【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

火国 火国との別れ

公開日時: 2022年6月20日(月) 07:42
文字数:3,567

 いよいよ、プラーミァを出る日となった。

 この部屋でお気に入りの椅子に座って一息つくのも今日で本当に最後だ。


 昨日は昨日で大変な騒ぎがあって、こんな風に感傷に浸っている余裕はなかった。


 大騒動を知っているのは随員の中でも上位の側近だけ。

 他の皆は急な予定変更に戸惑いながらもしっかり、出立準備を整えてくれていたからもうこの部屋に私物は殆どない。

 最後の荷物を運んで貰っているので、ここに残っているのは私と精霊獣、そして精霊獣を連れていく為のバスケットだけだ。

 本当に支えられているなあと思う。


 プラーミァでの滞在期間は三週間。

 過ぎて見ればあっと言う間だった。

 プラーミァの王子グランダルフィ様が出迎えに来てくれてびっくりしたのもつかの間。

 正式に求婚され、晩餐会では兄王様のペースに巻き込まれそうになって戸惑ったりもしたけど、新しい香辛料や食材も色々見つかったし、得たものは多かった。


「姫君、そろそろ準備ができました。

 おいで下さいませ」

「解りました。今行きます。

 ちょっと、狭いかもしれませんが少し、ガマンして下さい」


 精霊獣ちゃんに言って聞かせると素直に籠に入ってくれた。いい子だ。

 精霊獣の籠はこの国で側仕えとなったオルデに頼んで、私はゆっくりと立ち上がり、部屋を出る。

 最後に、一度だけ振り返って、三週間を過ごした部屋に別れを告げた。

 お母様と私の部屋。

 帰ったらこの部屋であったことをお話しよう。


 女性部屋の階段下でリオン達、男性陣と合流し、玄関へと向かう。

 王族用の出口はあるけれど、見送りがあるから玄関ホールから出るように言われている。


 アイトリア宮殿の美しい廊下も今日で歩き納め。

 ゆっくりと初日、歩いたコースを逆に戻り、玄関ホールに辿り着くと、そこにはもう国王陛下、王妃様、王太后様、王太子様、王大使妃様。

 王族が全員揃いぶみだった。

 他にも大貴族や貴族、使用人など、出て来れる人は全部出てきている感じ。

 ちょっと、ビックリ。


「三週間、本当によく働いてくれた。マリカ」


 ぼんやりしていた私の前に、国王陛下がツカツカと進み出る。

 最初に見た時と同じように、眩い装飾に決して見劣りしない、国王陛下。

 国の始祖たる精霊神と出会った後だから、なお解るけれどよく似ておられる。 


「食材、香辛料、美容品の知識に留まらず、そなたはこの国に多くのものを齎し、さらには聖なる乙女として精霊神の恵みも取り戻してくれた。

 其方は正しく、リュゼ・フィーヤ。

 我が国に幸運を運ぶ小精霊であった」

「私もこの国で多くを学ばせて頂き、多くのものを得る事ができました。

 祖母と母の祖国の為に、少しでもお役に立てたのなら幸いでございます」


 国王陛下の闊達な笑みに、私も心からの感謝で応える。

 嘘偽りはない。

 七国への訪問、その最初がプラーミァであったことは本当に心強かった。


「ああ。本当にお前をグランダルフィの妃として、俺の娘にできればと思わない日は無かった。

 だが、幸せを運ぶ小精霊に鎖を付け、国に縛るは許されぬ事。

 復活した精霊神にも愚か者と謗られよう」


 寂しげに微笑む国王陛下。

 私に嫁いだ妹姫ティラトリーツェ様を見ているのかもしれない、とはお母様ご本人の言葉であったけれど、多分私が去ったら国王陛下はまた、国を守る『王』として孤独な戦いが始まるのだと思うと胸が熱くなった。


「今、この時を持ってアルケディウス皇女、マリカのこの国での勤めの終了を宣言する。

 今後の活躍を期待している」

「ありがとうございます。国王陛下」


 深くお辞儀を返せば、この国でのアルケディウス皇女の仕事は終わりだ。

 だから最後に私は姪っ子マリカになる。


「あ、国王陛下。少しかがんで頂けます?」

「? 何だ?」

「プラーミァ国王陛下に、小精霊からの祝福を。

 末永き幸運がプラーミァと兄王様にありますように…」


 私と視線を合わせる為に膝を折って下さった、国王陛下の首に手を回すと、私は背伸びしてその頬に口づけた。

 舞踏会で王太子様がやって下さったのと同じ、親愛のキスだ。

 一瞬、硬直し目を大きく見開いた兄王様は、何かを思い出したかのように頬を緩めると。


「まったく! お前と言う奴は! 俺がどれほどの思いでお前を引き留めるのを我慢していると思っているんだ!!」

「あわわっ!」


 最初の時と同じように、軽々と私を抱き上げ、持ち上げた。

 身長190cmの抱っこは何度やられても怖い!


「本当に。早く…王宮から出ていけ。

 …二度と来るでないぞ。来たら、今度こそ返したくなくなる…」

「王様が来るなっておっしゃるなら来ませんけど、私は香辛料ももっと欲しいし、カレーも食べたいし、王子様達とも友達ですのでまた来たいです。

 ダメですか?」

 

 顔を背けた国王陛下の柔らかな髪をそっとなでなでする。


「ダメでは勿論ありませんよ。リュゼ・フィーヤ。

 いつでも歓迎いたします」

「王太后様」

「まったく、ベフェルティルングもいい加減に妹離れなさい。

 父上や精霊神様、精霊獣様にも笑われますよ」

「母上…」

「御免なさいね。リュゼ・フィーヤ。

 かつてティラトリーツェが嫁ぐ時も、最後に今の貴女とまったく同じ仕草でこの子にキスを残して行ったのよ。

 それを思い出したのでしょう」

「お母様が…」


 苦笑交じりで肩を上げた王太后様の足元がもこっと揺れる。

 兄王様が私をそっと降ろすと、精霊獣が、ぴょぴょんと、王様の背中を駈け上り肩口に腰を落とした。

 顔を背けたままの王様にしっかりしろ、と本当に慰めているのかもしれない。


「マリカ。

 プラーミァのリュゼ・フィーヤ。

 貴女がこの国に来てくれたことに本当に感謝しています。

 また来てちょうだい。この国も貴方の故郷なのですから」


 王太后様が深く礼を下さると、続くように他の方達も動き出した。


「ええ、お祖母様のおっしゃるとおり、いつでもいらして下さい。

 我が従妹姫。その間に僕は、少しでも貴女の友として隣に立つに恥ずかしくない者になれるよう努力いたします」

「私も、生まれて初めてのお友達とまた会いたいと存じます。

 いつでもおいでくださいませ。心からお待ちしております。

 また一緒に街で買い物を致しましょう」

「王子、いえ、グランダルフィ王太子様、フィリアトゥリス王太子妃様。

 私も友達、と言って頂けて嬉しかったです」

 

 今の所、まだ私のような明確な理由と許可がない状態だと、王族が他国を訪問するのは難しい。

 いつか、本当に自由に旅ができるようになって、私がプラーミァに来るだけでは無く、王太子達もアルケディウスに来てくれればと思う。

 そしたらお二人を今度は私が案内したい。


「マリカ様…」  


 最後にゆっくり進み出て下さったのは王妃、オルファリア様だった。

 優しく、そっと、私を抱きしめて下さるその仕草は、お母様とよく似ている。


「この国の王妃として、王子の母として、国王陛下の妻として、貴方に心からの感謝を捧げます。

 貴女の未来がどうか光り輝くものになりますように…」

「ありがとうございます。オルファリア様」


 他にも幾人かの貴族から挨拶を受けた。

 新しい王宮魔術師となったウォル君からも。


「ただの、裏路地の子どもであったオレ…いや、僕に機会を下さってありがとうございます。

 師匠や、国王陛下、そして貴方方から頂いたこの地位を、おごることなく大事に守り、育てていくつもりです」

「頑張って下さいね」


 ウォル君が先頭に立って、子どもの価値を知らしめ、続く子ども達が育ってくれることを願わずにはいられない。

 一通りの挨拶の後、もう一度私は、王族の皆様に向かい合う。


「国王陛下」


 下げられていた国王陛下の顔が上がって、私を見つめて下さった。

 紅い瞳は微かに潤んでいるけれど、迷いや弱さはもう見えない。



「プラーミァでの三週間、本当に楽しく有意義でございました。

 ありがとうございます。

 また、お会いできる日を楽しみにしております」



 深く一礼するとくるりと、大広間とそこにいる方達に背を向けた。


 エスコートしてくれるリオンの手を取り、ゆっくりと歩き出す。

 アイトリア宮の大きな扉が音を立てて開く。

 最後にもう一度だけ、振り返ると腰をかがめ、胸に手を当てた。

 その手を真っ直ぐに相手に向けて伸ばす。


 シュルーストラムが教えてくれた、社交ダンスの振り付け、言葉では無い言葉の一つ。


『貴方への愛と感謝を』


 伝わっただろうか。

 伝わらなくてもいい。

 私がそうしたかっただけ、だから。


 私が王宮に背を向け、合図をすると音を立てて扉は閉まった。

 ここで私がやるべき事は終わったのだ。



 玄関先の馬車に乗ると、程なくゆっくりと車輪が回り動き始める。

 籠からぴょんと、顔を覗かせた精霊獣が何の言葉も無く、私の肩に乗って来た。


「慰めてくれるの? ありがとう…」


 零れた涙を暖かい舌が優しく舐めとってくれる。

 輝かしい火の国 プラーミァともこれでお別れ。


 


 プラーミァの王宮が、静かに遠ざかっていくのを、私は窓から、壮麗な姿が見えなくなるまで、ずっとずっと見つめていた。

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