フェイ視点 消えたマリカ探索
王宮からの帰り道 マリカが消えた。
行方は今もって不明だ。
マリカ行方不明の発覚は実のところ早かった。
多分、最速に近いと言って良いだろうと思う。
二の火の刻に第二皇子妃の所で明日の晩餐会の打ち合せを終えたマリカはその足で、第三皇子妃の所に寄る計画だった。
明日の給仕の時に着る衣装を合わせ、その他いろいろな話をする予定だったのだ。
王宮から第三皇子の邸宅までは馬車なら四分の一刻もかからない。火の刻が半ば近くなってもマリカが来ないことを案じた第三皇子妃は、一瞬の躊躇も様子見もせず、即座に城に問い合わせ、結果マリカが既に城を出ている事。行方が知れないことを知った。
使者はマリカの行方不明を確認すると同時、皇子妃への報告より早く、皇子妃の指示だと僕に知らせ、僕は上司の許可を得て、第三皇子とリオンに連絡、現状把握と調査に入ったのだ。
「マリカの送迎用に手配した馬車の行方が知れない!
城を出たのは確認されているが、馬車の目的地である筈のこの館にも、下町と貴族区画を繋ぐ門にも姿を現していないのは何故だ?」
苛立ち、舌を打つ皇子の言葉に
「目撃証言は無いのか? 王城から出た馬車がどちらの方に行ったか見た者くらいいるだろう?」
青ざめたリオンが詰め寄るけど皇子は首を横に振る。
「大貴族達は王城で会議中だった。夫人達は、特に行事や宴席は無いので殆どが明日の舞踏会の準備に家に籠っていただろう。貴族区画は下町と違い、道を歩く者はそういない。皆、馬車を使うからな。
だから、目撃証言が殆どないのだ。ただ、それだけに貴族か大貴族、もしくはその関係者が誘拐に関わっているのは確かだ。内側の住人でなければ、マリカを連れ去る事などできない」
つまり、まだマリカは貴族区画のどこかにいるということだ。
…広大な貴族区画のどこにいるかは解らないので、楽観できる状況では全くないけれど。
「ライオ、馬車、というのはどういう仕組みで出されているんだ?」
何かを考え込んていたリオンが第三皇子に問いかける。
今まで、何度か第三皇子に馬車を出して貰った事がある。
夏の祭りの時、第一皇子妃に連れ去られかけた時にも馬車が使われた。
「基本的にはどの貴族、大貴族も王都に館を持つクラスの者であれば、一台以上の馬車を持っている。
その馬車を来客などに指示して貸し与えるのは、主の采配だ」
『貴族』と言ってもその地位や住環境は色々で、準貴族で在りながら一軒家を与えられているウルクスのような例もあれば『貴族』であっても大貴族や皇族に仕え、その住居に部屋を与えられて住んでいる者もいる。
だから、貴族区画の家も、大きなお屋敷から下町とさほど変わらないレベルの家まで様々だ。
「マリカが使っているのは?」
「俺の館からの送迎は、俺の家の馬車を出している。城から来るときは城の馬車を使っているだろう。
手配したのは多分、第二皇子妃の筈だ」
「行方不明になった時の馬車は、王宮の馬車なんだな?」
「そうか! 王宮の馬車の配車を調べれば、何か解るかもしれない!」
「皇子、僕が転移術を使います。急を要するのでソレルティア様には、許可を得ていますので」
「頼む」
城に皇子と共に調べてみれば、馬車と御者が一台行方不明になっていた。
御者たちの元に残る運行命令によれば、確かに第二皇子妃から、第三皇子邸経由、城門までの指示が通っている。けれど、それを受けた御者と馬車が、乗っていたマリカごと行方不明なのだ。
「大変です! 皇子。指示を受けて少女を送る筈だった御者が、縛られて目立たない所に転がされていたのを発見しました」
「何!」
「命令内容に変更が出た、と呼び止められて確認しようとしたら、殴られて縛られた、と」
つまり、王宮の馬車を偽御者が奪い、マリカを馬車ごと連れ去ったというのが真相だろう。
マリカ自身を誘拐したのは外部犯かもしれないが、内部、しかも王宮内に手引きした者がいるのも間違いない。
だが、そこまで判明したものの
「それで! 肝心のマリカはどこにいるのですか!?
火の刻に連れ去られたのなら、もうすぐ一刻になりますよ!」
青白い顔で第三皇子妃が眉根を寄せるとおり。
肝心のマリカの行方はようとして知れないのだ。
騎士団と、第三皇子の手の者が貴族街全体を調べに回っているが、まだ時間がかかるだろう。
大貴族の家などに連れ込まれていたら、内部を調べる事も簡単ではない。
「犯人はおそらく、大貴族の関係者だ。
今日、子どもの保護の為の法案を提出した。それが通れば子どもに無理を通すことは今以上に難しくなる。
だから、強引に決行したに違いない。貴族や準貴族であれば、大祭中で騒がしい今日、実行に移すメリットは無い」
「ですが、今の時点でもマリカはゲシュマック商会の所属であり、国の事業の鍵を握る者です。
それを手荒な真似をして手に入れるなどしても、その先が…」
「ああ、だから、大義名分がある奴だ。マリカが自分で戻ってきた、と。
家の者として今後働くことに本人が決めた、と言いはれる者」
おそらく、皇子は早い段階で犯人の目星はついていたのだろう。お二人の会話を聞き、僕も理解した。
今、この時、マリカを手に入れようと強硬手段に出て、勝算を持つ者…。
「タシュケント伯爵…ですね」
「そうだ。大貴族の子弟は放蕩者が少なくないが、その中でもタシュケント伯爵の息子は妻子も持たない、持てないと悪名が高い。
伯爵はマリカが戻れば子息と娶せ、家に迎えると言ったらしいが、五百年以上の歳の差を考えても最悪な話だ」
第三皇子はおそらく最初から犯人の見当はついていたのだろう。
だからこそ、必死でその行方を追っていた。
「では、なおの事急いでマリカを探し出さねば!
マリカの心と身体に傷をつけ、それを弱みとして思い通りにしようという輩などにあの子を渡すわけには!」
少女、という存在は今の時代、それだけで価値が高く、同時に危険度も高い。
皇子妃様の言う通り、力ずくで言うことを聞かせようとすれば、心と身体に傷を負うだろう。
今まではそれを逆に餌にしてきたマリカだが、今回は助け手が誰もいない中、一人でどこまで身を守れるか…。
「解っている! だが、広い貴族区画のどこにいるかも見当もつかない今、人手をかけて探す以外の手はないのだ! 馬車を館の前にそのままにしておくなど愚かな真似は流石にすまい。貴族街でも人目の少ない端。もしくは自分の息のかかった場所…そこを優先して………
アルフィリーガ?」
皇子の見開いた眼と、唖然とした表情から発せられた言葉に僕は、その時、初めて気が付いた。
リオンの変化に。
リオンの身体が不思議な光を発している。
腕にはいつの間に着けたのか、精霊の力を宿すバングルが煌めく。
青とも紫とも言えない不思議な光に包まれたまま、ふわりと宙に浮いたのだ。
「リオン?」
「…マリカが…呼んでいる」
リオンの片目が瞬きと共に色を変えた。
闇に染まった黒い瞳から、新緑にも似た鮮やかな碧へと。
どこか焦点の合わない瞳は、ここではない、どこか遠くを見ているようだ。
「まさか…マリカを見つけたのか?」
「皇子?」
一種のトランス状態のリオンは、僕達を見ていない。
リオンの変化の理由が解らず、戸惑う僕を皇子は見つめる。
「今と同じ様子のアルフィリーガを、俺は二度、見たことがある。
一度は五百年前の旅の途中、リーテが盗賊に囚われた時。
もう一度は今年の夏、マリカが少女を助ける為に娼館に乗り込んだ、という時だ」
夏の時は、リオンとたまたま離れて別の仕事をしていた時の事だったから、話には聞いていても状況は解っていなかった。当のリオンも何故、マリカの所に行けたのか解らないと言っていたし。
バチバチと、リオンの周囲に紫紺の光が弾ける。
まるで稲光を纏っているようだ。
恐ろしいまでに力が集まり、高まっているのが解る。
「アルフィリーガの転移術は、基本、目に見える範囲でしか跳べない。
だが、大切な存在の危機を救う時だけ、あらゆるものを飛び越えるのだと、かつてマリカ様、本人から聞いたことがある。マリカが助けを求め、アルフィリーガがおそらく跳ぼうとしているのだ。
…フェイ、覚悟はいいか?」
強張った顔のまま不思議な笑みを浮かべて、ライオット皇子は僕に意味の解らない問いをかける。
「何の覚悟…です?」
ただ、その笑みに強い意思を感じて僕は問い返す。
勿論。リオンとマリカの為になら、何をする覚悟もできている。
でも、自分に何が求められているか、それが知りたい。
「マリカを助けに行く、その覚悟だ。
お前も知っているだろう? アルフィリーガの空間飛翔。奴に触れれば、魔術師の転移術と同じに共に飛ぶことはできる。だが、半端ではないダメージも喰らう」
勿論、知っている。僕は唾を飲み込んだ。
かつて、ドルガスタ伯爵家からアルを連れ出した時、館から抜け出し、追手を振り切る為の空間飛翔は地獄とも呼べる痛苦を僕達に与えた。
例えて言うなら、全身が雑巾として絞られるような。内臓の全てが錘に潰されるような、けれどもそんな言葉では生ぬるい、圧倒的な絶望と痛みだ。あの時は、ほぼ一日、皇子が駆る馬車の中で身動き一つできなかった。
「…でも、この先にマリカがいるのですよね?」
ならいかない選択肢はない。
僕の返事に、皇子はニヤリと笑って頷いてくれた。
「いい返事だ。この状態のアルフィリーガは同行者を気遣うなんて事に頭は動かない。
ただ、大切な者を救う。
それだけに全部を使っている。だから、フォローする者が必要なんだ」
「解っています」
「ティラトリーツェ。マリカがどんな目に合されているか解らん。万が一の事を考えて用意を頼む」
「解りました。あなた。マリカをお願いしますわ」
「ああ、必ず連れ戻る」
僕達を待ってくれていた訳ではないだろう。
けれど、僕と皇子がリオンの身体に触れると、同時、リオンを包む光が一際強く輝いた。
足元に蒼く浮かび上がるのは、転移の魔法陣とよく似た不思議な文様。
けれど何かを考えられたのは、その時まで。
次の瞬間
バシュン!!
鈍い音と共に空間が歪み、僕達の身体は意識ごと、昏い闇に飲み込まれたのだった。
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