私達がシュトルムスフトから戻れば、直ぐにアルケディウスの大祭になる。
今、街の店は各店舗その準備に大忙しの筈だ。
今年の大祭は、戦無しなので若干盛り上がりに欠けるかもと思いつつ蓋を開けて見れば各地大盛況。
不老不死が終わって心配な気持ちを紛らわせたい、という思いがあるようで、皆、本気で楽しんでいたという。
私は七国巡っても、祭りそのものを見ることは叶わなかったけれど。
七国訪問最初プラーミァで、変な襲撃を受けたのが心底悔しい。
後の国では舞を納めた後は、ずっと城の中に閉じこもりっきりだった。
精霊神様達とお話したり、科学技術に関する会議をしたりして退屈はしなかったからいいいけれど。
そういえば、ゲシュマック商会の屋台と店用に何か新メニューを考えておこうと思ったんだ。どうしようと思った時、ふと。
あるアイデアが浮かんだ。アルケディウスならではの特産品を使ったアイテムで人気が出る祭りに相応しいアイテムがある。
「パンケーキに、ミソヤキオニギリ、それにヤキトリに卵串でございますか?」
「そう。どれも人気が出ると思うのです」
アルケディウスでの仕事がひと段落し、明日からシュトルムスルフト、という最後の夜の日。
私は魔王城に戻り、そのキッチンにガルフを呼び出してレシピを教えた。
お父様は仕事で無理だったけれど、お母様と双子ちゃんも一緒。
今回はリードさんはお留守で、代わりにラールさんが来ている。
双子ちゃんを子ども達とティーナに預けて、お母様も台所に入っているのは、最初の出会いの時を思い出してちょっとくすぐったい。
「パンケーキは勿論、ゲシュマック商会の定番人気商品です。
オニギリは米がエルディランドからの輸入品なのでなかなか気軽に出せませんが、戦の軍食としては人気でしたのでなじみが深いでしょう。
卵も庶民にはまだぜいたく品ではありますが、我々には手が届きやすい価格帯になってきています。祭りの時くらいは出してもいいかもしれません」
「個人的にはミソとショウユ、それからカエラ糖の味を皆さんに味わって欲しいと思うのです」
「カエラ糖を、この料理に?」
「はい。ジョイ。魔王城のカエラシロップ、まだ残ってる?」
「うん。大事に使ってるからまだいっぱいあるよ」
「使ってもいい?」
「いいよ~。もうすぐ冬になって新しいのもできるから」
今の魔王城の料理はジョイが仕切っている。食材管理には許可を貰わないとね。
ジョイが持ってきてくれたメイプルシロップを受け取った私は瓶詰の蓋を開けた。
うーん、どこか甘さの中にどこか、香ばしい風味を宿すいい匂い。
大好き。
「カエラシロップはね、意外に思われるかもしれないけど、醬油や味噌と相性がいいの。
そのままでも美味しいけれど、さらに一工夫加えるとね、祭りの時に目を引くメニューになると思う」
そう言って私は炊き立てご飯を三角に握るとそれに魔王城特製味噌とシロップを混ぜたものを塗りつけた。
それから竈に置いた網の上に乗せてじっくりと焼き上げる。
火をかけることで、立ち上がってくる香りがなんともたまらない。
「これは……ショウユやミソは元より火を通すと香りが高まるのは解っておりましたが、なお一層、鼻腔を擽る良い匂いに」
「カエラシロップの香りの元と、醤油や味噌の匂いは似ているんだって、だから相乗効果で香りと味わいが高まるって」
元ネタは何かのテレビ番組だったような気がするけれど、良く覚えていない。
ただ、大好きなメイプルシロップの特集だったので内容はとても記憶に残っていたのだ。多分、真理香先生の思い出。親子は味覚の好みも似ているのかもね。
「醤油焼きと合わせて売るのもいいかもしれません。醬油のおにぎりにも砂糖の代わりにちょっとだけシロップを混ぜて」
「なるほど。オニギリだけ先に握っておけば、後は焼くだけ。屋台に向いておりますな」
「焼き鳥も、卵串も砂糖を使う所にシロップを使ってみて欲しいです。
香りや味わいが上がると思うから。それに焼き鳥はお肉が甘く柔らかく仕上がるみたいなので」
厚焼き玉子を切って串にさしたものも、事前に作っておけば提供の時間が省ける。
お弁当の定番アイテムだ。冷めても美味しい筈。
「よし、できた! どうぞ!」
私は焼きあがったおにぎりと、焼き鳥を皆の前に供した。
比較実験の為にシロップを使っていない普通のものも一緒に。
「ほほう! これは!」
「いいね。普通のものも、十分に美味しいんだけれど、シロップを使った方は味わいが強くて長く口の中に残る」
「美味しい!」
「これは、良い味ですね。香りも普通のものより強く感じます」
「勿論、甘みとして使っても最高なんだけれど、料理に使うと手軽にさらに美味しくしてくれるみたいなの。私はお肉料理の味付けによく使ってたよ。
あと、大祭の本店の新作としてはこれ、どうかな?」
私は異世界甘味定番のパンケーキとクレープに、秘密兵器として作り置いておいたものを乗せる。
「これは?」
「バターと、カエラのシロップと、醤油を混ぜたバタークリーム。
こっちはベーコンにパータト、オリーブオイルと後はシロップね」
「ショウユとシロップ?」
向こうの記憶を持つラールさんも目を丸くしていたけれど、食べてみればさらにびっくりの味。
「凄いな。ショウユとカエラ糖がお互いの味と香りを引き立て合ってる」
「こちらのベーコンとパータトのものも素晴らしいですな。ベーコンとパンケーキの相性が良い事は解っていました、ただ甘いだけではなく、微かに感じる塩気がとても良い」
「パンケーキは提供に時間がかかるし、高いけれど、クレープにこれだったら、単価も小麦の使用量も抑えられて安く、たくさんの人に提供できるんじゃないかな?
少し胡椒を入れるとよりアクセントが効いて美味しくなるとは思うけれど」
「どちらも、味が濃いので厚みのあるパンケーキの方がより良いと思いますが、クレープの方も悪くないわ、というかお代わりしたくなってしまいそう」
「メイプルシロップの香りと香ばしさの愛称がいいので、ナッツ漬けとかも美味しいと思います」
うん、皆にも好評だ。
後で城のみんなに出したら大喜びしてくれた。
「カエラ糖もシロップも菓子や料理に使うと独特な香気が高まることがある、という報告を聞いていましたが、より適した組み合わせだと、こうも素晴らしいものになるのですね」
「カエラ糖はタフィーが一番だと思っていたけれど考えを改めなければね」
「せっかくの自然、精霊神様の恵みです。大事に、でも多くの人に良さを知って貰って愛して貰えるといいですね」
残念ながら秋の大祭にはタフィーは作れない。
出せば間違いなく人気になると思うのだけれど。
ちなみに、私も大神殿に入ってから殆どメイプルシロップ、基、カエラ糖を使った料理やお菓子は食べてない。魔王城に戻ってきた時くらいかな。
大神殿ではプラーミァからの砂糖が主だからね。
「お声がけ頂ければすぐにお届けしますのに」
「アルケディウスでも人気が高まっているでしょう? 私の我儘で確保するのは悪いですし」
ただ、思い入れはあるのだ。
魔王城の島に閉じ込められていた時代、私達に甘い幸せを取り戻してくれたカエラのシロップには。
あの身体全体が目覚めるような気持ちは忘れられない。
「私がアルケディウスの大祭に関われるのは今年が最後になるかもしれませんので」
「マリカ」
今も、瞼の裏に残る始めてカエラ糖を味わった時のみんなの笑顔。
大神殿の大神官になって、料理をする機会もめっきり減って。
多分、新年になってからはもっと、少なくなる。
あんな笑顔を見ることはもう無いかもしれないけれど。
「皆が、どんな時でも、美味しいものを食べて、辛い気持ちを忘れて。
幸せになってくれればいいな、と思います」
大好きなカエラの甘さとその香りを味わいながら、そう思った。
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