私が、原因不明の体調不良で倒れた翌日。
「孤児院のレオは大神官 フェデリクス・アルディクスの転生体なんだ」
リオンはまるで雑談をするように、そんな爆弾情報を私達に投げてよこした。
「な、なんだって!!」
思わず声を荒げたのはお父様。
因みに、ここは私の寝室。
今、ここにいるのはお父様とお母様、フェイとリオン、それからカマラとセリーナだけだ。魔王の事情をまだ知らないミュールズさんは用事を頼んで外出中。ノアールにも席を外してもらった。あ、二体の精霊獣様は一緒。
今は説明役をリオンに任せてか、黙っておられるけど。
「大神官の……転生体? それが、今回のマリカ様の不調とどういう関係があるのでしょうか?」
小首を傾げるセリーナとは正反対にカマラの顔は蒼白だ。
「レオが、抱き上げられた時にマリカ様に何かを仕掛けたのですね。気付かずマリカ様の身を危険にさらすなど、不覚でした」
「お前の責任じゃない。むしろ、転生したばかりで大した悪さはできないと甘向く見て放置していた俺が悪いんだ。すまない。マリカ。
辛い思いをさせた」
神妙な面持ちで頭を下げるリオン。
「それは別にいいよ。リオンはちゃんと私を助けてくれたし。でも……」
「お前、いつからあの子どもが大神官の転生体だと気付いてたんだ?」
「一年前、最初に会った時から、だよね」
「一年前? まさか参賀から戻ってきた最初の時からもう?」
お母様の声がちょっと上ずっている。
でも、そうだと考えると色々納得がいくのだ。
レオ君と会った時のリオンの大爆笑は忘れられない。
あの後、フェイを使って孤児院に許可の無い人物の出入りを完全禁止する、王城よりある意味厳重な防御結界を展開させたのは、その為だったのかな?
そのせいで孤児院は正門以外の場所からの出入りが完全にシャットアウトされている。
壁に囲まれていることもあるけれど、その壁を乗り越えようとすると風の力で弾かれて、正門の警備室に直ぐに連絡がいく仕組みだ。それでDV男が逃げてきた女性を取り戻しに来るのも防いでいるのだけれど。
「まあ、そうだ。転生を許可された魂は、肉体を失った後、主の所に還る。
その後、新しい肉体を授かって、地上に転生するんだ。
大人の肉体を作るの『神』でも時間がかかるから、最速で作れる身体で転生させたんだろうな」
『『精霊の力』を使いこなせる身体を作るのには、とんでもなく時間がかかるんだ。僕達が王族に力を授ける為の身体を作るのにも百年単位の時間がかかった』
『あの時はある程度成長した身体を用意しなければならなかったから余計にな。それまで、子ども達には苦労をさせた』
リオンの言葉を精霊獣、ううん。『精霊神』様達が補足する。
つまり『星』や『神』『精霊神』は人間の身体を作ることができる……。
「最初から大人に作ってしまうと、それ以上の成長が望めないっていうのもあるらしい。
子どもの時から鍛え上げて育てた方が強くなれるんだろうな。
だからか、俺も常に転生は赤ん坊からのやり直しだった」
リオンの説明を聞きながら、私は胸の中にもやもやと黒い煙が広がっていくのを感じていた。
「でも、何故大神官の転生体がアルケディウスに? 大神殿に転生させれば安全に保護されるでしょうに?」
「転生場所を決めるのは『神』や『星』だから、その意図は解らない。
大神殿は子どもにとって過ごしやすい環境ではないから、とか、マリカの側において油断させる、とか意図があったのかもしれないが」
「それが解っていて、無断放置したのか? せめて一言知らせておいてくれ」
頭を抱えるお父様に、すまなかった、とリオンは苦笑交じりで謝罪した。
「俺も奴を甘く見ていた。二年は何もできない子どもの身体だから。とか、人間を殺めたり怪我を負わせることは奴も禁止されているから、子ども達は安全だろうと思ったとか、孤児院で子どもやマリカと関わることで何か変わってくれはしないかとか、色々思惑はあったんだが……」
「それは……解らなくもないが」
「何より、奴が大神官の転生体だ、と思うとどうしても態度が変わるだろう?
生まれた時から役目以外を知らないあいつに『普通の生活』を教えてやりたかったんだ」
「リオン……」
「思った以上に奴の力の回復が早かったのは俺の読み違いだった。
あいつはマリカが近づいて来たのをチャンスと見て、自分とマリカの経路を繋ぎ力を奪い取ろうと考え実行した。それが、事の真相だ。心から反省している」
「だから、リオン様はマリカ様の首裏についていたモノを取り去った後、直ぐに他所に行かれたのですね?」
「ああ、力の痕跡を辿れば誰が犯人かは直ぐに解る。奴は厳しく仕置きをしたから数日は身動きできないし、力に至っては二~三年は使えないだろう。
勿論、皆が大神官の転生体が側にいるのが不安だというのなら、俺が責任をもって処理する」
「処理って……殺すってことですか?」
「皆が望むなら、そうする。余計な手間はかけさせない」
「何も、殺すまでは……あなた?」
「うーん」
「殺すのはダメだよ。絶対ダメ」
「マリカ」
リオンの気持ちは理解できるし、いくら転生だからって子ども、しかもまだ赤ちゃんと言えるレオ君を殺すなんて絶対に嫌だ。
「孤児院のみんなも、悲しむもんね。でも……
リオン。彼、レオ君が孤児院の子ども達を傷つけたり、人質に取ったりすることは無いと思う?」
私の問いにリオンははっきりと首を縦に振る。
「ああ、肉体の能力は年齢に準拠する。成長速度は人間のそれと同じだ。
少なくともあと三年は奴に人を制する力は無いだろう。それにさっきも言ったが、奴には人を直接殺めたり傷つけたりすることが禁止されている。
自分より弱い子供を人質にというのもできない筈だ」
「能力的には? 催眠やマリカに今回やったような自分の力を憑りつかせて思い通りにするとかはありませんか?」
これはお母様の質問だから、リオンも敬語口調で応える。
「今回、『精霊神』とマリカの力を借りて奴の『力』を使う機関、器を壊してあるので当分は普通の子ども以上の事はできません」
「私?」
「元々、マリカの力を赤ん坊の身体で制御することは不可能だ。能力が器から溢れて処理しきれなくなった。自業自得だから気に病まなくていい」
夢の中、子どもに力を注げって言ったのはそういうことだったのか。
リオン、本当に妙な所で容赦ないな。
「なら、今後、マリカが孤児院に行くときにはアルフィリーガが同行しレオを監視すれば当面は大丈夫か?」
「ホイクシ達に定期的に様子を伝えさせましょう。マリカはレオに接触する時は十分に注意するように」
「解りました」
「アルフィリーガ。お前はこまめに奴を監視、接触を図れ。大神殿関連の情報を手に入れられたら、こっちにも伝えろ」
「ああ、勿論そのつもりだ」
結論と、指示を出し終えた父様は、リオンの肩をポン、と叩く。
「あいつが、何かを見つけ出せるといいな」
「ああ。そう願ってる。俺がお前と出会って色々な事を学んだように、あいつにも籠の外の世界を知って欲しいんだ」
大神官を語るリオンの瞳は優しい。
自分が一度殺してしまった彼を、弟のように思って変わって欲しいと真剣に願っているのが解る。
一方、フェイはそれを認めているようで厳しくも見ている感じ。
以後、本当に危険が及ぶような行為があればきっとリオンよりもきっぱりと呵責なくレオ君を処理しようとするだろう。
そんなことにはならないように、私も見守っていかないと。
「リオン」
「我儘を言って、すまない。
でも、俺は『精霊の貴人』やライオ、マリカ、フェイ、アル。
皆がいて、救いを与えてくれたから今の自分があるのだと思っている。
ただ、役割に縛られたあいつにも、できるなら、知らなかった世界を見せてやりたいんだ」
「うん。いいよ。それで。私もそうしたい」
「ありがとな」
これで、この騒動は一旦終わりを迎えた。
「転生体……か」
「マリカ……」
「なんでもありません。お母様」
「余計な事を考える必要はありませんよ。
貴女はアルケディウス皇子ライオットの子。私の娘。それでいいでしょう?」
「はい」
胸の中に広がる暗雲を、それぞれの胸に残したまま。
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