大祭後の夜の日。騒動の翌日。
お母様のお説教を受けた私は、その後、魔王城に行くことを許された。
本当なら今日は一日、お休みを頂いて戻れる筈だったのだけれど。
想像を超えた騒動の後始末と保護された子達の確認と治療、その他なんやかんやで、戻れたのは二の火の刻を過ぎていた。
周囲は真っ暗。この星も秋、冬になると日が落ちるのが早くなり、春夏は日が伸びる。
少なくともアルケディウスや魔王城は。
「おかえりなさいませ。マリカ様」
「ただいま。エルフィリーネ」
いつもと変わらない様子で出迎えてくれたエルフィリーネの後ろから駆け寄ってくる子ども達。
「おかえりなさい。マリカ姉」「おかえり」
「只今。みんな。もう夕ご飯食べちゃった?」
「うん。アル兄がシチュー作ってくれた」
「アルが戻ってるってことはリオン達も帰ってきてる?」
「来てるよ~。さっきお風呂に行ったと思う」
「ティーナはね、リグを寝かせてる」
出迎えてくれた子ども達は口々に報告してくれる。
嬉しい。当たり前の日々が本当に嬉しい。
「そうか……。みんなはお風呂に入った?」
「入った~」
「じゃあ、久しぶりに遊ぼうか。お話読んであげる」
「わーい」
「セリーナはファミーちゃんと遊んであげて。私、ここでは自分の事は自分でできるから」
「ありがとうございます」
「マリカ姉。お風呂に入る時は一緒に入ろう?」
「エリセはもう入ったんじゃないの?」
「入ったけど、マリカ姉、一人でお風呂に入ったら危ないでしょ?」
「もう大丈夫だって。でも、うん、久しぶりにそれもいいね」
ノアールはカマラと一緒に城下町。
一緒にお城に戻ってきてくれたセリーナに声をかけて、私はまず自分の部屋に戻って着替えをした。それから約束通り、子ども達と大広間で遊ぶ。
物語を聞かせたり、一緒に絵を描いたり、積み木をしたり、歌を歌ったり。
「お、帰ってきてたんだな」
「色々、心配していたんですよ。今日も戻って来ないんじゃないかって」
「シチュー取ってあるから温めるか?」
みんなでのんびり遊んでいるとリオン達が戻ってきた。
「おなかすいてないから大丈夫。
皆にも色々と心配かけちゃってごめんね」
「いえ、それはいいんですが、身体の方は? もう平気なんですか?」
「うん、もうすっかり平気。ラス様が治療して下さったしアーレリオス様も派手な事をした割に力は持って行かないでいて下さったみたいだし」
実際、今までだったら力を使い果たしてバタンキュしていたと思うのだけれど、今回は不思議なくらい身体が軽い。体調そのものは万全以上な気がする。
「マリカが意識を失ったときは本当に驚いたんですよ。
エルフィリーネは直ぐに城に連れ戻ってと白い顔で。
アーレリオス様がラスサデーニア様に任せておけと言って下さったので僕達は……」
「フェイ」
心配そうに問いかけるフェイを諫める様にリオンが声をかけた。
「もう終わったことをいつまでもグダグダ言っていても仕方ないだろう。
マリカも疲れてるんだし、少しは休ませてやろう」
「それは……そうですが……。
今回、リオンはなんだか落ち着いていましたね」
「別に、落ち着いていた訳じゃないけど、……理由は解ってたからな」
「え? リオン、私が動けなくなった理由、解ってたの?」
リオンの呟きに私は思わず目を瞬かせる。自分でも理由が解ってないあの硬直。
その理由がリオンは解ってた?
思わず目で問うけれどリオンは、ちょっと寂しげに笑うだけ。
「……優しすぎるんだ。マリカは……」
ポンポン、と私の頭をなでる様に叩くと
「夜更かししないで早く寝ろよ~」
「あ、まって下さい! リオン!!」
さっさと部屋に戻ってしまった。
どゆこと?
首を傾げる私にアルがなんだか心配そうな目を向けてくる。
「なあ、マリカ?」
「なあに、アル?」
「体調変わったとかないのか? ホントに?」
「? そんなに変わった気はしないけど、何?」
「俺も、外見とか力とか、そんなに変わった気はしないけどさ、色が……変わった気がするんだ。マリカの」
「色?」
「うん。身体から出てる光ってーか、力の色。リオン兄と似た色になってる」
「リオンと?」
「元々似てたけどさ、なんだかこうはっきりと近づいてきてるんだ。特に大聖都の後、完全に変わったリオン兄と。力の感じとか」
「そう……」
多分、向こうの言葉で言うのならオーラとかそんな感じなのだろうけれど、私にはちょっとピンとこない。自分の中の何が変わったって言われても解らないしね。
ただ……
「マリカ姉。おはなしの続きは?」
「あ、ごめん、また後でね」
「解った。ごめんな。邪魔して」
ぼんやりしていた私の髪の毛を膝の上に載っていたジャックが引っ張る。
つい、本気で悩んじゃってみんなから気持ちが放れちゃった。
みんなとこうしてゆっくりできる時間はあんまりないんだから。
私は、意識を子ども達に向けて読み聞かせを再開した。
子ども達を寝かしつけ、お風呂に入り、エリセ達も寝室に入った夜の刻。
私は、そーっと魔王城の外に出た。
秋の夜風はちょっと寒いからちゃんと防寒の準備は整えて。
「ぐるるる!」
「あ、オルドクス、しーっ。
心配しないで、ちょっと一人になりたかっただけだから」
門扉の側にはオルドクスがいる。
オルドクスはいつもは門番のように、大扉の側とか大広間で寝ているらしい。
リオンの王子の部屋はともかく、フェイと一緒の部屋は狭いから。
私の言葉を聞き入れてくれたのか、オルドクスは鼻先で扉を押し開けてくれた。
それから、するりと自分も外へ。
「一緒に来てくれるの?」
カンテラも持ってきているし、いざとなれば光の精霊を呼ぼうかと思ったけれど黙って私に寄り添ってくれるオルドクスのぬくもりが暖かいので、私は素直に甘えることにした。
二人で、そっと外に出る。
夜の森は静かなようで、賑やかだ。
もう晩秋に近いから、虫の声とかはそんなにしないけれど、みみずくや獣たちの寝息が聞こえてくるように感じる。
夜露に濡れた草を踏んで私は森の奥。子ども達が作った秘密のおうちにやってきた。
私は縄梯子を使って上に上がる。オルドクスは登れないかな、と思ったのだけれど大きな風が何度か茂みを揺らして。私が上にたどり着いた頃には彼はもう待っていてくれた。
「ありがとう」
オルドクスのソファに身を包んで、私は目を閉じる。
考えるのは今日のお母様の言葉だ。
想像する。不老不死が解除された世界。
誰もが傷つけば血を流し、老いれば身体が衰え、いつか死を迎える恐怖が戻ってきた。
寿命の終わり。弱り、瘦せこけた頬にもう、昔の強さは見えない。
でも変わらぬ微笑みを、私に、家族に、民に見せながら目を閉じる、皇王陛下。
傷つき倒れるガルフ。恨みでも買ったのだろうか腹にナイフが突き刺さっている。
戦で傷つき、倒れる兵士達。
遊びではない命と信念のやり取り、破壊と血の溢れる戦場。
今日出会った女の子達が酷い目にあって打ち捨てられている。
魔王城の子ども達も。誰もが生きるのもやっとの世界に放り出される。
知識も技術もあるけれど、それは先を行く者達に搾取されて自分自身を幸せにしてはくれない。
そして……首に縄がかかり、私を白い跳び出た瞳で恨みがましく見つめるソルプレーザ。
自らの命を、自らの手で断ち切る自死者達。
それ以上はとても想像できない。したくない。
考えを打ち切って、私はオルドクスの首に抱き着いた。
身体から体温が抜けていくような寒さを感じて震えが止まらない。
今までどこか甘えていたけれど、死というのは恐ろしいと改めて思い出す。
自分という存在が無くなり、二度と目覚めないこと。
大切な存在、リオンや、フェイ、アル、魔王城の子ども達、お父様やお母様。
みんなに二度と会えないことを考えるだけでゾッとする。
でも、不老不死世を終わらせる、というのはそういう事だ。
誰もが死という悲しい別れをしないですむ楽園。
目を閉じて、考える。
新しいものは生み出されないけれど、安定し、誰も損なわれず、失われることの無い不老不死世界。
『神』のよって完成された『幸せな』箱庭。
それを壊すことは本当に正しいことなのだろうか。
寂しい、怖い、自分の足元が壊れてしまいそうで震えが止まらない。
「……子ども達が幸せに笑えるのなら、不老不死世でも……いいのかな?」
「いや、それじゃあ、やっぱりダメなんだ」
「!」
一人きりだと思っていた暗闇に、声が煌めく。
私は声の方向にカンテラの灯りを向けた。
誰? なんて誰何は必要ない。
「悪いな。一人になりたかったんだろうに邪魔をして」
小さなコンテナハウスの屋根から、鳥が舞い降りる。
「リオン」
黒い、露に濡れたような瞳。夜色の髪。闇色の服。
夜目にも鮮やかな黒燕。
リオンがそこに立っていた。
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