パレンテース神殿長と呼ばれた人物とは実は初対面ではない。
「失礼と申されましたが、大神殿で儀式を行い各国で『精霊神』を復活させた『神の聖なる乙女』ご挨拶をしないことの方が失礼ではありませんかな?
儀式の前も後も、ゆっくりお話しする機会も無く残念に思っておりました」
そう。神殿に復活の儀式に行くときに、案内をして貰ったのだ。
各国とも神殿は基本的に不老不死を与えた『神』を最高神として崇め祀っているけれどもその従属神として『精霊神』も決して下に見ているわけでは無い。
各国とも『精霊石』の委託管理を任せていることもある。
だから『精霊神』の復活も一応喜んでいる筈。
「いかがでしょう。マリカ皇女。『神』と『精霊』に愛される『聖なる乙女』よ。
神殿にて『精霊神』復活を寿ぐヒンメルヴェルエクトの民達に祝福をお与え頂けませんか?」
「申し訳ありませんが、私は大公家に『新しい食』の指導役として来ているのです。
『聖なる乙女』としてや『神殿長』として来ている訳ではございませんので、ご期待には添いかねます」
アルケディウスで神殿長やるようになって解ったけど、神殿の人達にとって参拝客が増えるのってけっこう重要。神殿が税金を集める税務署を兼ねてるけれど、それは国に収めたり大神殿に送ったりしないといけないのであまり自由にはならないのだ。
その点、献金はある程度神殿の裁量で自由に使える。だから献金を多くする為にあれやこれやを講じる様子。私の招待もその一つだね。
「では、公子妃様。
大公様にお口添え頂けませんか? 姫君が与えし祝福をどうか民にも、と」
だから、思うとおりにならないとしても簡単には諦めない。
私が無理と思えば、手を変え品を変え……今度は公子妃様を口説き始める。
「私のような者が大公閣下の御決断に口を挟む権利はございません」
「そうつれないことをおっしゃらず。我々のな……」
「神殿長!」
ビクン! と。まるで電流をかけられたように神殿長の身体が爆ぜた。
勿論、比喩だけれど。穏やかで優しく見えた公子妃様の怒声とも言える大声に、どうやら彼もやりすぎを悟ったようだ。
「どうしてもというのなら、正式に文書で要請し、皇女の御都合を聞き正当な代償を支払ってお招きするべきではありませんか?
こんな廊下での立ち話で、別の要件を抱える賓客に持ちかける話では無いと存じますが?」
「確かに。流石公子妃様。聡明にて流麗なるヒンメルヴェルエクトの星。
失礼を申し上げました」
膝を折り、跪いた『神殿長』は素直に謝罪し要望を下げる。
「おっしゃるとおり、大公閣下の許可を得たうえで改めて要請致すとしましょう。
今日の登城は姫君への面会が目的では無く、新事業に向けた神官の貸出についての話し合いの為ですので。
では、失礼を致します。また後程……」
そう言って神殿長は去っていった。
「また後程って……諦めてないぞってことですかね」
「そうかもしれませんわ。……マリカ様。我が国の者が御無礼を働き、申し訳ございません」
「マルガレーテ様から謝罪頂く事ではございませんよ。悪いのはあの神殿長です。
随分と態度が大きいですね」
「ヒンメルヴェルエクトとシュトルムスルフトは神殿の力が強いですから。
どうしても狼藉や無礼にも目をつぶる形になってしまうのです」
「……それは、国が『神』を讃えているから、ではなく?」
以前、ずーっと前だけれど、春夏国は『精霊』を崇める傾向が強く、秋冬国は『神』を讃えていると聞いていた。
アーヴェントルクは『聖なる乙女』がいたことで、シュトルムスフトは『精霊神』に罰を受け見放されていたことから『神』に寄りがちだったと解るけれど、ヒンメルヴェルエクトも『精霊神』より『神』の方を崇めているのだろうか?
「勿論、不老不死を与えて下さった『勇者』と『神』に敬意をもっているというのはございます。ですがヒンメルヴェルエクトの場合は現世利益、と申しますか。
神殿の『神官』がいないと国や産業が色々と成り立たない、ということがありますので」
公子妃様のお話を聞くところによると、この国において魔術師も神官も『神殿』が管轄しているのだそうだ。
国に生まれてくる子ども達。家庭で育てられる幸運な子以外の全てを『神殿』が集めて教育している。
その過程で特に才能がある子は杖や装身具(精霊石)が与えられて『魔術師』になる。
頭が良かったり、身体的に優れている子は神の石を授けられ『神官』になる。
だからこの国において『精霊』を扱える術師はほぼ神殿管轄なわけだ。
オルクスさんも孤児から才能で魔術師に上がったタイプ。
だから、王宮や貴族家で精霊魔術が必要な時は神殿から神官を借りてこないといけないし、神殿から出て独立した魔術師も神殿の影響を強く受けて神殿有利に動くようになる。
どの才能もない子や女の子は神殿で一生使われたり、奴隷待遇で貴族などに買われていったりする。
「少女も美しい子は大貴族の妾、時には養女などに引き上げられる事もあります。
悪い事ばかりでは無いですわ」
……話を聞いて私はため息が出た。
「うわー、最悪」
「姫君?」
「どうしてそのようなことをなさっておられるのですか?
国が子ども達を保護して、教育を与えれば魔術師や才能のある子ども達を神殿に取られなくてもすむのでは?」
「子どもを手間暇かけて育てるよりも、神殿に任せた方が効率がいいですから。
いう事を聞かせるのも大変ですし、全ての子どもが魔術師や才ある者に育つとは限りませんし」
「それは違います。子ども達を育てるということは未来を育てる、ということなのです」
「未来を……ですか?
何も解らない子どもというのは動物も同然で、いう事は聞かないし他者を傷つけることも多いですよ。躾て社会に出すだけで十分だと思うのですが」
「それは、子どもの気持ちを解っていないからです。もっと……」
どこかピンとは来ていない様子で首を傾げる公子妃様に私は顔を向ける。
「マルガレーテ様。お願いがあるのですが」
「何でしょう?」
「後で、神殿長の要請を受けてもいいでしょうか?
勿論、私の休みの時にでも。大公閣下の許可は私が取りますので」
「よろしいのですか?」
「はい。その代わり、神殿の孤児院の様子を見学させて頂きたく存じます。
私も自国で孤児院を経営しているので興味があるのです」
「……解りました。私も時々慰問などに行きますので、勝手が少し解ります。ご案内できますわ」
「助かります。そして、最終的にはお願いが……」
振り向けば、カマラとミーティラ様がため息をついているのが見えた。
呆れているというか、諦めているというか。
また皇王陛下達に怒られるだろうな、という自覚はある。
でもここは譲れない保育士魔王兼皇女の存在意義。
見えなかったら仕方ないと諦めたかもしれない。
でも、知って見てしまったら止められない。何が有ろうと全力を尽くす。
子ども達が少しでも幸せに生きられる場所を作り、守ること。
それが保育士の使命、たった一つのやりたいことだから。
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