【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 孤児院での出来事

公開日時: 2023年12月10日(日) 08:09
文字数:3,553

 今年もあと僅か。

 向こうでは十二月のことを師走、と呼んでいた。

 お坊さんが走るくらい、忙しいの意味。

 この世界は年度の終わりも、星の月の二月。

 つまり、今月なので今年一年の取り纏めにどこも大忙しだ。


「今年もマリカ様のおかげをもちまして、順調に利益を上げることができました。

 心から感謝申し上げます」


 旅から戻り、皇王陛下への報告や、魔王城での対応が終わって。

 私が一番に面会を頼んだのはやはりゲシュマック商会だった。

 アルとニムル、番頭のリードさんを連れて、ガルフがゲシュマック商会貴族街店舗にやってきたのは魔性襲撃事件から二日後の事。


「グランの様子はどうですか?

 命に別状は無い様だとは聞いていましたが?」

「大事有りません。念の為、今週いっぱいは休む様に申し付けてはありますが、食欲もあり生活に支障もなさそうです」


 店長であるガルフの言葉にホッとする。

 やっぱり、あの出血多量の背中を見たら心配だったから。


「よかった。職員の配置については店長であるガルフに任せますが、今後は魔性が増える可能性があるので、怪我の危険があるグランや子どもは屋台店舗の護衛などに回した方がいいかもしれませんね」

「既に検討を始めております。グランは現在、ゲシュマック商会の警備主任のような立場なので内勤に回るのは嫌かもしれませんが命には代えられません。よく話をして、不老不死を得るかどうかなども含めて検討させたいと思います」

 

 そう応えてくれたのはリードさん。

 色々と難しいよね。人事関係は。


「そういえば、早く不老不死になってガルフを助けたい、と皆言っていましたね。もう誰か不老不死になった者はいますか?」


 ここのところ、ゲシュマック商会の、特に店舗や職員関係とかにはご無沙汰していたので改めて聞いてみる。

 アルとは旅の時も、魔王城でも顔を合わせる機会はあったけれど、そこまでツッコんだ話はできなかったし。


「ゲシュマック商会には現在、十二名の『子ども』がいますが今年は不老不死を新たに得た者はいませんでした」

「随分増えましたね。アルにクオレ、四人の他に六人も子どもを迎えて頂いたのですか?」

「はい。ジェイドたちが裏路地から拾ってきた子二人と、孤児院から来た子が四人。

 どちらも十代前半。アルより少し年上の印象ですが真面目に仕事をしております」


 聞けば孤児院から来た子は神殿から引き取った子とタシュケント伯爵家から救出された女の子。どちらも生活習慣や基本的な仕事のやり方は身についていたので、気持ちが落ち着いた後、ゲシュマック商会に働きに出ることになった。

 最初は今までとあまりにも(良い方で)違う仕事内容に戸惑っている様子だったけれど、今は馴染んでいるそうだ。


「勉強会にも参加して、文字や数字も覚えてきています。

 大事に育てていくつもりです」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 ゲシュマック商会の給料は割と高い方だけれど、子どもが不老不死を得る為には金貨一枚。約百万円くらいのお金がかかる。

 子どもが生活しながら貯めるのはまだ大変かな? と思っていたけれど


「ジェイド達四人は既に、不老不死を得る為の費用を捻出するくらいの蓄えはできているようです。ただ成人すると『能力』を失う可能性が高いと知り、二の足を踏んでいるとか」


 ガルフの説明に納得する。自分に特別な能力が芽生えたら、それは無くしたくないよね。

 特にイアン、ニムルは『能力』を失うことは仕事に直結した困難になる。

 私は不老不死を無くそうとする側なので、積極的に勧めるつもりはない。

 当分は様子見だね。


「不老不死無しでも平気な生き方を子ども達が実践して、取り戻してくれるといいですね」

「はい」

 

 ガルフは以前、自分から不老不死を捨てようとした人だけれど、何百年もの間人々の間に根付き当たり前のものとなった不老不死が奪われたら、世界が大混乱になるのは解っている。環境整備と根回しは慎重にだ。

 一通り、子ども達関連の話が終わった後、ガルフがアルに目くばせする。

 部屋に持ち込んであった箱がテーブルの上に置かれ、中身が並べられる。 


「今日は姫君に、一年間の成果を確認して頂きたく」


 どうやら、七国巡りの中、見つけたり集めたりした『新しい食』の為の調味料を纏めてきてくれたらしい。

 

 この異世界アースガイアは不老不死で食べなくても生きることができる為に、料理の技術やその他がほぼ絶滅していた。

 不老不死以前は民族料理っぽいものがあったようなのに、庶民が殆ど食事をしなくなってしまったことで途絶えてしまった。

 残ったのは貴族階級の見栄の為の食事と、味が濃いだけの料理。

 だから、私は調味料の制作、確保から始めた。

 大変だったけど。ものすっごく大変だったけれど。

 調味料、素材集めから始まる異世界グルメ。


「マリカ様がご提案下さった、ビネガー、ケチャップは工場を作り、加工が始まりました。

 新規に作った食材の小売店が人気で、貴族や富裕層などに食事をする習慣が戻ってきているようです

 ショーユ、サケがエルディランドからの輸出品なので、ウスターソースはまだ、王宮や貴族の受注生産ですが。同じ理由でマヨネーズも卵の安定供給ができていないので、まだ小売りには至っていません。大貴族の中には皇王家を真似て自前で牧場を作り始めた者もいると聞いています」

「食油はどうですか?」

「フリュッスカイトのオリーヴァとナーハがなんとか実用段階に入ってきました。

 ヒンメルヴェルエクトはコーンからの採油を新年の収穫以降試みるそうです」


 最初は、魔王城の岩塩鉱しか味付けに仕える者が無かった。

 それにはちみつ、ハーブ、カエラ糖が加わったのは、私が転生し、意識を取り戻して約一年を過ぎたころだったろうか? ヤギを捕まえて、ミルクを確保。

クロトリから卵を手に入れて、サフィーレのビネガーからマヨネーズも作れるようになった頃からようやく、料理が美味しくなってきたっけ。

で、ガルフに食を利用した島外での拠点を作って貰い、ライオット皇子と繋ぎを取って、商人として一年、皇女として一年。

コツコツと他国を巡り、素材を集めてきた。

南国プラーミァの胡椒やナツメグ、香辛料、エルディランドの醤油とお酒、米麹。

フリュッスカイトからはオリーヴァの油を、アーヴェントルクからはチーズを手に入れて向こうの世界にも勝るとも劣らない質のいい調味料を揃えることができた。

 後は、これらを生かす料理法と共に広く一般に広めることができるように生産体制を整える。


「一般庶民は、家に煮炊きする設備が無いのですが、飲食物を売る店も多くなっているので外で特別な時や、活力を得る為に食事に金を使おうと考える者が多くなってきました。

彼らが収入を得る為、新しい食に纏わる仕事に積極的につこうとしているので、アルケディウスは今、やる気さえあれば誰もが仕事ができ、お金を稼ぐことができるようになっています」


 食事は人の元気の源。

 食べなくても飢え死にしないこの不老不死世だって、美味しい食事は人の心と身体を元気にする。

食育は大事だ。大人にも、子どもにも。


「食は、精霊の力を身体に取り込み、活力を得る事である。と『精霊神』様もおっしゃっていました。特権階級だけのものにならないように。一般の人にこそ食を楽しんで貰えるようにお願いします」


 私のお願いに、ゲシュマック商会は


「マリカ様のお望みのままに」


 頼もしく頷いてくれたのだった。



 その後は

「麦はアルケディウス全土で栽培を始めました。姫君の御助言の通り、貝の粉などを蒔くようにしたのですが結果が現れるのはこれからですね」

「砂糖の人気が高いです。カエラ糖が採取されるようになり、流通量が増えたのですが需要も増えて、結局値段がなかなか下がりません」

「麦酒は作れば作るだけ売れています。新しい蔵がいくつもできたことで、飲み比べなどという楽しみ方も生まれてきているようです」

「ショーユとサケをアルケディウスでも醸造できるようにしたいのですが難しいでしょうか?」

「リアの栽培がアルケディウスでは困難ですからね。ソーハは育ちそうですか?」

「北の領地の救世主になりそうです。同じくオリーヴァを除き、食油に今一番適しているナーハもどんな土地にも育つので人気が上がっています」

「ナーハの油を灯火に回さなくて済む様に、フリュッスカイトからの油を早く使えるようになるといいですね。流通が捗るように道路の整備を新年の会議で提案してみます」


 そんな今後に向けての打ち合わせをした、

 中世異世界グルメは素材を揃えるところから大変だった。

 調味料が揃い、各国がお互いの特産品を認めあえるようになった、ある意味ここからが本番。

 食は世界を変える。

 気力と美味しさが戻ってきたこの世界が、どんな風に変わっていくのか、人々が変えていくのか。とても楽しみになった。

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