「君には精霊術士…魔術師になれる才能があるのではないか、と僕は思っています」
プラーミァの路地裏から拾われ、王宮に引き取られることになった少年、ウォル君に思った通り、フェイはそう告げた。
「へ? オレが魔術師? 戦士じゃなくて?」
で、ウォル君も思った通り蒼い目をまあるくして、首を捻る。
手には掃除用の箒を持ったまま。
昨日とは別人のように身綺麗で可愛らしくなった。
淡いアッシュブロンドはもしかしたら外国の血が混ざっているのかもしれない。
なんとなく、フェイと本当の兄弟のようだ。
「こら、僕達だと思って気を抜かない。言葉遣いとか態度、礼儀作法は面倒かも知れませんが、君自身を護る武器ですよ」
「あ、はい。すみません」
眉を上げて指導するフェイにウォル君は素直に頭を下げると掃除に戻る。
別にこのアルケディウスの居住区では子どもが子どもらしい口調で話して怒る人はいないけれど、一歩外に出れば確かにそうはいかないから、ね。
素直に手を動かすウォル君にフェイは、よろしい、というように目をやると質問に答えてくれる。
「ええ。戦士になる才能は僕には解りませんが、魔術師になれるかどうかなら解らなくも無い。
君は努力すれば、精霊石に気に入られて魔術師になれる才能はある」
「すばしっこいし、身体は良く効く。戦士になれる才能もあると思うけれど、魔術師になる才能は望んで持てる訳じゃない。
魔術師になりつつ、戦士の訓練もするくらいでいいと、俺は思うがな」
「魔術師も戦闘技術は身に着けておいて損になることはありませんからね。
杖を狙う輩から自分の身と杖を護る為にも」
フェイとリオンの言葉にウォル君が自分の手のひらを眇める。
また、掃除の手が止まっているけど、まあ、いい。
「…オレに才能…? 魔術師? そんなこと、考えたことも無かった」
「術士になりたいですか?」
「そりゃあ、なれるものならなりたいさ。でも…なりたいからってなれるものじゃないだろ?」
「ええ、君は本当に運がいい。
魔術師の才能があっても、精霊石に出会うチャンスも無く、主に飼い殺される子どもも多い世の中。
君はマリカのおかげで勉強をし、自分を高める機会を得た。
そして、今は正しく魔術師になるには二度とない程の好機でもある。
滞在中、僕が術の使い方や、精霊術の基本を教えます。君の努力次第ですが、王宮魔術師という誰にも見下される事の無いこの国の最高位の一つに一気に付けるかもしれませんよ」
「え? 王宮魔術師?」
呆然とするウォル君をフェイは唆すけど…それは、つまり…
緊張で喉がこくんと音を立てる。
「フェイ、今の王宮魔術師から杖を奪い取ることを考えているのか?」
「ええ」
私が口に出せなかったことを代わりに聞いてくれたリオンに、そして私達にフェイはあっさりと肯定し、頷き返した。
「僕はあの頭が固くて、精霊の心を忘れた『魔術師』を追い落とし、代わりにこの国に僕達と精霊の志を受け継ぐ本当の精霊術士を残していきたいと思っているんです」
この国の『魔術師』
精霊の定義で言うと精霊術士だけれど…はクヴァールさんという三十歳くらいの男性。
子ども上がりにしては大人(不老不死に)になるのが遅かったんだな、と思うけれど
「多分、少しでも長く術者でいたかったのだと思います。
不老不死になるということは、術者としての寿命がほぼ終わるに等しいですから」
精霊石との交感が行える術士が殆どいない魔王城以外の場所において、どれほど知られている事かは解らないけれど、精霊術士は不老不死になった時点で自分に力を貸してくれていた精霊石との契約が切れ、術がほぼ使えなくなる。
言ってみれば、充電式の翻訳機を使って外国の人との仕事をしていたけれど、充電コードが無くなったような感じかな?
と私は自己解釈している。
コードが無くなっても暫くは本体に残っている充電で仕事ができるけれども、充電が切れたらそこでもうおしまい。
自分の自身の身に着けた語学力で仕事ができる人もいなくはないけれど、殆どの人にとっては最高の地位と仕事を失う事になる。
不老不死にならないと、いつ死ぬかという恐怖があり、大人と見られないなどデメリットが多いからいつかは決断しなければならないけれど、それを少しでも引き伸ばしたかったのだろう。
とフェイは言う。
「ソレルティア様みたいに助けてあげる気はないの?」
一応聞いてみたけれど。
「ありません」
ドきっぱり。取り付くしまもない。
「何度か仕事をする機会がありましたが、プライドと自己顕示欲の固まりです。
時々、ねっとりと絡みつくような視線を皆も感じませんでしたか?」
それは感じていた。
国賓。外国の皇族とお抱え術士に手は出せないらしくて見ていただけだけど。
「僕が国王陛下の依頼で生活魔術を駆使するのも面白くないようで、何度も止めろと言われました。
軽々しく術を使うなど術士としてのプライドが無いのか、と。
僕に言わせれば自分の身分と立場にしがみ付く彼の方こそ『精霊の術士』としてのプライドは無いのか?
と言いたいものですけどね」
精霊術、というのは精霊に力を借りて行うもの。
精霊は人の為になること、使われることを決して厭いはしない。
だからこそ、感謝を込めてその力を無駄なく使うことこそ大事なのだというフェイの意見は良く理解できる。
「本来は戦いに使う、特に攻撃術などの方が余技なんですよ。
厳しい自然や、人の及ばぬ大きな力から人々を護る事こそが精霊術の基本、なんですからね」
だから、とフェイはウォル少年を見つめ、静かに告げる。
「君がもし精霊術士、魔術師を目指すのなら忘れないで下さい。
精霊の力は自分を偉く見せたり、他人を見下したりする為のものじゃない。
人々を護り、助け、笑顔にする為のものなのだ、ということを…」
「あ…うん。忘れない。忘れないようにする」
多分、ウォル君には少しあったのだ。
魔術師になったら、自分を子どもとして見下して来た人間を見返せる。
という思いが。
でも、フェイの言葉を聞き、頷く姿には恨みや憎しみではないものを胸に前に進もうという意志が見える。
今よりももっと良い場所を目指そうという向上心が。
頭のいい、良い子だと思う。
「精霊の多くは向上心をもつ者を好む傾向があります。
今よりももっと良くしたい、良くなりたい。そういうめげない強い意思が術士の必須条件とも言えますね。
だから、君には素質がある」
フェイにはかなり自信があるようだ。ウォル君を術士にする自信が。
「君が精霊の意志を汲み、生活術をも厭わない術士になれば国王陛下も喜ばれるでしょうし友達も助かる。国の誰にも蔑まれる事の無い、むしろ敬意を受ける存在になれると思いますよ。なれるかどうか、目指すかどうかは、君次第ですが」
「なりたい! なれるなら、オレは魔術師になって、王様やカーン様達の役に立ちたい!」
ウォル君の目が強い意思に輝くのが見えた。
昨日、突然の環境の変化に半ば流されながら選んだ時とは違う、はっきりとした自分の思いがそこには見える。
「…オレ、昨日、生まれて初めて風呂に入れて貰ったんだ」
「ウォル君?」
呟くような声が零れた。
「オレ、部屋なんか貰うの勿体ない。厩とか物置の隅っこでいいって言ったんだけどさ。
前の主の時もそうだったし。
でもカーン様は『王からお預かりした大切な子ども、息子にそんなことはしないし、させない』っておっしゃって、家に連れて行って下さって。奥様が風呂に入れて下さって…。服も直して下さって。
ふわふわのベッドで寝かせて下さって…」
『私もね、授かるものなら子どもが欲しかったの。王妃様やティラトリーツェ様の様に。
少し、母親気分を味わわせて下さいな』
「前の主人と全然違った。こんなに優しくして貰っていいのかって思った。
すごく、嬉しかった。本当に嬉しかった…」
突然の王様の命令だったにも関わらず、カーンさんもカーンさんの奥様も、ウォル君を厭わず受け入れて下さったそうだ。流石、王様の信頼厚い腹心。
人間ができてる。
「最初は訳もわからなくて、路地に戻りたいとも思ったんだけど、もう無理だ。
一人で路地の固い地面になんか寝たくない。
戻らない為ならなんでもするし、救い上げてくれた王様やカーン様の役に立つならもっとなんでもする。勉強だって、我慢だって、蹴とばされて膝を抱えるしかない今までに比べたらなんでもない。
だから、魔術師になる。魔術師になって王様やカーン様達の役に立つ。
そして、自分の居場所を自分で守るんだ!」
瞳に宿る強い眼差しに、フェイは満足そうに頷く。
「結構。ならば僕も本気で行きますから、しっかりついてきて下さい。
君が僕達の滞在如何中に僕の認める合格基準に達したら、例え王宮魔術師から杖を奪い取れなくても、術士となれる方法を考えます」
魔術師の杖を継承できれば最上、できなくても実は魔王城にはまだ眠る精霊石がいくつかいる。それを持って来れば彼を術士にすることは可能だとフェイは考えているに違いない。
「解りました。よろしくおねがいします」
自ら跪き、礼をとるウォル少年は、昨日とは違う、自分自身の強い意思で自分の進む道をやりたいことを見つけたようだった。
子どもを成長させるのは押しつけでは無い、自分自身の意志。
ならば、私もその意志を、思いを、願いを、未来を。
保育士として守りたいと心から思った。
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