【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

夜国 万華鏡の皇子

公開日時: 2022年10月14日(金) 09:46
文字数:5,939

 私は所謂面食いではないと思う。

 そもそも恋愛経験というものが殆どないから、思う。

 という表現になるのだけれど。

 少なくとも、向こうの世界とこちらの世界。

 合わせても


「うわー。この人美形。カッコいいなあ。キュン」


 なんて感じた事は一度たりともない(きっぱり)


 今はリオンが恋人、婚約者、ということになっているけれど。

 リオンは端正な顔立ちで、カッコよくて将来絶世の美男子になることは約束されているけれども。

 それでもリオンが美男子だから、好きになった訳では絶対ない。

 ずっと、私を助けてくれて、支えてくれた大切な人。

 哀しくて強くって、我慢強くてそれでいて、誰よりも優しいリオンだから好きになった。

 そう、リオンがリオンだから、好きになったのだ。


 だから…。


「いい加減、意地を張るの止めたら?

 ちゃんと謝れば僕も許してあげるよ。優しい男だから」


 アーヴェントルク入国二日目。

 私に煩く纏わりついてくる勘違い全開、うましか皇子なんか絶対に、好きにはならない!




「…姫様。お怒りは理解致しますが、あの方はアレでもアーヴェントルクの皇子にございます。

 あまり無視されるのも失礼かと…」


 随員と私達の為の! 料理を作っていた私をミュールズさんがため息交じりで諌めてくるけれど


「じゃあ! 本人の意思や国の王の以降さえ確認しないまま『決定事項として』私の未来の夫なんて名乗るのは失礼ではないんですか?

 婚約者もいるのに!」


 私はまだ怒りは収まらないので聞くつもりは無い。


 

 初日『私の未来の夫』と名乗ったヴェートリッヒ皇子は


「何故、そのようなことになっているのですか?

 一体、どこからそのようなお話が?

 私は一切、そんな話、存じ上げませんが?」


 唖然、呆然とする私や随員達の動揺を一切無視して笑って見せた。


「父皇帝がお決めになった事だからね。

 君は僕の花嫁として、アーヴェントルクの皇子妃となり『聖なる乙女』から退く。

 これは、もう決定事項だ」

「お断りいたします」


 このまま相手のペースに巻き込まれちゃいけない。

 私は頭を横に振るときっぱり、はっきり、全力で拒絶した。


「私はアルケディウスの皇女です。

 いかにアーヴェントルク皇帝陛下のお言葉であろうと、皇王陛下の命令も父母の許可も無く結婚を決められる筋合いはございません。

 婚約者もおりますし」

「またまた。そんな心にもない事を言わなくてもいいよ。

 君の気持ちは解っているからさ」

「何が解っているとおっしゃるのです?」

「だって、君は僕の事が好きだろう?」

「は? どうして?」


 私はなるべく平静を装って、丁寧にお断りしたつもりだったけれど、皇子の返答は斜め上どころか、一週回って明後日の方を向いている。


「だって、僕の事を嫌いになる女などこの世にいる訳はないからね。

 君は僕の事が好きで、結婚を望んでいる。

 そして父皇帝が君を帝室に迎え入れると決めた。

 なら、後の問題など些細な事だ。君が婚約を解消すると皇王陛下とご両親に告げればいい。

 確かに娘の結婚は親が決めるものだけれど、アーヴェントルクが全力で後押しするから心配ないよ。

 君はアーヴェントルクの第一皇子妃として迎えられるだろう」

「ですから! どうして私が今まで一度も会った事の無い皇子を好きになって結婚を望んでいる、というお考えになるのですか!」

「え? 君は僕との結婚を望んでいない、というの?」

「当然です。今日初めて出会った人、会話をしたことも無い人にどうして結婚したい、とか好きとかいう感情を持てるのですか?」


 私の反論に明らかに意表を突かれた、という顔で目を丸くした皇子は、少し考えるように首を傾げ、やがてポンと手を叩く。

 得心がいったという様に。


「そうか、解った。君は僕の気を引きたいんだね。

 僕の妃の中で一番になりたくて、そんな思ってもいない事を口にするんだ!」


 ズコッ。

 心の中で思いっきりずっこける。

 どこを、どうしたらそんな結論になるの!


「心配しなくてもいいよ。君は僕の第一妃として引き立ててあげる。

 ドレスと己の美しさと、男の気を引く事にしか興味の無い、女達にはちょっとうんざりきてるんだ。

 実際に身体を交えるのは成人してからになるだろうけどね。

 君は将来、まあまあ美人になる。

 活きもいいし今のうちにちょっと味見してあげてもいいけれど…」


 私にツカツカと歩み寄り、顎に手を伸ばしかけた皇子は


 パシン!

 

 乾いた音と共に歩みを止める。


「…リオン」

「お前は…」


 私と皇子の間に割って入ったリオンを、強い目つきで睨みながら。


「お久しぶりです。ヴェートリッヒ皇子。

 夏の戦ではお世話になりました」

「やはり、グレイオスを倒した少年騎士だな。

 噂には聞いていたが君が皇女の婚約者なのか?」

「はい、これ以上我が国の皇女への無礼はお止め頂きたい」

「…ふーん、他国の皇子の手を打つのは無礼ではないのか?」

「私は、アルケディウス皇王陛下と、皇女のご両親から、皇女が望まぬ男を決して側に近寄らせるなと申しつけられておりますれば」


 リオンは武器を抜いたわけでは無かった。

 話がまったく通じないけれど、これでも皇子だし。

 剣を抜いたりしていたら国交問題とかになっていたかも。

 単に、私に伸びた手を払っただけだ。


「皇女が望まぬ男、だろう?

 皇女が愛する男まで恨み、攻撃、排除しようとするのは婚約者ではなく間男の所業だと思うけど?」

「だから! いったい、いつ! どこで! 私が皇子を好きだ、愛しているなどという結論が出て来たのですか?」

「マリカ!」


 思わず割って入っちゃたよ。


「僕を見た者は、誰もがその瞬間に僕を愛し恋をする。

 精霊の祝福を受けた僕をね。僕を嫌う者などいない」

「はあ?」

「僕はアーヴェントルクの皇子だ。

 加えて剣の腕にも知性にも優れている。

 もちろん、寝屋の作法も完璧だ」

「な!」

「寛大で慈悲深くもある。姫君が君を好きで側にいて欲しいと思うなら、君も雇い入れてもいいよ。

 僕は君の事もけっこう気に入っている」


 胸を張って自信満々という顔でリオンを見る皇子。

 一体、本当にどこをどうしたら、そんな結論が出るのだろう?

 頭の中をカチ割って見てみたい。

 確かに美形ではあるけれど、これっぽっちも好意が持てない。

 つーか、寛大な人は自分を寛大だなんて言わないし。

 印象は0を通り越しマイナスだ。マイナス。


「だったら、私は始めての例外だと思って下さいませ。

 私は皇子にまったく好意的な感情を持っておりません。結婚など在りえませんから」

「僕を拒絶する? まさか? 冗談だろう?」

「すみません。長旅で疲れたので休ませて頂きます」


 一応お義理で礼をした後は、私は皇子を無視する。

 視界に入れない。声もかけない。

 後ろで様子を見ていた随員達に声をかけた。


「皆さん、宿泊の準備をお願いします」

「おい! ちょっと待て!!」

「お待ちください! 皇子!! ここは冷静に!」


 どうやら、お付きの人達は皇子の腰ぎんちゃく、って訳でも無いらしい。

 顔を真っ赤にして怒り始めたらしい皇子を必死で止めて下さっている。


「行きましょう。リオン」


 その間に、リオンに右手を伸ばしてエスコートしてもらう。


「解りました。姫君」


 全く、本当に疲れちゃったよ。

 ステキな景色にワクワクしたアーヴェントルクへの期待を返して欲しい。





「この度は、大変失礼を致しました」


 皇子の随員の一人が面会を求めて来たのはその日の二の風の刻をかなり回った後の事であった。

 この宿そのものが今日はアルケディウス訪問団の貸し切りだけれども、角の一角は皇子達が使用している。

 念の為、私の居室は正反対の奥にして貰って、徹夜で大変だろうけれど、リオンの部下たちに交代で見張りを頼んだ。

 その見張りに、申し入れがあったのだ。

 

「失礼なことをしたと、解って下さる方が居て下さって良かったです。

 あの皇子のお考えが本当にアーヴェントルクの総意で皇帝陛下の御意志だとしたら、このまま帰国を考えるところでした」

「いえ、決して、そのような…」


 少し年嵩のその随員はきっと騎士貴族。

 皇子のお目付け役のような存在なのだろう。

 大きく息をつき、申しわけないことをしたと謝罪してくれた。


「確かに、皇帝陛下は姫君とヴェートリッヒ皇子を娶せ、帝国に迎え入れたいとはお考えであるとは思います。

 そのような提案、ご希望は我々臣下も耳にしておりますれば。

 皇子に姫君に対して礼節をもって接し、そのお心を掴めとご命令されておられましたが、まさかあのような態度を取られるとは…」

「あれがいつものヴェートリッヒ皇子なのか?

 戦でお会いした時は誠実な印象で在らせられたのに…」


 リオンは本当に皇子に一目を置いていたらしい。

 ならあの暴走はホントに何だろう?


「それは…。私共臣下の口からは何とも…。

 ただ叶うのであれば、嫌わないで頂けないでしょうか? そしてぜひとも婚姻を前向きに…」

「うーん、ちょっと無理ですね」

「マリカ様…」


 ミュールズさんは私の即答が淑女らしくないと眉を上げるけど、無理だ。

 キッパリ無理だ。

 あそこまで最悪の会話からスタートしなければ、エルディランドのスーダイ様のようにお友達くらいはできたかもしれないけれど。


「私はお仕事をしに来たのです。誰であろうと結婚する気はございません」

「解りました。

 姫君のお怒りもごもっともでございます。

 今後は可能な限り皇子がアルケディウス使節団にご迷惑をおかけしないように努力したいと存じます」

「お願いいたします」

「今度、あのような手段に出たら手加減しないと言っていたと伝えてくれ。

 俺を倒せないような弱い奴には皇女を娶る資格がない、というのが父皇子 戦士ライオットの命だ、もな」

「…伝えておきます」

「?」


 そうしてアーヴェントルクの随員は去って行った。

 何か言いたげな、口ごもった様子が気になったけれど、問う事はちょっとできそうにない。


「最初から波乱の幕開けですね」

「アドラクィーレ様もおっしゃっておられましたが、アーヴェントルクは強さが重要視される国。

 下手に引いたりすると下に見られ、あちらの良いよう転がされてしまうかもしれません。

 十分に注意しましょう」


 私はそう皆に注意して、とりあえずこの日の騒動を閉めたのだった。



 案内役は真面目にこなしてくれたので随員さんに注意されて、少しは大人しくなって下さるかな?

 と思ったけれど、皇子は相変わらず、私に纏わりついて来る。

 うっとうしい事この上ない。

 身体は大きいのに子どものようだ。

 これがアーヴェントルクの唯一の正嫡、第一皇子だなんて信じられない。


 あれだけ、リオンに言われたのにどうして懲りないのか。

 その面の皮の厚さだけは感心する。


 明日にはアーヴェントルクの王都に着く。

 そうすると随員の為の食事を作ってあげる事はなかなかできなくなる。

 だから、今日は簡単な夕飯を作って振舞ってあげようと思ったのに。


 ここは元は一般宿なので調理設備がない。お湯を沸かす竃があるくらい。

 だからエルディランドの時と同じく庭に出てコンロで食事を作っていたらこれだ。


「僕にも食べさせて欲しいな。

 まだ、本物の『新しい食』を食べた事が無いんだ」


 あー、もう、うるさいしつこいうるさいしつこい!


「その猪、アーヴェントルクで獲った獲物でしょ?

 だったら僕にも食べる権利があると思うんだけどなあ」


 料理を食べたいんなら、プラーミァみたいに材料を用意して下さい!

 誠実には誠実を。

 ちゃんと気を遣ってくれるなら、こっちから用意するのに!

 っていうか携帯コンロに触ると火傷するって!


「ねえねえ…」

「火を使っていて危ないのでお下がりください!」


 私は皇子の方を振り返ると後ろに押した。


「わああっ!」


 子どもの力で細身とはいえ、大人である皇子をどうこうできる訳はないのだけれど、ワザとらしくよろめいた皇子は私をジッと見遣る。


「僕を今、止めたのか? そしてまさか怒った?」

「悪いことをしたら注意しますよ。当然でしょう?」


 睨まれたって負けない。


「火を使う時には慎重にしないといけないんです。

 皇子は不老不死だから、怪我や火傷しないかもしれないですけれど、それでも危ないものは危ないんですよ」


 調理場は私の領分だ。勝手な真似をされては困る。

 私が真剣に向き合い注意すると…


「すまない」

 

 あれ? 思ったよりも遊びのない目をしている?


「『新しい食』を召し上がりたいんですね」

「うん」


 おや、いい返事。


「ならば、お下がりください。本当に火や包丁を使ってて危ないんです。

 後で三人分、お部屋の方に届けさせますから」


 私の怒鳴り声に驚いたのか、それとも、食事を作る。

 という返答に満足したのか。


「…解った」


 皇子は動きを止めるとくるり、踵を返しそのまま部屋に戻って行ってしまった。

 何だったんだろ。一体。



 後で、完成させた食事を約束通り持って行った。

 作り置きして置いた食パンのサンドイッチと、パータトサラダ。

 後はピアンのジュース程度のものだけど特製チョコレートを一つ付けて。


「食事をお持ちしました」


 一応、皇子と約束した手前、私が持って行った方がいいだろう。

 ということでセリーナ、ノアール、カマラとリオンを連れて皇子達の居室へと向かう。

 部屋の側で見張りをしていた随員さんに声をかけるとすぐに、

 カチャリ、音がして奥の部屋の扉が開いだ。

 姿を現したのはヴェートリッヒ皇子だ。

 少し、驚いたように目を見開いている。


「…本当に持ってきてくれたんだ?」

「約束は守りますよ。当然でしょう? 

 どうぞ。旅の途中にありあわせの材料と調理道具で作っているのでそんな驚く程美味、ではないかもしれませんが…」

「君は、凄いな」

「え?」

「何でもない。頂くよ。ありがとう」


 思ったより素直にお礼を言ってお盆を受け取って下さったヴェートリッヒ皇子。

 ニッコリと返した笑顔は、流石美形。

 美しくてちょっとドッキリする。

 さらのは、料理を真剣に検分する眼にはさっきまでの軽薄さは欠片も見えない。

 なんだ? このギャップは?

 

「美味そうだな」

「皇子!」


 あれ?

 アーヴェントルクでは毒見に特に気を付けろじゃなかったっけ?

 ヴェートリッヒ皇子は私や随員さん達の驚く顔を気にも留めず、サンドイッチの一つを手に取ると大きな口でかぶりついた。

 顔が驚きと喜びに咲いたのが解った。


「うむ、これは美味い」


 いい笑顔と真っ直ぐな賛辞は素直に嬉しい。

 でも…。


「これが『新しい味』か。確かに手間をかけ、金を払っても手に入れたい美味だ…」

「…皇子…」

「後は、部屋でゆっくりと味わうことにしよう。失礼する」


 そのまま、皇子はお盆をもって部屋に帰ってしまった。

 私を口説く事も無く。なんだかとっても真剣な面差しで。


「なんだか、今までと態度が違いましたね?」

「ノアールもそう思う? 何だろう一体?」



 今まで、ただのウマシカ皇子だと思っていたのだけれど、そうじゃなのかな…。

 くるくると、万華鏡のように変わる皇子の態度と表情を私はまだ、掴みきれずにいた。


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