【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 騎士試験本戦 第一回戦

公開日時: 2021年8月19日(木) 06:07
文字数:3,181

 騎士試験本戦がいよいよ始まった。


 野球場よりも少し小さいくらいの闘技場は、普段は騎士の訓練などに使われてもいるが、年に一度のこのイベントの為に創られたものだとティラトリーツェ様が教えて下さった。

 騎士試験の本戦は御前試合。

 主催は騎士団長である第三皇子ライオット様だけれども、皇王陛下、皇王妃様。

 第一皇子、第二皇子も夫婦同伴で御覧になる。

 王宮魔術師、ソレルティア様も皇家の方々を守るように後方に立っている。

 傍らに王宮魔術師見習い、フェイを引き連れて。



 この試合、優勝すれば貴族位を得て騎士団の指揮官クラスになる。

 本戦出場の時点で騎士資格と、準貴族位は得ているけれど、それ以上の地位を得たり望む役職に就くために多くの人が試験に臨むのだという。

 多くの人が意欲などを失っているこの世界で、それでも『強くなる』というのは人の本能なのか、騎士試験の参加者には、他の人達よりも強い意思ややる気が見える。



「出場者、入場」



 高らかな宣言と共に出場者たちが入場してきた。

 喝采を表す表現はこの世界でも拍手の様で、万雷の拍手が鳴り響く中、一六人の戦士が入場してきた。


 彼らを見つめる観客達はやがて、一様にその中の一人に目を奪われて驚嘆の声を発する。

 出場者の殆どが高身長、筋肉隆々たる偉丈夫達であり、重厚な鎧や、力を帯びた武具も含めその外見に簡単に見て取れる強さが存在した。

 けれど、たった一人、それが見えない存在があった。


「リオン…」


 参加者の十六人の真ん中近辺で、リオンは歩いていた。

 服装は遠目で見ればほぼ平服に見える。

 皮のベストと、シャツ、スラックス。

 コートも、マントさえも身に付けていない。


 一見すれば武器さえも帯びていないように見えるだろう。

 周囲の戦士達の肩以下、成人女性よりもまだ低い身長。

 細身でな彼は周囲の戦士たちにともすれば隠れて見えなくなってしまいそうなのに、人の目を惹かずにはいられない存在感がある。



「もっとしっかり応援してもいいわよ」


 リオンから視線を離さない私にティラトリーツェ様が、そう微笑んで下さる。

 ティラトリーツェ様とライオット皇子に頼み込んで、従者として本当はチケットが無いと見られないこの御前試合に潜りこませて貰ったのだ。


 主催者席なので良く見える。特等席。

 でも、逆にこんな席から一人の選手を声を上げて応援するなんてできっこない。


「今は、まだ大丈夫です。

 けじめます。

 心の中ではしっかりと応援してますし。戦いが始まったら、声を上げちゃうかも、ですけど…」

「ま、無理はしない程度にね」


 そんな話をしているうちに、参加者が、皇王陛下と皇子達の席の前に並んで跪いていた。

 

 皇王陛下に軽く会釈をして前に進み出たライオット皇子。

 生きた伝説の登場にピタリと会場のざわめきが止まる。


「皆の者! 見るがいい。ここに新たなる皇国の守護たる騎士が生まれた」


 彼の言葉に唸るような声が同調する。

 皇子が皇子であることを疑う事は勿論なかったけれど、こうしてみるとライオット皇子は本当に国を動かす皇子でカリスマ性凄いんだな、と実感。


「ここに立つ者は皆、一騎当千の勇士である。それを今、披露しよう。

 彼等の活躍を目に焼き付け、そして安堵するがいい。彼らがある限り、この国の平和は守られると!」


 拡声器も無いけれど、彼の動きと共に会場はシンと静まり返り、誰一人として無駄口も雑談もしないから、強い、朗々と響く声は会場の隅から隅まで届く。


「これより、騎士試験 本戦。御前試合を開始する!」


 途端、人々の歓声がコロシアムを揺れる程に包んだ。

 情熱の失われた世界だと思っていたけれど、それでも強い存在への羨望はあるのかもしれない。

 驚くほどの熱量で、彼らは戦舞台の中央と、そこに立つ戦士たちを見つめていた。


 

 第一試合。ざわめきとどよめきが会場に広がっていくのが解る。

 早くもリオンが登場してきた。


 相手は重戦士という言葉が相応しい巨漢だった。背も高い。

 リオンとは頭一つどころか二つは違いそうに見えた。

 鈍い鳶色の全身鎧に身を覆い、大斧を肩に担いでいる。

 彼と並ぶとリオンはまるで大木の前の苗木みたい。

 

 舞台の中央に立ち、重戦士がダンと斧を地面に撃ち落とした。

 斧だけでもリオンの身長と同じくらいはありそう。

 柄がしらに両手を重ねてリオンを見る戦士の顔は、固そうな兜で見えないけれど、明らかに嘲りというか余裕を浮かべていると感じる。 

 一方のリオンは、両手に銀の短剣を構えている。

 ダガ―タイプの細身のものと、少し大きめのショートソード。


 リオンって、両刀使えたんだ。


「第一試合 リュエルのマイオールと、ゲシュマック商会のリオン

 始め!」


 試合合図と同時、マイオール、と呼ばれた重戦士は斧を掴み、大上段から一気にリオンに、正確には一瞬前までいたところに攻撃を叩きこんだ。

 武器の取り回しは的確で早い。

 不老不死者ではない、子どもだ、とか。攻撃を受けたら死ぬ、とか一切考慮していないような容赦のない一撃は、直撃していたら当然即死だったろう。

 けれど、リオンにとっては大ぶりな斧の攻撃など、多分スローモーションのようなもの。

 余裕の表情で後ろに飛びずさって避けると、そのままサイドステップからのダッシュで重戦士の背後を取る。


 後ろを取られたことに、重戦士は気付いているけれども、その動きに焦りは見えない。

 全身鎧が身を護っている。

 頭も首も兜で覆われていて、簡単にはダメージを入れられるものではない、と解っているのだ。 

 実際、リオンが今までやってきたように、ジャンプからの回し蹴りでも入れようものなら、何の防具も身に付けていないリオンの足首の方がやられてしまうだろう。


 斧を握り直し、軸足を回転、リオンに向かい合おうとした重戦士は

「ぐ、ぐああああっ!」 

 けれど


 突然悲鳴じみた大声を上げ、頭を押さえた。

 斧を取り落し膝をつく。

 硬い鎧に頼っていた重戦士はきっと気が付かなかっただろう。

 何をされたかを。


 リオンは、なんと剣を二本とも鞘に戻すと、重戦士の硬い鎧の背中を足場に、駈け上がったのだ。

 壁を垂直に駆け上るかのように走り上がっていく様子はもう、言葉も出ない。

 驚異の体幹でバランスを崩すことなく上がったリオンは、そのまま真上にジャンプ、真っ直ぐに重戦士に蹴りを入れたのだ。


 狙いは、兜の頭頂部。

 皮のブーツの固い踵で重力加速も乗せて。


 ガツン!

 高い音が響いた。


 足の甲で打ち込む普通の蹴りは鎧の固さで大したダメージを入れらない。

 けれど、頭の真上から、兜の、頭の正中へ、打ち込まれた攻撃は、さながらメイスの一撃にも似て、重戦士の脳を激しく揺さぶる。

 敵の眼前で武器を手放し、周囲への警戒も出来ない程に放心した好機を、リオンが見逃すはずもない。


 力を貯めて、跳躍。

 しなやかなバネのような動きでリオンは戦士の顔に飛び膝蹴りを入れた。


「がっ、はあ……っ」


 完全に意識を持って行かれた重戦士はそのまま後方に押し倒され、背中が大地につく。

 ずずん、という地響きにも似た音と共に戦いを見守っていた審判の旗が上がった。


「勝負あり! 勝者 ゲシュマック商会のリオン!」



「やった!」


 思わず零れた声を慌てて手で押さえる。

 そんな私をティラトリーツェ様は諌めるでもなくよかったわね、と微笑んでくれた。


「まあまあ、と言ったところか」


 ライオット皇子は微かに鼻を慣らし、腕組みをして見ている。

 でも、その瞳は誇らしげな光を宿していて、喜んでいるのが丸わかり、だ。

 視線を上げてフェイの方も見てみれば、満面の笑顔で頷いてくれている。


 

 響き渡る拍手と喝采の中、応えるでもなくリオンは静かに退場していく。

 その前に、彼の視線が貴賓席、つまり私達の方を仰いだ、視線が合ったと思ったのは、自意識過剰、ではないと思っておく。


 私やフェイの応援する気持ち、そしてライオット皇子の願いと思いが届けばいい、きっと届いたと私は信じている。


 優勝までの試合回数は四回。

 残りは三試合だ。

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート