【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 私のドレスと私の願望

公開日時: 2024年4月1日(月) 08:33
更新日時: 2024年4月1日(月) 08:40
文字数:3,804

 では、人型精霊と呼ばれる存在は、普通の精霊とどう違うのか。

 普通の親から生まれてくる人間の身体と、人型精霊として『星』に作られた身体はどこがどう違うのか?


 リオンと一緒に孤児院に行ってから色々考えていたせいで


「マリカ様。もう少し手を上げて頂けますか?」

「あ、すみません。ごめんなさい」


 私はどうやら意識が飛んでいたようだ。

 お抱え服飾店、シュライフェ商会の採寸の日。ぼんやりしていた私はいつの間にか下がっていた手を慌てて上に戻した。

 ついでに新年になって、成人してからのドレスや神殿服も一緒に注文しなさいとお母様はおっしゃる。

 成人式を終えた後は、貴婦人として今までとは違うドレスが必要になるから。と。


「アルケディウスの子供服は、サラファンと呼ばれる上下一体化したドレスが主なのですが、成人するとカートルというドレスを着ることが多いのですよ」


 お母様や皇子妃様達が着ていらっしゃるからよく解る。カーパというゆったりとした服もあるけどこれはプライベートの時用で、大抵はウエストがキュッと締まった服だ。スタイルが良くないとなかなか着こなせない。

 ブルティという下に着るドレスがあって、その上からカルトゥリというドレスを重ね、さらにその上に袖の長いコートのようなカートルを着る。

 重ね着をエレガントに見せるのは北の国ならではの知恵だろうか?


「今の所、このようなドレスを考えております」


 そう言ってほぼお抱えデザイナーとなったプリーツィエがデザイン画を見せてくれたけど神殿の服とは全く違う。

 舞衣装ともまた異なるコンセプト。


「これは……」

「素晴らしいですね」


 カマラとセリーナが息を呑んだのが解った。


 女性をいかに美しく見せるか研究され、さらに私に似合うように工夫されているのが伝わってくる。


「五百年間、殆ど作られていなかったドレスですので、古い資料を探し、商会長と意見を出し合って古い伝統は守りつつ、新しい世界を切り開くマリカ様に相応しいデザインを、と試行錯誤を重ねました」


 私の成人式のドレスは黒と決まっているけれど、見せて貰った布は同じ黒でも微妙に色合いが違っていて、まるで黒バラの様だ


「マリカ様の玲瓏な腕と指先、優美な首筋を強調しております。」


 そして、デザインも凄い。

 私に見せる為だからか、惜しげもなく上質の植物紙に色絵の具を使って描かれたデザイン画は息を呑む程に美しかった。


 見せインナーの胸元には金糸の刺繍が横罫線のように連なっている。重ね着のカルトゥリは襟が付いているわけでは無いのに、施された精密な刺繍のおかげでまるでスーツを来ているようなフォーマルさを感じさせる。

 ウエストをキュッと絞る金のベルト。カートルの袖にも裾にも金と銀で、緻密な刺繍が施されているようだ。


「花嫁衣装のようですね」

「昔は、成人式の服で結婚式を挙げるのが普通でございましたから。

 黒を纏うのはある程度上の者だけで、他の者は特に決まっていません。

 白色にして結婚式のドレスと兼用する者もいましたわ。

 一般の市民は、結婚が早いですし何着も礼服を誂えている余裕もありませんし」


 ウェディングドレス。

 心臓がトクンと音を立てた。


「このヴェールも、結婚式の時に使用することが多いです。

 こちらのチュールヴェールは二年も前から皇子妃様がマリカ様の為にフリュッスカイトに注文し、つい最近仕上がった最上級の手編みですのよ」

「これが、手編みなのですか?」

「ええ。結婚式に使います」


 自慢気にプリーツィエが見せてくれたヴェールは向こうの世界の機械織のチュールと全く遜色ない。舞衣装や、神殿の儀式でも使った『聖なる乙女』用のヴェールよりも絶対上ってくらいに最高級の模様が編みこまれたものだった。

 できたヴェールに模様を刺繍しているのではなく、目に見えないくらいの細い、細い精霊上布用の糸を補足細かく編んでいるのだろう。軽い。羽のように軽い。

 人間の技って凄いなあ。

 私に似合うように、皆が材料作りから、デザイン、縫製に至るまで技術の粋を集めてくれているのが解る。


「マリカ様にきっとお似合いですわ」

「ありがとう。でも……」


 セリーナが褒めてくれたとおり、このドレスは間違いなく私に似合う。

 でも……


「このドレスって胸が無いと貧相になりません?」


 チーン。

 あ、お針子さん達がみんな凍り付いた。


 インナーやカルトゥリの刺繍は胸元が強調されているので、私のような平野胸だとペタンと下に落ちてウエストベルトにせっかくの刺繍が隠れてしまいそうだ。

 実際デザイン画にはかなり胸が盛ってある。


「だ、大丈夫です。成人式までにきっともう少しご成長なさいますし、そうでない場合には詰め物などをして盛り上げますから」


 しどろもどろで答えるプリーツェ。そりゃあね。雇い主がペタンだなんて言える筈もない。

 結婚式にも着る女性の肉体美を際立たせるドレスを平野胸でデザインできもしない。

 私が言わなければ、当日まで成長するのを祈って待って、ダメな時にはこっそり詰め物で誤魔化す予定だったということか。

 なるほど。だから、首筋を強調しつつもデコルテを出すデザインではなく、丸首にローネックなんだ。

 こんな中世異世界にも偽胸ってあるんだね。

 妙な所で感心してしまう。


「多分、成長は難しいと思いますよ。それに来客を偽胸で騙すのもどうかと……」

「騙すのではなく、美容努力です!」

「女性が美しくなりたいという思いを笑うような男は男ではありませんわ」


 もう少し、胸の目立たないデザインを、とお願いしようと思ったけれど、妙に力の入ったお針子さん達に押し切られ、結局デザインはこのまま、進めて貰うことにした。

 デザインそのものはとても気に入ったし。


「リオン様と、フェイ様の衣装も準備を始めました。

 リオン様は黒を基調にしたチェルケスカ。フェイ様の服もチェルケスカをモチーフに術師らしいローブ風にしてあります」


 二人の式典衣装も新調予定。

 自分で出す。大神殿の予算で。

 という話もあったらしいけれど、結局お父様が出すと押し切った。

 どんな風になるか、とても楽しみだ。



 採寸後、私はお母様に孤児院の話も含め、休み中の報告をする。


「そういう訳で、仮縫いは終わりました。

 今日のパーティ用のドレスも届いたので、それを着ていきます」

「そう。ヴェールや上布も仕上がってきたのね。

 残り半年、アルケディウス皇女としての最高のドレスを作るのにはギリギリ間に合うかしら」

「はい。本当に素晴らしい準備を進めて下さって、ありがとうございます」


 私は大聖都でずっと大神官していたので、成人式のドレスなんてまったく頭に入っていなかった。お母様が動いて下さらなければ、適当なところで妥協していただろう。

 ちなみに私のドレス代はお母様から出ている。

 私も自分で出すとは言ったのだけれど


「成人式の後は、基本、親の手を離れ独立することになります。

 子どもにしてやれる最後の贈り物なのですから、黙って受け取りなさい」


 お母様が、そうおっしゃる表情があまりにも寂しそうなので、甘えることにした。


「本当に、貴女はできすぎた娘だわ。もう少し、手をかけさせて欲しかったのに」

「いっぱい、心配かけて、勝手をしてご迷惑をかけていますが……」

「それはそれ、これはこれよ。

 親子になる前の方が、親子らしいことができていた、というのが皮肉で悔しいわ」


 皇女になり『聖なる乙女』になり、大神官になって。

 皇王陛下にも心配をたくさんかけているけれど、本当に一緒にいられる時間は少なくなってしまった。


「お母様。私、お母様のようなステキな大人になりたいんです」

「貴女ならできるわ。もう、表向きは私が文句をつけられない完璧な礼儀作法や立ち居振る舞いを身に着けた淑女よ」


 表向きは、というところにお母様のイジワルを感じるけれど、私が淑女になれたとしたらそれはお母様のおかげだ。

 お母様がなさぬ仲の娘という建前の、血のつながりもない、どこの誰とも解らない子どもに全てを惜しみなく注いでくれたから。


「でも、まだ表向きだけです。だから、成人式を終えてもお母様の娘でいていいですか?

 まだ、結婚とかもできそうにありませんし」


 成人式後、私が大神官を続けるとしたら結婚とかの問題が出てくる。

 神殿に仕える者は、当然結婚は禁じられているので還俗しないといけない。

 その後の大神官をどうするか。

 そもそも、その時まで私が自由でいられるかどうかも、定かではない。


「当たり前でしょう」


 お母様は、私を抱きしめて頬を寄せる。


「結婚しようが、何になろうが、貴女は私の娘です。

 それを忘れることは許しませんよ」

「ありがとう、ございます」


 お母様の腕の中で、私は昨日のリオンを思い出す。

 リオンは、自分が『精霊』であると既にしっかりと定めていると感じた。

 精神や肉体にこだわりを持たず、心配しながらも『魂を切り分ける』とかあっさり言っちゃうあたり考え方も根本の所で違う。

 なんだかんだ言っても、自分は人外だと理解し、そう生きると定めているのだと思う。


 でも、私はそこまで割り切れない。

 身体が人間でなかったとしても、心は人間として大切な人達の側に在り続けたい。


 そう。例えばこのお母様のぬくもりと優しさ。

 私は自分の居場所がある限り、もし例え使命があったとしても人間として、皇女として有り続けたいと思ってしまうのだ。


 リオンと違って弱すぎると解っている。

 でも、私は子どもだから、この優しさに甘えたい。

 少なくとも、それが許される限りは。



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