精霊神様が本気で言ったのではないのは解っている。
試しというか、ダメ元というか。
そんな表情がはっきりと見て取れるから。
でも、次の瞬間。
「この馬鹿!! 冗談も休み休み言え!」
「オーシェアーン様? 何故?」
私の横でふよふよと浮いていた筈のピュールが、無重力を無視してミサイル突撃。
オーシェアーン様の頭に、思いっきりの足蹴りを食らわせた。
その隙に、リオンが私の前に立ちはだかるように舞い降りる。
ふわふわ浮いてるのに凄いな。二人とも。ではなく。
巨大な神モードのオーシェ様の頭の上に飛び乗ったピュールは、頭の上でてしてしと足踏みしている。髪の毛をひっぱったり、なんかやりたい放題。でも、不利というか自分の失言を反省しているのか、オーシェ様は無抵抗だ。
「私の目が光っているうちはマリカに意に添わぬ結婚などさせるか!」
「わっ! 解ってるよ。アーレリオス! ただ、言ってみただけ。
我が子、っていうか子孫可愛さで聞いただけだから」
「子孫?」
本気で怒っている精霊獣に必死に弁解するオーシェ様。
一瞬素が見えたぞ。
でも一言で、解らないけどなんとなく腑に落ちた。
さっきの、フリュッスカイトに嫁に来ないか宣言。
一瞬、オーシェ様直属の巫女になれってことかと思ったけど考えてみれば、七人の精霊神様がおいでの現状で、一人だけにお仕えするなんてことが出来る筈はないし、他の精霊神様達も黙ってはいないだろう。
つまり……私を望んでいるのは……
「ソレイル様、ですか?」
「そうだ。ソレイルは其方を妻に迎えることを望んでいる。
魔王城の島探索の時に、リオンに最後の勝負を挑むつもりのようだ」
だから、一応伝えておこうと思った。無理だとは解っているが気持ちも確認した。
とオーシェ様はおっしゃる。
思い出すのは三年前。フリュッスカイトに来た時にもらったプロポーズ。
「ソレイル様が……。あの時の求愛、本気だったんですね?」
「無論、本気だ。あいつは心からお前の事を愛していたし、お前に相応しい男になりたいと、ここ三年努力もし続けてきた。
何も知らない子どもから脱皮し、大人の男になろうと足掻き努力する奴の思いを側で見ていたからな。万に一つでも可能性があるのなら、と思って聞いてみたにすぎん。不快な思いをさせたのなら悪かった。
忘れてくれ」
忘れろ、とおっしゃられても聞いてしまった以上は無理。
そっか。
私は、初めて会った同じ年頃の女の子だからって甘く思っていたけれど、そんなに誠実に考えてくれていたのか。
ちょっと申し訳なく感じてしまう。
「確かに昔に比べると随分鍛えているな、とは思ったが……」
「公子としての学問や、王族魔術師としての仕事の傍らルイヴィルに師事して剣士としての腕も磨いている。
身内の贔屓目ではあるが、このまま訓練を続けて行けば一門の戦士にも魔術師にもなれるだろう」
「そうですね。カマラのように魔術剣士の道を選ぶと大成するかもしれません」
オーシェ様の言葉にリオンは静かに頷いている。
恋敵? のことだけれど彼の実力を正しく評価しているようだ。
こういうとこ、誠実だよね。
「王としての器はメルクーリオの方が上だがな。奴も不老不死が消えて簡単な術は使えるようになったので、王勺を無理に弟から取り戻すことはしないつもりだそうだ」
「王勺や杖無しでも術が使えるんですか?」
「聖なる乙女のサークレットを略式の王冠に直してやった。王勺ほど大きな力は使えないが、日常で必要な生活魔術くらいは使える」
そういえば、フリュッスカイトだけは精霊神の遺したアイテムが両方揃っていたらしい。
アーヴェントルク、エルディランド、プラーミァ、シュトルムスルフトはみんなサークレットのみだったのに。
やっぱり、精霊神様が端末を残していたせいで『神』も手を伸ばし辛かったのかな?
ヒンメルヴェルエクトなんか両方無くなっていた。
多分、マルガレーテ様が持ち出して神に渡したのだ。
そう言えばアルケディウスのサークレットはどこに行ったのかな。
今度『神』に聞いてみよう。
と、それはさておき。
「リオン? ソレイル様が勝負を挑んできたら勝てる?」
「ソレイル殿の戦い方次第だな。ルイヴィル様に師事したというから、正当な真っ向勝負を挑まれれば負けない。
ただ、奇策で意表を突かれると初見殺しで膝を付かされる可能性はある。
魔術と剣の合わせ技とか」
リオンは冷静に分析してそう口にする。
本人も言っている事だけれど、正面からの戦いであれば、魔性であろうと人間であろうと今のリオンに勝てる存在はアースガイア全体を見回しても多分いない。
でも、以前模擬戦で年下の相手に負けたことがある。あの時は金属チェーンのヨーヨーというまず見ない武器を使われて、初見敗北したんだって。
彼の頭の良さと、度胸と引き出しの多さをリオンは認めていた。
「二度は喰らわないけどな」
あれから訓練も続けているし、弱点を埋める努力もしている。
次があったら彼や、彼並の実力者でも簡単に負けるとは思わない。でもリオンに勝てたら私に求婚する権利が得られる、っていうのが最初の七国巡りからの条件みたいになっているからね。
だから
「申し訳ありませんが私はリオンが負けても、ソレイル様と結婚する気はありませんよ」
ここははっきりと言っておく。
ご本人にはまだ言えないけど。正式に申し込まれたわけでもないのに「貴方と結婚する気はありません」なんて先走りが過ぎるから。
「理解している。
各国に正式に通達の行った新年の大神殿で、国王の列席する結婚式を壊せる筈もない事も。
お前達の絆の深さはソレイルも当然知っているし自分がリオンに簡単に勝てる筈はない事も、万が一勝利したところで、お前の心を得られるとは限らない事も十二分に」
「だったら」
「だが、これは試練なのだ。
奴が一人の人間として、男として成長する為の。だから、私は止めるつもりは無い。
リオン。
もし、正式に申し込んできたら受けてやっては貰えないか?
無論、勝ちに行って貰って構わない」
「解りました。俺も決してマリカを渡すつもりはありませんので」
「うむ。そして、マリカ。お前はしっかりと奴を振ってやってくれ。
そうすることで、ソレイルも初恋の面影から離れ、一人の男として、王族として成長する筈だ」
「はい」
精霊神様との謁見を終えて、フリュッスカイトに戻った私は、いつも通りアルケディウスの皇女、大神殿の巫女として接することにする。
「お疲れさまでした。
マリカ皇女。弾ける波しぶきのような煌めく舞を、この国で見れたことを心から嬉しく思います」
「ありがとうございます。ソレイル様。
少しでもこの美しい水の都、ヴェーネの祭りに花を添えられたのなら幸いでございます。
明日は科学、化学技術に関する会議ですよね」
「はい。姫君のお知恵とお力をお借りできますことを期待して、技術者、科学者、皆待ちわびております」
私は何も聞かなった。だから、彼の思いは知らない。
大神官としての役割と、日々の仕事でいっぱいいっぱい。
ソレイル様のアプローチや努力、葛藤にも気付かない。
ふりをする。
振り返って私を守ってくれる闇色の視線に安堵した。
私にはリオンがいる。
他の男性には興味もないし、そもそも私は人間と結婚することはできないのだから。
ソレイル様の恋心は、いずれリオンと一緒に粉砕しよう。
粉々に飛び散って、欠片も残らないように。
新しい恋の邪魔にならないように。
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