息が詰まった。
精霊だから。
クラージュさんが寂しげに笑って言った、その言葉が私の胸にぐさりと、刃のように突き刺さっていると感じた。
呼吸の仕方を忘れてしまったように開いた口と、高鳴る心臓が自分のものでないような音を立てる。
「落ち着け。マリカ」
「リオン」
私の様子を察したリオンに背中を叩かれて、少し身体に体温が戻り改めて私は彼を見た。
「クラージュさんが、『精霊』?」
「そうです。『星の夢』の時、教えられました。
星の転生者=『精霊』であると」
私が異世界転生者ではないのだから、同じ記憶を持つクラージュさんも転生者ではないことは解っていた。
クラージュさんと一緒に『真理香先生』の記憶データを刷り込んだから、転生者と思ったのだろうけれど、とステラ様も言っていた気がする。
そうか、その時気付くべきだった。クラージュさんの生まれ変わりにステラ様は関与している。クラージュさんも、私達と同じ人の胎から生まれたのではない『精霊』なのだ。と。
「精霊だから、結婚できない、というのですか?
それは詭弁、というか言い訳に過ぎないのではないですか?」
フェイはクラージュさんが精霊であるということよりも、精霊だから結婚できない、という言葉の方がひっかかっているようだ。
自分が人間では無い事に悩み続けていたリオンの側にずっといたからだろうか。
口調もかなり厳しい。
「詭弁であることは、私自身一番よくわかっています。
逃げであり、言い訳であることも。
カマラとの関係は私から誘いました。
彼女の無垢な眼差しが愛しかったのもありますが、別の理由や目的もあったのです」
「別の、目的?」
「そうですね。良い機会です。
私の懺悔を聞いて頂けますか?」
「懺悔? 罪を犯したと?」
「はい。そして、カマラと私の剣の主として。
アースガイアの精霊を率いる者として裁定を頂けますと幸いです。
『精霊の貴人』『精霊の獣』」
クラージュさんは膝を付き、私達の方を見た。
正確には、私とリオンを。
「ああ、心配しないで下さい。
私が結婚を躊躇う理由はマリカ様、アルフィリーガ。
貴方達には当てはまりませんから」
「え?」
「どういう意味だ?」
「『星』と『神』が認めた『精霊同士』の結婚に障害はない、ということです。
良い機会です。
私達『精霊』と呼ばれる存在について、改めて共通理解しておきましょうか。
フェイ。貴方も本当の意味で、正しく理解していると言い切れないでしょう?
私と、マリカ様、そしてアルフィリーガは人型精霊である。
でも、人型精霊というのがどういう存在なのか、はっきりと説明できますか?」
「ええ、まあ……できませんね。
解りました。話を聞きます」
「ありがとうございます。
講義タイトルは、今だから解る『精霊』について、ですかね」
小さく苦笑するとクラージュさんは向こうでの教師、海斗先生の顔になって、私達に話し始めた。
「まず『精霊』というのはアースガイアの定義で言えば、この世界に有りながら異なる座標と力で成立している為に見えない『助け手』
と言っていいと思います。万物に宿り、あらゆる生命、自然の営みを歪めず守るもの。
その正体は宇宙からやってきたナノマシンウイルスの変形亜種。
大母神『星』が生み出す力です」
ここまでの説明には誰も異を挟む者はいない。アルやフェイも夢で見て理解している。
「ウイルスというのは目に見えない極小の生命体と言われています。自己増殖や代謝を行わず、他者に寄生しその構造を借りて増殖や活動を行うウイルスを生命と呼ぶかどうかは議論が分かれる所でしょうが、少なくともこの星においては『星』が生み出すナノマシンウイルスは『生命活動を助ける』という明確な意思をもって生み出され、活動しています」
通常は目に見えないナノマシンウイルス達は、万物に宿り自然の法則に従ってそれぞれの在り方を助けている。
これは『星』が生み出している新型だからで、あってオリジナルのナノマシンウイルスは全ての生命体を歪め、支配者であるコスモプランダーのいいように作り替えるものだった。
「『精霊神』は文字通りナノマシンウイルスたちの神。単体では何にも宿れず、何にもなれない存在を導き、方向性を与える存在と言えるでしょう。
オリジナルのナノマシンウイルスは、コスモプランダーの思い通りに生命体を作り替えるものでした。それが地球に降り、精霊神のオリジナルである人間に宿った時、何らかの要因で変異し、彼らはナノマシンウイルスへの命令権を与えられた。
本来であるのなら、上位権限を持つコスモプランダーには逆らえず曰く牧羊犬として地上を均す筈が、強い精神力で、彼らは命令を拒絶し、逆にナノマシンウイルスを人間の為に作り替えたということですね。
『神』は『精霊神』と同じ分類と見ていいと思います。どういう差異があるかは、はっきりとは解りませんが、ナノマシンウイルスを操り人々を助ける存在です」
海斗先生の説明は解りやすくて、しかも地球の知識がある分考察的にもかなり深く、真実に近い印象がある。
「ナノマシンウイルスは単体では微弱な力しかなく、物体の力を借りて、初めて増殖可能。
そして宿った物質そのものや、周囲の生命力、意志力。
この星で『気力』と呼ばれる力をもって、力を発揮します。
基本的に精霊というのはナノマシンウイルスそのものを表すのでしょうが、その中で特例が人型精霊と呼ばれるモノ。私達になります」
私が、理解したつもりでも認めたくなくて考えないフリをしていた箇所にズバッと切り込んで来る。
「ナノマシンウイルスは単体では意味をなさない。だから、上位者達は生命体に操る方法を教えて有効活用させた。それが魔術師、精霊術師、神官などですね。
魔術師は、人間が精霊をより良く使えるように体内にナノマシンウイルス操作の為の力を挿入された存在。
そして人型精霊は、さらにそれに一歩進んで生まれる前から、ナノマシンウイルスを使う為に調整され最適化された存在だと私は考えています。
マリカ先生にしか通じない例えで恐縮ですが、一種のデザイナーベイビーということですね」
「それは、その通りだと思います。
ステラ様も『神』レルギディオスも、私やリオンの出生前卵子に調整を行ったと、認めておられましたから」
そう、はっきりと言っていた。
自分達は使命と目的の為に、子どもに犠牲となることを強いた毒親だと。
「今、人型精霊と呼べる存在は四人です。
私、マリカ様、アルフィリーガ、そして神の子でありアルフィリーガの弟、フェデリクス・アルディクス。
そのうち、私だけが仲間外れなのは解りますか?」
「仲間外れ? ですか?」
目を瞬かせた私に、海斗先生は肩を竦めて見せる。
「そうです。私以外の三人は人間の体内で受精して、生命を成立させた者。
ですが、私は違う。
そもそも、親がいないのです。
『精霊の貴人』の卵子と、自身の精子によって生まれた体外受精児だったと聞いています」
「体外受精児?」
「はい。神との会見に向かう前、『精霊の貴人』のバックアップとして保存されていた卵子がありました。
ですが、次代の『精霊の貴人』は、保存していた真理香先生の卵子とすると『星』が決意させた時、その命の種子が余った。
だから、まだ肉体を残していた私の精子と受精させ、新しい人型精霊を作った。
遺伝子操作を行い。体外受精児には何故か魂が宿らないので、私の魂を入れた上で片桐海斗の人格データを組み込んで生まれたのが私です」
……言葉にされると、かなりきっつい。
人類の尊厳とか、無視した人体実験レベルの生い立ちだ。
私達もだけど、海斗先生、クラージュさんはもっとハード。
中世異世界に向こうの世界の生命倫理などをもってくるのは無茶な話だとは分かっている。
『神』や『星』も本当にどうしようもなく、自分達に忠実な助け手が必要で行ってしまったことなのだろうけれど。
「精霊は人間の卵子を種子とする点は同じですが、違う生命体なのです。
地球生まれの『神の子』と同じ種であるアースガイア人というレベルではなく、ナノマシンウイルスとの適合性を高められ、ヒトの遺伝子を持ちながらも加工を施され作られた『生命活動を助ける』生き物。
人の容をしていますが、中身は違う生き物。
そう生み出されたことに不満はありません。選択権は与えられていましたし『星』に命を捧げると決めたのは外ならぬ自分自身、ですからね」
そう言うけれど、内心は穏やかでは無い筈だ。
『精霊』の真実を知った今では尚更。
「マリカ様とアルフィリーガは、同じ遺伝子操作を受けた『精霊』同士ですから、結婚するにしても子どもを作るにしても、支障は無いでしょう。
精霊同士で子どもが作れるのかどうかは、ともかく。
ですが……」
クラージュさんが閉じた言葉の先は理解できる。
人間でない自分には人を愛し、生命の輪に加わる資格はない、と。
「人間を抱くことはいいのですか?」
そう問うてきたのはフェイだ。
事情を知っても、まだクラージュさんに向ける眼差しは厳しい。
「特に禁止の制限がかかっていた訳では無いので、私はカイト時代、妻帯しました。
妻を含む複数名と肉体関係を持ちましたが前にも告げた通り、子はできませんでした。
後で、魔王城に戻り、ステラ様に伺ったところ、私の力はアルフィリーガやマリカ様程強くない。
抱かれた人の子は、後付けで精霊の祝福を受けたような形になり、おそらく精霊に愛されて生きただろうと。
少し安堵したのを覚えています。
その後、マリカ様が大神殿に入られて、私はアルケディウスと魔王城、大神殿を往復する日々の中、カマラと関係を持ちました。
彼女が私に好意を持ってくれているのが解っておりましたので、それを受け入れる形で。
寂しかったのです。自分で選んだ道だと解っていても、見知った者の殆どいない魔王城で、一人転生者で在り続けるのは。
ただ、結婚や恋愛を匂わせたことはありません」
少し前、女の子達の恋愛事情を聞いたことがある。
その時、カマラはクラージュさんは大人だと。自分は手の中で転がされるばかりだと言っていた。あれは、そういう意味なのか。
「彼女を抱くことで、私は孤独を紛らわせていました。
さっきは否定しましたが、彼女の身体と心を弄んでいると言われても仕方ない事をしていますね。
言い訳をするなら、いずれカイト時代と同じように彼女を妻に迎える意志はありましたし、騎士としてマリカ様に仕えるカマラに精霊の祝福を与え、力を高めてやりたいという思いもありました。ただ……」
彼は私達を、正確には私を見る。
告白の時と同じ、愁いを帯びた眼差しで。
「知らなかった前世と違って、今は知ってしまっているのです。自分が『精霊』いわば疑似ホムンクルスであり人とは違う生き物であることを。
そして『精霊の力』の正体も。
私は不老不死世が終わってから。
正確には『星の夢』で真実を知った後から、フェイの結婚式を除きカマラと個人的な会話をしておらず、抱いてもいません。アルケディウスのユンとしての仕事の傍ら『星』や『神』の意を受けて、行う調査や仕事に逃げておりました。
カマラが不安定な様子を見せていたのだとしたら、それがきっと理由でしょう」
彼は懺悔であるといった。
そして裁いて欲しい、と。
「本題です。
人間でない私が、人間の少女を愛することは許されるのでしょうか?
彼女を拒否して傷つける事と、人の命の理に偽りの生命が介入する事。
どちらが重い罪なのでしょうか?」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!