件は後で。どうなさいますか?」
エルフィリーネは、彼女なりの覚悟を見せてくれたのだ。
人の命を奪う、この場合は器であるアルの命を消し去ること……。
「そんなことはさせないけれど……解った。
魔王城で、アルを迎え撃とう」
「大神殿を離れることはできますか? おそらく『神』はマリカ様とアルフィリーガの動きを封じるべく手を打ってくると思いますが」
「多分、なんとかできると思う。皆の力を借りれば」
そして、私は徹夜でお父様や、お母様、フェイやゲシュマック商会の皆、アーサーや、クリス、アレク。エリセやミルカの力も借りて今、ここに立っている。
話の途中で、ラールさんが自分の正体を話してくれた時には驚いたけれど、ラールさんと『神』の会話で私が勘違いしていた事。
きっと、最後の鍵である気付きも得ることができた。
だから、引かない。
ここで、絶対に決める。
私は、手を指し伸ばした。これが最後通牒だ。
「アルを返してくれませんか? 子どもは、親の所有物じゃないんですよ!」
「そいつをこれ以上傷つけたら、俺は貴方を絶対に許さない」
「……お前達の方、だ」
「え?」
「子ども達を傷つけ、生きる世界を閉ざしたのは、お前達の方だろう! と言っているんだ!!」
「きゃあああ!」
「マリカ!」
ポケットにでも隠し持っていたのだろうか?
アルの周囲に、バラバラバラと、ビーズのような小さな何かが零れ、卵のように弾けると,無数の羽虫へと姿を変えた。
と同時、
「うわっ! な、なんだ?」
転がった粒の一つ一つがもにょもにょとスライムのように増殖し、形を変えていく。
ドロドロとした、油のように床に広がり、宝石や金貨銀貨、宝物蔵の宝などを呑み込んでいった。
アルを羽交い絞めにして捕らえていたリオンだけれど、その液体のヤバさを直感したのか、とっさに手を放して身を翻す。
『許さない』
アルの予知眼と同じ色、油を溶かしたような怪しい虹色を湛えたスライムは部屋の中心に泥沼を作っていく。
その中心に立っているのはアル、ではなく怒りに震えた『神』の端末だ。
『その姿で、その声で、子どもを語ることを、俺は許さない』
「アル!」
「マリカ様、お下がりを!」
『偽物の分際で、先生の真似をするなああ!!』
叫びと共に発生したものを見て、その場の誰もが声を失う。
足元にうねる数多の触手、周囲を旋回する蜂や虻にも似た羽虫達、
その中央に、重力に逆らい宙に浮く『神』であったから。
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