【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城 精霊達の内緒話 2

公開日時: 2021年6月28日(月) 07:45
文字数:4,024

 麦の収穫が終わり、疲れ切った住人達が夢も見ないで眠る宵。

 精霊達の内緒話。



 ふわりと、彼はそこに降り立つ。

 何かに呼ばれたような、気配と予感を感じて来てみたのだが、どうやら気のせいという訳ではないようだ。

 精霊に、気のせいも何もないのだが。


 水と風を混ぜたような長髪。

 青銀の瞳を持つ精霊は、今、薄く実体を作っている。

 友と違って実体を取ることを好むわけではないが、会話をするにはこの方が便利だという事は理解している。

 主がいる今、精霊の恵みに溢れる魔王城でなら主人の許可を得なくてもこれくらいのことはできるのだ。


 佇む彼女に声をかける。


『アーグストラムに会ったぞ。エルフィリーネ』

 

 城の中庭には爽やかな夜風が流れていた。

 火の二月も間もなく終わり。

 日中はまだ太陽の輝きが強くうだるような暑さから逃れる事はできないが、宵ともなれば、少しずつ涼やかな秋の気配を宿し始める。


 ここに立つモノは精霊。星の手足。

 ある意味自然そのものであるが故、その心地よさを感じる訳ではないけれど。


「ええ、聞き及んでおります。シュルーストラム。

 あの方が城より出でて、もうどれほどの時が経ったことか…。

 もう記憶も想いも遠くなってしまいましたが、それでも懐かしい友の無事、その報は、本当に何よりの喜びです」


 空を、遠い友を見上げるように立つ城の守護精霊、エルフィリーネ。

 銀にも虹色にも見える長髪は揺れるような光を湛え、深夜であるというのに、美しき存在がここにある、と城にある者全てに知らせる程の存在感だ。

 彼もまた、それを感じここにやってきたのだから。

 

『人間のような事を言うな。エルフィリーネ。

 我らは精霊。我らは忘れぬ。生まれ落ちた時の事さえも昨日と変わらずに思い出せる者』


 風を司る魔術師の杖シュルーストラムは呆れた様に目を吊り上げる。

 人のように忘却の祝福があれば、どれほど楽であったろうと思わなかった日はない。

 けれど、彼ら精霊にはそれはないのだ。

 幾多の主との出会いも、別れも、喜びも後悔も、全て消える事はない。


「そうですわね。でも己の内記憶、記録。

 その優先順位、というものは変わるものでしょう?

 私にとってはマリカ様、アルフィリーガ、そして今を生きる魔王城の皆が何より大事。

 城を出て『あの時』

『星』の主を奪われた時でさえ戻って来なかった薄情者のことは、どうでもいい、とまでは言いませんが優先順位は地に埋まっているのですわ」

地を司る魔術師の杖アーグストラム、だけにか?』


 別に互いに精霊ジョークを言った訳でもないが、お互いの口から零れた他愛のないセリフが妙に面白くて口角を上げた。


『まあ、奴は今、不老不死者に仕えている。

 直ぐに戻ってくることも叶わぬだろうからな』

「ええ。本当に薄情な話。ですから、もういいのです。

 無事でいるというのならそれだけで」


 話は終わりと、エルフィリーネは顔を背ける。

 そっけない態度が彼女なりのアーグストラムへの優しさなのだとシュルーストラムには解っていた。

 だから、それ以上は言わない。

 いずれアーグストラムに再会と会話が適う時があったら、エルフィリーネが恨み言を言っていたと伝えてやろう。



『頼もしいな』

「ええ、本当に」


 主語のない呟きであったが、彼女はシュルーストラムが見つめたものとその思いを正確に把握したようだ。

 さらりと、同意を返してくれた。


 中庭とバルコニー一杯に稲架けされた麦穂の山は最後の熟成に力を貯めていた。

 小麦の精霊達が自分を慈しみ育ててくれた人間達の為に、太陽の力と、茎葉の全てから恵みを集め、その実に蓄えているのが彼らにははっきりと見える。

 胸を躍らせ、子ども達に喜びを与える日を待っている…。



「麦は星から強い力を授けられた植物の一つ。

 それを育てたい、中庭に植えたいと言われた時にはええ、本当に驚いたものです」


『生きるだけなら、この大地上で生きる限り食は必要ない。

『星』が我が子達を守っているからな。

 食というのは彼等が、より良く生きる為の星の祝福。

 どうして彼女は誰にも教わらず、星の力を取り入れるもっとも効果的な方法を知って始めたのだろうな…』


 ふと、思い出したという様にシュルーストラムはエルフィリーネを見た。


『ずっと、不思議に思っておったのだ。其方は何故、マリカを早く『精霊の貴人エルトリンデ』にせぬ?

 星より預かりし知識を継承しマリカが『精霊の貴人エルトリンデ』になれば、彼女は使命も力も思い出し、その力を持って人々を正しく導くであろうに。

 今まではそうしていたであろう?』


「…『星』の御意志です。

 マリカ様に決して『精霊の貴人エルトリンデ』を強制してはならぬ、と。

 本人の意思に任せ、見守れと…」


『何故だ!』


 荒ぶるシュルーストラムの声にもエルフィリーネは表情を変えない。

 ただ、静かに微笑むのみ。


『そも、何故『星』は神を打ち倒す事をお許しにならなかったのか?

 私は『星』に言いたいことが山ほどあるのだ。

 なぜ、侵略の徒たる神から、人間達を守る為に我らを作りながら、何故、神に抗う事に制約をかけたのか?

 それさえ無ければ、我らはあの時、一方的に二人を、主を、星の主導を神に奪われることは無かったのに!』

「もう、その制約は外されているでしょう?」

『なっ?』

 

 シュルーストラムは己が胸に眼を閉じ手を当てる。

 己の最奥。

 精霊としての至上命令。

 そして言葉と行動にかけられた権限を確認し驚愕する。

 

『な、いつの間に…』


 自らを縛っていたいくつかの制約。

 そのいくつかが、確かに外されていた。


「『星』も神にはお怒りなのです。愚行目に余ると。もう、解りあえぬと。

 その為に、マリカ様を送り、呼び戻されたのですから」

『どういうことだ? 本当に其方は何を言っている?』

「待つしかなかった500年。その長い時にも意味があった、ということです。

 今は、それ以上を語るを許されていませんが…」

精霊にも、か?』

「ええ、それが星の御意志。そして後悔、であらせられるのでしょう」


 静かに、淡々と告げるエルフィリーネにシュルーストラムは無理、を理解した。


 大きくため息をつくふりをして

『解った』

 と頷いて見せる。

 

 精霊にも語れぬ星の『制約』

 なれば、彼女はこれ以上本当に語らぬし、語れぬのであろう。


『だが、かつて許されていなかった神への叛逆、攻撃が許されているとなれば、私はもう遠慮などせぬぞ。

 神の徒、そして神そのものにさえ、マリカやアルフィリーガ、そして魔術師と共にその喉笛にいつか喰らいつき掻き斬ってくれよう』

「ええ、それを期待しております。

 シュルーストラム。私は城の守護精霊。この地を守るしかできぬ精霊ですから」


 憂いの篭った眼差しで微笑む城の守護精霊エルフィリーネ


 自らに与えられた役割に誇りを持ちながらもエルフィリーネが同時に、己の立場を呪っている事も知っている。

 主が危険に晒されても守ることも、手を差し伸べる事もできず、ただ待つことしかできぬ自分自身に苦しんでいることも。


 だから


『バカを言うな。エルフィリーネ』


 シュルーストラムは思いっきり笑い飛ばしてやることにした。


『其方は我らにとって一番大切なものを守っているのだ。星の中枢たる魔王城。

 マリカの希望にして心たる子ども達。そして何より我らの戻る場所をだ』


「シュルーストラム?」


 泣き出しそうな顔でエルフィリーネはこちらを見る。

 器用な話だと可笑しくなった。

 精霊われわれには涙を流す機能などないというのに。

 実体化に年季の入った守護精霊は、器用なものだ。


 少し羨ましいので自分も真似てみようとシュルーストラムは手に力を入れた。

 星に宿る、風に宿る力を集めて、手に集中させてエルフィリーネの頭に手をやった。


「えっ?」


 主たる少年が、精霊の獣が、愛しい者、守るべき者にやるように、ぽんぽん、と。

 その努力を認めるように。

 慰めるように。


「だからお前は待っていればいい。

 主の帰還と、我々の勝利を信じて、な」

  


「…貴方はいつも揺ぎ無くていらっしゃるのですわね」


 長い沈黙の後、エルフィリーネはそう溢した。

 シュルーストラムの手を頭に乗せたまま、仰ぎ見る紫の瞳に力が戻ったのを確かめて、彼はそっと手を戻す。


『主の影響せいだろう。だが、私もそうありたいと思っている』


 精霊にも人格はある。

 だが生まれた時はまっさらだったそれは、主や周囲の影響で変化し、成長していくものだ。


 エルフィリーネの情が深く、揺ぎ無く強く、そして時に冷徹なまで冷酷な姿勢は歴代の主達の影響を受けてのものだろう。

 シュルーストラムも、狡猾で容赦なく、けれど大切なものを守る為には命を惜しまぬ主の思いを受け継いで生まれたものだと自覚している。


「お言葉通り、私はこの城を、子ども達を守り、主のお帰りを待ち続けております。

 どうかマリカ様を、よろしくお願いしますわ」

『ああ、任された。安心するがい…? なんだ?』

「これは…」


 二人の精霊の手元に一つずつ、ひらひらと小さな欠片が落ちて来る。

 雪のようだ、と思うより早く欠片は精霊の手のひらに落ちると淡雪の様に消え去った。

 二人をそれぞれに、不思議な光で包んで。

 

「これは…星のお力?」

『其方との経路が強化されたようだな。

 多分、島外に出ても其方が望めば言葉が届きそうだ』


 手を握って開いて、己の機能を確認するようにシュルーストラムは目を閉じた。


「貴方からの言葉も届くのでしょうか?」

『やってみないと解らぬが…多分できるかもな。神との対決に向けての贈り物だとすれば『星』も粋な計らいをなさる』


 自らが生み出し、育て、守り慈しんで来た大地の主導と信仰を奪われ、書き替えられた。

 能力の多くを奪い取られながらも、それでも我が子達を愛する『星』

 

 我らは星の手足なれば。


 シュルーストラムは跪き胸に手を当てた。

 エルフィリーネも、それに従うように同じ仕草を取る。

『星』に言いたいことは山ほどあった。

 聞きたい事もたくさんある。


 でも、出て来たのはただ一つの思い。

 たった一つの誓い、だけ。


『『星』よ。ご照覧あれ。

 我々は貴方の愛し子達を守り、必ずや、神から大地を、人々を取り戻してくれましょう』



 それは、誰も聞く事の無かった秘密の誓い。


 精霊達の内緒話。 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート