夏の戦が始まり、私の周囲は一気静かになり、また騒がしくなった。
リオン、フェイ、アルが今年は纏めて戦に行ってしまったからだ。
アーサーとクリスも一緒。
「なんだか、ちょっとしょんぼりしちゃったね」
とはアレクの談。
アレクは今は、私のお抱え楽師としてゲシュマック商会の貴族店舗に住み込んでいるということになっている。
実際はそこにある転移魔方陣で魔王城に帰っているのだけれど。
アレクには魔方陣の鍵を預けてある。
魔方陣の部屋に入る為には貴族店舗の店主 ラールさんの許可がいるのだけれど。
今迄はアーサー、クリスと一緒に帰っていたけれど、戦で二人が出てしまったので一人で帰るのは寂しいらしい。
「ごめんね。私もなかなか一緒に帰ってあげられなくて」
「マリカ姉が忙しいのはわかってるから、だいじょうぶ。
楽師さん達と歌ったり、お話するのはたのしーよ」
慰めようかと思ったら逆に慰められてしまった。
いい子だ。
「アレクは貴族店舗でも人気者ですよ。
『今日アレクはいないか』と声をかけて来る常連も多くて」
ラールさんが微笑む。
今日はミリアソリスやノアールを連れてゲシュマック商会貴族店舗でお仕事。
社交シーズンに入って今迄も少なくなかった貴族店舗の利用者が倍増したという。
大貴族の随員として大量の準貴族、貴族が昼のランチを利用しに来て、夜は昼のランチに並べない大貴族達が予約のディナーを食べに来るからだ。
大貴族派遣の料理人の中には、夜は主の元に帰っている者もいるらしい。
シフトとか大変そうだ。
せめて私がいるときに手伝わないと。
因みにミリアソリスがいるのでラールさんの言葉遣いも、姫様モードだ。
ラールさんに「マリカちゃん」って呼んでもらうの癒しなんだけどな
はぁ…。
アレクは店でリュートを弾いている。
アレクには私と一緒に城に行かない時には店でリュートを奏でて貰う様に頼んであるからね。
ここまで優しい音楽が聞こえて、寂しい気持ちを癒してくれる。
「お金を払うから売ってくれないか、宴や茶会に貸してくれないか。
という声も引きも切りません」
「申しわけありませんが、全て断って下さい。
私のお抱え楽師である。と。
どうしても断れない筋は私か、お母様を通せと」
「解っています」
アレクは始まりの宴で脚光を浴びている。
腕利きの子ども楽師。
『聖なる乙女』が歌った『新しい歌』を弾きこなせる者として。
夏の祭りには、約束したし街でもデビューさせる予定。
私が教えた『新しい歌』に加えてアレクのオリジナル曲も増えているし、きっと大人気になるだろう。
ただ、欲しがる者も多くなると見込んでいるので、護衛はきっちり付けて守る。
「ゲシュマック商会の方はどうですか?
輸入関連の仕事が増えた上に、アルが戦に取られて大変でしょうけれど」
「大変は大変でしょうけれど、大丈夫ですよ。
旦那様もリードさんも毎日悲鳴を上げながらも楽しそうでいらっしゃいます」
「そうですね、あ…でも…、ちょっと気になっていたことがあるんです」
この間、魔王城に来て貰った時にガルフとは少し話をしたことを思い出す。
旅の成果やゲシュマック商会の今後について、報告や話し合いをしたかったけれどなかなか機会がとれなかったのだ。
「これは…眩しいまでの成果ですね」
ガルフもリードさんも目を剥いていた。
プラーミァの香辛料、エルディランドの酒、醤油、リアにソーハ、テアに各種野菜。
どれも今後の『新しい食を間違いなく美しく彩ってくれるものになる。
聞けば、今は既存のメニューの運用はほぼ公認店に任せているそうだ。
ガルフの店の、特に本店のランチメニューは
「王侯貴族でもなかなか食べられない本当の『新しい味』が食べられる店」
と王都中の羨望の的らしい。
ビエイリークからの海産物、エルディランド直輸入の醤油や酒を使った料理はまだまだ他所ではなかなか食べられないだろう。
「公認店を増やして欲しいという要望も後を絶ちません。
現在、ゲシュマック商会が直営していた二号店、三号店、四号店を外部委託して、ゲシュマック商会は本店と食材の流通管理に専念しようかと思っています」
「その辺はお任せします。
ただ、食の裾野を広げる為にも、一般市民へ食の供給は続けて欲しいと思っています」
「承知しております」
食を貴族の嗜好品にし続けるのは、私は断固反対。
食を広げる為には第一次産業に従事する人を増やさなければならない。
精霊の手助けがあってもかなり大変な農業。
誇りをもって取り組んで貰う為にも、庶民に食の価値は知って欲しい。
「夏の戦が終わったら、次の訪問国アーヴェントルクに向かいます。
また、アルをお借りしますね」
「アーヴェントルク…ですか」
「ええ、アーヴェントルクは食材はあまり豊富ではないとのことなので輸出が主になりそうですが」
「…その、マリカ様…」
「どうしました? ガルフ?」
「いえ、何でもありません」
「ラールさん」
「何でしょう?」
「アーヴェントルクに行くと話をした時、ガルフの顔つきが少し険しくなったんです。
何か言いたげな様子も。理由とかご存知ですか?」
私の質問にラールさんの顔が曇った。
あ、これは知っている。
知っているけど言えない、というか言い辛いってやつだ。
「知っては…います。
多分、不老不死前からアルケディウスで商いに従事する者なら大よそは。
旦那様が一度、商業の世界から抜けるきっかけとなった大醜聞、なので」
「え?」
「旦那様が悪事を為したとか、そういうことではありません。
アーヴェントルクそのものとトラブルがあったわけでもなく、アーヴェントルクに今いる人物とかつて騒ぎがあった、と言おうか…」
「歯切れが悪いですね」
「商業、というより人間関係の話なので。
ですが、使用人の身分でこれ以上、主の醜聞を吹聴はできません。
もし、お知りになりたいのであれば、旦那様に直接伺って下さい」
ラールさんの返事にやっぱり、と思う。
ガルフは昔から食料品販売に従事していたと聞いている。
食が失われて一端足を洗っていたらしけれど、その時にきっと何かがあったのだ。
「でも、醜聞、と言いましたね。
聞けばガルフは嫌がるのでは?」
「嫌がるでしょうね。でも、隠している訳でもありませんし、姫様に隠しきれることでも無いと覚悟はされていると思います」
肩を竦めるラールさん。
主思いの彼からこれ以上引き出すのは無理だろう。
「後で聞いてみます」
「そうなさって下さい。
そろそろ仕事をお願いできますか?
こちらの報告書に目を通して頂いて。
あと、こことここにサインを」
「解りました。ミリアソリス。
報告書の下読みをお願いします。
ノアールは承認が終わった書類の処理をラールさんと一緒に手伝って下さい」
「お任せ下さい」「はい」
私は仕事に戻り、書類に没頭するフリをする。
アレクは私にとって大事な弟だけれども、ゲシュマック商会は大事な家族で、ガルフはもう一人の父親みたいな存在だと思っている。
実際、ガルフがいなかったら、私達は未だに魔王城で燻り続けていただろうし。
どんな醜聞があったか知らないけれど、私はガルフの味方。
子ども達を守るように、家族も私が守るのだ。
そう心に決めていた。
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