私は自分で言うのもなんだけど、割と温厚な方だと思っている。
フェイやアルに言ったら
「温厚? どこが?」
「まあ、声を荒げて怒鳴ったりはしないでしょうけれど、怒ったら誰よりも怖いと思いますよ。
自分や周囲の人、そして子どもを傷つける相手には何の躊躇もしないでしょう?
最短距離で相手を叩き潰すじゃないですか?」
と笑われそうだけど、それでも保育士たるもの子どもの悪口や戯言に目くじら立てたりはしない。
しないけれど、
「どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味です。いかに腕の立つ騎士貴族とはいえ、魔性の呪いと力をもつ者は『聖なる乙女』の婚約者には相応しくないと存じます」
大事な人を貶されたのなら黙っている訳にはいかない。
「リオンが魔性の呪いをもっている、と言うのですか?」
私は全身に思いっきり肩と目に力を入れてエリクスを見やる。
保育士時代に、良くやったのだ。
声を荒げて怒る一歩手前。
怒りのオーラで相手の反省を促す方法……
「勇者の転生、エリクス殿がそうおっしゃっていました。
ぼ、僕も、本人が確かにそう言っているのを聞いたのです」
「本人が? リオンが、自分は魔性の力を持っていると言った?
いつ? どこで? 他に聞いた人は? 証拠はあるのですか??」
「そ、それは……」
「人は自分の発言に責任を持たなくてはなりません。
今から、リオン、フェイ、ザーフトラク様も呼びます。
己の言葉に自信があるというのなら陰口や密告では無く、本人と、皇王陛下の腹心の前ではっきりと説明して見せなさい!」
「本人? 待って下さい」
「カマラ。リオンとフェイを呼んできて下さい。私はミーティラ様やザーフトラク様にお話をしてきます。
ミュールズさんはすみませんがもう一度部屋の準備を」
「解りました」「かしこまりました」
「姫君!」
なんだか焦っているようだけど私は知らない。
本人の前で言えないような事なら、聞く価値も無い。
……万が一、リオンに何か魔性に関わる秘密があったとしたら?
大丈夫、その時は言いくるめる!
アドリブ能力には保育士時代から自信もあるもん。
暫くして、もう一度アルケディウス随員団のトップ会議が始まった。
ザーフトラク様、ミーティラ様、カマラにミュールズさん。
椅子に座っている私と、横に立ち、クレスト君を睨むフェイとリオン。
大貴族から遣わされた随員で準貴族扱いとはいえ、事実上は無位無官のエリクス君はこの場で最下位となる。
アルケディウス高位の不老不死者と主を前に膝をついたまま、震えている。
「では、クレスト君。さっきの話をもう一度聞かせて下さい。
私に告げた言葉を、皆の前で」
逃げられない、と思ったのだろう。
意を決して顔を上げたクレスト君は、私に告げた思いもう一度言の葉に紡ぐ。
「魔の呪いを身に宿した穢れし者を、『聖なる乙女』がお側に置いてはいけないと思います、と言いました」
「魔の呪い? とは穏やかではありませんね。
一体、何の根拠でそういうことを言うのですか?」
驚きの声を上げたのはミュールズさんのみ。
他の皆は、無言でリオン達を見つめている。
これは、多分に「リオンの正体」を知っているか否か、だね。
リオンの正体=本物の勇者アルフィリーガの転生、を知っていればそういうこともあるかもしれないと思える。
皇国上層部と私の腹心には告げたことだから、カマラとミーティラ様は知っているし、ザーフトラク様は知っていてもおかしくない。
皇王陛下が文官長 タートザッヘ様と同格で信頼するという腹心。
皇王の料理人だし。
で、当のリオンとフェイは、と言えば無言。
顔色も変えていないし、怒りも浮かべていない。
何の感情も見えない。無表情と言っていい。
「……僕と、勇者の転生エリクス殿は、旧知です。
同じ勇者の転生候補として集められ、彼は選ばれ、僕は選ばれなかった。それだけの間柄ですが……」
意外な所で意外な関係があったものだと思うけれど、顔には出さない。
ただ、黙って話を聞く。
でも、そうか。
勇者の転生候補として集められ、放逐された後、大貴族に拾われたって言ってたっけ。
「姫君の伝令、ネアの護衛としてやってくる時に声をかけられ、話をする機会を得ました。
その時に、彼について聞いたのです。
子どもでありながら不老不死世界の精鋭と肩を並べ、勇者の転生を上回る戦闘力はおかしい、と」
「それは、はっきり言いますが負け犬の遠吠えだと思いますよ。
彼は新年の参賀の時に、リオンに負けていますから。
才能もあるでしょうが、努力でリオンは己の力を磨き上げたのです」
話を聞いて少し呆れた。
エリクス君、ちょっとは成長したかと思ったのだけれど、根本のところは変わってないのか。
自分の敗北も、リオンの能力も認めていない。
「ですが、魔性の襲撃があったあの日、エリクス殿は聞いたと言います。
天地を埋め尽くす魔性。
自分でさえ力及ばず、倒れ伏した彼は遠ざかる意識の元聞いた、と。
魔性に命令する彼の声を」
「夢でも見たのではないですか?」
冷たい、氷のような眼差しで言い放つのはフェイだ。
「体調不良に苦しみ、魔性の毒を受けながらも襲撃を退けたのは確かにリオンですが、魔性に命令する姿など僕は見ていません。
僕やリオン、非戦闘員であるネアを置いて一人で魔性の群れから逃げようとした卑怯者の言う事など聞く価値はありませんよ」
襲撃について私は、私への差し入れの果物を取りに行く途中、魔性の襲撃に合った。
リオンは体調不良で一時戦えず、エリクス君とフェイが戦った。
多勢に無勢でやられかけたけど、リオンのおかげでその場をなんとか切り抜ける事ができた。
まで。詳しい事は解らないけれど。
この様子からしてフェイは相当に怒ってる。
「ですが、僕自身も聞いたのです。
『あれは……生まれ落ちた時から自分が持つ、魔性の呪いだ……』と二人が話しているのを」
「いつ、どこでです? もし本当にリオンが魔性に呪われていたとするなら、それは本人達にとって最上級の秘事。
人目のあるところなどでは会話などしないでしょう。
まさか、大貴族配下の者が盗み聞きを?」
「盗み聞き……と言われれば否定はできないのですが、……僕は生まれながらに少し耳が良いんです。
部屋の外を通りかかった時、二人の会話が聞こえました。
それが、耳に入って……、エリクス殿に伝えたら、きっとその呪いのせいで彼は力が強いのだ、と。
姫君を、真実の『聖なる乙女』を守らなくてはならない。と話し合って僕は……」
エリクスの口車に乗った、と。
やれやれ、思わずため息が零れる。
「僕は! 本当にマリカ姫をお慕いしているのです。
本当は、侯爵からこの旅において
『マリカ姫の弱みや、弱点、今後取り込めるように有利な条件を捜せ』
と命じられていました。
でも、姫君の讃美歌と舞を見て、感動しました。
正しく、アルケディウスの星。絶対にお守りしたいと思って……」
クレスト君にしてみれば、隠しておきたい自分の秘密、能力を明かしてもなんとかしなければという純粋な使命感と正義感から、なのだろうけれど迷惑な話だ。
さて、どうしよう。
「リオン、何か言いたい事はありますか?」
「お二人の聞き違いでしょう、としか言いようが……。
フェイと部屋で意識を取り戻した後、今回受けた魔性の毒の事を穢れ、と話したかもしれませんが、魔性に命令したとか、身に覚えのないことです」
「そうですね」
静かな眼差しで告げるリオンに私は頷く。
リオンがその姿勢で行くなら、こちらも合わせるで問題ない。
教えていい事なら、後でリオンはきっと教えてくれる。
「クレスト。
証拠も何もないのに大神殿の使いの口車に乗り、感情と、推論だけで私の婚約者を貶めるのは止めて下さい」
「ですが、僕は確かに!」
「止めるがいい。クレスト」
なおも食い下がろうとしていたクレストを制するようにザーフトラク様が前に進み出て下さった。
「マリカ様。
皇女の随員が大神殿の罠に嵌るようでは困りモノ。
真実を話しておいた方が良いのではないでしょうか?」
「真実?」
私とリオン、そしてフェイに背中を見せながらも、肩越しに視線を合わせ頷いて下さる表情は、任せておけ、と言っている。
私達が下手に声をかけると言いわけじみているけれど、ザーフトラク様の発言なら信頼度は間違いなく高い。
そして何よりザーフトラク様は、私の味方だ。
「お願いします」
「うむ。クレスト。
ここから話すことはアルケディウスの上層部の、さらに一部しか知らぬ事だ。
侯爵にも軽々に話して貰っては困る」
「は、はい」
神妙に顔を上げたクレストに、ザーフトラク様は静かに話し始めたのだった。
私達も完全には聞いていなかったお父様が作った『設定を』
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