ゲシュマック商会との打ち合わせを終え、ガルフ達が部屋を出て直ぐの事。
「マリカ様。お願いがあるのですが……」
「何ですか? カマラ。随分と改まって?」
私の前にカマラは膝をつき、頭を下げた。
「より、正確に言うのであれば、リオン様にも、なのですが」
「俺?」
名前を出され首を傾げるリオン。
ラールさんはガルフ達を見送り、アルはゲシュマック商会の一員として部屋を出た。
ここに残っているのは私とカマラ。
リオンと、フェイの四人だけだ。
背筋を伸ばし、意を決したかのようにカマラは私達に告げる。
「私を、リオン様の弟子にして頂けませんか?」
「「弟子?」」
思わずユニゾンしてしまった疑問符にカマラははい、と頷いて見せる。
リオンを見つめる瞳には深い敬意と、強い決意が浮かんでいるのが解った。
「ずっと思っていたのです。
私には、実戦経験と、何より正しい技術を教えてくれる師が欠けていると」
きゅっと、カマラは自分の唇を噛みしめる。
自らの弱さと一緒に。
「私は、人手不足とエクトール様の伝手でおそれ多くも皇女の『聖なる乙女』の護衛を拝命いたしましたが、本来はただの廃棄児。
ちょっと身体が効くのでエクトール様の護衛士から、戦い方の一部を教えられただけでございます。
その戦い方も魔性退治が主で、対人関係は本当に基本だけで……」
カマラは自分を過大評価はしていない。
正確に自分自身の実力を把握していると思った。
実際の所、リオンという最高峰の実力者を見て、プラーミァやフリュッスカイトなどで上位者の戦いぶりを見てきた私から偉そうに言うのなら。
カマラの護衛士としての実力は中の中から下。
人間としてはまあ、普通以上かな?
くらいの印象だ。
雑に分類するならお父様やリオン、エルディランドのクラージュさんが、上の上。
プラーミァの国王陛下や、グランダルフィ様、フリュッスカイトのルイヴィル様やアーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子は上の中から下くらいだと思う。
お母様やミーティラ様。
ヴァルさんやウルクスなどは中の上くらい。あと少しで上に入れる? って感じ?
職業軍人レベルが中で、その中でトップクラスが上だと分類している。
偽勇者エリクスは中の下くらいだと思っていた。
アルやフェイもエリクスと同レベル。
一般兵卒が下くらいで、アーサーやクリスはリオンに教えて貰っているから、子どもだけど下の中くらいにはなっているっぽい。
女の子で、しかも正式に剣技や訓練を習った事が無いのならカマラの実力は突出しているとは思うけれど本人が言う通り、高位レベルではない。
リオンの配下の騎士貴族達には男性との体格差を含めてもちょっと叶わないんじゃないかな?
というのはちょっと、厳しい評価になるけれど。
「夏が終われば騎士試験があります。私は参加して、最低でも本選出場、準騎士を目指さなければなりませんが、今のままでは力が足りない事も身に染みているのです」
リオンが言っていた。
いきなり優勝。騎士貴族は多分、無理。
予選突破くらいならなんとかなりそう。って。
でも、ヴァルさんやピオさんは今年も試験に出て貴族位を目指すつもりらしいし……(ウルクス達は出ないと言っていた。今の地位に満足してるんだって)
確かに実力の底上げは必要かもしれない。
「今年の騎士試験にはミーティラ様も参加されるそうです。
この間の失態の汚名返上、さらにはこの国への忠誠を示す為に騎士貴族を目指されるのだとか」
「ミーティラ様が?」
最近はすっかり私に付いていただいているけれど、ミーティラ様は元プラーミァの騎士貴族で王女の側近をしていた実力者。
プラーミァ国王陛下の信頼も篤い。
そのミーティラ様が、本格的にこの国の上位を目指すのか。
ミーティラ様も、アーヴェントルクでの私の誘拐事件を気にしてたのは知ってる。
ミスがあった場合、上司はミスの対応の後、ミスをした部下のケアに気を配らなければならない。
嫌味を言ったり、責めたりするのは最低の所業だ。
一番気に病み、落ち込んでいるのは大抵の場合、ミスをした本人なのだから。
「私も、少しでも力をつけ、成長したという自信を付けて騎士試験に挑みたいと思っています。
自己流で訓練を続けていますが、師について習う余裕も無いので……」
「殆ど休みなく努めて貰っていますからね」
「あ、それは本当にありがたいのですが、自分のどこがいい、どこが悪い、どこを直した方がいい。
そういうのを教えて下さる方が欲しいと常々思っていたのです」
カマラは私の専属の護衛だから、出かける時にはほぼついて来て貰う。
側近で一番、休みや自由時間が無いのはカマラだ。
訓練の時間とかも確かになかなか取れないし、もどかしい思いもあるのだろう。
「勇者アルフィリーガ直々に弟子入りして、戦い方を教えて頂きたいなど、不遜極まりないと自覚しております。
ですが、同じ学ぶなら最高峰の実力者に学びたい。
お忙しいことは承知しておりますが、護衛の狭間、旅先の休憩時間など僅かな隙間で構いません。
どうか、ご教授を賜れないでしょうか」
地面に頭を付けるように、深く深く伏して願うカマラ。
でも、実際のところ決める権利を持つのは私じゃない。
リオンだ。
「どう? リオン?」
私は横で、カマラの願いを見つめていたリオンに声をかける。
「構わない。マリカの護衛に力が着く事は良い事だと思うからな」
即答。
あっさりとリオンは頷いてくれた。
「本当でございますか!」
「ああ、但し条件がある」
目を輝かせたカマラは条件と言われて、気持ちを引き締めるように背を伸ばす。
「なんでございましょうか?」
「一つは、俺の素性を絶対に口に出さない事」
「それは勿論」
「第二に仕事優先だ。できる限り時間は作る。
だが、お前が言う通りお互いに仕事は多い。マリカの護衛という最重要任務を怠りなくこなす事。
何の為に強くなりたいかを忘れるような奴は本末転倒だ」
「はい!」
当たり前だけど、重要な事。
真剣なまなざしでカマラは頷く。
「そして最後にもう一つ」
「はい」
「後で、基礎訓練の課題を用意するから毎日欠かさず行う事。
風の月に入ったら、フリュッスカイトへの旅行で、少し時間ができるだろう。
その時まで約二ケ月間、時間を見て基礎訓練を続ける。
全て、できていたら、戦い方や矯正方法などを見てやる」
「やります!」
どうだ、とリオンが言うより早く、カマラは答える。
一瞬のシークタイムもない。
「解った。
お前が目を付けた通り、多分、身体が小さくて軽いお前に、俺の。『軽戦士』の戦い方は向いている。
身に付けられるかどうかは、お前次第だけどな」
「ありがとうございます! 一生懸命、全力を尽くして頑張ります!」
「強くなることに重きを置きすぎるな。
さっきも言ったが誰の為に、何の為に強くなるのかを忘れるような奴は、護衛にも騎士にも向いていないぞ」
「は、はい。心します」
尊敬する勇者アルフィリーガに許可を受け、舞い上がりかけたカマラにリオンはしっかり、がっちり重しを付けることを忘れない。
なんだかんだで、リオンは人に教えるのも上手だし面倒見もいい。
リオンに教えて貰えば、カマラは間違いなく成長するだろう。
私も出来る限り、力になろうと思ったのだった。
因みに、後でリオンから貰った基礎トレーニングメニューを見せて貰ったけれど、走り込みや素振り。
スクワットに、プランク。
勇者が立てたとは思えない、地味で基本的なものばかりだった。
不老不死者は筋トレしても、筋肉が育ったりしないんじゃないかな?
と思ったけれど、カマラはそんな不満ももたず毎日訓練に取り組んでいる。
「筋肉は育たなくても、基礎トレーニングは重要なんだ。
関節や筋肉に、スムーズに命令を伝え、思い通りに動かす為にもな」
とはリオンの談。
他にも色々理由はあるらしいけれど。全てにおいて基礎は重要、ということだろう。
リオンもフェイもアルもほぼ毎日やっているらしいし。
魔王城では私も剣の訓練していたし、前の『精霊の貴人』は武術の心得もあったらしい。
だから基礎トレーニングだけでも私も一緒にやってみようとしたらミュールズさんに怒られた。
けれどこっそり続けるつもり。
とりあえず、頑張るカマラは今後とも応援してあげたいと思っている。
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