「オルトザム商会から『聖なる乙女』に贈る『誠意の品』でございます。
どうぞ、お受け取りを…」
使者はそれだけ言うと目録らしい書類と三人の子どもを残し、去って行った。
「子どもが『誠意の品』ってなんだよ!」
アルが呆れた様に声を上げる。
随員やゲシュマック商会の皆には、朝のアデラとの交渉の話はしておいたのだけれど、これはちょっと予想外だ。
目録には奴隷三体をアルケディウスに譲渡する。の旨が記されている。
身綺麗な格好はしているけれど、手枷、足枷を付けられている様子は本当に、奴隷そのものだ。
ここまであからさまなのは初めて見たかもしれない。
「とにかく! 鍵を外して、自由にしてあげて下さい! 早く!」
私の言葉に頷いたヴァルさんが、跪き震える子ども達の枷を外す。
「もう、大丈夫です。
私の言っている言葉が解りますか?」
負荷の無くなった手足を擦りながら目を瞬かせる子ども達に、私は視線を合わせた。
こくんと、首を縦に振る子ども達はどう見ても私やアル、ノアールより年下。
六歳から八歳くらいだ。男の子一人、女の子二人。
金髪や銀髪のアングロサクソン系、顔立ちが整った子ばかりだ。
「ここには、貴方達を傷つける者はいません。
安心して下さい」
そう言ってみても顔から怯えは消えない。
なるべく不安がらせないように、注意しながら私は彼らに話しかける。
「貴方達はオルトザム商会に買われた人達ですか?」
こくんと、また首が縦に振られる。
「両親や、帰る所はありますか?」
今度はぶぶん、と顔が横に揺れる。
「売られたり、親の記憶がない?」
もう一度、首が前に動く。
「しゃべれるなら、答えて下さい。オルトザム商会に帰りたいですか?」
「帰りたくない!」「帰ったらまた叩かれる!」「ここに置いて。何でもするから!」
私の問いに三人の答えは全員同じだった。
一瞬の躊躇いも無い即答。
「解りました。
ここはアルケディウスの使節団宿舎なのでここにずっといることになると、アーヴェントルクにいられなくなりますが、第一皇子に下働きに雇って頂くなどして少なくともオルトザム商会には返しません。
安心して下さい。
セリーナ、ノアール。この子達に食事を作って貰って食べさせてあげて下さい。
後、着替えをさせて空き部屋で休ませて」
「「解りました」」
二人なら歳も近いし少しは安心するだろう。
子ども達は、不安を眼に宿しながらも素直に付いていく。
そして、残った私達は随員達皆で相談する。
「これは、本当に、どういう事なのでしょう?
何故、オルトザム商会に与えた課題。
私やアルケディウス、ゲシュマック商会への『誠意』が子ども奴隷になるんですか?」
「マリカ……様が子どもを重用しているのを知って、街の浮浪児や廃棄児を保護して連れて来た、というのなら大したものですがそうではなさそうですよね」
「殴られる、って言ってたもんな。
それに身体に傷こそ少ないけど……アレは多分、かなり酷い目にあわされてきた子だと思う。
精神的にも、肉体的も……」
「アル……」
アルは能力を使わなくてもそういうことには敏感だ。
つまり、オルトザム商会は子ども奴隷を買い、使っているということになる。
「嫌な予感しかしませんが、アル。
明日、オルトザム商会を呼びます。代理店契約を与える必要は無いので立ち会ってもらえませんか?」
「解りました」
こういうのを見るたび、知るたび。胸がチリチリする。
子ども達を救い、守りたいと思う。
でも、私の手の届く範囲は本当に狭くって、全ての子どもを救う事はできないのだ。
今、こうしている時も理不尽な目に合されて、命の危機に瀕している子どもがいるかもしれない。
子どもは大人の道具。
そんな状況を打破するにはどのくらいの時間が必要なのだろう。
「…焦るな。マリカ」
怒りと無力感に震える私の肩をリオンが優しくポン、と叩いた。
随員達が側にいるけれど(ミュールズさんも、ミーティラ様も)無礼だと怒ったり注意したりはしないでくれる。
「焦っても仕方ない。今は、できることを少しずつやっていく。
そうして、手の届く範囲を増やしていくしかないんだ」
「うん、ありがとう。リオン」
私の焦り、心の中まで見通したようなリオンの言葉に私は頷いた。
実際の所、それしかないのは解っている。
「アーヴェントルクの滞在予定日数は残り四日。
その間にできる限りのことをしていきましょう。
後の子ども達の事をヴェートリッヒ皇子にお願いするにしても」
「アーヴェントルクの皇族は子どもに優しいという話を聞いております。
あの子達のことも力になってくれますわ」
フェイの言葉にミリアソリスが頷いた。
「そうなの?」
「はい。ヴェートリッヒ皇子の腹心の半数は幼いころから拾いあげ、育てた子ども上がりと聞いています。
アンヌティーレ様も、身寄りのない子や子ども奴隷を多く館に置いている、と。
皇族を見習い、子どもに酷い虐待をする者は…表向きかもしれませんが少ないそうです」
「それなら、あの子達のことを頼んでも、少しは…安心、かな?」
自分で言っていてなんだけど、私はそれが本当に安心、ではないとなんとなく感じていた。
なんだか嫌な予感がするのだ。
特に『アンヌティーレ様が子どもを集めている』というのが不安だ。
何か、モヤッとする。
どうしてなのか、は言葉にできないけれど。
「明日はちょっと忙しくなります。
朝、一番でヴェートリッヒ皇子妃様達に花の水の作り方をお教えする約束なので女性陣は協力して下さい。
その後、調理実習前にアーヴェントルクの代理店契約とオルトザム商会の件を片付けるつもりです。
フェイが言った通り残り滞在日数は四日。
でもやるべきことはまだ、山ほどあります。
帰国の準備なども進めながら、滞在日数を無駄にせず進めていきましょう」
私は随員達に指示をしながら、何よりも自分自身に言い聞かせていた。
手の届かない所は多いけれど、手が届く範囲なら助ける。絶対に。
それが、私のやりたいこと。
やるべきことだから。
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