その日の朝からの会話の話題は、私達の結婚式の話題で持ちきりだった。
私は自分から言うつもりは無かったのだけれど、目覚めてすぐの朝食で
「マリカ様とリオン様の結婚式の取り仕切りはどうそ、ゲシュマック商会にお任せを。
料理をはじめとする、全ての分野において、最高の準備を取り揃えて御覧に入れます」
「料理は、僕に任せてくれると嬉しいな。ザーフトラク様や、カルネと力を合わせて、最高のアースガイア料理を作って見せるよ」
ガルフとラールさんがお父様とお母様に申し出たのを、耳にした途端。
「え? マリカ姉とリオン兄、けっこんするの?」
「けっこん? けっこんってなあに?」
皆、大騒ぎ。大ホールは蜂の巣を突いたようになった。
「結婚とは大好きな男の人と、女の人がずっと一緒にいますって約束する事ですよ」
ティーナが一生懸命説明してくれるけれど、子ども達は今一、理解していない様子。
私もちゃんと教えたこと無かったしね。
「マリカ姉、リオン兄といつもいっしょにいるじゃん?」
「それとは別に、家族になるって意味もあるのですよ」
「元々、家族でしょ?」
「うーん、なんて説明したらいいのか。ああ、ティラトリーツェ様やライオット様のようにずっと仲良しでいること。
そしてフォル様やレヴィーナ様のような子どもを作ることです」
「ティラトリーツェ様の赤ちゃん、お腹の中から出てきた!」
「リグもティーナのお腹から出てきたんだよね?」
「ねえ、どうやって? どうやって?」
うーん、ますます説明が難しい話になってくる。
魔王城の子ども達はまだ一番大きい子でも十歳くらいだしね。
「その辺はさておき、マリカとリオンが綺麗な服を着て、一緒にずっと仲良くすることを約束するパーティーです。皆も、見たいですか?」
「見たい!」「綺麗なマリカ姉、見たい!」
「カッコいい服着たリオン兄も!」
フェイが煽ったので、子ども達の熱はさらにヒートアップ。
「じゃあ、準備を手伝って下さい。僕達で最高の結婚式を用意しましょう」
「おい、こらまて、フェイ。マリカの結婚式は向こうでやってもらわないと困るぞ」
お父様が慌てた顔で止めに入る。
私の結婚式だけれど、アルケディウスの皇族だからアルケディウスか大神殿でやることになるだろうとは思っている。
まだ詳しい事とか、そもそもこっちの世界の結婚式ってどんなの?
とか全く分からないけれど。
自分の結婚式なのに。というか、まだ私とリオンが結婚するっていうことの実感が全くわかない。
頭が痛い。
そもそも、リオンがいないのだ。
今のこの場には、まだ。私の隣、リオンの席が空いている。
「リオンは、どうしたの? まだ目が覚めてない?」
私は、そっとフェイに聞いてみる。
食卓の席、今日みたいにお客さんがいっぱいの時は、ドア側が魔王城の子ども達で、奥側がお客様。私の真正面は主賓のお父様で、ティラトリーツェお母様にフォル君達と続く。
私の隣がリオンで、その隣がフェイだからね。
「いえ、その逆で、ほぼ完全に『目覚めた』と言っていましたよ。
今はステラ様の命令で、魔王城に行っているのではないかと」
「え? 魔王城? 行けるようになってたの?」
この場合の魔王城、というのは私達の城ではなく、今の魔王城。
エリクスとノアールの城だ。
「ええ。僕には解りませんが、マリクと色々と折り合いをつけたようです。
彼から座標を預かっているので、今後の事についてエリクスと相談して来ると」
「一人で大丈夫?」
「込み入った話があるから、お前はこちらにいろ、と言われたので。
ステラ様の援護があるから、大丈夫。必ず帰って来るし、いざという時は通信鏡で連絡すると言われましたので。
仕方がありませんからリオンがいる間には、なかなかできない事をしておこうかと思います」
「なかなか、できないこと?」
「ええ、リオンとマリカの結婚式の企画や準備とか」
「フェイ!」
悪戯っぽい笑みを浮かべるフェイは本当に嬉しそうで、楽しそうで話を聞いてくれる気は無さそうだ。
もう、何を言っても無駄そう。ちょっとため息が出る。
食欲もなんだか沸かない。
「マリカ姉、大丈夫? 顔色悪いけど」
「あ、平気平気。ちょっと寝不足なだけだから」
食事が終わり、食器などをカートに片付ける。
これは、魔王城の子ども達のローテーションだから、欠かさない。
お客様で、皇族のお父様やお母様はちょっと驚いた顔をしていたけれど、真似をして手伝って下さった。
食器を片付ける私の顔を覗き込むエリセ。
ヤバい。なんだか、だんだん具合が悪くなってくる。
「ゴメン、私、少し、部屋で休んで来るね」
「マリカ?」
賑やかな皆に背を向ける私にお母様が、心配そうに声をかける。
多分、ついてきてくれようとしたのだと思うけれど。
「大丈夫ですから。ごめんなさい。ちょっと一人にして貰ってもいいですか?
ティーナ。片付け任せていい?」
「あ、それはお任せ下さい」
「ありがとう」
逃げるように、私は三階に上がり、自分の女王の部屋に飛び込んだ。
部屋に入り、鍵をかけると同時。
ふわりと、銀の精霊が舞い降りた。
「大丈夫ですか? マリカ様?」
「エルフィリーネ……。私、なんだか、変。
身体がなんだか、自分のモノじゃないみたいなの。
……視界もなんだかおかしくて……」
最初は自分の意志を置き去りにして、進む結婚式話が気が進まないせいかと思ったけれど、そんな感じじゃなさそう。
「それは、マリカ様の身体が、完全に『精霊』に変化したことによるものだと思います。
調整は致しましたが、まだ狂いが残っているのでしょうか? 失礼してもよろしいですか?」
「お願い……」
私はエルフィリーネの腕に、もたれるようにして身を倒した。
エルフィリーネは細い腕で私の身体を支えたまま、額に手を当てる。
熱を測るような仕草。エルフィリーネの手は冷たくて、ちょっと心地よい。
「……おかしいですね。肉体の状態はオールグリーン。特に異常も見られないのですが……。とりあえず、ベッドに」
「ありがとう……」
ベッドに横になって手を伸ばすと、少し呼吸が楽になった。
身体の中の細胞が、なんだか熱を持っているというか何かを伝えようとしているというか? 疲労感とかとは違う、初めての感覚だ。
「肉体の変化に、精神が付いていっていないのかもしれません。
真理香様も、星子様も感染当初似たような様子を見せられたことがありますから」
テキパキと看病の準備を整えてくれるエルフィリーネ。
この城の守護精霊、と思っていた彼女の正体をようやく思い出す。
「真理香様に星子様。そっか。私の初代、っていうかお母さんっていうか。
真理香先生が、ナノマシンウイルスに感染した時から側にいたんだっけ」
「はい。私は真理香様のスマートフォン。その中に入っていたAIにございます。
真理香様の血液と、ナノマシンウイルスによって、このような独立意識を持つに至りましたが、当時の地球の研究でも、どうして私のような存在が誕生したのか、解明することはできませんでした」
「コスモプランダーのナノマシンウイルスって、凄いんだね。人間の身体だけでなく、無機物も作り替えちゃうんだ」
ナノマシンウイルス、というのはコスモプランダーと共に地球人が付けた名前だろうけれど、改めて考えると凄いと思う。
生体を作り替えるだけではなく、自然物やスマホまでも作り替えてしまうんだから。
人工物のようだと言うけれど、実際どうなんだろう。
「それだけに、強力で拒否反応なども激しく、新型のナノマシンウイルスがステラ様によって精製されるまでは、人間は食いつぶされるだけで抗う事ができなかったのでございます」
「気になっていたんだけれど、ステラ様の力って生成じゃなくって精製なの?」
「はい。今、原種のナノマシンウイルスを体内に持つのはマリカ様とステラ様だけ。
ステラ様は己の体内で生まれる旧型のナノマシンウイルスを新種に産み直し精製しておられるのだと思われます」
思われます。
そっか、相手はナノマシンウイルスだもんね。小さすぎて身体の中ではっきり何をしているかなんて解らないか。
「私のせいで、旧型が広がるとかない?」
「それは大丈夫です。このアースガイアは全ての人間や自然物が新型のナノマシンウイルスをもっておりますので、旧型は広がることができません。
マリカ様のお身体は旧型のウイルスの所持者同士の婚姻によって生まれたものなので体内で旧型が生まれますが、同時に新型もステラ様によって与えられておりますので……。
ああ、もしかしたら今の状況はマリカ様の体内にある、旧型ナノマシンウイルスと、新型ナノマシンウイルスの競合によるものなのかもしれませんね」
「競合?」
「今までは、マリカ様の『精霊の力』は封じられていたのです。
覚醒と、ステラ様との同期によって、ほぼ解放されておりますが、そのせいて、体調を崩されたのかもしれません。……少しお待ちください」
それなら、と何か気付いたような様子のエルフィリーネは小さく会釈して部屋を出ていく。
私は荒い息を整えながら目を閉じた。
身体がどうしようもなく熱い。
せっかく、色々と決意を固めたのに、最初っからこれなんて。
どうしよう。
そう思ってた時に、空気が揺れた。
扉が開いた様子は無かったけれど、誰かが入ってきた。
エルフィリーネかな?
そう思った瞬間に、唇に何かが触れ、何かが注ぎ込まれるような感覚と共に身体がすーっと楽になった。
「え?」
私はぼんやりと閉じていた瞳を開いた。と同時息を呑む。
そこには、露に濡れたような黒い瞳。
私を、柔らかい眼差しで見つめるリオンの微笑みがあったから。
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