ライオット皇子って凄いな、カッコいいな、というのが今回の件の私の素直な感想だ。
即席台本の即興舞台。
観客は皇王陛下と、この国を支配する大貴族達。
失敗の許されない、一度きりの大芝居を、皇子は完璧に熟して見せた。
けれど、この震える腕と優しい眼差し
そして子ども達とこの国の未来を思う気持ちは、お芝居じゃない、嘘じゃない。
…それが解るから、抱えられた腕の中からこの国を、世界を支える、大きな肩を抱きしめる。
「お父様…」
関係も言葉も嘘だけど、心からの感謝と敬意は私も嘘じゃないから。
タシュケント伯爵の息子に私が誘拐され目が覚めた時には、既に大祭の最終日になっていた。
街の大祭は地の刻には始まるけれど、貴族のスケジュールは少しゆっくりめでこの国の年二回の法案会議 大貴族達と皇子が集まる国務会議は一の火の刻から。
遅くとも二の水の刻には決議を終え、風の刻から晩餐会に舞踏会。
夜の刻には晩餐会も引けて日が変わる鐘と共に大祭も終わるという。
「ガルフ。今日はもう、マリカは街には戻せぬ。
大祭の方は悪いがそちらで差配してくれ」
私の救出後、ライオット皇子、ティラトリーツェ様。
お二人の側近、ヴィクスさんと、ミーティラ様に王宮魔術師ソレルティア様、リオン、私とフェイの最終会議。早朝どころか深夜だというのに呼びつけられたガルフは、けれど嫌な顔一つせずに「わかりました」と頷いてくれた。
「マリカ様が、お戻りになった。それだけでも店の者達は安心します。
王宮の仕事と、街での大祭業務。どちらが大事かと考えれば答えは明らか。
こちらの方はお任せ下さい」
「ごめんなさい。ミルカやエリセになんとか頑張ってと伝えて貰えますか?」
「必ずや」
「随分と…その少女は大切にされているのですね」
使用人に主人がするとは思えない丁寧な口調と態度。
ガルフの言葉と態度に小首を傾げるソレルティア様に
「ああ、マリカは俺がゲシュマック商会に預けた隠し子だからな」
「ええっ! あの噂は本当だったのですか?」
皇子はさらっと言ってのける。
目を剥いて驚くのはソレルティア様だけだ。
他の皆はもう(設定として)知っている。
「…ティラトリーツェ様は…よく…」
為さぬ仲の子どもを、と続けたかった言葉を飲み込んだソレルティア様だけれど
「皇子の子、ですからね。
それに接してみればとても良い子。色々と困らされることもありましたが、今は実の子にも等しいと思っているのですよ」
「それは、存じております。ティラトリーツェ様が、ゲシュマック商会の娘に向ける愛情はまるで親子のようだ、と城内でも評判ですから」
当のティラトリーツェ様が優雅に微笑めば、それ以上何も言える筈がない。
「お前も皇王陛下の魔術師なら料理人からの報告を一緒に聞いていたか?
タシュケント伯爵は、捨て子だったマリカを拾い、家人としていたと主張していたそうだ。見つけたら息子と娶せ、養女にすると」
「はい、それはうっすらと。本人は知らぬ、違うと言っていたとまでは」
「マリカを産んだ母親は身分違いを苦に、姿を消したがその前に俺に届けるつもりで、マリカを館の側に置いた。それをタシュケント伯爵が拾った、というか盗んだのだ」
「何故、赤子を? 哀れと思ったのでしょうか?」
「いや、多分、俺が娘に与えた身分証明の宝物を着服したのだろうと思う。貴重な精霊国より賜った宝物であったからな」
「なんという強欲な! なるほど、であるからマリカを誘拐し力で言う事を聞かせようとしたのですね?」
「ああ、宝を着服した後はほぼ奴隷のような扱いをされていたからな。見かねて俺は伯爵家からマリカを逃がしガルフに預けた。最初から二度と伯爵家に戻すつもりは無かったが、このような事態になっては、もう一刻の猶予も無い」
皇子の口からつらつらと流れるように語られる設定は、どこかテレビドラマというか芝居めいている。恋愛小説とかに出てきそうだ。
タシュケント伯爵家の情報を聞いて後、私とティラトリーツェ様で養女になる為の設定に重ね考えた辻褄合わせだけれど、皇子は完全に呑み込んでアレンジまでかけて下さっている。
凄いな。戦から戻ってきてまだ三日と経っていないのに。
「なるほど。そういうことですか。
であるならマリカの抜擢も、その才も全て理由がつきます。
フェイ。私には教えておいてくれても良かったのに…」
「口止めされていましたし、簡単に言いふらせるコトではありませんから」
「まあ、そうですね」
「本当は皇家などに縛りたくなかったが、こうも危険が迫るようでは仕方ない。
絶対に隠ぺいできない国務会議の議場で公開し、国中に告知する」
得心した、というように頷くソレルティア様に皇子は顎をしゃくって言い放つ。
国務会議で、国中の全部の領主に告げれば、彼らが領地に帰るこの冬から春の間に国中に広まるだろうということらしい。
「ソレルティア。我らに協力するというのなら、城に戻り、さりげなく使用達に今の話を流せ。
ザーフトラクにも話して、可能なら王宮の使用人帯皆に、皇子が告白したと広めろ。
どちらに善と理があるかは、それぞれの判断に任せるが…」
「ご安心下さいませ。醜い醜聞にはきっとなりません。
ティラトリーツェとマリカ…いいえ、マリカ様の睦まじさは城の者の多くが知っていますもの。マリカ様の優秀さも。
それに何より、皇子も皇子妃様も国中に愛されておいでですわ」
自信満々の笑みでソレルティア様は胸を叩く。
「そうだといいけれど…。頼みますね。ソレルティア」
「お任せ下さい。では、私は城に戻ります。地の刻になれば、大貴族の方々もお集まりになりますから。警備の再確認がありますので」
「では、ソレルティア様、私もお連れ頂けますか? 皇子が会議と皇女から手を離せぬ今、騎士団の警備は私が担当します」
「勿論です。フェイは今日一日、マリカ様の側についてお守りするように」
「解りました」
ヴィクスさんがソレルティア様を追って立ち上がると皇子は上司の顔でヴィクスさんに指示を出す。
「マリカの捜索に連れ出した騎士、護民兵の配置も戻す。リオン、お前もマリカの護衛に付け。歳周りの近い騎士はお前しかいない」
「かしこまりました」
「では、失礼いたします」
流石にいきなり転移術で消えるような真似はせず、ソレルティア様は丁寧なお辞儀を残し、ヴィクスさんと去って行った。
これで、ソレルティア様はザーフトラク様と一緒に隠し子の噂を…多分好意的に…広めて下さるだろう。
残るのは、本当にあとは身内だけ。
「これで、もう、本当に後には引けない。
いいな? マリカ。フェイ。アルフィリーガ」
確認するように皇子は私達を見つめた。
形だけかもしれないけれど、皇子が最後の逃げ場を、私達の為に作ってくれたことに感謝する。
私は、私自身の意志でこの先に進むのだ。
「勿論です。よろしくお願いします。お父様」
「覚悟はしています。なんでもご命令を」
「今更、だ。俺は、どこまでもお前とマリカを助けると決めたんだからな」
私達の返答に満足したように口の端を上げて笑うと、皇子は腕を組む。
「今は、その覚悟が確認できればいい。
お前達の本当の戦いはここからだからな。今は力を溜めておけ。
今日の所は、俺に任せろ。
ティラトリーツェ。ミーティラ。マリカの支度を頼む」
「ライオ?」
「王宮と議会という場所での、剣を使わない戦い、というものを見せてやる」
にやりと、胸を反らした皇子の笑みは頼もしく、そして、どこか楽しげに見えた。
そして、そこからは本当に皇子の独壇場だった。
「…我が家の誠実と愛が伝われば、きっと戻ってくれると私は信じております」
「…ほう、幼子を誘拐し、痛めつけて言う事を聞かせようとすることを、誠実と愛、というのか?
初めて知った」
こっそりと(担当文官を言いくるめ)会場に入り、議事の進行見計らっていた皇子はタシュケント伯爵が皇子不在ををいいことに好き勝手を言い始めた最高のタイミングで、国務会議の議場に踏み込んだ皇子は、皇王陛下に私の誘拐から始まる遅刻の事情を説明し、自然な流れで、私の認知公表へと持って行った。
「父上、長らく秘密にしておいて申し訳ございません。
孫をご紹介いたします。
マリカ、俺の娘です」
「な、なにっ!!」
皇子はそっと、本当に丁寧に私を下ろして下さったので、足の痛みは最小限ですんだ。
私はこの日の為にティラトリーツェ様が整えてくれた、最高級のドレスを身に纏い、今できうる限りの最高の仕草でお辞儀をする。
「皇王陛下…、いいえ、お祖父様、改めて、ご挨拶申し上げます。
ゲシュマック商会が娘、そして、皇国皇子 ライオットの婚外子、マリカと申します。
身分無き母を持つ身で、皇王陛下の血を頂く事も、お祖父様とお呼びする事も不遜極まりないと承知しておりますがどうかお許し下さいませ」
お祖父様、皇子の隠し子を名乗るなら私は皇王陛下の孫になるのだと、今更気が付いた。
真剣に緊張する。
でも、私がしたのはそこまで。
後は、本当に皇子が巧みに口調と態度を使い分けて場を支配するのをただただ、感心して見ていただけだ。
いや、もうホントに凄かった。
誰にも邪魔されないように皇王陛下に語るという態をとりながら、二年前の子ども失踪事件の罪を告白。それに私という隠し子の存在を理由づけて、同情…というと少し違うか。情状酌量の空気を作り上げていく。
行方不明になった皇女、それを所持品目当てに拾い上げ、奪ったタシュケント伯爵は聞くだけだと完全な悪役だ。
実際は、所持品着服はともかく、捨て子だった赤子を拾っただけなのだけれど。
拾った子を使用人として使っていただけなんだけど。
その子が自分で言うのもなんだけど、有能で有名になったので取り戻そうと誘拐しただけなんだけど…。
あ、違った。やっぱりけっこう悪役だ。伯爵。
でも、勇者の転生救出の為に行った二年前の子どもの誘拐、もとい救出という罪の濃さを、宝物の着服という罪を私手に入れたさに告白したタシュケントの甘い策を利用して、娘の救出の為という大義名分で薄める。
加えて捨てられて、タシュケント伯爵家に拾われていた私という事実で、『隠し子』の存在の説得力を強固にし、まったく新しい『真実』を作り上げて場を説得してしまう実力と胆力は本当に尊敬するしかない。
「それが、二年前の子ども失踪事件の、そしてマリカの存在の真相なのです」
朗々と、一筋の迷いも良い淀みも無く議場で『真実』を語り切った王子は、ゆっくりと今度は伯爵に視線と言葉と、足を向ける。
追い詰めるような瞳は完全に獲物を逃がすまいとする獣の眼差しだ。
これは怖い。絶対に怖い。
「今の話を、嘘だとは言わせない。関係ない、とも言わせない。
マリカに我が館の側で拾われた娘であることも、希少な品を持っていたということも、貴方の家の家令が皇王陛下の料理人の前ではっきりと口にした事だからな。伯爵…」
「わ、私は…そんな事は…、そもそも…我が家の拾い子が皇子の娘であるという…証拠は…」
ここで認めれば、皇女誘拐、貴重品着服の罪が加わる。
多分、必死に、なんとか罪から言い逃れようとする伯爵に、皇子は更に言い逃れのできない追加証拠を叩きつける。
向こうの裁判ゲームなら『異議あり!』というところだろうか?
「サークレットだ」
「え?」
「俺が女に、女から娘に授けられた宝物、それはサークレットだと言っている」
皇子の一言に伯爵は正に愕然という様子で目を見開く。
つらつらと、まるで見ているように品物の様子を語る皇子。
ティラトリーツェ様が、調べてくれたのかな?
特徴に間違いがないようで、周囲の同派閥の大貴族達もそういえば、という表情で頷いている。
私には明かさなかった、品物の特徴を正確にいい当てられれば、品物の主が皇子で、皇子の子が私だということは、もうどこをどうしても否定ができない。
「しかも、マリカの誘拐犯は其方の息子、ソルプレーザであった。側には家令フリントもいた。両名は既に牢に囚われ、尋問も済んで、伯爵、其方の命令であると自供したぞ」
「違う! そうだとしても、やったのはソルプレーザと、フリントの独断だ!
私に関係は無い!!」
「ふざけるな!」
だから、伯爵はせめて私の誘拐、脅迫だけは否定しようと抵抗を見せる。
でもこの罪だけは間違いも無い伯爵が、自身で行った罪なのだから皇子が逃す筈もない。
皇子の雷憤が議場に響く。本当にビリビリと、議場の床を壁を震えさせる、雷霆のようなそれは、皇子の演技では無い、紛れも無い怒りに思えた。
「マリカははっきりと聞いている。
マリカを手に入れ、屈服させよと。マリカの純潔を奪い、支配して妻として従えた暁にはソルプレーザに家督を譲ると、父に言われた宣うたソルプレーザの言葉を!」
「ひっ!」
議場の大貴族達も騒めく。
女、しかも子どもを誘拐し、襲い、力で蹂躙し屈服させるなど、やはり最低の行為の一つであるのだろうから。
愛娘を強姦されかかった父親の怒りは、言葉の刃となって伯爵の立場と、心を切り刻む。
「ソルプレーザの婚約者として広げる故、顔や目立つところに傷はつけず、痛めつけて従わせよ、とまで言ったそうではないか。
まあ、ソルプレーザはマリカを支配するは支配するでも、傷つけ悲鳴を上げさせることを望んで身体を奪う事は後回しにしたようだったがな。
愚かで聡い息子に感謝するがいい。万が一、マリカが辱められていたら、俺はお前を死ぬよりも辛い目に合せていただろう…」
伝説の勇士の一人、ライオット皇子の怒りの稲妻を一身に受けた伯爵は、もう身動きさえできず床に転がり、震えている。
僅かな抵抗する気力さえもう無くなったようだ。
ふっ、と皇子が振り返る。
さっきまでの憤怒の化身のごとき姿はもう、どこにも見えない。
ただただ、柔らかく、優しい眼差しが私を見ている。
「よく耐えた。マリカ…」
「お父様が助けに来てくれると、信じていましたから」
自然と、言葉が零れた。
こういう時にこういうと、セリフの取り決めがあった訳ではないけれど、本当に自然に、するりとそんな言葉が零れたのだ。
「いや、守ってやれずすまなかった…マリカ」
皇子は柔らかく微笑むと私を抱き上げると頬を寄せた。
「俺は、この世界に子どもの笑い声を取り戻したい」
祈るような、願うような願いと共に、私をかき抱く手に力が籠る。
皇子の一番近くにいるのは私だ。顔も良く見える。
だから、解った。
皇子は最初に出会った時から、私達子どもに優しかった。
勇者の転生を探す為なら、救い出すのは男の子だけで良かったのだ。
でも、皇子は私やエリセも見捨てなかった。
命の危機にあった私達を、持てる力の全てで助けてくれた。
だから、今、私は、私達はここに在る。
「娘が、慈しみ育てた子ども達が、生まれて来る我が子が、何の憂いも無く生きられる世界を作りたい。
望むのは、それだけだ。私情と笑うなら笑え」
震える腕と優しい眼差しに胸が詰まる。
目元と心が熱くなった。
これは演技だけど、演技じゃない。
子どもとこの国の未来を思う気持ちは、嘘じゃない。
…それが解るから
「お父様…」
抱えられた腕の中からこの国を、世界を支える、大きな背中を抱きしめ頬に口づけた。
私は皇子の娘じゃないし、血も繋がってい無い。
関係も言葉も嘘だけど、命を救い、この世界に「マリカ」を生み出してくれた。
この世界における「マリカ」の父はこの人だから。
心からの感謝と敬意は私も嘘じゃないから。
最終的に、今年、国務会議において二つの法案が可決された。
酒造法と子どもの保護法案。
まだ、どちらも第一歩ではあるけれど、この国と世界を変える大きなきっかけとなるのは間違いないだろう。
成立を祝う大貴族達の拍手に、私も精一杯の拍手を重ねる。
拍手を受けて毅然と立つ皇子は、見惚れる程にカッコよかった。
「どうだ? カッコよかったろう? 見直したか?」
会議を終え、議場から出て来た皇子が私だけに聞こえる声でそっと囁いた。
足の怪我が痛いので、まだ皇子にだっこされたままだ。
他の誰にも聞こえはしないだろう。
うん、別に聞こえてもいいし。
「いつも、お父様はカッコいいですよ。
でも、今日は本当に見違えるほどにステキでした。ティラトリーツェ様がいなければお嫁さんになりたい、って言いたいくらい」
頑張ったステキで自慢のお父さんを労う娘。
演技だけど演技じゃあない。
ここ重要。私の本心だ。
「この! 嬉しい事を言ってくれるじゃないか?」
冗談半分、だったのだろうか?
目をぱちくりさせて、嬉しそうに笑った皇子は私の髪をくしゃくしゃと、かきまぜるように撫でた。
本当のお父さんのようで嬉しいけど、男の人の力なので荒っぽい。
「わあっ! まだ晩餐会と舞踏会が残ってるんですから、髪の毛乱さないで下さい!!」
せっかくティラトリーツェ様とミーティラ様が整えてくれた髪型が乱れちゃう。
これからが、私とティラトリーツェ様にとってはある意味本番なのだ。
「そうだな」
私の抗議に手をすんなり放してくれた皇子は、目を細めて顔を上げる。
「生まれてこなかったあの子とも、こんな会話ができていたかな?」
「ええ、きっと」
遠い、何かを見るような眼差し。
産まれて来れなかった最初の子のことを思い出しているのだろうか。
あの祈るようなセリフの裏側には、産まれる事の出来なかった、そしてこれから産まれるであろう子への思いが間違いなく籠っている。
皇子とティラトリーツェ様の子。
生まれて来ていたら、男の子でも女の子でも、絶対、お父さん大好きっ子になっていただろう。
こんなカッコ良くて、賢くて強いお父さんなのだ。
間違いない。
私は皇子の頭をそっと撫でるように触れた。
「今度、生まれて来るお子ともできますよ」
「そうだと、いいな」
「大丈夫です。私が保証しますって。
お父さん、本当に、とってもカッコいいですから♪」
「娘に、褒められるというのは、いい気分だな。
頑張ったかいもあった、というものだ。」
目を丸くした皇子は幸せそうに破願する。
そしてもう一度、頭を撫でてくれた。
そっと髪の毛を乱さないように触れられた手は大きくて、優しくて、とても暖かだった。
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