夏の一週間のお休みも早いもので最終日。
その夜、私は皇王陛下が主催する舞踏会に参加していた。
アルケディウスは夏の社交シーズン真っ只中。
普段は大聖都にいる私が帰ってきたことでぜひ、挨拶の機会を設けて欲しい。と大貴族達に頼まれた。ということだった。
私が舞踏会に出て。話をしたところで、何ができるわけではないと思うけれど、今回の休みは色々と用事があってお茶会のお誘い、面会の依頼全てお断りしてしまった。
大神官に就任してから、各地を巡ることはおろか、アルケディウスで公務をすることさえなかなかままならないので、こういう機会に顔を繋ぎ、できることはしておいた方がいいとは思う。
「個人的にはあまり気は進まんがな」
とお父様はおっしゃるけれど。
シュライフェ商会から納品されたばかりの青いドレスを着て、リオンにエスコートされて。お父様、お母様と一緒に会場に入る。今回は歓談と交流を目的とした社交パーティだから各地の大貴族達も夫人や、家族、部下達を伴いあちらこちらに固まっている。
それが、私が入った途端。ざわめきが生じた。
視線が明らかに私達に集まるのが正直、痛いくらいだ。
何回体験しても慣れない。
私達が最後の入場だったのだろう。
小さく頷いて一段上、壇上で玉座に座していた皇王陛下が立ち上がって挨拶を始める。
「皆の者。今日は喜びの日である。
大聖都から、我が孫娘にして大神官、『聖なる乙女』マリカが帰国した」
おおっ、と上がる歓声には期待の色が見える。私に、何をどんな風に期待しているのか解らないけれど度合いが上がっていくのがちょっと辛い。
「マリカは現在、アルケディウスのみならず、世界を導く大神官としての役割がある故、明日帰国する。だが、僅かの時間でも、故国を支える者達と友好を深めるべく、今日の宴に出てくれた。この一時を共に楽しみ、アルケディウスの輝かしい未来の糧にして欲しい」
来客達の表情が歓喜に揺れる。
要するに、今日は直接話ができるぞ。アドバイスや話があるのならこの機会に、と言ってるわけだ。いつものように、全部の貴族達が挨拶に来る流れになりそうだ。
思わず零れた吐息に気付いたお母様に肘を突かれる。
笑顔ですね。解ります。
皇王陛下の宣言と共に舞踏会が始まってすぐ、大貴族が次々に挨拶にやってくる。
「マリカ皇女にはご機嫌麗しく」
恭しく、最初にやってきて微笑んで下さったのはパウエルンホーフ侯爵。皇王妃様の弟。
大貴族の位階トップは今も変わらないようだ。
「大聖都での活躍は聞き及んでいる。大聖都を改革し、会計を明朗化したと。
その仕事にうちのミリアソリスはお役に立っているだろうか?」
「はい。とても助かっております」
侯爵家からお借りしている文官ミリアソリスは、大聖都改革の要でもあったし、様々な契約などを私に代わって纏めてくれる代理人でもある。
「パウエルンホーフ領も侯爵の手腕で発展しているようで何よりでございます。いつも良質の農作物を納めて頂いているとゲシュマック商会が感謝しておりました」
「皇女の御指導の賜物だな。土壌改善もかなり良い成果を見せている」
「それは何よりでございます」
パウエルンホーフ領は大聖都近辺の比較的肥沃な場所を納めておられる。
今では南のロンバルディア領と合わせてアルケディウスの穀物一大生産地だ。
「また姫君のご行幸を賜りたいものだ」
「機会がありましたらぜひ」
次にやってきたのは第二位のプレンディヒ侯爵。
前は第一皇子派閥とか分けていたけれど、今はお父様が第一皇子であるトレランス様と和解して明確な敵対関係ではなくなったので、そういう分け方はしていないようだ。
逆にトレランス様が数年のうちに皇王を継ぐだろうという話が水面下で広がって、第一皇子の信頼厚い侯爵は力をつけてきている。
「クレストがお世話をおかけしている」
「いえ、成れない大神殿で頑張ってくれていて、とても助かっています。今年も騎士試験に出てより上位を目指すそうですよ」
「良き手本に刺激を受けているのだろう。いずれ彼と肩を並べられる存在に育ってくれればいいのだが」
クレスト君は、侯爵家から派遣された元騎士見習い。去年無事騎士試験に合格して準騎士の資格を得た。最初はリオンを蹴落とし、私を口説き落とせと言われていたようだけれど、今はリオンに心酔しているようだ。
リオンが勇者の転生であることはアルケディウスの上層部ではもう公然の秘密になっているので侯爵もリオンをちらりと見ると肩を竦めて見せる。私の入手はとりあえず諦めて自領繁栄に力を入れるおつもりのようだ。
「どうか、今後とも末永い友好を賜らん事を」
後は上位から順番に挨拶が来るのを、私は笑顔で受け続けた。
アルケディウスの穀物庫、ロンバルディア領や海の恵みを独占するストウディウム領などの上位陣からはお土産を貰ったり、世間話をしたりする余裕があった。
特にストウディウム領は現在、第六位。海産物の安定供給と、昆布と鰹節生産が軌道に乗り、順風満帆。近いうちに蒸気機関を研究して船に取り入れたいと頼まれたので、次の技術会議に招待する話にもなった程だ。
ロンバルディア領からは大神官として司祭貸し出しの相談を受けた。新しい麦酒蔵で温度管理のできる魔術師が欲しいんだって。長期契約になるから持ち帰って、要相談。
でも順位が下の方に行けば行くほど顔つきは必死になってくる。割といつもの事ではあるのだけれど、下の方の領地は肥沃な土地を持たないところが多いので、上位領地程目に見えた成果が出ないのだ。
「姫君、なんとか再び我が領地に参って頂くことはできませんでしょうか?」
そういう依頼が引きも切らない。
ただ、事前にお父様とお母様から
「領地に来て欲しい、という依頼は断れ。全て聞いていたらきりがない」
と言われている。
一度、全ての領地を巡り、その時点でできるアドバイスはしてきたのだから、後はその土地ごとの努力だと、お父様は言うのだ。
実際、ドルガスタ伯爵家は努力と地域の新しい産業で息を吹き返し、最下位から脱した。
「これも姫君のお力のおかげでございます。
少し自領に誇りを持てるようになりました」
配下から配偶者を得て少し立場を取り戻した伯爵夫人は、前よりも少し幸せそうな笑顔でそう言ってくれた。
アルケディウス全体で見れば、どの領地も三年前よりは豊かになっている。
鉱山が見つかった場所もあるし、小麦が土地に合わなかったけれどパータトやサツマイモは良く育って値が付くようになったところもある。木工業をしているところは、その端材を製紙業に引き取ったりもしているし、珍しい塩水湖が見つかって塩や科学薬品が産出できるようになったところも。
それでも得れば得ただけ、満足できずもっと。
自分の領地に恵みを。上位領地のように豊かにしたい。
そう思ってしまうのだろう。
お父様に断られ、皇王陛下に却下されても諦めきれないという表情で食い下がる各領主様達の顔を見るとなんだか可哀相になってくる。
私が行ったからって、それだけで全てが解決する訳ではないのだけれど。
最後に、挨拶しに来た所は正しく、必死の顔つきで私に膝を付いた。
「どうか、我が領地をお救い下さい。『聖なる乙女』」
「顔を上げろ。インタレーリ男爵。ここは舞踏会の場だ。
そんな形相でいきなり見苦しい真似をされても困る」
お父様の注意にインタレーリ男爵と呼ばれた人は苦い顔で立ち上がる。
インタレーリ男爵家は元、タシュケント伯爵家。
要するは私を拾って奴隷にしていて、その後私を取り込もうとした貴族家の後継なのだ。
去年の大祭の跡の騒動。夫人がしでかした脅迫その他の罪でタシュケント伯爵家は取り潰しになった。
跡を甥である今のインタレーリ男爵が継いだが、領地の状況は芳しくなく、現在順位はぶっちぎり最下位だと聞いている。
「愚かな先代が姫君に行ったご無礼は、改めて深く謝罪いたします。
ですからどうか、我が領地に聖なる乙女の恵みを」
「本当に頭を上げて下さいませ。インタレーリ男爵様。私、男爵様や領地に遺恨はもっておりません。今までも、できる限りの協力はしてきたつもりですが……」
これについては本当。ちゃんと一回視察には行ったし、土壌や土地の様子を見てアドバイスも行った。
インタレーリ男爵の領地は王都から少し北よりの平野部で、交通の要衝などにはなり辛い。平坦な土地は農業に向いているように思うけれど、あまり肥沃ではないので、小麦の取れ高は低い。でもパータトやソーハなどは比較的向いているので、丁寧に育てていけばそれなりの収入は見込める筈だけれど……。
「はい。姫君の御恩情には深く感謝しております。ですが……」
俯いていた男爵は、意を決したように顔を上げ訴えた。
「我が領地は盗賊と魔性によって、危機に瀕しております。
姫君のお力と祝福が、どうしても必要なのです!」
と。
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