私達がリオンに導かれ、救出されたエンテシウスと面会したのは、大祭三日目となる日の一の木の刻(深夜一時くらい?)のことであった。
「エンテシウス! 良かった。無事だったのですね?」
「マリカ様。ライオット皇子。ティラトリーツェ妃もこの度は救いの手を差し向けて下さいましてありがとうございます。一か八かの賭けでございましたが、私にはやはり星の女神の祝福があるようです」
第三皇子家に招き入れられたエンテシウスは私達の前に膝を折って恭しくお辞儀をした。
「いえ、助けに行くのが遅れてすみませんでした。でも、貴方の機転に感心しました。
おかげで居場所も犯人も直ぐに解ったので対策が取れました」
「貴重な通信鏡をお授け下さいましたマリカ様のおかげでございます。彼もまさか私が大貴族も数えるほどしか持たない通信鏡を授けられているとは思いもしなかったのでしょう」
幸い、と言っていいのか憔悴した感はあるけれど、目立つところに大きな傷は無い。
エンテシウスは舞台人だ。自分の目的を果たす為にダヴィドも彼をあまり傷つけることはできなかったのだと思う。不幸中の幸い。かな。
「それで? ダヴィドはどうした? 誘拐の現行犯だろう?」
「今は実行犯どもの意識を刈り取って縛り上げて、別邸の一室に閉じ込めてある。
監視もがっちり付けてあるから逃げられる心配は無いと思う」
「そうか。なら朝を待って逮捕の手続きを取ろう。娘と俺の大事な部下に手を出した愚かさはきっちりと思い知らせてやらんとな」
「お父様、逮捕は少し待って貰えますか?」
「マリカ?」
お父様とリオンがダヴィドとその一味の去就について話しているところに、私は割って入る。
実の所、まだ私はダヴィドの事を許してはいない。
きっちり〆る。そして罰を与えて、次の世代への見せしめと再教育を促したい。
後で、ダヴィド自身にもカウンセリングを考えないではないけれど、とにかく今はきっちりと自分が間違っている事、特別ではない事。
人を見下すとどうなるか。自分が見下した人間がどういう存在なのかをしっかりとしらせてやりたい。
「ダヴィドのような性格の者は、ただ牢に入れても反省しない可能性があります。
しっかりと心を折っておかないと。それに……エンテシウス」
「なんでございましょうか? マリカ様」
「貴方もダヴィドに思い知らせてあげたいでしょう? 人の情熱をかけた仕事を馬鹿にされたのですから」
「それは、勿論」
「少し、貴方と劇団員たちに無理をさせてしまうかもしれませんが、できますか?」
「我が一座の女神。『聖なる乙女』の御命令なら身命をかけてでも」
「祭りの流れを壊さないようにしつつ、貴方達の劇の評判を高め、さらにダヴィドにも思い知らせる作戦です」
そう言って、私はエンテシウスにいくつかの指示を出した。
「なるほど……。もう一度、王都の民の前で芝居ができるのも光栄な話でございます。
元より、実は大祭後の公演から劇を手直しするつもりでございました故。
良いアイデアでございますな」
「ただ、もう今日が大祭最終日、時間がない事だけが心配ですが」
「ご安心ください。劇の作り直しならともかく、我ら皇女の手袋、グローブ座。
少々のセリフを入れて演技を治すくらい、朝飯前でありますれば」
「解りました。お願いしますね。お父様。そういうわけで大祭明けの中央広場の使用許可を下さい、リオンは夜の舞踏会までダヴィドの監視をお願いできる?
キレた無敵の人が何をするか解らないから」
「解った」「任せておけ」
「手続きなどについては私も手伝いましょう。今日は最終日の舞踏会です。
時間を取られて不参加などということにならないように」
「お母様、ありがとうございます」
皆と打ち合わせて、おおよその方針を決めた後、私はエンテシウスに向き合った。
「芸人には芸人の戦い方がある。って昔言った人がいたの。
エンテシウス。貴方は正しい。矜持を持って、前を向いて。今後も戦って欲しいと思います」
「ありがたいお言葉、痛み入ります。
我らの、夢、願い、情熱。
それらが間違ってはいなかったと、マリカ様に言って頂ける。それでもう我々には恐れるもの、怖いものはございません。
『星』の乙女よ。ご照覧あれ。
我ら、夢の紡ぎ手。地上の星たらんとする者達の輝きを、必ずや御前に捧げましょう」
『星』の乙女だ、女神だと、エンテシウスの言葉は仰々しくて、少し気恥ずかしくなるけれど、ここは彼らのシンボルらしく堂々と輝かしい笑顔で微笑んで見せる。
そして、朝になったと同時、私は面会に失礼にならないギリギリのところで皇王陛下に面会をお願いして、今回についての報告と、予定している計画への許可を貰った。
「近いうちに皇王の杖について、詳しい話をケントニスにして正式に継承させるつもりだ。
今回の件は貸しにしておくので、即位前、協力を頼みたい」
「解りました」
皇王陛下にそう約束する。皇女である間は気軽に頼んで貰っていいのだけれど私が結婚して神殿に正式に移ったら、国のトップ同士の話になってしまう。貸し借りや契約についてはしっかりとしておかないといけないだろう。
皇王陛下との面会の後、ケントニス様にも呼ばれた。
「昨日は悪かったな。私のせいでエンテシウスや其方らに迷惑をかけたようだ」
思いがけない謝罪に目を瞬かせてしまう。
ケントニス様の背後にいる淡いブロンドの男性は昨日、お父様が話して下さったプレンディヒ侯爵の子息、だろうか?
「迷惑、とは?」
「ダヴィドだ。まったく、俺の言葉をどう曲解したらあんな行動に出られるのか?」
あんな行動。
つまりケントニス様はダヴィドのエンテシウス誘拐事件をご存じなのだ。
深夜のことであったし、直接の対処はリオンが担当したから騎士団でも知る人物はそう多くないのに。
情報収集に力を入れるという言葉は嘘や伊達ではないらしい。
「お耳が早いですね」
「私がダヴィドを煽ったからな。一応責任を感じて様子を見させていたのだ。
お前達に伝えようと手配を始めていた所でお前の騎士が動いていたのを確認したから手を引かせたが」
「ありがとうございます。エンテシウスは無事に救出いたしました。
ダヴィドと、スィンドラー家をきっちりと絞めて、ついでに他の若手に見せしめようかと今、準備をしております」
「なら良かった。何か手伝えることはあるか?」
「舞踏会の余興に、このようなことを考えておりますので、昨日の会議のように支持をして頂ければ」
「解った。トレランスにも伝えておこう。
? どうした? ウィンドルフ」
ケントニス皇子が首を軽く回して後ろを向く。
どうやら、何か臣下から囁かれたっぽい。
「皇子。それから姫君。せっかくですので、もう一手間かけられるとよろしいかと」
「もう一手間、ですか?」
「はい。
聡明なお二方はもうご存じの通り、言の葉というものは強い力を持っております。
それを有効利用することで得られるもの、失うものはそれを知らぬ者からすれば思いもよらぬほどに強い。しかも、直接手を下すわけでは無い分、恨みも買いにくいもので」
「具体的には?」
「下町には私の知り合いが大勢います。彼らに……」
ウィンドルフさんが教えてくれたこと、そして方法は強い人脈をもつ、そして下町に詳しい人間ならではの発想で、私は目から鱗だった。
「うわさというのは、そういう使い方もあるのですね?」
「お任せいただけるなら、細かい手配などは私が担当いたします。
エンテシウスとは知らない仲でもなく、私も彼の活躍を助けたいですから」
静かに微笑するウィンドルフさんの瞳には奥深い力を感じる。私達の仲間で言うとフェイに近いだろうか?
光も闇も呑み込み、利用する強かさをもっている。
「ダヴィドも哀れな男なのです。
誰も彼に『大貴族の長男』以外のものを与えなかった。それ以外に500年の時を経てもなろうとしなかった。
もし、彼に私の妻のような出会いや、エンテシウスのような才能があればまた違っていたのかもしれませんが……」
アルケディウス皇王家に、今までにないタイプの力強い味方が増えたかもしれない。
私はそう感じながら深く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
大祭最終日 火の刻の鐘が鳴る。
私達の作戦が、今、始まろうとしていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!