【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

大聖都 精霊神の怒り

公開日時: 2023年2月14日(火) 08:17
文字数:4,266

「カマラ! ミーティラ様から何か聞いていませんか?

 ミュールズさん。ネアちゃん、来ていませんか?」


 マイアさんのお説教と『聖なる乙女』の装束から解放された私は、ミュールズさんとカマラだけを奥寝室に呼び出して鍵をかけた。


「落ち着いて下さいませ。マリカ様。

 一体、何があったのですか?」


 ミュールズさんは前夜祭留守番組、だから、私が焦っている理由が解っていないのだろう。


「先ほどの前日祭。アルケディウスの随員が出席できる、外祭壇での護衛にミーティラ様しかおいでにならなかったのです。私もリオン様やフェイ様がいらっしゃるとおもっていましたのでビックリしました」

「え?」


 だから、カマラが説明してくれる。本当に、どうしてだろう。

 来てくれる、と信じていたのに。


「外祭壇の護衛に随員が参加できる、と知らせたのは昨日の下見の後でございましょう?

 もしや連絡が届いていない、ということも……。

 実はネアは今日、まだ一度も来ていないのです。考えたくはありませんが何かあったのかもしれません」

「でも、それでしたら、ミーティラ様もおいでになれない筈では?」

「ミーティラ様から何か預かったり、聞いたりしていませんか? カマラ?」

「何か言いたげではいらっしゃったのですが、話どころか触れる機会さえなかったのです。

 多分、何かはあったのだと思います」

「私、マイア様にネアの様子だけでも知れないか、聞いてまいりますか?」

「そうして貰えると助かります」


 ミュールズさんが聞きに行ってくれたので、


「ああ!もう頭ぐちゃぐちゃ。こんなんで、明日、ちゃんと舞えるのかなあ?」


 私はカマラと二人だけになった部屋、ベッドにもう全身で脱力した。皇女猫。聖なる乙女猫は完全に投げ捨てる。


「リオンや、みんなに会いたかったのに。会えたら、あと二日頑張れると思ったのに」

「確かに、おかしいですね。マリカ様の為ならリオン様もフェイ様も、万難を排してもおいでになると思ったのですが……」

『それどころでは無くなったのだ。許してやれ』

『っていうか、今、アルフィリーガは絶対絶命の危機なんだよ』

「「え?」」


 二人だけしかいないと思っていた部屋に響く男性の声。

 私は慌ててベッドから体を起こす。

 気が付けばそこには二匹の精霊獣が……。


「アーレリオス様、ラス様も?」

「え? 精霊獣様がしゃべった? ってことは精霊神様が降臨されて!?」


 慌てて膝をつくカマラ。

 カマラは私の護衛として『神』の降臨の時や他に何回か、精霊獣がしゃべっているのを見たことがある筈だけれども、私と親しく話したりしているのを見たことはない、と思う。

 ちょっとパニックしてるけど、でも大事なのはそこじゃない。


「それどころじゃない、ってどういうことです?

 リオンが絶体絶命って?」


 初日は確かにいたけれど、その後はいたりいなかったり。意識できないまま自由に動いていらっしゃったお二人が揃って姿を現しリオンがピンチだとおっしゃるのだ。それはきっと違いなくとんでもピンチなのだろう。


『まず、話は逸れるが先に言っておく。

 マリカ。其方が毎日食べている食事と、身体を表れている禊の水。あれには『神』の欠片が混入されている』

「え? ええっ!」

『不老不死者には大した害もないが、精霊の力を持つものには反応して『神』への経路を繋いだり力を吸い取ったりする力がある。あの水に入っている力を凝固させたものが人を不老不死にする元だよ』

「なんでもっと早く教えて下さらないんですか!」


 突然の告知にぞわりと思わず背中が聳った。

 そんなものを、私は毎日飲まされて、食べさせられて浴びせかけられてたのか。


「ああ、だから、女神官長や神官長はマリカ様が元気で様子が変わらないことに不審がっていたんですね?

 あれ? でも、どうしてマリカ様はお元気で?」


 カマラが首を傾げる。

 それが私も解らないところ。


『『星』が護りを下さったのだろう? それが、お前の体に入った『神』の力を端から浄化して下さっていたのだ』

「『星』の護り!」


 私は親指の先を見る。今は普通に見えるけれど、思いを込めてそっと撫でればサファイアの様な蒼い爪が見える。


『其方の命綱であることは解っている。だが、それを暫し借り受けたい。

 アルフィリーガは今、『神』とその僕の罠に嵌り『神の欠片』を身体に入れられ意識不明なのだ』

「え?」「リオン様が?」


 瞬間、納得がいった。リオンが意識不明。

 ならフェイが側を離れるはずがない。


「でも、『神の欠片』ならフェイが外せませんか?」


 前にリオンと私が『神の欠片』を体内に入れられた時、取ってくれたのはフェイだ。

 フェイは不老不死の解除もできる。ただ、手を拱いている筈はない。


『それができれば苦労はしていない。

 我々も簡単なものであれば外してやることもできなくないしな。だが、今回のアルフィリーガはやっかいなのだ。

 体内に入った力そのものはそれほど強いものではない。だが、アルフィリーガが体内に取り込んだ『神の力』に喰いこんで簡単に外れなくなっているのだ』

「『神の力』を取り込んだ?」

『ああ、何かの時に『神』のかなり濃い『力』を浴び除去せずに取り込んで自分のものにしてしまった。

 そのせいで、アルフィリーガの力は飛躍的に増大したが一方でその強大な力に振り回されてもいる。

 そして、今回はその『力』に新たに入れられた力が反応して融合しかけていると思え。がっちり食い込んでいるので今の状況では我々もお手上げだ』

「なんとかする方法はないんですか?」

『だから、『星の護り』を借り受けたいと言っている。

『星』の力なら内側から力を発揮して『神』の力を焼き切ってくれるだろう』


 なるほど。アーヴェントルクでナハトクルム様がやって下さったのと同じ。

 なら。


『使い終わったらちゃんと返すし、その間は僕がって、わああっ!』

「マリカ様! 何を!!!」


 私はテーブルの上にあった果物ナイフを手に取って親指の爪と爪の間に差し込んだ。

 時間をかけると躊躇いが出るから一気に。


「……っう…。アーレリオス様。

 これ、持っていって下さい。そしてリオンを早く治し……」


 ペロンと指から離れた爪をアーレリオス様に渡そうとしたら、白い精霊獣が私に向けて体当たりしてきた。

 お腹にぶつかる、と思ったら、私の中に吸い込まれるように溶け込んで


『この! バカ者!!!』

「ひやああっ!」


 壮絶な雷を落とした。頭の中で。

 耳元で怒鳴り声を上げられたような、脳天に思いっきり拳骨を入れられたような。

 拳で頭をぐりぐりとされたような。

 脳がぐあんぐあんと音を立てて揺れる。


『誰が爪を剥がして寄越せと言った! 星の護りは情報の固まり。言わば概念だ。

 お前の許可があれば、必要な部分だけ借り受ける事はできる。

 何の為に私達が来たと思ってるのだ!!!』

「だって、星の護りは指に貼りついてるから……。

 リオンをの治療が最優先ですし、私ならギフトで治療が……」

『だからと言って、何の躊躇いもなく自分にナイフを突き立てて爪を剥がすバカがどこにいる!!』

「ア・アーレリオス様。もう少し小さな声で……頭に響いて痛いです」

『響くように言っているのだ! このたわけ! まぬけ! 大馬鹿者!!!』


 頭の中でアーレリオス様が怒鳴っている。

 全力でのお説教は私の頭の中だけではなく、外にも響いていると思うけれど、誰も止めてくれない。

 ラス様なんて、逆に私の頭の上に物理的に乗っかって、てしてししてる。

 アーレリオス様程じゃないけど、重くて痛い。


『言っておくけど、怒ってるのは僕もだから。

 なんで君はそうなんだ? 人が傷つくのは怖れるくせに自分が傷つく事は欠片も考慮に入れない!』

「なんででしょう? 私にもわかんないです」

「マリカ様?」


 いや、実際。本当に解らない。

 勿論、私だって痛いのは嫌だけど。

 だからといって、ブレーキはかからない。

 我ながら不思議。


『全く。そんなところまで親に似なくてもいいんだよ。

 大事なモノの為には我が身を顧みない所はそっくり過ぎて、見てて、こっちの頭が痛くなる』

「親?」

『ラス!』


 人間だったら、しまった、と口を押さえるところだろうか。

 ぴくん、と身体を振るわせてラス様の精霊獣は私の頭から降りて、アーレリオス様も私の中から出て来る。


『とにかく、お前はもう少し自分の身を大事にしろ。

 己の安全に無頓着過ぎて見ているこちらがハラハラする』


 話題を変えて誤魔化そうとするけれど、誤魔化されない。

 ちゃんと聞いておかないと。


「お二方は、私の親の事をご存知なのですか?」


 私はライオット皇子の家の側に捨てられていた孤児だと聞いている。

『精霊の貴人』の転生で不思議なサークレットが一緒におくるみの中に入っていたけれど、私を産んでくれた本当の親の情報は未だ欠片も無い。


『……お前の親はライオットとティラトリーツェ。それで良いのだろう?』

「誤魔化さないで下さい」

『誤魔化してない。言えないだけ。君は親にそっくり。

 僕らに言えるのはそこまで。今は、正直それどころじゃないしね』

「あ……」


 そう言えば、リオンが苦しんでいるんだった。

 確かにそんな言い争いをしている暇は無かった。


『手を出せ、マリカ』

「は、はい……」


 アーレリオス様の精霊獣は爪を指に咥えると、私の爪が剥がれた指先にちょん、と口を近づける。


「わっ」


 生肉が見えていた私の親指にあっという間に爪が戻り薄青に染まる。


「マリカ様、痛みなどは? 大丈夫ですか?」

「大丈夫です。平気」

『浄化作用の部分だけ借り受ける。

 明日は儀式だ。『星』から預かった『神に送る為の力』は必要だろう』

「あ、ありがとうございます」 


 忘れてた。エルフィリーネが言ってたっけ。

 舞で『気力』を人から吸い取ったりしなければならなくなった時、これが少し肩代わりしてくれるって。


『私は、アルフィリーガの元に戻る。ラス。マリカを頼む』

『解った』


 禊や食事をしている時『神の欠片』が否応なく入って来る。

 今までは『星の護り』が守ってくれていたけれど、ここからは無くなるのでラス様が助けて下さるということか。


『とりあえず、お前は明日の儀式を無事に終える事だけ考えろ』

「解りました。詳しいお話は後で」


 私の言葉に返事をせずピュール。

 ううん、アーレリオス様は戻って行った。



 


「でも、マリカ様。無理はなさらないでくださいませ。

 いきなり爪を剥がされた時は、心臓が止まるかと思いました」

「ごめん。あの時はリオンを助けなきゃって、それしか頭に無くって……」


 ミュールズさんが戻ってくる前に、血を拭いておかなきゃな。

などと思いながら。

 でも、私はその前に手を祈りに組んで目を閉じる。


 リオンが無事に回復しますように……。と。




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