大聖都の転移陣を使ってアルケディウスの神殿へ。
それから地方の小神殿に設置されている転移陣でインターレリ伯爵領へ。
「アーサー! クリス! 無事!」
「「マリカ姉!」」
私達が転移陣から出ると、そこにはなんとかここまでリオンを運んできたらしいアーサーとクリス。そしてヴァルさん達がいる。
領都であるここから、村まで少し距離がある。
きっと、可能な限り急いで来てくれたのだろう。
ウルクスやピオさんがいないのは、盗賊退治の後始末をしているからかもしれない。
「おれ達は怪我してない。でも、でもリオン兄が!」
「ごめん、ごめん。フェイ兄。リオン兄が刺されるの、止められなかった……」
「……リオンが刺されたのは貴方達のせいですか? また庇ったとか?」
「違う。そうじゃないけれど……」
「だったら謝る必要はありません。泣くのも今は止めなさい。
そんなことをしている余裕はありません」
「あ……うん」
眦に涙をいっぱい浮かべていたアーサーは、フェイの冷たい。でも彼なりの励ましに目元を擦って頷いた。
「フェイ。これは……」
床に毛布が敷かれ、リオンが横たえられている。
ナイフが刺さったと思われるのは左わき腹。
止血に巻かれた布はじんわりと紅のシミを少しずつ広げていた。
まだ傷口からの出血は止まっていないにしても、そこまで大きなケガではなさそうだ。
でも、リオンの息は荒い。
体温は触れるだけで火傷しそうな程熱く、苦し気に左右に振られる頭は、苦痛を懸命に逃がそうとしているように見えた。
「フェイ……これは……」
「ええ、まさかこれは……」
ただの毒や病気ではあり得ない。激しい拒絶反応。
この容体に覚えがある。
フェイとリオンの『変生』の時。
私自身の時はどんな風だったか覚えていないけれど、身体が外的要因を受け作り替えられている。そんな印象だ。
「マリカ達が身体に『神』の欠片を入れられた時と似てねえか?」
「アル」
唸るような苦し気な声を上げ続けるリオンを見て、アルは呟く。
私達は当事者だったことが多いから、よく解らないけど、アルは第三者の眼差しで何度かあった類似例を見てきた。
「やっぱりそう思う? 精霊眼で見ることはできる?」
「あ、ああ。ってうわあっ!」
深い瞬き一つ。
リオンに視線を向けた突然、アルが大きな声を上げて、後ずさった。
「どうしたの?」
「リオン兄の身体の中、真っ黒だ」
「え?」
「黒い蜘蛛の巣が全身に張り巡らされてるみたいに見える。
これ、どうしたってヤバい。前に大聖都で似たようなことになった時よりももっと拙いって。絶対!」
「そんな……」
私は、ずっと前。アーヴェントルクでの悪夢を思い出す。
『聖なる乙女』アンヌティーレが私の身体の中に『神石』とやらを埋め込んだ時の事。
あの時、身体の中で変質した石は、私の体内で神経や筋肉に根を張り、私を作り替えようとした。
「マリカ! とにかく急いでアルケディウスにマリカを連れて帰りましょう。
神殿に戻れば『精霊神』様が助けてくれるかもしれない。
僕には、ちょっと手に負えません」
「うん。
ヴァルさん。ゼファードさん。詳しい話は後で聞きます。
とりあえず、私達はリオンを連れて帰るので、事後処理をしてから戻ってきて下さい」
「解りました。リオン隊長をお願いします」
もう厳密にはリオンは彼らの上司では無いのだけれど、真剣な眼差しで見つめるヴァルさん達に頷いて見せる。そして、速攻アルケディウスの大神殿に戻った。
「マリカ!」
「お父様! ラス様も!」
セリーナの伝言を聞いて、来て下さったのだろう。
転移陣を出て、直ぐに私達を出迎えて下さったのはお父様と『精霊獣』様だった。
「すまん。ただの盗賊の調査がまさか、こんなことになるとは」
今、大聖都所属であるリオンは、今回アルケディウスの要請を受けて、調査に行ったという形だ。申し訳なさそうにお父様が俯くけれど誰も、こんな事態を予想できる筈はない。
多分、魔王か盗賊の罠だったのだろうと思うけれど、今はそんな原因を突き止めることよりも先にやるべきことがある。
「ラス様。リオンの身体に入った何か。取れますか?」
『……やってみる。ただ、覚悟して。
これ、最高純度の欠片を体内に入れられている。
元々、親和性が高い上に時間が経っているからギリギリ、ダメかもしれない』
「え?」
『話は後。向こうに連れて行く時間ももったいない。僕の聖域に連れて行って。早く!』
「はい!」
フェイが担いだリオンを神殿の奥。
『精霊石の間』にみんなで連れて行く。
普段は一般人が簡単に入ってはいけないとされる神聖な場所だけれど、流石に神官長のフラーブさえもこの緊急事態に文句や静止は告げない。
人間の身体よりも大きい大水晶。
その前にリオンを横たえ、私達は後ろに下がる。
逆に『精霊神』様はぴょん、と前に跳びリオンの中に消えるように同化した。
と、同時。
リオンの身体が薄緑の光を発し始めた。
「わあっ!」「な、なんだ!」
「しっ! 静かにして」
さらには精霊石から触手じみた金の細い線がわらわらと。
リオンを包み込むように触れ、身体のあちこちに差し込まれて行く。
まるでコードに繋がれているようだ。
多分、必死にラス様が治療してくれているのだと思う。
薄暗がりの中、パチパチと火花のようなものが爆ぜる様子を、私達は固唾をのんで見守っていた。
どのくらいの、時間が経ったのか。
「あっ! 線が消えてく」
しゅるしゅるしゅる、と音を立てて金色の触手が精霊石の中に戻っていった。
そして、ぽん、と軽い音と共にリオンの横に降り立つ『精霊獣』様。
『終わった、よ』
「リオン!」
『……マリカ、傷は……君が塞いでやって』
「あ、はい!」
か細い声。
揺れた身体。
多分、相当に消耗されているのだと思うけど。それよりもリオンが心配だ。
私達が横たわるリオンの側に駆け寄ると、低い呻き声と共にゆっくりと瞼が、開く。
「あ……マリ…カ」
「リオン!」
身を起こすリオンに抱き着くように身を寄せた私の体重が、傷に負担をかけたのか。
「うっ……」
リオンが顔を歪めた。
「あ、ごめんなさい。今、傷を塞ぐから……」
「すまない……。油断した」
私は慌てて身を引き治癒の『能力』を使う。ここにいるのはフラーブを除けばほぼ身内だけだからまあ、いいだろう。
それよりなにより、リオンの治癒が肝心。
傷が塞がると、リオンの呼吸や体温も徐々に戻っていくのが感じられた。
毒? 『神の欠片』だっけ? も消えたようで顔色も良くなった。
よかった。
「まさか……奴らが盗賊や、子どもを使ってくるとは、思わなかった……。
……ごめん、な」
「うん、みんな、心配してたから『精霊神』様も治療してくれて……ね」
「リオン兄、ごめん、ごめん……」「おれたち、なんにもできなくて……」
「気にするな。誰が悪いわけじゃない。俺が油断して、奴らの罠に嵌ったのが悪いんだ」
「でも……良かった。リオンが、無事に戻ってきてくれて、良かった」
傷が痛むだろうに、身を起こし、私達の頭を撫でてくれるリオン。
その手は暖かく、瞳は露に濡れたように優しく。
彼に触れながら『私は』この時、本当にそう思っていた。
泣きじゃくり甘えるアーサーやクリス達と共に、子どものように信じて喜んでいた。
リオンは私達の所に無事、戻ってきてくれたのだ、と。
それは、私がリオンの事を知らなかったから。
リオンを、本当の意味で知る人達は、まだ事件が終わったわけでは無い事を、ちゃんと気付いていたというのに。
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