アルケディウスの神殿で神殿長としての初めての礼拝を終えた後、私は約束通り、新しい予算案を見せて貰った。
少しホッとする。
礼拝とか『聖なる乙女』の祝福よりもこっちの方が専門、というか知っているところ、だから。
「大よそ、確認はしました。
大きなミスや、理解できない支出は無いようです」
ミリアソリスが言ってくれるなら安心だけれど、細かい点を改めて説明して貰う。
「まず、人件費をしっかりと予算化しました。
そして、神殿で働く者達の階級や能力に合わせて給料のランクを決め、それに合わせて全員の給料を再計算。
月一回支給するようにします」
フラーブが差し出した表は、私が留守中にお願いしたタートザッヘ様の腹心が指導して作ってくれたものだ。
城の給料基準を元にしたもので、一番階級の低い、下働きの者でもちゃんと仕事をすれば、最低一カ月で少額銀貨二枚が貰えるようになる。
ゲシュマック商会は一週少額銀貨一枚、技能職は二枚だから、安めではあるけれど、衣と住の最低分は保証されているし、最初としてはこんなものかな、と思う。
基本給に司祭などが外で仕事をする時など、その人しかできない特殊技能で仕事をする時には、プラス歩合給が付く。
奴隷のように買われて来た人などは、自分の給料を貯めて、自分を買い戻して自由民に戻るチャンスもできる。
悪くない、流れじゃないかな?
「収入源は、国の税収と献金です。
全人民税の半額が『神殿』の取り分。
このうちの約十分の一をアルケディウス神殿の維持費として残し、残りを『聖なる乙女』への謝礼としてアルケディウス皇王国にお納めする予定です」
「献金は?」
「……今までは、司祭全員の頭割りで分けておりました。
豪商、大貴族などから寄付があることもありましたので、それも…」
なるほど、献金は神殿の人間達にとっては帳簿外のボーナスなんだ。
増えて欲しい気持ちも解らなくはない。
「寄付、献金については過剰にならない範囲内で今迄通りにしてかまいません。
神殿費における、私の予算も式典に必要な衣装代以外は不要です。
今迄ペトロザウルが使っていた分があるのなら、それも神殿内の人々の福利厚生に使って下さい」
「よろしいのですか?」
「ええ、その代わり、しっかりと仕事をして頂きますから」
「仕事? なんでしょう?」
私は神殿を掌握する、と決めてからやりたかったことを掲示する。
「まずは、戸籍台帳の確認です。
少なくともアルケディウスの税収を司っているのならアルケディウス皇国の国民の数は把握していますよね」
「はい、大よそは」
「それを、しっかりと統計として出して下さい。必要な予算は出しますので、男女比やどんな生活をしているかなどを把握してほしいのです」
「その情報を何かにお使いになるのですか?」
「仕事の無い人達がどのくらいいるかを確認して、『新しい食』関連の仕事に誘導したいな、と」
まずは農業従事者を増やしたい。
不老不死社会だから、身体的問題で仕事ができないという人は殆どいない。
仕事にあぶれている人達に、確実に稼げる仕事を与えれば、良民に戻れるかもしれない。
「今迄、神殿では税金が払えない人を取り込んだり、強制労働させたりしていたんですよね?
それを国規模でやるだけですよ。幸い予算もできますし」
「なるほど……」
「後は、礼拝後に希望する人に文字や計算を教える日曜……じゃなくって夜の日学校のようなものもして貰えないかなとも思っています」
「学校……ですか?」
「ええ、一般人への識字率、計算能力の向上などが目的です」
ゲシュマック商会で勉強会をした時、思った以上にこの世界の識字率が低い事を知った。
五百年の時があっても、その時間で勉強しようとか、自分を高めようとはなかなか思わないらしい。
勿論、読み書き計算が出来た方が良い仕事に付ける。
でもその機会や場所が普通の人にはなかなか得られないのが現状だ。
そういう人達に学びの場を作りたい。
向こうの世界でも、教会とかお寺とかは学校とかも兼ねるところが多かったし、とっぴな話ではないと思う。
あ、勿論、この辺は皇王陛下の許可もとっているよ。
「最後に子どもの保護、育成です。
神殿の術士が堕胎術を行うと聞きました」
「はい。今は神殿長のご命令で、一端、全ての依頼の受理を禁止しておりますが……」
「選択するのは母親であることを否定しませんが、子どもにも生存の権利があります。
アルケディウスは今後、『精霊神』様のご意向もあって子どもの保護を重視していく予定なのです。
堕胎の決断が下される前に、話を聞いて、出産を望むのなら手助けする施設を教会に用意したいのです」
一種の母子センターかな?
下働き、性欲解消の存在と蔑まれていた女性達にちゃんとした仕事を与えてあげたい。
出産後は必要なら孤児院とかに連携させていけるし、DV男が怒って来たとしても神殿は簡単に敵に回すことはできないだろう。
アーヴェントルクのナハトクルム様がおっしゃるには今後、子どもの出生率は上がる見込みなのだそうだ。
早急に受け皿は作りたいと思う。
見本ができれば、それを真似て他国も動いてくれる可能性があるからね。
「……姫君は、本当に、驚くような発想をおもちなのですね」
一通りの説明を終えるとフラーブが微かに眉根を上げながら私を見る。
「そんなに特別の事ですか?」
「今まで全く無かった発想であると思います」
「反対します?」
「いいえ、神殿長にして『聖なる乙女』の御心に従います」
「ありがとう」
膝をつき誓ってくれた司祭達を見ながら思う。
神殿を乗っ取ろうと言っていたのはアーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子だけれど。
私を神殿長に繋いだのは『神』と神官長で、その思惑はきっと私の取り込みだ。
「働いて貰う以上、お給料以外にも、ご褒美を考えています。
神殿に社員食堂を作るつもりなのです。『新しい味』を皆さんにも味わって欲しいですね」
「真に、でございますか?」
だったら逆に『神殿』と司祭達を取り込んで『精霊』と『子ども達』を守る施設にする。
一気にやり過ぎだとお父様は呆れ顔だけど気にしない。
皇王陛下からも、神殿費その他は私の働きで貰えるお金が主だから、常識の範囲内なら使ってもいいって言われてるし。
飴と鞭、必要なところにお金を使う事を惜しんじゃいけない。
ヤバい相手に権力と金を渡したと、たっぷり後悔してもらおう。
「ええ。では、細かい点を煮詰めていきましょうか?
あと、夏の大祭事について詳しく教えてください」
貴重な休みを潰した分はしっかり、きっちり、成果を出しておきたい。
私は用意してきた書類を並べて、細かい打ち合わせ作業を開始したのだった。
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