なんというか、自分が孫悟空かなにかになっているような気がした。
だって、とてつもなく巨大な人物の手のひらに、私たち、乗せられているんだもん。
もしこの人が手のひらをぎゅと握ったら私たちなんか、アッという間に潰されてしまいそうな気がする。
まあ、大丈夫なのは解っているけれど。
だって、握りつぶすつもりの人は
『大丈夫か? 怪我はないか?』
なんて心配そうな顔はしない。
覗き込む瞳の色は炎の朱色。
兄王様やグランダルフィ様と同じ色をしている。
顔もなんとなく似ているっぽい?
精霊なのでやっぱり息を呑むような美丈夫だけど。
「貴方は…プラーミァの守護精霊か?」
リオンの問いに少し困ったような表情を浮かべながら彼は頷いた。
『…うむ、その質問に正しく答えるのは難しいが、まあ、そうだな。
私はこの国の始祖たる精霊。後の子らが『七精霊』と呼ぶ者。
その一人だ。弟妹よ』
「弟妹?」
『お前達も『星』に属する精霊であろう?
マリカ、リオン。
であるなら、我らは人が言うところの弟妹に等しい。
我らは母なる『星』の元、子等を守る者だからな』
つまり、この大きな精霊さんも『星』に属して人間を守る存在。
私達は同種の仲間、ということなのか。
全く違いすぎていて実感が湧かないけれど、っていうか。私達が精霊だなんて言ってないのに気付いていて、名乗る前から名前を知っているあたり、この領域の主にとっては正体込みでお見通しなのだろう。
『私は熱、炎。
『力』を子等に与え、守る者。
名を『アレーリオス』という』
「そんなにあっさり名を明かしてもいいのか?」
リオンが目を丸くしてる。
そういえば、聖典でも七柱の神の名前は記載されていなかった。
勇者のパーティも名前は秘されている。
名前には意味と力があるという。
でも、この人、じゃなかった精霊。
アレーリオス様は平気な顔だ。
『別に知られて何か困るわけでもない。
敵に知られれば、不利になることは、ない訳ではないが我らにとって『敵』など『あの方』だけで、『あの方』は私の名など知っている。
無問題だ』
「『あの方』? それって、『神』の事ですか?
神ってやっぱり『精霊』にとって上位存在だったり?」
精霊の敵、『星』の敵。
『神』
敵、と言いながら『あの方』と呼ぶ?
精霊と『神』と『星』の関係って一体…。
でも、アレーリオス様は、少し困ったように笑うと首を横に振った。
『…悪いな。それを語ってやることはできぬ。
『星』の許し無い限り、我らの秘をこの星の人間に語ることは絶対の禁忌なのだ』
アレーリオス様も魔術師の杖や魔王城の守護精霊と同じことを言う。
いわば管理者権限でロックがかけられている感じ?
『星』の許可がない限り、精霊達が持つ根本的な謎に迫ることはやはりできないのだろう。
「それは…仕方ない。だが、貴方程の精霊が何故、あんな拘束をかけられていた?
何故、俺達をここに連れ込んだんだ?」
『私は太古、まだこの星が未開で在った頃、子らを守り導く為に人の身体に宿り、子を為し人間達の間に立って彼らを導いた。だが、それは尋常ではない程のエネルギーを使う事でな。
要するに力を使い果たして眠りについてたのだ。時間をかければゆっくりでもいつかは回復したのだが…』
「『神』が来て、軛をかけられた?」
『まあ、そうだ。『あの方』は維持と移動を司る。
我らは固定され、回復を禁じられた。
この星において、一番エネルギー効率がいいのは生きた血肉を持つ人の身体から生み出される『気力』だ』
『気力』
新しい言葉。
フェイは魔法を使う為に人間が持つ魔力とかはない、と言っていたけれども人間にもそれなりの力があるらしい。
『気力は力を失った精霊を回復させることができる。
自然から少しずつ力を分けて貰えれば一番いいのだが、それが出来ない時、封じられた時は人の手を借りるしかない。
世界に『神』が降りて以降、子等から捧げられる力だけが回復の手段だった。
しかしあまりにも少ない上に雑音が多くてな。
ごく稀に、強大な力を持つ者が捧げてくれた時以外は殆ど何もできなかった。
特にある時期からは全くと言っていいほどに力が届かなくなった。
苛立ち、困り果てていた所に、軛を貫通する程に濃厚で強い気力が注がれた為、一瞬我を忘れてしまった。すまないな』
「それは、大丈夫です。まだ力とか必要ですか?」
アレーリオス様を捕えていた軛は完全粉砕されている。
でもまだ動けない、とかあるかな?
『いや、大丈夫だ。
元より我ら高位精霊は人間の身体に受肉するか、石などに姿を変えて人間に使われるかしなければ、この世界に干渉できぬ。私が新しい肉体を作り受肉するとなれば相当な力が必要になる。
それだけの力を例え『弟妹』からとはいえ、奪う訳にはいかぬよ。
拘束が解かれ、この地を守るくらいのことはできるようになった。心配せぬとも良い』
「それならいいですが…」
『それより、今、世界はどうなっている?
其方らがいるのであれば『星』はご健在であろうが、私の記憶は『あの方』の帰還と封印で止まっているのでな…。少し失礼する』
「わっ!!」「なんだ?」
また空間からうにょうにょ触手!
私とリオンの額にペトリとした感覚が触れて、思わず身を固くしたけれど抵抗はできなかった。
身体がまるで動かない。
リオンもどうやら同じ状況っぽい。
『今度は何も取りはせぬ。其方らの記憶から現状を読み取るだけだ。
痛みは無い。抗わず受け入れろ』
「…あ」「うくっ…」
触手の先端から、なんか細かい何かが、頭蓋骨とか物理障壁全無視で入り込んで来る。
頭の中を掻きまわされるような感覚が…気持ち悪い。
色々な今までの記憶が走馬灯か何かのようにぐるぐる回る。
『…よし、解った』
シュルル、と
巻き尺が戻るように触手が私達から離れていくと、かくん。
膝が崩れて私はペタンと床(?)にお尻をついてしまう。
普段ならリオンが支えてくれるけどリオンもどうやら余裕は無かったようだ。息を荒げて口元を押さえている。
「…いきなり酷いです。乙女の頭の中を読むなんてプライバシーの侵害ですよ」
じわりと眦に涙が浮かぶ。
私の記憶、思い、そんなものを全部見られたんだろうか?
恥ずかしい。丸裸にされるよりなお嫌だ。
『あー、泣くな泣くな。確かに悪かった。
だが一々話を聞いている時間は無かったからな。私が眠っている間何が起きたのか知る必要があったのだ。
お前らも云いにくい事が多かろう? 他の誰にも言わぬから安心せよ』
安心せよなんて言葉で誤魔化されない。
じと目で思いっきり睨んでやると顔を背けたアレーリオス様は、はあ、と大きくため息をつくように息を吐き出して見せた。
『しかし、そこまでやるとは思っていなかった。
あの方は本当に、前のあの方ではないのだな』
逃げられた。
でも、大事な話だから仕方ないか。
怒りは一時封印、我慢する。
「あの方…と貴方が言うのは『神』のことなのか?
『神』はかつて貴方達の上位者だったのか?」
『今は語れぬ、と申した筈だ。
だが、まあ旧知であり、一度は敬意を持って接した存在であると言っておく。
自己の望みの為に悪辣をするような方では無かったからな。
『星』と精霊にとっては敵だが、悪、と言う訳ではない。
…案ずるな』
「そうか…」
リオンの唇から小さな吐息が零れた。
音にするには小さすぎるけれど、あえて言うなら
「ホッ」
安堵というか、喜びというか、何かに対して安心したような呼吸だと思う。
今の会話のどこにリオンを安堵させる情報があったのか、解らないけれど。
『まあ、とにかく私は解放された。
今後は緩やかに力は回復していくだろう』
胸を張るアレーリオス様をリオンが見上げて問う。
「実体化することはできないのか?」
うん、エルフィリーネみたいにアレーリオス様が実体化してプラーミァを支えてくれたら王家の皆様。国民、みんな、心強いと思う。
でも
『それは無理だ』
あっさり首を横に振られてしまった。
『この星は子ども達のモノ。親がいつまでも出しゃばっていては子等が成長せぬであろう?
実際問題としても、もう一度、受肉する人型は簡単には作れぬしな。
とんでもない力が必要なのだ。それこそ其方らの力全てを吸い取ってもまだまだ足りぬ位に』
「そうですか…」
『この国の実りと精霊を守るくらいの事はやっておく。
国の者達には祈りと力をもっと捧げるように申しておけ。
今はあの方が世界全てに網を張って力を吸い取ってしまうが故に、私の所には直接捧られたもの以外届かぬのだ。
マリカ。其方もこまめに顔を見せ、力を捧げるがいい』
「あ、それは無理です。私はプラーミァの人間ではないので」
簡単に言ってくれるけどあんまり当てにされても困る。
私がプラーミァで奉納の舞を踊るのはただ一度きりの約束だから。
『それは知っているが、また来て舞うことくらいできよう?』
「来年来れるかどうかは、国同士の交渉次第、です。
プラーミァまで遠いんですよ。すっごく」
『それも、そうだな。それに他国を巡るという話であったか。
うむ…』
考え込んでしまわれたアレーリオス様は、少し思案を巡らせた後、
『では、お前達にいいものをやろう。
私を開放してくれた礼と褒美だ』
「ご褒美、ですか?」
『ああ、ついでに頼まれてくれ。
各国を巡るというのであればやって欲しい事がある。
お前達のやりたい事や使命にも邪魔には成らぬ筈だ』
いいことを思いついたというように、私とリオンを文字通り見下ろして笑ったのだった。
私達が精霊の間を出て戻ったのはそれから間もなくの事。
「マリカ様! よくご無事で!」
「何があったのです? 何処に行っていたのですか?」
明らかな心配を顔に浮かべた皆様が迎えてくれた。
「ご心配おかけしてすみません。
儀式を放り出してしまった形になりますが、多分儀式そのものは成功したっぽいです」
「どういうことだ?」
神殿長が怪訝そうな顔で問いかけるけど、彼を押しのけて王様が前に出る。
「よくぞ戻った。二人とも。
だが本当に何処に行っていた? そして胸に抱いているそれは何だ?」
国王陛下も安堵と一緒に疑問を浮かべた眼差しで私達を見ていた。
無理も無い。
私の腕の中には王様と同じ紅の瞳を丸く輝かせる、もふもふ純白の獣が抱きしめられていたのだから。
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